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招かれた僕ら  作者: 蓮水 碧
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《第五章 戸の街》カナトコ

   

 翌朝、貨物列車が車庫に到着してからしばらくの間、僕らは深い無蓋車の底の方でじっとしていた。そして、影の様子を見計らって最後尾の車両に人が来る前に、そっと抜け出した。


車庫を抜ければ、真っ青な空に包まれた丘の上だ。悠々と広がる緑に、凝り固まった体をほぐしていく。


「――最っ高だ!」


ついでに「くうっ!」と声が出そうになる。久々に自由な朝を迎えた気がした。思い切り背伸びをして、深呼吸をせずにはいられなかった。


 車庫に着く前、僕らの乗った列車は既にカナトコの街中を抜けてきたらしく、丘から延びた線路はその下に広がる街にも通っていた。丘下には、広大で果てしない景色が広がっている。


「すっげ・・・」


 思わず声が出た。

まっさらな草原の上に、遺跡のような砂色の四角い立てものがポツリポツリと建っている。僕はまた少し、元の世界から遠ざかってしまったような気がしていた。


「ハタ、前もこの街に来た?でないと、あの列車がここへ通じてるってわからないでしょ」

「ずっと昔、色んな家を飛ばされてた時代だ。お前が馬車を降りたあの街で、俺もいざこざに巻き込まれて橋から投げ落とされた」

「投げ落とされたって・・・」

「ああ、運が良かったさ。その時もまた、あの貨物列車のあの車両に落ちた。同じ列車に乗って街を出たが、後に誰も行こうとしねえここの情報が、割と高くつくことが分かった。だから影を付けた後でまた行ってやろうと、列車に乗る間合いを計算し尽くしたってだけだ」


 馬車で再会したときも、あの商売においてやけに詳しかったし、今までのこともあって、ハタの幼少期について、なんとなくそうだろうとは思っていた。僕らはある意味、同じような境遇なのだろう。


 僕の事を害のない無力な奴って思っているのか、ハタは易々と話すけれど、僕はこれでもあまり深掘りはしないようにと気を遣ってはいたのだ。


「ああ、そうか。この街ももう、祭りの時期か」


 丘を下りながら、ハタはそんなことを呟いた。


「祭りって?」

「よく見てから聞け」


 ハタに言われて僕はじっと目を凝らして街を見た。確かに、一際賑わっているような気がする通りがある。それに、あの嫌な思い出が蘇る色硝子の反射光も、チラチラと目に入る。


「・・・前も、別の街で祭りが開催されてたんだ」

「ああ、さっき言ったろ。四十の街が七日ずつ交代で祭りを開催していくって。最後の七日間は王城周辺で開催されるけどなぁ、その前の七日間は大抵カナトコで開かれてる」

「じゃあその・・・何て言うか、国全体で開かれるでっかい祭りが、もうじき終わろうとしてんだ」

「・・・お前、ほんとに何も知らねえんだな」


 それもそうだ。馬車の中にどれくらいいたかが定かじゃないけれど、僕はこの国に来てからまだ二十日かそこらなんだ。


「二十日か・・・」


 元の世界と、時間の流れが同じかは定かじゃないけれど、もしそうなのだとしたらかなりの日数が立っている。夏休みなんてとっくに終わっていて、始業式が終わっても尚、僕は行方不明のままなんだ。


 でも、自然とそれに対する焦りはなかった。今の僕には、「この世界での僕」しか視野になかったのだ。


             ✿


 柔らかい音楽が悠々と流れている。


草原の中に立つ砂色の家を、僕らは縫って進んだ。建物はどれも、粘土をこねて固めたみたいに輪郭が曖昧で、丸っこい形が特徴的だった。開けた場所はあるけれど、建物は間隔を開けて建てられていたから、はっきりとした道がない。時々草が刈られている場所もあるけど、大体の場所がそのまま草を放置していて、いつになく膝下がくすぐったかった。


「人、多いね」

「・・・ここが祭りの中心地だからだろうな」


 ハタが「ほら」と指を指す。その先で、あの色硝子が光っている。

どうやらあれが、祭りを象徴するものらしい。初めて足を踏み入れた町にも、ぶら下がっていたっけ。


 ここで見る色硝子は、青ばっかりだ。全部が同じではないけれど、どれも青系統の違った色をしている。


 そう言えば、ここに来てから以前のような視線を感じなくなった。黒髪の者が、僕らだけではなくなったのだ。黒髪など最早当たり前のようにあちらこちらにいて、影の有無もまばら。実体として影を出している者は誰一人いなかった。この街には色んな人種の者が集まっているのだ。


 青い光と、白い光、それに緑の草原と砂色の家々。そんなほわほわした光景に包まれて、僕は気が遠くなった。これが、白昼夢の中にいるようだ、ってやつだろうか。


「こうも存在が馴染むと、返って居心地がわりいな」

「そんなもん?」


 ハタは「あぁ」と頷いた後で言ったのだった。


「お前、金持ってないか?」

「ちょっとならあるけど・・・なんで?」


 宿を出るとき、あの大金をミノンと半分に分けて、僕の分は画材トランクの底の、更にその裏に隠してあった。ミノンの経験談から、そこが一番バレにくいってことになっていたから。


 あの後で、僕の事などそっちのけでミノンに集中していたであろう衛兵が、どれだけ僕を雑に扱ったのかは知らないが、恐らく丸投げで馬車に持ってこられた僕の荷物は、殆どが綺麗に残っていたのだ。

まあ、金目になりそうな物なんて持ってなかったし。ただちょっとした刃物なんかは回収されていたけど。


「・・・・・・・せっかくだから朝飯、食わねえか」

「は?――」


――そんなことよりも・・・なんて言おうともしたけど、ちょうど僕の腹が鳴って何も言い返せなくなった。それに、内心金の使い道がそうだったら良いと思っていたんだ。馬車の中じゃ、ろくな物を食わせてもらえなかったから。


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