起動 2
「・・・・・・ミノン?」
しばらくして、ミノンは体を震わせながらどうにか声を絞り出した。
「・・・・・・鍵が、外れたのよ・・・今ので・・・」
そうか、今のが「ラピュアスの起動」だったんだ。
言葉にして、ミノンは改めて現状を自覚したように、眉をしかめた。
鎖骨からは、また血が滴る。間違いない。あの瞬間にラピュアスが解放されたのだとしたら、その要因は彼女の血にある。
「ミノンの血が・・・?どうして・・・?」
「・・・わからない。何もわからない。何が起こったのかも、何で私だったのかも」
ミノンは早口になって頭を抱えた。
「マコト・・・」
ミノンが震える声で僕を呼んだ。
「私、勘違いしていたのかも知れない。ラピュアスは『莫大な力を動かすものだ』っていう父の言葉に、何も疑問を抱いてこなかった。でもこんな・・・こんな、光を奪っていくなんて」
「違う・・・ミノン」
この時僕は気が付いていた。さっきまでいたはずの、蛇の影まで消えてしまっていたことに。
ベランダからは僅かに星明かりが差し込んでいる。影を出すことは、今もまだできるはずなのだ。
でも――
「――ラピュアスは光を奪ったんじゃない。この街を覆ってた力を奪ったんだ。・・・ミノン、言ってただろ、この国は元々夜の地にあるって。魔法が解けた剥き出しの空がこれだよ。だから蛇の影も消えたんだ」
「・・・それじゃあ私、この街の幻能を全て・・・」
そこまで言って、ミノンははっとしてその名を呼んだ。
「シヴァ!!」
すると、床に薄らと広がるミノンの、普通の影からシヴァが現れて、部屋全体を包むように羽を広げた。その姿はいつもに増して黒く、彼女の戸惑いが現れたように激しく揺らいでいた。
ミノンはシヴァが何事も無く現れたことに、驚いたみたいだ。
「・・・・・・どうして私だけ?」
「わからない。けど空を・・・空を戻さないと!」
「えぇ・・・・・・戻さないと。戻す・・・。でも、ラピュアスは消えてしまったわ。それに戻したところで私・・・きっと命だけじゃ償いきれない大罪よ・・・・・・」
ミノンが涙をこぼして、それまでの彼女からは考えられぬ弱々しい泣き声で、肩を上下させたのだった。
今、ミノンの中で彼女は独りだった。これまでもずっと、多分父親を亡くしてからずっと。シヴァさえ今は見えなくなっているみたいだった。
溜め込んでも、目を逸らしてきた苦悩が一気に溢れ出て、彼女の視界を奪ったんだ。
何も見えなくなって泣くミノンに、僕の心が重なって見えた気がした。
「ミノン!・・・・・・ミノン!」
二回目でようやくミノンは気が付いた。
「忘れないで!ミノンには僕もシヴァもいる!その為にここに来たんだ。僕だけは何があっても味方でいるから・・・だから――」
言い終える前に、ミノンはまた号泣した。さっきよりも大きな声を上げて。
けれど、今度はシヴァがはっきりと部屋を包み、揺らぐことはなかった。




