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招かれた僕ら  作者: 蓮水 碧
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《第二章 契約》 街

   

「すげぇ、魔法だよ」

「私からしたらマコト達の世界の方がよっぽど魔法だわ。まだ星が回っている事自体、私には想像がつかないもの。それに何て言うか・・・」


 水面を転げ回って水飛沫を上げるシヴァを、僕たちはベランダから眺めていた。


「そのガッコウってところ、私も行ってみたいな」

「この国には無いの?」

「うーん、多分似たような場所はあるんだけど、今まで触れる機会が無かったから」

「そっか・・・。僕で良かったら、学校で習うようなこと、ミノンにも教えてあげるよ」

「ほんとう?期待してるわ。それと私、あなたのように絵も描いてみたい」

「わかった。じゃあまた、帰ってきたら」


 「えぇ」とミノンが答えて、シヴァがベランダへと上がってくる。


「行ってらっしゃい。いつもありがとう」

「うん、いってきます」


 ミノンはあのビルで待機だ。僕はシヴァを連れて・・・というかシヴァが僕を連れて行って、僕はこれから調達にいく。食料だったり、ミノンが必要とするものだったりを。


 シヴァを出しているとミノンは体力を削られていくし、彼女には僕以上に目立ってはならない理由があるから外に出ない。

シヴァは自立して動くことができたけれど、街に出たらあの大きさはさすがに目立って仕方ないから、街に降りてからは僕一人での行動となる。


 こんな生活も、今日でもう六日目だ。調達には、既に三度ほど行っている。たった六日。それでもミノンについて知れたことは色々とある。


 ミノンは僕より一つ年下で、もう少しで十七歳になる。普段はこの廃村で寝泊まりしていて、必要最低限、生活に必要な分だけを稼ぎに、地下室のあったあの酒屋のような場所で働くという。

友達はずっと、シヴァだけ。けど、空も飛べるし、どこへでも行けるし、呼べばすぐに来てくれる、最高の奴じゃないかって僕は思っている。


最初のうちは、まるで新婚夫婦じゃないか、なんて浮かれていたけれど、あの不便な建物で困難ばかりの生活を続けていると、ミノンは今や、僕にとって唯一の大切な仲間以外、何者にも思えなくなっている。


彼女は友達を知らない。僕に「友達みたい」と言ったように、何というか、そんな人との関わりが彼女にとっても曖昧なのだと思う。


ミノンとの生活は、不便だが丁寧で、思いやりに満ちていて、時々大胆で、むこうでの生活なんかより、ずっと楽しかった。


「あ!ちょっと待って!」


 ミノンは急いで部屋へと戻って、僕が忘れていた、短いベールのような布を持ってきた。これで顔の下半分を隠す。僕が知るマスクよりも、簡易的なマスクだった。

髪も、ずっとフードで隠してある。


「危ない、素顔晒すとこだった」


 できるだけ、僕の存在を街の人に印象付けてはならない。僕を辿れば、ミノンに行き着いてしまうから。

浮かない格好で、影を潜めて街に馴染むよう今までも努力してきた。


「それじゃあ」


 言いながら僕はシヴァへと飛び乗った。これももう、慣れたもんだ。

 シヴァが飛び出す。僕らは空へと上昇した。


 ここ幾日かで、影について分かったことがある。シヴァは突然姿を消すが、それはミノンがシヴァを呼び戻したから。シヴァの実体は幻能で保たれているけれど、力が解き放たれてミノンへと返れば、シヴァもぷつりといなくなる。そしてまた、ミノンの普通の影から湧き上がる。

それから、ミノンが影へ与える力が異様に強いってだけで、一般的な人じゃ、これほど影の可動域は広くないし、ここまで影に感情が宿ることもない。


「・・・ねえシヴァ、ミノンっていつからあんな生活なの?」


 シヴァが首を振ってうなり声で応える。正直、何言っているかなんて理解できないけど、長い空の旅が飽きてきた頃には丁度良い話し相手になる。


「でもさ、もうちょっと警戒心は持った方が良いと思うんだよね。国王がどうのこうのじゃなくてさ・・・・・・。だって、その日に出会った僕を家に上げちゃうんだよ?僕だから良かったけどさ、ミノン可愛いんだからさ、ちょっと心配になるよ」


 シヴァは同意するように首を縦に振った。


「うわ、ちょ、落ちるってっ――」


 僕が慌てて羽を掴み尚した直後、シヴァは遠慮無しに急降下したのだった。


           ✿


「あの、一番安いのって…じゃあそれを三つお願いします。あ、あとギムイ?・・・て魚はどこで買えますか?」


 そんなこんなで、僕は未踏の地を渡り歩いていく。あの時は気が付かなかったけれど、こう、改めて道行く人を眺めていると、確かに影を連れて歩いている人も少なくない。


「ああ、そっか。“幻石(げんせき)”も買わないとか…」


僕は幻石を求めてとある建物を目指した。


手元にある幻石は三つ。全てミノンから預かっているものだ。それも、全て空の幻石。

幻石は幻能を蓄えることができる。この国に何千、何万と存在している最も手近いイニシアだ。

幻石に蓄えた幻能は、人を選ばず一時的に影を強化したり、大きくしたり、合体したり、元の幻能の量だけでは不可能なことを可能にする。そういうのに使われるから、王政側の衛兵に流れ込むことが多い。


 ミノンがラピュアスを起動させるのに、何十、何百と幻石が必要になる。それからミノン自身も、時々幻石から幻能を取り込む。ミノンの短命を引き延ばすには、全然足りぬ量だけれど。


ミノンはずっと、ラピュアスの為に幻石を集めていた。だから偶然にもあの街にいて、僕らは出会った。

父が亡くなり、ラピュアスの起動を決断したその日から続く、彼女の長い旅に、一度終止符が打たれようとしている。


 けれど普通、幻能は命と共に芽生え、寿命と影によって使い果たされる。だから、幻能を集めるにも特別な――


――ビリリリリリリリッ!


突然、有り得ないほどの大音量で、何かの警報が鳴り響いたのだ。自然と身体が強張った。


ああ、思い出した。この音がなれば、影が現れる。以前にも僕の前でならされた「不法侵入」を知らせる警報なのだ。


「・・・まさか、また・・・」


 咄嗟のことに、慌てて店の壁に背を付けていた。入口から僕の姿が見えないように。


 やがて店の前を一人の女性が駆け足で通っていった。フードの隙間から黒髪が見えたから、警報の対象がその人だとわかった。その時不覚にも、僕は「僕じゃなくて良かった」なんて思っていたんだ。


あの時のミノンのように、こっちだって誘導しないと。でも、どうしても声が出なかった。

今すぐ動くんだ。動くべきなんだ。


 やがて、何本か先の曲がり角から兵達が現れて、その女性を捕らえたのだった。ミノンが言ったとおりだ。影はただの見せかけに過ぎない。そうとなれば、助けられたはずなのに。


「・・・っ、何してんだよ、僕」


 女性が抵抗する叫び声が、壁の向こう側から聞こえてくる。じんわりと拳に力が籠もっていった。誰も、助けようとしなかったんだ。僕も含めて。まるで何も見えなかったように通りすぎていく。

そしてとうとう、その声は聞こえなくなってしまった。


「おい」


 今度は背後からの声に、迂闊にも「わっ」と声を出してしまった。僕だ。僕に話し掛けたのだ。

外に集中していたせいで、全く気配に気が付かなかった。


「お前今、なんで隠れた?」


そこで初めて、僕は自分のあからさまな行動に気が付いたのだ。僕がここで、警報に怯える必要などなかったというのに。


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