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招かれた僕ら  作者: 蓮水 碧
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再出発


また、奴が僕の前に現れたのだ。小さなナイフ一本を片手に、彼は気怠げ言った。


「その男、浅くしか切ってねえからまだ生きてるぜ。連れて帰るなら今のうちだ」

「ふざけんじゃねえ!」


 取り巻きの奴等から、じんわりと薄い影が浮かび上がってくる。シヴァと比べると威力の欠片も無い影だ。それでも僕は退いていたけど。


 襲いかかる影に、奴は幻石で対抗した。大抵の場合、影に刃物は無力だ。幻石に含まれる僅かな幻能を解放して、影を反発したんだ。


 影の動きが制御されたその一瞬を見計らって、奴は次の一手に出た。

降りかかってきた拳をすんなりと交わして、何食わぬ顔で男の二の腕を刺したのだ。また、大きな呻き声が響く。それで、こいつが容赦なく刃をむける奴だとわかった取り巻きの連中は、あっという間に退散していった。誰一人、倒れた男を抱える事はなかったのだった。


「お前、売られたのか」


 奴の声に応えている暇は無い。今はマルクの息が・・・・・・。


 僕の焦りなど気にもせず、奴は割って入ると、マルクの口元に耳を当てた。


「あぁ、まだ呼吸があるぜぇ、こいつ。寝かせとけばそのうち目が覚める。早く行くぞ」


 そう言われて渡されたのは、マントと、僕があの日手にしていた荷物だった。キャンバスまである。


「なんでこれを・・・」

「お前のニオイを追ってずっとあの馬車をつけてた。全く隙しかねぇ商人だ。馬車を開けた隙に、いとも簡単にこいつらを盗まれちまう。・・・・・・それだけだけだ」


 それだけ言うと、すたすたと先を歩いて行く。


「ちょっと!待ってよ!行くって・・・行くってどこに?それに僕は・・・」

「まさか戻るつもりじゃあ、ねえだろうな。こっちにも、来てもらわないといけない理由がある。お前に責任があるんだ、断る権利はないね」

「・・・無理だ。僕が逃げ出せば、代わりに残った皆が罰を受ける」

「余計な情を抱いてんじゃねえ」


 僕を、そんな薄情な奴と同じ扱いはしないでほしい。・・・なんて言い返す気力はこの時残っていなかった。


「あと三日もありゃあ、あの馬車は次の売り場に辿り着く。傷ついた商品は売れねえからな。商人側もそれほど手を上げない」

「でも、それは確実じゃないだろ・・・」

「・・・・・・なら一度、売られてみれば良い。人身売買で売られたとて、稼ぐだけ稼いで自立する選択肢は残されてる。だが普通に売られたら、行く先は売春か過酷な労働環境だ。・・・どっちも薬漬けにされて、貧困から抜け出せないループに陥る可能性が高いだろうなぁ」


 そう言って、奴は選択を迫るように僕から視線を合わせて離してくれなかった。


 しばらく口を閉ざした。僕の左腕には、リングがついたままだ。その様子を察したのか、奴は僕の左手を取った。それで初めて気が付いたが、奴は十本の指先全てに、包帯のような白い布を巻いていた。

・・・いや、十本じゃない。よく見たら右手の小指が途中で切れている。


 僕がそんなことに気を取られている間に、奴はあろうことか、僕の指先にあった傷口を、再び切ったのだった。


「痛い!何すんだよ・・・」

「契約なら、とっとと切れば良かっただろ」

「・・・え?契約って」


 僕を常識外れの人間だと思っただろうか。僕が全く理解していないことに、奴は眉をしかめるも仕方なしに話し始めた。


「そのリングに限った事じゃねえ。昔から、どの契約を結ぶにも血を使用するのは普通だ。契約を切る際にも。契約を切るにはもう一回お前の血を与えるだけで良い。でかい契約には、それだけ多量の血が必要になるけどな」


 その言葉に、僕の中で何かが引っ掛かった。


「・・・・・・まって、それって全ての契約に?」

「ああ」

「・・・本人にその意識がなくとも、血があれば契約を結んだことになってるってこともある?」

「まあ。けど本人の血を入手するのは簡単じゃあない。滅多にないだろうな」


・・・そうか。なんとなく、あの時の記憶とこの契約が結びついた。ミノンはあの時、こいつの影に噛まれたことで鎖骨から血が流れた。その血は、確かにラピュアスの上へと落ちたのだ。ミノンはあの時、もしかしたらラピュアスと何か契約を結んでしまったのかも知れない。


「おい、早く来い。お前のせいでこっちは色々と大変なことになってんだ」

「ちょ、待って・・・」


 マルクには悪いけれど、マルクの指先を少しだけ弄って、彼のリングも外した。

すると、奴はすかさず僕を睨んだ。


「余計な手出しするもんじゃねぇ」

「余計って・・・・・・」

「長年売り飛ばされてんなら、契約の仕組みくらい知ってるはずだ」


・・・それでもマルクは、マルク自身で望んでここに居続けている。

そう、言いたいのだろう。マルクには、ここを離れられない訳があるのだと理解した。


どうしたら良いのか、いや、どうもしないのが僕にとっての最善だろうと思った。



何だかんだ、一番親切にしてくれた人だったから、このまま何も言わずに別れるのは気が引けたが、後はどうにかなってくれと、無責任な切望だけ残しておいた。

最後にマルクを人気の無い静かな路地裏に寝かせて、僕は奴へとついていくことにした。


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