幻石
「うわぁ…」
その地は突然現れた。
森の木々に囲まれて、円形に広がった平野。その中心には大木が聳え立つ。木の根元には、ここからでも分かるほど、多くの動物の死骸からなった骨の山が出来上がっていたのである。
御者の言葉で少し心配にはなっていたが、幸い、今この地にいるのは僕だけのようだ。
人間だけではない。動物にも、幻能を持って生まれてくる者がいる。幻能者でない動物が普通の影を持つ中、彼らは「影を出す」ということを自覚せずに、力を蓄え続ける。
その力が使われる前に、外傷などで短命となった動物たちは、自然と一定の地に集まるという。そしてそこで、息絶える。
この地も、その内の一つ。つまりは、主体を失い行き場を失った影――出されることなく余力を残した影たちが、ここには集まっているのだ。
今から僕は、その影を呼び出す。それから、新たに幻石という主体を与えるのだ。そこで初めて、目に見えなかった力が形となる。
大木から離れたところに、三本の杖を突き刺した。老人が使うような、太く長い杖だ。この杖がないと、影を収集するのは不可能だ。加えて、杖は幻石のように広く出回ってはいないし、影を集められる場所も限られている。故に通常、幻石は空の状態で売られているってわけだ。
杖の中心には空洞があり、それぞれの空洞に持っていた幻石を差し込む。二つは宝石みたいな固形物で、もう一つは小瓶に入った液状の幻石だ。さっき買った幻石もあるけど、今はまだ使わない。
幻石が嵌まるなり、三本の杖は途端に光を放ちだした。
原理など知らない。これはきっと理屈などでは言い表せない。それよりも今は、これから始まる光景に目が釘付けになっていた。
杖の光に引き寄せられるように、骨山の中から影がヌッと現れたのだ。ミノンが出す影のように真っ黒ではないけれど、かなり大きい。耳の垂れ下がった牛の様だが同時に長い角も垂れ下がっている。その影はゆっくりこちらへと近づいてきた。三本の杖のうち、真ん中の杖を目指しているみたいだ。彼が通った後の平地では、草が踏み潰されていた。
僕が詳しく語れることではないけれど、大きさと重さを持つ中でこれだけ影の濃さが残っているというなら、きっとそれなりに強い力がある。その力に、この幻石が耐えられるかどうか。
この影の足先が杖の先端に触れる。杖が踏み潰されそうになる。だが、それより先に影は幻石の中へと吸い込まれていった。幻石が激しく震える。あと少しで破裂しそうだと思ったその時、幻石はピタリと動きを止めたのだった。
「・・・よかった」
幻石はあの力の主体になって変わったのだ。
骨山からは、まだまだ影が湧き出ている。杖に呼び出されて起き上がり、残った二つの幻石を目指している。そんな中、一匹の影が目に終えぬ速さで飛びだしてきたのだ。そして、そのまま二つ目の幻石に収まってしまった。あまりの速さに、その姿を僕は認識できなかった。
加えて、立て続きに予期せぬ事態が起こりだした。
まだ三つ目の幻石が完了していないというのに、この平地にシヴァが降り立ったのだ。僕は一度、自分の目を疑った。湧き出してきたうちの一つかとも思ったが、異様に濃くてでかいその形は、確かにシヴァだった。
シヴァを恐れるように、杖に近づいていた影たちは一時後退したのだった。
本来なら、日暮れの時間が来てからシヴァをここに送ってもらう予定だった。道中で少し手こずったが、それでも十分な時間はあったはずだ。
シヴァが強引に僕のフードを引っ張った。
「待って!待てって!」
慌てて杖をまとめた。杖から光が消えていく。こんなの、最後の幻石については諦めるしかないではないか。シヴァの様子が明らかにいつもと違うんだ。
「・・・まさかミノンに何かあって・・・」
この慌てよう、考えられるのはそれしかない。
シヴァは僕を咥え、宙へと投げ飛ばし、空中で拾った。僕はシヴァの背中で戸惑うことしかできなかった。




