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招かれた僕ら  作者: 蓮水 碧
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 ふわふわしていた光景に一気に現実味が戻った。一生この地に閉じ込められているなんて、有り得るものか。・・・いや、有り得たらどうしよう。


この戸が眼に入った時は寧ろ、遂に向こうの世界に戻されてしまうときが来たのか、なんて思っていたくらいだ。けど、この異常な数の扉を前に、まだ僕は戻っちゃならないと諭されている気分になった。


 とりあえず、一番手前の戸に手を掛けた。ドアノブはすんなりと下がって、戸は簡単に開いてしまった。


「・・・普通だ・・・」


 戸を開けたら、当たり前だけど建物の中に繋がった。生活感溢れる、哀愁に満ちた部屋。


「何をそんなに不思議そうな顔してる。この戸の何が珍しいっていうんだ」

「違うんだよ、ハタ――」


 そこまで言い掛けて僕は、なんとなく感じていた違和の正体を見つけた。初めて戸に触れた時にはいたはずの、謎に満ちた生物像が今はいない。この国の硬貨にも描かれていた、爬虫類らしき生物。


本来ならドアノブにぶら下がっているはずなのに、僕が手を掛けたドアノブは「あれ」が手を掛けていた部分がへこんでいるだけだ。


 よく見ると、銀の装飾も微妙に違う。これはただの偽物、いや、ダミーなんだ。


 本物を探しに、僕は道の奥へと入っていった。


「ハタ。昨日は流したけど、やっぱり終始の日について詳しく教ええてほしい。さっきもその話が出てたよね。なんで皆、そんなに騒いでるの?」

「・・・終始の日は、この国が立国された日だ。大祭が行なわれるのは五年に一度だが、終始の日は何故か百年周期で祝われる」

「大祭って・・・町ごとに七日ずつ祭りを開いていくやつか」

「影の反映、即ち幻能の増大を祝う。俺みてえな部類とは縁の無い祭りだ」


 なるほど。そりゃあ、幻能を持たない僕が祭り会場に出歩いてのうのうと買い食いをしていたら白い目で見られるわけだ。


 そう、あの日の事を話すとハタは「当たり前だろ」と何も知らない僕を気味悪がった。


それからしばらく歩いた後だった。


「・・・・・・あっ!」


長らく草原と青い戸だけの道を歩き続けて、ようやく僕らは突き当たったのだった。


今まで何件かの戸を開けてきたけど、今回だけは鍵が掛かっている。それに、この戸だけ唯一、ドアノブにあれが引っ掛かっている。


戸を構えた建物は、全くもって立派でも大きくもないけれど…。


「これだ・・・」

「鍵は持ってないのか」

「・・・うん。ここまで来たけど実は持ってない」

「これを開けてどうするつもりだ?」

「・・・分かんない。けど、絶対何かあるんだ」


 わざわざ戸の方から僕に姿を見せてきたくらいなのだから。


「何でそんなこと言い切れる」

「前に実際、何かあったからだよ」


 それにしても、どうやって鍵を開けようか。

僕が悩む横で、ハタが何かを取り出した。ピッキングに使うような、細い金具だ。だが、取り出してすぐ、ハタは肝心の鍵穴がないことに気が付き、苛立ったように戸を蹴った。


「・・・やめなよ。ハタの足が先に壊れるって」


  今までも何度かこうして解錠してきた経験があるのだろう。

それから、何か勘づいたように「ああ」と声を上げた。


「・・・これが鍵穴かもしんねえな」


 そう言って指差したのは、戸の上部中央にある、一つの窪みだった。

三角形の窪みで、ちょうどこの国の薄い硬貨が嵌まりそうだ。その窪みだけが本物と異なる点で、僕も気掛かりだったんだ。でも、こんな薄い窪み、到底鍵穴とは思えない。


「ハタの方こそ、なんでそんな事言えんの?」

「鍵らしき物をいっぱい持ってるからな」


 いきなり何を言い出したかと思えば、ハタは大量の何かをポケットから取り出したのだった。それらはジャラジャラっと音を立てて、ハタの手の平に広がる。


「・・・これ、今までもずっと持ってた?」


 硬貨に似ているが違う。三角形の平たい鍵穴に収まりそうな何十という数の色板がハタの手に乗っている。いくつかは紐が通されて、首にでも掛けられそうだ。


「ずっとじゃねえ。ここに来てから手に入れた」

「手に入れたっていつの間に・・・・・・まさか!ずっとくすねてきたわけ!?」

「さすがにお前には気が付かれていると思ったがぁ・・・俺も腕を上げたな」

「何してんだよ!」


 今更返してこいなんて騒ぎ立てるつもりはないけど・・・けど、あまりにも数が多すぎる。


「うるせぇな。今までどうやって稼いできたと思ってんだ。これくらいどうってことない」


 たしかに今までのハタを考えると、僕の普通が彼に通用しないのは分かる。わかるけれども・・・今は、お陰で手掛かりを掴めそうなハタの腕に感謝するべきだろうか。


「・・・祭りのお陰で紛争が一時休戦した。この機会にできるだけ持ち帰ろうと思ったらこれだ。皆同じもんを持ってやがる」

「・・・信仰の証にも見えるけど、多分・・・」

「だろうな」


 僕の考えがハタにも伝わったらしい。


「扉と同じだ。ここのやつらは信仰心だとか、そんなんを動機に持ち歩いてたのかもしんねえけど、これを普及させた奴の目的は“本物”を紛らわすことだろうな」


 ハタは言いながら、適当に一枚とって窪みへと嵌めた。けど、ドアノブは回ってくれない。


「・・・だろうぁぁ。正直のところ、俺が盗んだ中に偶然にも本物があるとは思い難い。これを持ち歩いてる奴は、他にも何百といるだろうよ」

「うん。僕も、そう思うよ」


 そこで僕はふと、偽物の鍵達に描かれた模様に見覚えがあると気付いた。


「・・・・・・待ってハタ、僕これどっかで・・・」


 頭を抱える僕の横で、ハタが僕の荷物を勝手に漁りだした。


「ちょっ!何して――」

「――見覚えがあるなら無意識に何度も見てたんだろ。そうなりゃまずは自分の荷物を疑え」 


・・・ああ、今の言葉で思い出した。


「ハタ、当たりかもしれない」


 硬貨の入った袋を開ける。


大量の硬貨をミノンと二人で分けたとき、一枚だけ流通していない、ミノンでさえ価値の分からぬものが入っていたんだ。結果的に、今は僕が持っていた。それも三角形だから、てっきり硬貨の一種なのかと思っていたけど、違ったんだ。


「・・・これだ!」


 偽物には一つとして無かった、真っ青に染まった三角形。戸と同じ色だ。


「ああ、確定じゃねえか。んなもん、何でお前が持ってんだ」

「ある人に渡されたんだ。僕もその人に、それを聞きたいよ」


 青い鍵の嵌まった戸は、それまでが嘘のように、すんなりとドアノブが動いてしまったのだった。


 中から聞こえてきた優雅な音楽が、草を震わせて草原に広がっていく。

それと同時に、ハタが顔色を悪くしてピタリと動きを止めた。


「・・・・・・大丈夫?」


 荒くなった呼吸でハタは「ああ」と答える。絶対大丈夫なんかじゃない。


「この音楽、舞踏会だ」

「舞踏会?」

「いいから早く戸を開けろ」


 言われたとおりにして、僕らは吸い込まれるように部屋の中へと入っていった。


「舞踏会には良い思い出がねえからな」


 戸を越す時、ハタのそんな呟きが聞こえたのだった。


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