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招かれた僕ら  作者: 蓮水 碧
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《第一章 雨宿り》 美術室の二人 

  


「・・・コト・・・マコト!」


 両肩に手を添えられて、思わずビクリと振り向いた。


「びっくりしすぎ。そんなに集中してた?」

「・・・・・・いや」


 寧ろ逆だ。気が緩み過ぎて、目の前のキャンバスなんかこれっぽっちも関係の無いことを考えていた。


「なんか・・・変な夢?見てたかも」

「ははっ、何言ってんの。お前起きてたじゃん」


 カナメに笑われる横で、僕は面倒になって帰宅の準備を始めた。かと言って、筆もパレットも全部置いていくから、持って帰るのはスマホと財布だけが入ったスッカラカンの鞄だ。


・・・あぁ、それからいつの日からか、鞄の底に丸まって放置された、白紙の進路希望調査票。

何でも良いからとりあえず書けって言われているけど、これに向かってペンを構える気にはなれなかった。


「あ、お前その紙まだ持ってたんだ」


 広げた白紙を、僕の後ろからカナメが覗き見る。


「美大に行きたいんじゃないの?」

「・・・別に、そういうわけじゃないけど」

「でも、行くなら美術系の大学だろ?」


 答えるのに、僕は少しだけ躊躇った。


「・・・・・・無理だって。ほら、僕の両親、ヒロトしか見てないじゃん?僕の進学なんて端から視野に入れてないだろうから。美大に入学できたとしても、今のバイト代だけで授業料払うってなると、かなり厳しいし」


――ヒロト。

僕の双子の兄だ。二卵性双生児だから、あんまり似ていないけれど。似ていないのは顔だけじゃない。本当に双子かって疑うくらいに、できが良いのだ。僕と違って。


何をやらせても、ヒロトはたやすく熟していく。ピアノだって、水泳だって、中学でのバスケ部だって、英会話だって。勉強なんて、言わなくとも勿論。

結果、両親の関心は少しずつヒロトへと偏っていき、今じゃ完全にヒロトしか目に無い。


 現在だって、難関大学を目指すヒロトを中心に家族は動いている。受験受験受験…そればっかりだ。


 朝早く、家を出るまでの二時間でヒロトが勉強に集中するために珈琲が入れられて、帰ってきてからは眠気覚ましの為に入れられる。

僕は絶対に邪魔してはならない。

その香りの中には、常に「受験」という張り詰めた緊張感があった。だから僕は、珈琲の香りが嫌いなんだ。


「美大って、授業料そんなに高い?」

「うん。高校の授業でさえ、バイト代九割持っていかれてる」

「やばいな、それ。マコト、経済回してるんじゃないかってくらいには稼いでるのにな」


 言い過ぎ・・・なんかじゃないか。

高二の冬、選択科目で僕が美術コースに進むって決めたときも、当然のように親には相談しなかった。

けど、それなりの額が必要になるとは分かっていたから、どうにか僕一人で払ってやるって覚悟して、今に至る。

本当は予備校にも通いたい。でもその時間でバイトして稼がないと、授業さえ受けられなくなる。そういうちょっとした時間の差が、絵にも出てくるんだ。


「卒業後、いつまで家に居られるかも分かんないしさ。それに、こんな中途半端な覚悟じゃ、親を説得しようがないよ」


 一息吐いて、僕は続けた。


「まぁ、僕はヒロトと違って、両親からの強い圧が無いから、その面では気楽だけどさ」

「まあなー」


 両親の、ヒロトに対する異常な執着心は当人でない僕にも分かるくらいだった。

「・・・・・・あれ?あんま変わってないね」


 僕のキャンバスを目に、カナメは言うのだった。

 カナメも、僕とヒロトが抱える問題は以前から知っている。だからこそ、いちいち同情するようなことは言わなかった。


カナメは難しそうな顔で顎をさする。僕の絵の、どこが変化したのかを見抜こうとしているのだろうが、正解だ。殆ど変わっていない。

結局、空を描いたキャンバスに描き足したのは、薄い雲だけ。これもまた、後で上から塗りつぶすかもしれないけれど。


――思い出せば、妙な夢だった。寝ているときでさえ、夢なんて滅多に見ないというのに。

二本に束ねた長い金髪が、青い空の下で風に吹かれて揺れている。その姿が、あまりにも印象的で、それだけしか覚えていなかった。

どこか遠い国から来たような、異国風の顔立ちの少女…。僕が描いた空の下に、その少女の姿が重なって見えた。


「お前は良いよな。気楽でさ」


 こうも焦燥感が見られないと、思わずそんな風に声を掛けたくもなる。カナメは、既に進路が決まっていて、絵どうこうで悩む必要が無い。


そもそも、こいつは美術部員じゃない。引退試合を終えたバレー部員で、しかも全国レベルの成績を残している。

受かるかは別として、大学にはスポーツ推薦で受験することが決まっていて、勉強も期末テストに向けてくらいしかしていないだろう。それでも、実力も人柄も確かだから、カナメならきっと受かると僕は思っている。だから、気楽だなぁって。


「まあな。でも俺、勉強は無理だからさ、正直助かってるよ」

「バレーの実力がずば抜けてるからいいだろ。僕なんて、勉強も絵も中途半端じゃん」

「俺はマコトの絵ぇ好きだぜ」

「・・・・・・はいはい、どうもー」

「今日も俺んち泊まってく?」

「・・・うん。いい?」

「おう、勿論」


 薄暗い昇降口を背に、僕たちは学校を去った。


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