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6.眼鏡仲間

本日二話目の投稿です。

よろしくお願いします。

 気まずい顔をしたキーラがゆっくりと部屋に入ると、立ち上がった学院長が大きな身体を二つ折りにして「昨日は怖がらせてしまって、申し訳なかった」と謝ってきた。

 王弟であり最前線で国を守ってきた誇り高い将軍が、学院の生徒でしかない貧乏貴族に頭を下げるなんて誰が思うだろうか?

 その行動だけで、キーラは「あぁ、この人は見た目と違って優しい人なんだ」と思った。

 見た目だけで判断されて不当な扱いを受ける理不尽さなら、キーラは誰よりも知っている。


(私が倒れたことに学院長は全く関係ない。「前世の世界にあった、ゲームの記憶を思い出したせいなんです」と真実は言えないけど、もうこれ以上嫌な思いはさせたくない)


「緊張していたスピーチが終わってホッとしてしまっただけです。本当に学院長のせいではないので、気にしないで下さい!」

「だが、昨日の私の顔は酷かったし、殺気を抑えようともしていなかった。あれでは普通の学生なら、倒れてもおかしくない……」


(なるほど、入学式を凍り付かせた自覚はあったんだ。だから余計に自己嫌悪なんだろうな。でも、大丈夫! 私は、普通じゃないから!)


「私のことを少しでも調べれば分かると思いますけど、残念ながら普通じゃないんです」

「………………」

「普通じゃないんで、人は見てくれで判断されてしまうと知っています。その分、見てくれだけで人は判断できないことも知っています。見た目の怖さなんて、人の心の怖さに比べたらなんてこともありません」


 見た目だけでぶっ倒れるような令嬢らしく生きてはこれなかった。だから倒れたのは学院長のせいではないと伝えたつもりだけど……。

 学院長からすれば、予想外の反応だったのだろう。眉間にしわを寄せた極悪顔のまま、ポカンと口を開けている。


「だが……、君に不名誉な噂が出てしまっているだろう?」

「あんな噂なんて、今更です。私はデカくて顔が地味で貧乏なのに優秀だから、ひがまれたり馬鹿にされたりと昔からこんな調子です。慣れたものなので、気にしてもらう必要は全くありません! むしろ学園長みたいに気にかけてくれる人に会ったのは初めてです。お気遣いいただき、ありがとうございます!」


 キーラのあっけらかんとした反応が予想外過ぎて呑み込めないのか、学院長の眉間の皺がどんどん深さを増していく。普通の令嬢であれば恐怖のあまり腰が抜ける所だけど、学院長が優しい人だと分かったキーラに恐怖心はなかった。

 自分を全く恐れないキーラの態度で、学院長も「普通じゃない」と分かったようだ。身体の力が抜けて、表情も少し緩んだ気がする。


「アラマス嬢は本当に優秀で、これからが楽しみな生徒だ。そんな誹謗中傷をする者がいるのなら、私から注意をしよう」

「お気持ちはありがたいのですが、そんなことをしていただけば余計に中傷が増えるだけです。先程も言いましたが、もう慣れたものなので何を言われたところで気になりません」


(傷ついても悲しんでも、相手を喜ばせるだけ。そんなことに時間を費やすなら、お金を稼ぐことに時間を使うべきだ)


「まだ十五歳なのに……、君は凄いね。俺は二十二にもなって、さっきの通りだよ。ただ話がしたかっただけなのに、怯えられて逃げられてしまう……」


 そう言って悲しそうに笑う姿が、自分を見ているようで辛い。

 バカにされては傷つき、容姿という自分ではどうにもできないことで悩み苦しむ。悩んだところで何も解決しない問題なのに、そうせずにはいられない。


 キーラは銀縁の眼鏡を外すと、学院長に向けて指差して見せた。


「このメガネは、伊達です。実は私、とっても目がいいんです」

「えっ? じゃぁ、何で眼鏡なんて?」

「私の顔はつり目だから、普通にしていてもきつい顔立ちです。だから、このフレームが細い上に目尻が上がった眼鏡をつけて、余計にきつい印象にしているんです」

「…………?」


 学院長はキョトンを超えて、驚愕の表情だ。キーラが何を言っているのか分からないのだろう。

 普通に考えれば、きつい顔立ちを余計にきつくするなんてあり得ない。学院長の疑問がごもっともだ。


「私には馬鹿にされたり、からかわれたりする要素がたくさんあります。今までの経験上、ちょっとでも隙を見せたら最後、ここぞとばかりに狙われます。だからこそ、この眼鏡できつさを際立たせて、近寄りがたい人間だと思わせています。そうすれば人から敬遠されるので、中傷も多少は減りました」


 キーラの捨て身の戦法は学院長には理解できないようで、呆然としたまま言葉も出ない。


「先生はこれからが楽しみだと言ってくれましたが、うちは貧乏なのでお先真っ暗なんです。時間が許す限りはお金を稼いで、父親のせいで借りることになった自分の学費を返さないといけないし、弟達や妹の学費も稼がないといけない。金持ちばかりの学院で、アルバイトばかりしている私なんて中傷してくださいと言っているようなものです。だからこその、予防策です!」


 驚きが止まらず立ち尽くしている学院長に、キーラは自分を守る小道具をかけ直して笑ってみせた。

 そんなキーラだって、実は見た目ほど冷静ではない。

 今まで自分の身の上話はもちろん、眼鏡の秘密についてなんて誰にも話したことはなかった。それなのに初対面同然の学院長を相手に秘密をさらしてしまい、自分でも恥ずかしいやら驚くやらだ。


(人に気にかけてもらうのって、初めてだけど悪くない。何だかくすぐったいけど、嬉しい気がする。せっかくだから、私も学院長のために何かできないかな? 怖がられるのが問題なら……)


「学院長も眼鏡をかけたらどうですか? 丸いフレームの眼鏡なら柔らかい印象になると思いますよ?」

「…………」


 キーラの提案に学院長は、口を大きく開いたまま固まっていた。顔が怖いことには違いないけど、案外表情が豊かなのかもしれない。

 それを自分しか知らないのかと思うと、何だか胸がムズムズする。こんな気持ちは初めてで、キーラ自身も驚いた。




 それから数日後にキーラは学院長室に呼び出され、少し恥ずかしそうな学院長に六つの丸眼鏡の中からどれが一番似合うか相談された。

 それからもちょこちょこ呼び出されては近況を聞かれたり、用事を言いつけられた。キーラという異分子が学院内で嫌な目にあっていないか気にかけてくれるだけで十分なのに、いつの間にかチョコレートが用意されるようになった。

 そうやって言葉や態度が砕けていくと、表情豊かな学院長の笑顔を見ることも増えていく。それを嬉しく思う反面、「眼鏡という共通の道具で秘密を共有している仲間意識だ」とキーラは自分の気持ちをごまかすようになっていく。

 それでも学院長の存在は特別で、唯一心を開いて話せる相手なことに変わりはない。ずっとこのままの関係でいられたらと、夢を見るようにはなったキーラは欲張りだったのだろうか?




 卒業後の進路も、キーラは迷わなかった。「学院の教師は給料もいいし、貴族の娘が就く仕事としても比較的世間体が良い」からだ。

 決して学院長と離れがたくて必死に努力したのではないと、自分に言い訳する度に恥ずかしくて見悶えたのは秘密だ。


 夢なんて見たらいけないと「ずっと学院長を支えられる優秀な部下になろう」と誓ったのは、学院長の妻の座を狙う令嬢が列をなしていると知った時だった。

 直視できない強面なくせに整った顔立ちの学院長に憧れる令嬢は多く、王家の血と公爵という身分に擦り寄ってくる貴族も多い。そんな貴族達を学院長は、すげない態度でぶった切っていた。

 小柄で容姿も所作も美しい良家の子女であっても、学院長の隣に立つことを許されない。「彼女達が無理なら、身分も容姿も分不相応な私なんて、夢見ることだって許されない」そう思ったキーラは、うつむいたりしなかった。

「優秀な部下としてならば、自分の努力次第で側にいられる」

 そのための努力なら、キーラは決して惜しまない。


 家族のためにひたすらお金を稼ぐ暗い毎日に灯った光が、学院長の存在だった。その小さな光が、キーラ唯一の生きる希望とも言える。




 その小さな光をずっと大切にしてきたキーラは、もちろん今だって自分が学院長の恋人になれるなんて思っていない。

 だからといって、他人から指摘されるのはなかなか辛い。それが弟のように思っているネイトなら尚更だ。

 結構痛んでいる胸に、ネイトの見当違いな慰めは更に傷を抉る。


「先生は学院長の妻になって貴族のしがらみに縛られるより、平民街で自由に生きる方が合っていると思う」

「……えっ? どうしたの? 急に」

「急にじゃないよ! ずっと考えてた。先生が先生らしくいられるのは、平民街だよ。先生は貴族だけど、俺達にとっては特別だ! 貴族なのに平民にボランティアで読み書きとか教えてくれて、そんな人は先生しかいないって平民(俺達)はみんな知っている」


 目をキラキラさせてネイトは言ってくれるけど、実はその過剰な信頼がキーラにとっては重荷になっている。


(聖人君子的な扱いを受けているけど、それって違うのよね。ボランティアで勉強を教えているのは、いい人の方が平民街で仕事がしやすいからであって、私なりの処世術なのよ。現実の私は、お金を稼ぐためにいい人を演じているだけなんだけどな)


「ネイトも平民街のみんなも私を買い被り過ぎ。私なんてお金を稼ぐために副業までしている貧乏貴族でしかないよ」

「誰でもできることじゃない! 優しくてで優秀な先生だからできるんだよ! 先生に憧れて勉強で身を立てようって女の子が平民街で増えてるの知ってる?」

「初耳、だけど……」

「腐った政治を変えようと文官を目指そうっていう平民も増えている。先生のおかげで、平民街の教育レベルが上がったからだよ!」

「だから、それは言い過ぎなんだよ。それを言うなら、学院長の教育改革の方が与えた影響はおおき……」


 キーラが学院長を褒める言葉を聞きたくないネイトは、最後まで言わせてくれない。


「貴族なんかに色々言われたせいで自己評価が恐ろしく低いけど、俺達の知る先生は人の痛みを知っている強い人なんだよ!」

「それこそ過大評価だけど……。そう思ってもらえるのは、ありがたいの、かな?」


 自分の評価と他人の評価が違うのは当然だけど、あまりにもかけ離れ過ぎていてキーラには受け入れられない。


(確かに貴族の中では人の痛みを知っている方だと思うけど、強い人って……。私ほど弱い人間いないと思うけど?)


「何か違うなって顔だよね? 俺の勘違いだというなら、本当の先生を俺にも見せてよ!」

「えぇ? 本当の姿って隠したいものでしょう? わざわざ見せるものじゃないよ」

「俺は先生に自分のことを知ってもらいたいから、見せてる! 先生は本当の姿を、学院長には見せているんでしょう?」

「見せるというか……、見られたっていうか……? やっぱり、見せたのかな? ちょっと分からない、な」


(弱り切って繕えなくなった自分を抑えられず、学院長にさらしてしまったことはあるよ。見せようと思って見せたのではないけど……。でも、あの時一緒にいたのがネイトだったら、あんな風に感情をぶちまけたりはしなかっただろうな)


 ぐちゃぐちゃに乱れた頭を、ネイトがまたかき乱す。

 いつもの悪戯っ子のような態度とは違って、今日はいつになく感情の起伏が激しい。遅れてきた反抗期なのかもしれない。


「まぁ、ちょっと分からないって言っているならいいや。俺も本気出すよ」


 そう言って笑ったネイトは、妙に大人びて腹黒い顔だった……。

読んでいただき、ありがとうございました。

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