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7.暴走ヒロイン

本日三話目の投稿です。


 学院長を悩ませた新入生代表のスピーチは、上の方ではひと悶着あったけど第三王子がつとめた。そんなわけで、側妃ご満悦の中、入学式は問題なく終わった。

 そう、()()()()入学式が終わった。

 乙女ゲームの入学式に定番の出会いのシーンなんてない、至って普通な入学式だった。


 なぜならキーラが攻略対象に用事を言いつけて、全く見当違いの場所に五人を配置させたからだ。誰一人ともヒロインと出会うことなく入学式が無事に終了した。


 ヒロインと攻略対象の、入学式での出会いイベントを阻止する。


 ゲームが現実世界にも少なからず影響していると知った時に、キーラが必ず実行すると決めていたことだ。

 『ゼロカネ』に無関係なキーラが、王族や高位貴族に対してできることは限られている。ゲームをスタートさせないためにキーラができることはこれしかないと思い、綿密に計画を立てていた。


(ゲームさえ始まらなければ、ヒロインにだって穏やかな日常が待っているはず。ネイトとヒロインの仲をセスタント家に密告した前世の記憶持ちが何をしたいのか分からないけど、ゲームが始まらないことでレフィーへの攻撃を止めてくれればいいけど)


 キーラのその願いは、虚しく散った……。







 空き教室にレフィーの悲痛な声が響く。


「お願いします! もう叩かないで! 私が何をしたというのですか?」


 学院長に聞かせるために涙を流して許しを請うた小柄な美少女(レフィー)は、大きなつり目の女(キーラ)に押さえつけられている。

 この状況を前にして、レフィーが嘘をついているなんて思う人はいるだろうか? 「いない!」と即答で断言できるほどに、キーラはこういった場面で真実を見抜ける人に出会ったことがない。


 諸々を諦めて力の緩んだキーラの手から逃れたレフィーは、学院長の胸に飛び込み「怖かった……」と上目遣いで泣いている。


「大丈夫ですよ。もう一人じゃありませんから、落ち着いて下さい」


 そう言った学院長の声はキーラに対する砕けた声ではなく、学生に発する威厳ある声でもない。優しく包み込むようなその声を聴いて、キーラは「学院長もこんな声を出せるんだ」と驚いた。

 それと同時に「私は聞いたことのない声だな」と思い、この先の展開が自分にとって辛いものになると腹をくくった。


(どうしてこんなことになっちゃったんだろう……)


 抱き合う二人を呆然と見つめたキーラは、自分の行動を振り返った。







 キーラの知る『ゼロカネ』の記憶は、ヒーローとヒロインの出会いのシーンから始まる。

 キーラにとって乙女ゲームとは、選択肢を選ばないと先に進めないものだ。

 だからこそ出会いがなければ、物語は展開しない。ゲームさえ始まらなければ、現実世界に『ゼロカネ』はなんの影響も及ぼさないと思い込んでいた……。

 そんなキーラの甘い考えは通用しないのだと、それを痛感させられる言葉がキーラの耳に届いたのは入学式から五日後だった。




 授業を終えたキーラが自分の研究室に戻ろうと廊下を歩いていると、生徒達の甲高い声が聞こえてきた。盛り上がっている令嬢達は、背後から歩いてくるキーラに気付かないほど話に夢中だ。


「平民の新入生が、王太子殿下に擦り寄っているらしいわ」

「私も聞いたわ! 名前を呼ぶことも許されていないのに「ジョーゼス様」と呼んでいるって」

「婚約者のクロエ様だって名前で呼ぶことを許されていないのに、どういうつもり?」

「クロエ様は相当お怒りらしいわよ?」

「当然よ! 平民が『王太子妃に相応しいのは自分だ』と言っているのよ!」


 令嬢達が怒っているのか楽しんでいるのか分からないけど、声はどんどん大きくなっていく。

 こんな話を聞かされたキーラが驚かなかったはずはなく、膝から崩れ落ちそうなほどの衝撃だった。

 だってキーラは、「出会い」がなければ『ゼロカネ』は始まらないと思っていたのだから……。


(はぁっ? 出会ってないのに、どういうこと???? ゲームは始まってないのに、自分で勝手にスタートしたってこと? どうしてそんなことするの……?)


 ヒロインが攻略を始めてしまったら、ゲームの通りだろうとなかろうと学院は大騒ぎなんて話じゃ済まない。修羅場だ……。

 攻略対象は王族や高位貴族ばかりとなれば、学院内で収まる話ではなく必ず貴族社会に飛び火する。

 その責任を取らされるのは、学院長だ……。

 これは状況を確認して対応しなくてはまずい! 血の気が引いた青い顔のキーラは、令嬢達に駆け寄った。


「ちょっと、その話を詳しく聞かせてくれ……」

「……ひっ! 申し訳ありません!」

「もう、こんな不敬な話はしません!」

「許して下さい!」


 さっきまで元気いっぱいに話し込んでいた令嬢達は、恐怖で強張った顔をキーラに向けたかと思うと蜘蛛の子を散らすように一瞬で消えた。

 あまりに早いスピードで消えられて、伸ばした腕をどうしたらいいのかとキーラは頭を悩ませた……。

 とりあえず腕を下げて歩き出したキーラに、今度は令息達の噂話が飛び込んできた。


「さっきのあれ、生徒会室の前で脳筋アレスにつまみ出されてた子、新入生のレフィー・ストイルだろう?」

「間違いないよ。俺は昨日も同じ光景を見た。懲りないよな……」

「可愛いのは間違いないけど、それだけで自分が王太子と話せると思うなんて馬鹿なのか?」

「首席入学とはいっても、しょせんは平民。俺達と対等に話せるような知識も礼儀も身につけてないってことだ」

「身の程知らずにも、王太子妃になって贅沢三昧をしたいと言っているらしいぞ」

「あぁ、俺も聞いた。王太子が駄目なら、高位貴族なら誰でもいいとも言っているそうだ」


 またもレフィー・ストイル(ヒロイン)の噂だ。

 信じられないことに、王太子を攻略していることは間違いないらしい。あまりのショックにキーラの顔も引きつった。


(ダメダメ、さっき令嬢達に逃げられたばかりじゃない! 私の引きつった顔なんて怖すぎる。ここは穏やかな顔を心掛けて、話を聞き出すのよ。とりあえず、笑って)


「その話を詳しく……」

「ひぃぃぃぃぃぃ、申し訳ありません」

「わぁぁぁ、ごめんなさい」

「怖い……」

「……!」


 呼び止める間もなく、四人の令息も腰砕けで逃げて行った……。

 生徒達に特別厳しく接したことはないけれど、きつい印象とハイレベルな授業のせいでキーラは鬼教師と思われていたのだ……。

 二度も連続で逃げ出されれば、学院での聞き込みは自分には不可能なのだとキーラも学習した。とても、痛みを伴う授業だったけど……。


 学生から話を聞けないのであれば、これはもうレフィーに直接話を聞くしかない。幸いにも出没場所は聞けたのだから、明日にでも突撃するのみ!


(いや、でも……、学院長に相談した方がいいかな?)


 学院長のことを考えた瞬間にネイトの『二人は恋人同士』という言葉がポンと頭に浮かび、一瞬で身体中が熱を持つ。

 キーラは慌てて全身を振って邪念を追い払ってみたけれど。誰か人が見ていたら、怪しい儀式をしていると勘違いされただろう……。


(考えただけでだけでこんな状態なら、会ったら絶対に大変なことになる!)


 学院長の前でこんなに怪しい動きをしていれば、絶対に「どうしたんだ?」と聞かれに決まっている。こんな噂がありましてと話す自分を想像しただけで、キーラは恥ずか死ねる。今だって、十分息も絶え絶えだ。


「いや、ちょっと、会いに行ける状態じゃないよね、私が! 確証を得られてから行こう!」


 なんて思ったのがそもそもの間違いだったなんて、この時のキーラに気付けるはずがない……。







 リエットール学院は広く、校舎も何棟もある。普段の授業を行う教室棟、実験など特殊な授業に使う施設棟等と様々だ。

 生徒会室があるのは研究棟で、主に教師の研究室が入っている。教師に用事がある場合以外は、普通の生徒がふらりと来る場所ではない。

 ということは、レフィーがいるのは偶然ではなくて、やっぱり王太子を待ち伏せしていることになる。


(レフィーには多分、前世の記憶があるはず。雲の上の存在である王太子を突撃するなんて、『ゼロカネ』の記憶でもなければできない。もし前世の記憶がないのにやっているなら、相当ヤバい子だ……)


 レフィーが待ち伏せしていると聞いた生徒会室に向かうと、信じられないことに噂通りに階段下に黒い影が潜んでいる。

 衝撃の現実を前にしたキーラが顔色を失っていると、階段から王太子達が下りてくる気配を感じた影が動いた。

 立ち上がった時にピンクブロンドの三つ編みが跳ねた。間違いなく『ゼロカネ』のヒロインであるレフィー・ストイルだ。

 水色の瞳を何度も瞬きさせたレフィーは、右手を高くつき上げて王太子の下へ向かう。


「おうたい……」

「探したわ! ストイルさんっ!」


 声を張り上げたキーラは王太子達の視界を遮るようにレフィーの前に立ち、首根っこを掴んで引きずり去った。




 キーラは暴れるレフィーを近くの部屋に放り込み、バタンと後ろ手に扉を閉めた。

 愛らしいはずの瞳を怒りで吊り上げたレフィーが詰め寄ってきたけど、小柄なのでキーラの首元にしか顔がこない。残念ながら、至近距離では睨み合えない……。


「何なのよ! やっと王太子と話せるチャンスだったのに、どうしていつも私の邪魔ばかりするのよ!」


 授業以外では初対面なのに、キーラはいつも邪魔をしていることになっているらしい……。どんな勘違いなのかは分からないけど、まずは常識を教えるのが教師としての優先事項だ。


「王太子殿下を待ち伏せするなんて、下手したら暗殺者と判断されて切り殺されても文句は言えませんよ?」

 人差し指で銀縁眼鏡を上げて冷静に伝える態度が気に障ったのか、レフィーは両手でキーラの腹筋を突き押した。もちろんキーラはびくともせず、反動でよろけたレフィーが机にぶつかって椅子が倒れた。

 伊達に裏山を走り込んでいる訳ではない。細身ではあるが、キーラの体幹は完璧だ。


「もう一度言いますよ? 王太子殿下を待ち伏せするのは止めなさい。許されてもいないのに、貴方から声をかけるのもマナー違反です。マナーの授業を復習してください」

「うるさい! 私は特別な存在だから、問題ないのよ! 問題はあんたよ! どうしていつもいつも私の邪魔ばかりするのよ!」

「教師をあんた呼ばわりするのもいけません」

「あー、もう、うるっさいのよ!」


 レフィーは自分がぶつかった机を掌で殴りつけると、怒りに満ちた目でキーラを見上げた。そうかと思えばピンク色の三つ編みをいじくりながら、馬鹿にしたようにクスクスと笑い出す。


「私が可愛くて周りが放っておかないから、ひがんでいるんでしょ? あんたみたいに大女で地味顔つり目じゃ、誰にも見向きもされないものねぇ。貴族の娘は結婚して仕事に就かないのが常識なのに、結婚できない貴方は働くしかないなんて、可哀相!」

「正解だけど、八十点ね。デカくてブスだけど優秀な私に、精神的にも物理的にも見下されたくない男しかいないっていうのも入れておいて」


 聞き飽きるほど言われ続けている言葉に、キーラは笑いながら答えたのだが……。それはレフィーの怒りに触れたようだ。


「強がってちゃって、みっともない! あんたなんて、誰にも選ばれなかっただけじゃない! そのでかい図体をさらして、周りの幸せを指をくわえて見ているだけなのよ!」

「そうかもしれないけど、誰にも迷惑をかてないでしょ? 少なくとも家族の役には立っているしね」


 傷つけたいのに、悔しがらせたいのに、凹ませてやりたいのに、キーラには全く効果がない。それどころか、自分が言い負かされている。

 こんなはずじゃなかったと、レフィーの瞳に怒りが満ちていく。


「冗談じゃないわ! 私に迷惑をかけているのよ!」

「はい?」

「あんたのせいで私とネイトは……。私達の楽しい記憶は、あんたに奪われたのよ! 私は絶対に、あんたを許さない!」

「えっ? どういうこと? ストイルさんとは、入学式まで会ったことはなかったはずよ?」

「あんたと私がいつ会ったかなんて関係ないの! 幼いネイトが勉強ばかりであんたにベッタリだったせいで、私との思い出が作れなかったのよ! 私達が幼馴染以下になってしまったのは、全部あんたのせいよ!」


(なるほど、そうなるのか……。勉強に目覚めたネイトは、近所の子供と遊ぶ時間も惜しんで机に向かっていた。あれではレフィーとの甘酸っぱい思い出を作っている暇はなかったはずだわ……)


 しかし、どういうつもりなのか、レフィーは前世の記憶があることを隠すつもりがないらしい。

 一方キーラは前世持ちとバレることにデメリットしか感じないため、レフィーだけでなく誰にも知られるつもりはない。当然レフィーにも『ゼロカネ』の知識があることを気づかれる訳にはいかない。


「ネイトが勉強好きになったことを私のせいにするのは、違うんじゃない?」

「はぁっ? あんたが邪魔さえしなければ、シナリオ通りに進んで私達の仲は深まっていたのよ!」

「シナリオが何なのか分からないけど、ネイトとの仲を深めたいのに自分では何もしなかったってことよね? そこは自分で動かないといけないんじゃない? 未来は自分でつくらないと」

「うるさい! うるさい! うるさい! あんたみたいなモブ以下のせいで、どうしてヒロインである私がこんな目にあわないといけないのよ!」

「とりあえず、王太子殿下じゃなくてネイトと仲良くなりたいのよね。だったら、王太子殿下に近づくのは止めて、ネイトに話しかけてみればいいんじゃない」

「何それ! 自分が優位に立っていると自慢したいの?」


 レフィーから思いっきり睨まれているけど、キーラには優位に立っているという意味が分からないし、優位に立った覚えもない。でも、この際どうでもいい。


「ストイルさんは、『王太子殿下に擦り寄って、王太子妃を狙っている』と噂されているのよ? それがネイトの耳に入ったら、仲を深めるなんて難しくない?」

「はぁっ! 何よそれ! 冗談じゃないわ! 私は王太子に教えてあげたいことがあっただけなのに! どうしてそんな噂が立つのよ?」

「待ち伏せしたり、許されてないのに勝手に声をかけたりと、マナー違反ばかりするからじゃない?」

「だからって、私は王太子に有益な情報を提供しようとしただけなのに……。どうして王太子妃を狙っていることになるのよ!」


 下唇を噛んだレフィーは、悔しそうに足を踏み鳴らしている。


(レフィーの話では、王太子を攻略していないってこと?)


 待ち伏せしたり、勝手に声をかけたりと、擦り寄っていると勘違いされても仕方のない行動はしている。でも、「ジョーゼス様」とファーストネームでは呼んでいなかった。

 勝手に噂が先行しているのかもしれないし、誰かが悪意のある噂を流しているのかもしれない。


「王太子殿下に何かを伝えたくて待ち伏せしていただけなら、『王太子妃を狙っている』とか『王太子妃になって贅沢三昧する』とか『王太子が無理なら、高位貴族であらば誰でもいい』なんて言っていないのよね?」

「はぁっ! 何よそれ! 当たり前でしょう! そんなこと一言も言ってない! 王太子なんて全然グッとこないのよ! 王太子に執着しているヤバい奴の情報を教えてあげようと思ったけど、もう止める!」


 いとも簡単に王太子に近寄るのを止めたレフィーを見ている限り、ネイトに勘違いされるような発言をするとは思えない。


「冗談じゃないわっ! 私の推しはネイトただ一人よ! 幼馴染萌えなのに、あんたに邪魔されたのよ!」


 そう叫んで殴り掛かってきたレフィーの右手を、キーラはあっさりと掴んで動きを止めた。

 圧倒的な体格差と筋力差がありすぎて、小柄なレフィーではキーラに一撃加えることだって難しい。

 王太子に声をかけるのを邪魔され、傷つけようとした嫌味を言い負かされ、一発殴るのも押さえられた。それだけでも腹が立つのに、身に覚えのない噂まで流されて悔しくて仕方がないレフィーの目から、涙があふれてくる。


(えぇぇぇ! 美少女に泣かれるって、こんなにも困るものなのね……)


 ここで右手を離したら、大興奮中のレフィーが殴り掛かってくる。殴られたって大したことはないけど、教師を殴ったとなればレフィーの立場が悪くなるだけにキーラは手を離せない。

 仕方なく右手は掴んだままレフィーの肩に左手を置いて、気持ちを落ち着かせようとした。そのタイミングで、部屋の扉が開いた。


 部屋に入ってきたのは、意外にも学院長だ。しかも、キーラを見て、思いっきり顔を顰めている。

 小柄なレフィーの右手は頭上で押さえつけられ、肩に置こうとしたキーラの左手は頬を張ろうとしているように見えないこともない……。

 この場面だけを見れば、体格で勝っているキーラは完全に不利だ……。


(絶体絶命かもしれない……)


読んでいただき、ありがとうございました。

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