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招かれた僕ら  作者: 蓮水 碧
23/46

ハタ


「・・・・・・人にものを頼むならせめて名乗るくらいしろよ」

「黒、十八、蛇、ハタ・・・好きなのを選べ」

「・・・・・・じゃあ、ハタ・・・さん?」


 言われた中で一番名前らしい名前を選んだ。


「ハタで良い」

「じゃあハタ・・・」


 ハタはそれが、裏取引で情報屋をしていたときの名前だと言った。

 それに対しては何も言わないでおいた。もともと、「エリクシー」なんて名前がつくような怪しい組織と関わりのある奴だ。


ハタが再び僕を追いかけてきた理由は、聞かなくとも分かった。

ハタの影は、ラピュアスの起動に巻き込まれていた。あの蛇の影を、ハタは取り戻したいのだろう。


「・・・・・・ハタ。ハタもエリクシーって集団の一員だろ?」

「“だった”、だ。影が無い奴は除外される。処分される前に、王政側から距離を取ってきた」

「処分・・・されるって?」

「いぃや、これに関しては俺の立ち位置が他の団員よりも少し特殊だったのに問題がある。・・・デクシーって集団を知ってるか?」


 聞く感じエリクシーと関連しているのだろうけど初耳だ。僕が首を傾げるとハタはデクシーについて語り出した。


「王政が管理する兵隊。・・・もとは『影無し』で、影を後付けした奴らが衛兵としてどれだけ強くなるか、或いはどれだけ機能するか実験的に組織された隊だった。隊員は現時点で二十人ほど。噂によると、実力も影の扱いもかなり優秀な奴らが集まってるらしい」


ハタも、影を後付けした一人だ。


「・・・ハタも、そこに加わる予定だった?」

「話は来てたな」

「そう・・・だったんだ。・・・ごめん」

「いや、元からこの話には乗らずに王政側とは距離を取る予定だった。ただ、エリクシーに所属してる以上、俺の情報は少なからず向こうに渡っているわけで・・・こうして逃亡を図ってるんだ」


 ハタは別に、そんなつもりはないのだろうが、僕はこれでも責任を感じているんだ。

 今までも、幻能が無くなったせいで生活が一変した街の住人を遠くから見てきたけど、こうして、影と共にそれまでの居場所をなくした人がいるってことを目の当たりにすると、胸がチクッとする。

まあ、ハタに関しては自業自得でもあるのか。


「ずっと気になってたんだけどさ、国王はどうしてイニシアをエリクシー達に集めさせたの?」

「知らねえって言わなかったか。俺たちは多額の報酬に動いてただけだ。王政側も、裏ルートに流れ込んでるかもしれないイニシアには手を出せない。だから俺たちを雇う。それだけの関係だ」


 期待外れの返答だと思ったすぐ後で、ハタは一呼吸置いて続けたのだ。


「ああ、でも“祭日”は関係してるかもな」

「祭日?」


 祭りと聞くと、青い戸を抜けたあの日を思い出す。


「四十の街が七日ずつ、交代で祭りを開催していくだろ。その最終日が今年は終始の日だとよぉ」


 まだ僕が理解していない事に、ハタは「嘘だろ?」と呟いて、それ以上は何も教えてくれそうになかった。


「ところで」とハタはさらりと話を切り替える。


「あの女はどうした?死んだか?」

「・・・ミノンのことか・・・。死んだなんてそんな、ありもしないこと言うなよ」


 「ありもしない」なんて断言したけれど、本当は心のどこかで不安に思っていた。シヴァのいる彼女ならきっと、きっと大丈夫だろうけど・・・。


「ミノンっていうのか。王政の人質だとかいう見えすぎた罠に、はまってねえといいなぁ」


 そう言って不敵な笑みを浮かべた。だが、その後だ。

 ハタはしばらく「ミノン…ミノン」と呟いて、思い出したように再度「ああ」と言った。


「はぁー、フォールの娘か。道理であの時見覚えがあると思った訳だ。なら尚更、追われるわけだな」

「・・・ミノンの父って、そんなに名が知れてんの?」

「王政が内密に管理する指名手配者のリストに、あの女とその父親の情報があった。街でもなく、衛兵でもなく、王が直々に管理する指名手配者の中に、だ」


 ミノンが指名手配されている事には、それほど驚かなかった。ただ少し、思っていたよりもその規模は大きかったけれど。


「王も、誰がラピュアスを起動させたかまでは分かっちゃいねえだろうけどな、まず疑うのは手配者として名の上がってる奴らだ。衛兵も、権力を降るわねぇよう、普段は影を動かすのにも制限がある。だがこの騒動で、好き勝手そいつらを使ってミノンって女を見つける良い機会ができたんだ」

「…だからミノンの所にいきなり影が押し寄せてきたのか・・・。有色影(ゆうしょくかげ)とか呼ばれてた。見たことも無い赤い影が・・・」


 あの惨状は、とても言葉で言い表せるものではない。

僕の言葉に、ハタは一瞬言葉を詰まらせた。


「・・・・・・赤い影が来たのか・・・?」

「え?うん。・・・知ってるの?」

「知ってるかどうかの話じゃねえだろ。赤い影に捕まったなら、今頃死んでいてもおかしくないと覚悟しておいた方が良い」

「え、いや。なんで捕まった前提で話すんだよ。ミノンの影が抵抗して、赤い影は消えてった。ミノンは僕が知る限りまだ逃亡中で――」

「――赤い影が負けた?」


「そうだよ」と僕は目で訴えた。ハタはまた、「嘘だろ」と呟いたかと思うと、また嫌な笑みを浮かべたのだった。


「最初から、あの女と関わるつもりは無かった。王と関わるのも御免だ。ただでさえ指名手配されてる奴だしな。けど有色影に対抗できるなら話は別だ。あいつを追って、奪った力を元に戻してもらう」

「・・・違う、ハタ。力を奪ったのはミノンじゃない、ラピュアスだ」

「ならラピュアスを元に戻せば良い話だ。けどそうしないのは、結局あいつが奪ったのと変わらねえ」

「・・・・・・戻したくても、戻せなかったんだよ。ラピュアスは、力を吸い取った途端に無くなった」

「・・・無くなった?」

「うん。全く、何も残らずに・・・。そもそも起動させるつもりも無かった。だから、何でラピュアスが起動しちゃったのか、戻す術は無いのか、ミノンと二人で見つけに行くはずだったんだ。二人で・・・」


 思い出してまた、自分の無力さが嫌になる。


「・・・ああ、思ったよりも面倒くせえ事になってるな」


 そうだ。何もかも予定が狂って、面倒な事になっているんだ。ハタの邪魔さえ入っていなければ、僕らの計画は狂わなかったかもしれないのに。けど、そう思っているのは多分向こうも同じだ。


「それで、僕たちどこに向かって歩いてる?」


 気が付けば、段々と街を外れていって、僕らはとある橋へと差し掛かっていた。アーチ状の大橋が、峡谷となった地形を繋いでいる。谷から地上までの距離は然程(さほど)無いけれど、いちいち上り下りするのが面倒だから、この橋が作られたのだろう。

かと言い、ここらには大した建物もなく、この橋を行き来するような人はいないように思えた。


「・・・答えてよ。本来なら、僕はカナトコとって街に行かなきゃならないんだ」

「そうか。奇遇だな、俺もだ」

「は?じゃあどうしてこんな・・・こんな方向に向かってんだよ。森を通らなきゃカナトコは――」

「――お前、なんも知らずにあの森に入ろうとしてたのか。真っ正面からカナトコを目指して帰ってこれた奴はいねえぞ」


 だからって、どうしてこんなにも違う方角を目指さなきゃならいんだ。


そう、口を出そうとしたときだった。ふと、遠くの方から、ガタゴトと騒がしいジョイント音に、汽笛の音が聞こえてきた。

この汽笛、前にもどこかで聞いた気がする。


ハタは何か察したように目を細め、僕の腕を引いて足を速めた。


「良いか、時間が無いからしっかり聞いとけ」

「え、うん・・・え、時間が無いって?」


 ハタは構わず話し始めた。


「この谷底には線路が通ってる。そこをもうじき、貨物列車が通過する。その最後尾五両だ。そこが無蓋車になってる。いいか、最後尾五両だ。列車が来たら、俺が合図する。そしたら飛び込め」


 飛び込む・・・列車に。飛び込むってまさか――


「この橋から!?」


 列車の先頭が、既に橋の下へと現れた。騒音の中で、ハタが「ああ!」と叫ぶ。


「失敗したら即死だろ!?」

「大丈夫だ!影がいたときに、何回も試行錯誤してタイミングを掴んだ!早すぎても遅すぎても、硬い面にぶち当たる。絶対に俺の合図に従って飛べ!」


 列車はもう、橋の下を通過し始めている。ガタンゴトンと回る車輪の音が、より一層僕の心を掻き立てた。


「いいか、そろそろだ」


 ハタが柵に手を掛け、柵の向こう側へと立った。僕も慌てて背中のキャンバスを手に持ち、柵を越す。途端に足が硬直した。ここから飛び降りることを、全身全霊で拒否している。


ハタが何をもってこの橋を飛ぼうとしているのか、全く見えてこない状況で、飛び込めと言われているのだ。


「待った!死ぬだろこんなん!」

「合図通りに飛べば問題ない!」

「・・・無理!無理だって!」

「良いから飛べ!無理ならお前だけ残れば良い!」


 僕が黙り込むとハタは付け加えて言った。


「はぁ・・・・・・影を取り戻す手掛かりにでもなるだろうと思ってお前をつけてきたけど、使い物にならなかったな」

「はあ!?」


 僕が声を上げると同時に、ハタは「いまだ」と、静かに橋から足を離したのだった。


 自分から意見は言えなくて、何においてもなかなか行動に移せずに、とにかく自分が傷つかないようにと縮こまってきた。そのくせ根に持つ方で、頑固で、負けず嫌いで、それが僕だ。その僕の性が、その言葉を聞き逃さなかった。


 二年前のあの時、何でか知らないけど、今でも何気なく思い出しては頭から離れてくれない言葉がある。


「ああもう!くそっ!」


 気が付けばやけくそになって飛び出していた。


なんでお前にまで、そんなこと言われなきゃならないんだ!みんな――


「――僕の何が分かるんだよ!」


 ビリビリビリッと、体中に痛痒い衝撃が走った。全身に風が吹き付ける。


……チクチクしているけれど、柔らかい。何か、枯れ草の上に落ちたんだ。上を見上げて薄らと瞼を開くと、夕暮れ時の、紫色の空が広がっている。幻能に包まれた空。


「生きてるか」


 別の車両に着地したハタが、僕の腕を掴んで僕を引き上げた。まんまとハタの煽りに乗って、僕は列車へと着地していたのだ。


 飛び出して、一瞬死に近づいたあの胸の高鳴りが、まだじんわりと残っている。掴まれた腕が、自然と震えた。

振り向くと小さくなった橋が見える。本当にあんなところから、僕は飛び降りたんだ・・・。


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