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招かれた僕ら  作者: 蓮水 碧
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歪み


 ああ、もう。この世界に来てまでどうしてあいつを――選りに選ってヒロトを思い出さなきゃならないんだ。ハタに言われて思いだしたあの言葉。あんな家庭でもどうにか繋がっていた僕らを、完全に決裂させる始まりとなった言葉。


「お前、絵なんて描くのか」


 ハタの声で、僕は自分が筆を持ったままうとうとしていたことにはっとした。


「え、まぁ・・・なんで?珍しい?」

「ああ、かなりな」


 干し草に埋もれて、ハタが指先の包帯を巻き直しながら僕に言う。


 まさか、またキャンバスを触れる日が来るとは思っていなくて、座れる環境ができたら直ぐさま筆を取っていた。それきりずっと、絵を描いている・・・つもりだったが奮闘の末、睡魔には勝てなかったらしい。


久々に夢を見たんだ。恐らく、橋から飛び降りる直前、ハタに言われた言葉が原因で。


「芸術なんて、金になんねえだろ」

「それは、人によるんじゃない?」

「いや、断言できる。誰にとっても金にならねえし、重宝もされねぇ。ここでの価値は手にする幻能の量で決まる。大概、美しさの基準はそこだろ」

「・・・じゃあ、美術館とかは?」

「・・・・・・なんだそれ」


 そうか。この世界では絵は求められる対象じゃないのか。少なくともハタの知る街では。

商品にされて、あんな扱いをされても尚、この世界が向こうより好きだって事は言えたけど、それだけは少し残念だった。


「・・・あの女か」


 ハタが僕のキャンバスを覗き込んで言った。

 ベランダから見た水平線とシヴァに、僕はミノンの横顔を描き足していた。風になびく二束の金髪に、珍しい桃色の目。


「惚れてんのか」

「はっ、え?僕そんな風に見えてる?」

「取り乱しすぎだ」


 ハタが鼻で笑った。これ以上何か言ってもまた笑われる気がして、僕は一旦口を閉ざした。

違うんだ。惚れているとか、そんな話じゃなくて…ただ時々、僕にもミノンのような強さがあればなって思うときがあるのだ。


「・・・ねえ、こんな所に乗り込んで、列車が停まったときに見つかんない?」


 話を濁そうと思って、僕は尋ねた。


「よほどのことがない限りは。これを運行してんのは影だ。与えられた命令以外を、自我を持って行えるほど強力じゃない」

「でも、その・・・主体?からかなり離れた距離でも動ける影なんだ」


 ハタの話からして、どうやら影は自我を持たないのが普通らしい。確かに、今まで見てきたどの影も、誰かの命令に従って動いているような気がした。

けど、シヴァは誰に命令される事もなく、ミノンを守っていた。


「さっきさ、『なんも知らずにあの森に入ろうとしてたのか』って言ったよね。森を越えなきゃならないのは知ってたけど・・・あれ、どういう意味?僕が橋から飛び降りなきゃなんなかった理由、教えてくれたって良いだろ」

「お前らがいたあの廃村。確か海をずっと行けば幻能の境目に触れるはずだったな」


 あそこでの景色を思い出して、キャンバスを見つめる。


「うん。今はもう、変わっちゃったけど」


「ああ」とハタは一息置いて、話し始めた。


 ラピュアスが起動する前は、国境の殆どが海に面していて、その海を辿れば幻能の境目に辿り着くようになっていた。だから、街をずっと行けば幻能の端に着く、なんてことはなかったのだ。幻能の境目まで舟を走らせる者は殆どおらず、そこに触れたことのある者も、極少数だった。

けれど、ただ一つだけ、海を挟まずに直接幻能の境目に接している街があった。それが、僕らが今目指している「カナトコ」だ。


 唯一、陸上で幻能の境目を見られる地。

話を聞くに、この国はきっと、半島のような形で在るのだと思う。


「それで、問題はそのカナトコで『歪み』が生じてることだ」

「歪み?」

「幻能の歪みだ。単に境目に直面しているからか、或いは別の力が加わってるせぇか、色々と説はある」

「別の力?幻能の他に、そんなのがあんの?」

「さあな。皆、歪みのせいで影を失うのを恐れて近寄らねえ。そのせいで立国からいまだに原因が分かっちゃいない」


影が無くなった今、ハタにとっては失う物がなくなったってことか。


「それに、あそこで歪んでるのは幻能だけじゃないって言われてるしな」

「・・・と、言うと?」

「空間だ」

「はぁ?」


 思わず聞き返してしまったけれど、考えて見れば有り得ない話じゃない。何せ僕自身が、空間を越えてこの国に来たのだから。


ハタはまた、鼻で笑う。


「一人で森に入らなくて良かったな。戻るにしても、『来た道』が無かったかもしれない」


 そういうことか。だから、確実にカナトコに着くであろう、この「カナトコ行き」の列車に乗ったんだ。・・・・・・にしてももう少し説明してから飛び降りれば良いのに・・・。なんてことはこの時は言わないでおいた。


「それで、お前がカナトコを目指してた訳は?」

「・・・ミノンの所に、毎年、同じ日にちに手紙が届いてたらしい」


 七年前、ミノンが十歳を迎えた時からずっとだ。彼女の父、フォールが無くなった一年後、つまりは昨年、その手紙は止まってしまったというけれど。


ミノンがどこにいようとその手紙は関係なく彼女の元に届いていたのだ。手紙を彼女に届けるのは、決まって影だった。それはシヴァと同じように、空を飛ぶことができたという。


ミノンをどう辿っていたのか、手紙の差出人――影の主は誰なのか、はっきりとしない。それに、去年はとうとう手紙が届かなくなってしまった。けれど、一つだけ、分かっていたことがある。それらの手紙が全てカナトコという街から届いていたということだ。


もうミノンには他に行く当てがなかったんだ。こんな状況で病弱な母を頼れるはずがなく、追われる原因となった父さえ亡くしている。

ミノンの目指す地は一つ、カナトコだけ。もしミノンもまだ同じ場所を目指しているのなら、きっとまた再会できるだろうって、僕は心の奥底から期待していた。


僕が話し終えたときだった。

日暮れ時だった空が、突然照明が落ちたみたいにガクンと暗くなったのだ。一瞬、満面の星空が視界に広がった。


「うわっ、今何が起こった!?」


 空はまたじんわりと、紫色を取り戻している。

ハタが小さく「ほらな」と言った。

この時僕らは、カナトコの領域に完全に足を踏み入れていたんだ。



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