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招かれた僕ら  作者: 蓮水 碧
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予言


「――ねえ、前にもカナトコに来たことがあるって言ってたよね?」


 いつの間にか持ちきれない程買い込んでいた食べ物を、着々と食べ進めながら僕らは街を練り歩いていた。ちゃっかりハタまで、僕の金で大量に買い込んでいる。・・・まあ、実際にはアルタさんのものだけど。


 今まで通ってきたところと比べると、見るからに発展途上の街だし、実際利便性は高く無いみたいだけど、食べ物はかなり美味い。


「幼少期だ。殆ど覚えてねえ」

「でも、その後も情報を集めに、また来たんでしょ?」

「ああ。数年前、来たには来たがその頃は紛争が酷かった。情報がどうのこうの言ってる場合じゃなかったさ。お前も歩いてて分かったかも知れねえが、ここじゃ厄介な信仰が根付いてる」


 確かに、ハタが言うように行く先々で「青の御加護を」なんて言葉を掛けられていた。

胡散臭い宗教の、勧誘みたいだ。


「けど、それと紛争が関係ある?」

「あるなぁ。ずっと昔、この国が出来た当初から続いた対立で、紛争が繰り返されてきてる。色んな信仰が相まっていた中で、幻能によって無理矢理国境が引かれてんだ。国の内外で対立、加えて内戦も起こってる」


 街だというのに内戦が起こっているのだ。僕が知らないだけで、それだけカナトコの領土が広かったのか。あるいはあまりにも複雑に信仰者達が暮らしていたのか・・・。


 ハタが「けど」と話を続ける。


「国が出来てしばらくした後で、カナトコでの信仰対象が一応、一つに定められた」

「一応って。だからまだ紛争が続いてるんだろ」

「言葉で示すだけなら、反発も頻繁に起こるだろうな。けど話し合いだとか、そんな平和なもんじゃねえ」

「・・・武力とか、そんな類いね・・・」


 ハタが静かに頷く。どこで聞き耳を立てられているか分からないからそれ以上は言わなかったが、ハタの言いたいことはある程度掴めた。


 街を見ていればどことなく引っ掛かる部分が数多くある。他の街とは違う、何故か青ばかりの色硝子。色硝子によって、時々普通の影が色付くけど、ここじゃそれも青ばっかり。


それから皆が口揃えて言う「青の御加護を」なんて言葉。そして誰一人として影を出さない異常な光景。

 僕が赤い影を見たとき、周囲はそれを「赤い影」ではなく「有色影(ゆうしょくかげ)」と呼んだ。赤以外にも色のついた影が確認されてなきゃ、そんな風には呼ばないはずなんだ。


「ハタ、今確認されてる影の色って――」

「――お前が見た赤。それから黄、青。はっきりとしないが白い影が存在するかもなんて噂もある。内、王政に仕えてるのが赤い影。どっかででかい街を統治してんのが黄色い影。青い影は、何十年も前に三度目の目撃が確認されて以来、行方不明だ」


 ハタが周囲に聞こえぬように話す。


「なるほど。有色影はその四体だけ?」

「いや・・・紫、橙だとかいうかなり色の薄い有色影もいたはずだ。だがぁ、普通の影とあまりに力の差が無い故に目立つ話はねえ」


 ハタが何かにはっと表情を変え、目を細める。


「あぁそれで・・・・・・目撃された青い影はちょうど、あんな姿をしていたらしい」


 遠くを見上げたハタにつられて、僕も首を傾けた。視界に、僕の背の何倍もある大きなステンドグラスが映る。ステンドグラスが描く模様は、大きな鯨のようだ。

けれど、僕が知っている何番も大きくて、胸鰭は何枚も生えている。あれを一度に動かしたら、空を飛べそうなくらいだ。


いつの間に辿り着いたのだろう。僕らの前には、とある大きな建物が現れた。恐らく教会に似た役割をもつものだろう。

やけに迷わずすたすたと歩いていると思ったら・・・ハタは初めからこの場所を目指して歩いていたのか。


「うわぁ・・・凄い人」


 目を見張るほどの人集りだ。教会の中だけでは収まりきらなくなった人々が、教会周辺に溢れかえって、皆揃って跪いている。中に何があるのか、気になったものの、あまりに人の数が多くて教会の中に入ることは不可能だった。


 それに、ずっと気になっていたがここには異様な空気が流れている。なんだかおかしいのだ。今日は祭日だっていうのに、何がこれほど張り詰めた厳粛な空気を漂わせているのだろうか。ここに集う人は皆、何かに怯えたように肩を縮めている。そして、これでもかとその手に力を込めて、祈りを捧げているのだ。


 ハタの表情が分かりやすく変わった。片方の口角だけを不器用に上げたその表情からは、彼の眼に映るものの気持ち悪さが浮き出ている。異常なまでの人々の執着心が、不快なのだ。


「・・・・・・あの、失礼ですが、今何をされて・・・」


 僕が前の女性の肩に触れると、彼女は今にも叫び出しそうな顔で振り返った。


「何をそんなに怯えて・・・」

「何って!今日は予言された日ですよ!?」


・・・そんなこと言われたって。


僕が困惑の表情を返すと、女性まで困った表情をした。


「向こうじゃ祭り騒ぎだってのに、こっちじゃ随分と深刻な扱いだな」


 ハタが面倒くさそうな表情で女性へと聞き込みを始めた。僕はその様子を横から見ていた。


「おい、予言ってなんのことだ?」

「パライレのことですよ!」

「パライレ・・・あの青い影か。それがどうした?」

「もうじき終始の日が来るでしょう?その十日前、つまりは今日!パライレは目を覚ますのです!ラピュアスの地に集うために!以前目を覚ましてカナトコを崩壊直前へと導いた時から、そう予言されてきたのです!」


 ハタに「聞いたか?」と囁かれ、僕は「うん」と答える。だがそれ以上に、どうも気掛かりなことがあった。気が付いたのは僕だけだ。ハタはまだ、隣で話を続けている。


「前にそいつが目を覚ましたのはいつだ?ラピュアスの地って?やつはどうしてそこに行く」

「今年は終始の日があるからだ」


 女性が答えるよりも先に、近辺にいた男が静かに答えた。


「以前青い影が目を覚ましたのも、百年前の終始の日だった。有色影は百年周期でやってくる終始の日にラピュアスの地に集う為目を覚ます。そういうもんだ。百年に一度だけじゃないさ。有色影は皆、五年に一度自分の番が来れば必ずラピュアスの地を訪れる。その時はまだ、影の主によって理性型もたれとる。だが、そうして代わる代わる、毎年その地を訪れて、百年に一度、全ての有色影が集うとき、影は理性を失ったように暴れ出す。そういうものなのだ」

「五年に一度・・・つまりは五体の有色影がいるのか・・・」


 男は、これ以上邪魔するなと、ハタを避けた。


「待て、最後に一つだけ良いか。その『ラピュアスの地』はどこにある?」

「・・・・・・その秘密を守るのが、我ら先祖の役目だった。真実は知るべきものだけが知る。儂等がしれたことじゃねえ。今はただ、幻能が歪みすぎたが故に外部から人が寄らんだけだがな」

「そうか。・・・邪魔して悪かったな」


 ハタが有力な手掛かりを掴んだと言わんばかりに、僕の背中を叩いた。だが僕は、遠くから目を離せなかった。僕から延びた縄が、そこでがっちりと結ばれているかのように、視線を外せなかったのだ。


「どうやら、信仰心以上の恐怖心からこの集団は成ってるらしいな。・・・・・・おい、聞いてるか?」

「・・・うん」


 勿論、聞いているさ。でも、さっき見えたあの光景が気になって気になって、仕方がなかった。

教会から少し離れたところは、紛争に巻き込まれたのか倒壊した建物がそのまま残っている。


その瓦礫の中で、一瞬、忘れられないターコイズブルーが輝いたのだ。今はもう無い。けど、僕は確かにあの戸を見た。


「『ラピュアスの地』だ。この街には、まだ秘密が残ってる」


 そんな時だった。今度は別の場所に、あの戸が現れて、すっと消えていったのだ。

こんなの、追いかけずにいられるものか。


「おい!どこ行く!勝手に走り出してんじゃねえ!」

「分かってるよ!でも・・・良いから着いてきて!」


 身勝手な僕の行動にハタが怒鳴りだしたが、今はそんなの気にしていられなかった。まるで僕を誘い出しているかのように、消えたり現れたりしていたのだ。ただの偶然なんかじゃない。


「おい!いい加減にしろ!」


 足を止めた僕の肩を、駆け寄ってきたハタが鷲づかみにする。


「・・・ごめん。でも見てよこれ・・・」


 そう、この時僕は青い戸の前に辿り着いていたんだ。けど、こんなの思っていた以上だ。


「・・・一体何個あるんだ」


 一つじゃなかったのだ。僕が立つ道の両脇にはあの青い戸が無作為に、ずらりと並んで壁をつくっていたのだ。


「その前に周りを見てみろ」


 珍しく戸惑ったような口振りのハタに頭を抑えられて、僕は仕方なく首を傾けた。この力加減、多分相当腹を立てている。


「・・・・・・え?・・・あれ?」


 振り返ってようやく、僕はハタの戸惑い振りが僕の行動に対してではなかったことに気が付いたのだった。


 そんなに走ったつもりはなかった。けれど僕らの周りからは、見えるはずの教会が消えてしまっていたのだ。それどころじゃない。背後に広がっていた祭り会場も、街も、紛争で崩れた建物も、何もかも消えてしまっていたのだ。


 残ったのは広い草原と、青い戸を構えた家が並ぶ長い通りと、僕らだけ。


「歪みに巻き込まれたな。気が付いたらこれだ」

「僕も全く気が付かなかった・・・」


 まさか、「歪み」の話が本当だったなんて。


「言っておくがぁ俺は、今までこんな経験したことない。入ったはいいがここから元の場所にどう帰るか、知らねえぞ。・・・まぁ、歪みがあるってのが真実なのは分かったけどな」


 その言葉で、ふわふわしていた光景に一気に現実味が戻った。

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