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招かれた僕ら  作者: 蓮水 碧
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《第六章 始まりの秘密》 秘密の館


 元と言えば、僕はミノンを助けにこの世界に来たんだ。彼女が人生最大のピンチに陥っている中で、こんな・・・こんな呑気にお茶など飲んでいて良いものか。


「先程はとんだご無礼をいたしまして、申し訳ありませんでした」


 女性の使用人が、そう言って空になった僕のカップに、またお茶を注いだ。せっかく飲み干したというのに、まただ。どうも飲み干せば無条件でお茶が注がれるらしい。


 このお茶、味が薄くてただのお湯を飲んでいるような気になるから、もう十分なのだけど。


「我々はてっきり、貴方様の背負われるそのお方がお見えになるのだと・・・。そう伺っておりました」


 背負われる・・・。ああ、僕のキャンバスのことを言っているのか。ということは、「そのお方」とはミノンのことだ。ミノンとこの場所に一体何の関係があるのだろうか。


 そもそも、ここはどこなんだ。


 戸の先は、案の定別の空間に繋がっていた。家の外観に反して、中があまりにも広い。宮殿といっても過言ではない。それに、ハタの言ったとおり、中は舞踏会の真っ最中だった。


ここは恐らくダンスホールだが、僕が知る西洋のような豪華な会場ではなく、カナトコの街の風味が残っている。砂色で、ステンドグラスが綺麗で、青いシャンデリアがぶら下がったドーム屋根の会場だ。

踊る人々の衣装も、ドラマチックなものではなく、単色でさらりとしている。


そして、僕らはそんな彼らを、バルコニー席からお茶を飲んで観覧していたのだ。


 彼らは何故踊っているのだろう。そして僕らは何故、歓迎されたのだろうか。


「どうしましょう。まだご覧になりますか?・・・其方の方は既にご満足為されたようですが・・・」


 使用人の一人が、そう僕へと囁く。けれど、僕より先に耳聡(みみざと)くハタが答えたのだった。


「先があるなら早く案内してくれ。こんな空間、長居してられねえ」

「では此方に」


 バルコニーを発ち、長い廊下を幾つか渡って階段を上り下りし、帰り道などとっくに見当がつかなくなっていた。館の奥へと、どんどん吸い込まれていく。


「・・・あの、あの人達は何故あそこで踊って・・・」

「今日が祝うべき日だからです。信者の中の更に選ばれた者達だけが、パライレの目覚めを踊り迎えることができるのです」


 彼女はそれだけ言うと、ピッタリと口を閉ざしてそれ以上何も話さなかった。


「臭う、どんどん濃くなってる」


 ハタがあからさまに眉をしかめて、怪訝そうな顔で歩いている。


最後に剥き出しの螺旋階段を下ったところで、僕らはとある空間に突き当たった。塔の中を、下っていたんだ。


「・・・書斎か?」


 ハタが見上げて首を傾げる。頭上には手すりの着いた通路が壁一周、ぐるりと延び、僕らの前で二股の階段となって地面に接している。階段を上った先にはまた戸があった。


僕らは二本の階段の間にある、立派な書斎机に近寄った。


「あの・・・・・・あれ?」


 振り返ればいつの間にか使用人の姿が消えている。柔らかい光の下で不穏な静けさが広がった。何がどうなっているんだか。


 ランプに照らされた焦げ茶色の卓上には、地図らしきものが丁寧に広げられている。

・・・いや、地図にしてはあまりに簡易的だ。色の違う丸と枝分かれした線がいくつかあるだけなのだ。


 まず、箔押し加工がされた、一際目立つ印が紙の中央にあり、そこから五つの道が延びて五色の小さな印にぶつかっている。

 赤い印、黄色、青、白・・・。そこまでハタが話していた四体の有色影とピッタリ一致していたんだ。


影への信仰が強い街だし、これらの印がそんな類いのものだろうってことは、なんとなく察しがつく。

青い印など、教会のステンドグラスに見たあの像とそっくりだ。それに、赤い印は槍を構えた人のようにも見える。


けど、印はまだ一つ残っているんだ。


「・・・・・・黒だ」


 黒い、鳥を模した印がそこにはあったのだ。


――そうか、そういうことだったんだ!


頭の中で、今まで見てきた光景が目の前のこの印と結びついた。


「ハタ!ミノンの影が異常に強い訳が解ったかもしれない!」


 本棚を物色していたハタが卓上へと興味を示した。


「これ見て。五つの印。もしそれぞれが有色影を表しているなら――」

「――そうか。黒も“色”に含まれるのか」

「そう。ミノンの影――シヴァはただの濃い影じゃない。きっと有色影の黒だったんだ」

「ああ、間違いねえ。あのでかさに加えて。飛行力と遠距離での操作、自我と、・・・言い出したらきりがない。赤の影に対抗したってのも、信憑性が出てくる」


そう、あの戦いは確かに、「幻能を持つ者」どうしが繰り広げたものだった。


「ラピュアスが反応したのとも、恐らく関係してるよ」

「・・・そうなりゃ、漠然としてた目的地も一つに定まったな」


 ハタが背を向けて、来た道を引き返そうとしてる。戸を越した時から、この不可解な空間が気味悪く、居心地悪くて仕方ないらしい。


けど、僕らがここに案内されたのに何の意味も無いはずはないだろう。僕はその意味を探すべく、もう一度卓上に視線を戻した。


 一つの印が5つに分かれ、それがまた分岐点となって数多の道を生みだしている。道と道の交差点は中央の印から遠ざかるほど、色が混ざって濁っていく。


「・・・世界は一つの・・・」


 ふと、そんな言葉が口から零れた。ミノンの言葉だ。その先が思い出せないけれど、何か引っ掛かるのだ。


「・・・なんだっけな。ハタ!」


「あ?」と返事が返ってくる。


「ほら、知らない?言い伝えだか何だか知らないけど・・・世界は一つの・・・一つの光?――」

「――一つの光が五つの分岐点へと伸び、それがまた広がって世界は出来ている」

「・・・そう、まさにそれだよ・・・」


 ダメ元で訊いたつもりだったんだ。それなのに返ってきた言葉は完璧なものだった。


「もし行く先に迷ったのなら、君は“アオイモノ”とともに歩める道を選ぶのだ。どんな結果になろうと、それが君にとっての正解になる」


 言い終えてすぐ、「ちっ」と舌打ちをしてついでに「気持ちわりい」と呟く。

嫌な思い出でも蘇ったか、ハタ苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「・・・でも、僕が聞いた時は『アオ』じゃなくて『クロ』だった。ていうか、ハタは何でこの言葉を・・・」

「それはこっちの台詞だ。・・・恐らくだが、どの影を崇高と見てるかで変わってくんだろ。俺がこの言葉を散々叩き込まれたのはこの街だ。“分岐点”だとか“道”だとか、訳解んねえことばっか言ってると思ってたけど、ようやく役立つ時が来たみたいだな」


 小さく「つまりは」と言いながら指を立て、ハタは紙の中央に触れた。大きな印・・・これが一つの光を意味している。それから、アオイ印へと繋がる道を辿って、ハタは指を滑らせた。


ハタの指が印に到着するや否やの瞬間だった。


 階段を上った先、僕らの頭上にある戸が、ガチャリと音を立てて開いたのだ。


「だから、何度も訊いているだろ」


 そんな声と共に、中から一人の男が現れる。

僕の横で、ハタは耐えきれなくなって、その袖で鼻を覆ったのだ。


中から出てきた人物は、とある一色に染まっていた。


「・・・青い影だ・・・」


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