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招かれた僕ら  作者: 蓮水 碧
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不穏な質疑

 

女性のことなどすっかり頭から抜けて、恐る恐る振り返る。そしてぎょっとしたのだ。


――髪が黒い。僕と同じ黒髪なのだ。

短髪で、僕より背が低いけれど子供じゃないし、恐らく僕より年が上だ。かなりの厚底靴を履いているにも関わらず、僕は首を下に傾けて彼を見ていた。


影は・・・・・・ある。ミノンの話だと、黒髪の人は大抵全く影が出ないと言うけれど、彼には影があった。強い照明の下にも関わらず、薄らとした影だったけれど。


彼は包み隠さず堂々とそこに立っていたが、この場に馴染むことはなく、寧ろ彼だけ異様に浮いて注目されていた。ということは、その彼に話し掛けられた僕も、だ。


 僕と目が合って、「へぇ」と物珍しそうに彼は言う。


「もしかして、俺と同類?」


 なんだ。なんだ、なんだ。確かに僕の髪は黒いけれど、同類って呼ばれる筋合いはないだろう。 


「なぁ、かなりにおっているけど――」

「――えっ、僕臭って――」

「ちげえよ。お前じゃなくて、影のニオイ」


 荒い口調に、いちいち身体が強張る。


「影の・・・力の強い、強烈なニオイ。でも、その影からじゃねぇ」


 彼が僕の、普通の影を睨んだ。


「このニオイの影、誰のだ?」


 咄嗟のことに、身体が固まっていた。声が出なかった。僕か、或いはミノンのことを疑っているのだ。似た姿の僕が言いたくはないけれど、彼は一般的でない。今の探るような言い方も、きっと普通でない。


何か言わないと。

言って、誤魔化さないと――


「――まあ、いい」


 その言葉にほっとしたのも束の間だった。


「もう一個、訊きたいことがあるんだけど」


 声の調子がガラリと変わった。不穏な空気は更に深刻に、彼の眼は本気になる。

耐えきれずにごくりと唾を呑んだ。


 目の前に、とある絵が描かれた紙を突き出された。見覚えのある、けれど決してその在処を知られてはならぬもの。紙の描かれていたのは、まさにミノンが手にする、イニシアの一つ。・・・ラピュアスだったのだ。


「これに見覚えは?王政から盗まれたイニシアの一つ。王の古いナクシモノで、写真は残ってないけど。知らねぇ?」


 彼の視線は、僕の瞳一点を捕らえたまま、離さない。ここで目を逸らしたら、余計に怪しまれると思って僕も負けじと目を合わせていたが、それが張り詰めた緊張感を加速させていった。


 どうして、わざわざ僕に尋ねたのだろう。この店には、僕の他にも大勢の客がいるというのに、わざわざ僕に。


「・・・・・・いえ。そういう類いのものは詳しくないので」

「だのに幻石は買いに来んだ」

「まあ、これくらいなら」

「・・・へえ、君みたいな若造が、幻石なんかに用があんだ」


 それに対して、僕は何も答えなかった。正直なところ、幻石が一般的にどのような目的で使われるのかよく知らない。下手に嘘をついて、余計に怪しまれるなら黙っていた方がマシだろう。


「・・・・・・あっそ。最近近隣の街でこれの兄弟物を巡っての取引があったらしくてさぁ。それで来たけど、この街は外れだな。イニシアを回収するよう命令されてる奴はたくさんいるから、もしこのブツ見つけたら教えてやんな」

「命令?」

「国王だ。今まで無くなったもんは諦めてたのに、最近また欲しがりだしたらしい」

「・・・そう、ですか」


 彼は言うだけ言うと、あっという間にこの店を立ち去った。この店の幻石など、きっと最初から興味は無かった。目的は僕からラピュアスについて聞き出すことか・・・。


僕から異様に強い――恐らく彼だけが持つ特殊な感覚が、彼を僕へと導いた。おかげで、僕はすっかり注目の的だ。さっさと幻石を買って店を後にしたけれど、ああ、まだ帰っちゃならないのだ。この幻石は空。中に、幻能を収集した上で持ち帰らないといけないんだ。


「すいません。乗せて下さい」


 付近で停まっていた馬車に乗り込んだ。馬車と言っても、本来馬がいるはずのところには、影で作られた頭の無い馬――つまりは脚だけの奇妙な物体がいて、その上に御者(ぎょしゃ)が座っている。馬車なんて、この世界に来て初めて乗った。どうせならちゃんとした馬に引いてほしい気もしたが、この乗るときの高揚感はいまだにあるものだ。


「お客さん、どこまで?」

「えっと、『集いの森』の入口まで」


 すると御者は一瞬口を閉ざして、きっぱりと言ったのだった。


「『エリクシー』の奴らなら、乗車はお断りだぞ」

「・・・エリクシー?」

「あぁ、いや。違うなら良いんだ」


 そう言って彼はそのまま馬車を走らせたが、僕はその言葉が気になって仕方なかった。


光で満ちた大通りは、やがて細く枝分かれして、その内の一本が森の始まりまで続いている。窓から見た景色は段々と勢いを増して後ろへと流れていく。車輪が道路を擦るその音に負けじと、声を張り上げて僕は御者へと尋ねた。


「あの、エリクシーって?」


 騒音に交えて、前方から声が返ってくる。


「最近王政に雇われ出した集団の奴らさ」


その言葉が、さっきの男と重なった。


「けどな、もとは法に反するような裏取引の世界にいた奴等らしい。恐らくそっちの業界に詳しいから雇われとろう。あぁ、ちなみにエリクシーってのは昔、他国の言葉で『日食』って意味があった。勢い余って、影の元となる光さえ食っちまうかも知れねえ集団ってわけだ」


 なんだか嫌な予感がする。それが本当なら、僕は一瞬だって彼らと関わるべきではない。


「・・・何で、エリクシーの人を避けるんですか?それと、『集いの森』と彼らに何か関係が・・・?」

「何でってまあ、強引だからな。あとはなぁ、異常に影が強えやつが多いんだ。あんな影に脅されたら敵わねえさ。『集いの森』には、最近奴らの一味が立ち寄るっちゅう話を聞いたことがある。お前さんも気を付けた方が良いぜ」


 「あんな」って、どんな影だろう。本当は、まだ聞きたい事はあったのだ。嫌な胸のざわめきが収まらなかったから。けれど、これ以上影について無知な人間だと思われたくはなくて、以降、僕は口を閉ざしていた。


 森に近づくにつれて、こちらに届く日の光も自然と弱くなっていった。薄暗い緑の中で、馬車はピタリと止まったのだった。


「ほら、ついたぜ。お客さん」

「・・・ありがとうございました」

「ああ、帰りも乗ってくか?」

「いや、大丈夫です。すみません」


 帰りはそのままシヴァが迎えに来てくれる。


「それじゃあ」


 運賃を払って僕が立ち去ろうとしたその時だった。


「お前さんよ、髪を隠しとるみたいだがぁ影はちゃんとあるんだし、あの街じゃもう少し堂々としてても良いと思うぜ」

「・・・・・・ありがとう、ございます」


 御者は「気を付けろよ」と来た道を引き返していった。・・・ミノンだけじゃない。例え少数でも、他に味方になろうとしてくれる人はいるってことだ。


「それにしても、だよなぁ・・・」


 想像以上に森だ。名前が付くくらいだから、少しは整備されているのかと思えば、道という道が無い。木が鬱蒼と生い茂っている。


幻石に幻能を収集するのは一度経験があるけれど、この地を訪れたのは初めてだ。話に聞いていただけではこの先どう進めば良いのか、全く見当も付かなかった。


 心なしか日光とは別の、色の付いた光が森の中に漂っているのが見えた。それらは皆、同じ方角に向かって流れていく。以前幻能を収集した場所にも、こんな光が漂っていたのだ。だから、ひとまずはその光を追って、僕は森の奥地へと入り込んでいった。


かと言い、道が整備されていない森を進むには、あまりに不慣れで、マントの裾は引っ掛かるし、手には棘が刺さるし、一度盛大に転けたのなんだのと、目的地までは長い道のりだった。ただ、空気だけは美味い。早朝にあのビルを出発していなければ、今頃はとっくに夜だっただろう。


 心細くはあるが、いざとなればシヴァが来てくれる事がわかっていたから、迷うのも覚悟で僕は躊躇無く奥地に入り込んだ。


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