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招かれた僕ら  作者: 蓮水 碧
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プロローグ


珈琲の香りが嫌いだ。

珈琲味のお菓子を口にしただけでも鳥肌が立つくらいだ。けど、そんな僕の家には誰かが淹れた珈琲が欠かさず置かれている。インスタントだけど。


 つまりは、僕にとって家は居心地が悪い。

珈琲自体が嫌いなわけじゃないのだ。ただ、珈琲の香りが、あの息の詰まるような空間を思い出させるから、嫌いなのだ。


 家に居る時間を少しでも減らそうと思ってアルバイトを初めては見たけど、選ぶ店を間違えたといまだに思っている。


その時の勢いと、洒落た気分を味わいたくて、三年前、高校一年生の時にカフェでバイトを始めてしまったんだ。バイト先には何だかんだ良くしてもらっているし、そんな簡単に「辞めます」と言える性格でもないから、ずるずると毎週珈琲がにおう店に足を運んでは、何食わぬ顔で仕事をし、店を出てから詰まっていた息を存分に吐き出す。


そんな生活が、高校一年生から、三年生に至る今までずっとだ。


ずるずると言えば、そう、なんだかんだずるずると続けていて止められない事がもう一つあった。


             ✿


「マコトー。自販機行くけど何か買ってくっかー?」

「……んー、いい」

 美術室を去り際のカナメに聞かれて、僕はそれだけ返す。


 夏休みの高校。美術室。右手に持った二本の筆。自分一人になった部屋。ジーンと音を揺らす蝉の声。

冷房の効いた教室は、座りっぱなしの僕には少し寒いくらい涼しかった。


 目の前の、青い空だけを描いたキャンバスを前に、僕の右手はかれこれ一時間ほど止まっていた。受験生の貴重な一時間だというのに。


アイディアは溢れかえるほど、本当だったら次に描く景色は、体が追いつかなくなるくらいに思いついていた。けど、描けなかった。

描いたら、描きたかったものと違うものが出てくる気がして。


 美術室に置かれた沢山の絵画を見渡して、僕はとうとう筆を置いた。夏休み明け、文化祭で行なう展示会のために、美術部部員が描き上げた絵が、既に何枚かは完成した状態で置かれている。


見ていて嫌になってくるのだ。


絶対にあれよりも上手く表現できる。頭ではそう思っていても、結局僕のキャンバスは半分以上が白いままなのだから。

…僕には、描けないからだ。

「才能、あったのに…。あるのに…あるんだけどなあ…」

 やけくそに呟いて、余計に空しくなってきた。


 幼稚園で描いたイラスト画は、まだクローゼットの奥に保管されていて、今見ても年齢のわりに上手いと思う。あの頃くらいまでは、確かに才能があったのだと思う。そうやって、小学校も中学校も、生まれてから十二年分くらいは、僕の絵は褒められてきたんだ。


学生の作品を展示する企画に選ばれて、有名な美術館に作品が飾られたことも幾度かあった。


でも…でも、高校に入って突然行き詰まった。それまでとは違う、評価がお遊びじゃなくなったからかもしれない。自分の技術など、当たり前の様に周囲の人間も持っていたからかもしれない。何より心当たりがあるのは、予想外のところで()()()邪魔が入ったことだ。


とにかく、焦るばかりで思うように絵が描けなくなった。


 周囲はもう、進路を決め始めている時期だ。もちろん、僕の意志で続けてきたことだけれど、周りの勢いに押されて、ずるずると見失った才能なんかと歩いていないで、僕も受験勉強に専念してしまおうかとも思った。


けど、やっぱり自分を疑いきれなくて、まだキャンバスと向かい合っている。


オレンジ文庫ノベル大賞の方で、四次選考まで残らせていただいた作品です。

ネトコン参加のため全章一斉放出です。


原稿用紙 約340枚分です。

前半の話が、後半一気に集結するので最後まで読んでいただければ幸いです。

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