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4.アースター商会

本日二話目の投稿です。

よろしくお願いします。

 キーラの休日は、教師が休みなだけで仕事は休みではない。その仕事が、教師から貿易業に変わるだけだ。

 アースター商会での副業を始めたばかりの頃は、純粋に翻訳や通訳だけで手一杯だった。徐々に仕事に慣れていくうちに、言葉だけではなく自国や他国の法律についても勉強が必要だと分かり、独学で貿易に関わる様々なことを必死に学んだ。

 仕事としてお金をもらうのであれば、全力で挑むのがキーラのモットーだ。副業とはいえ、手を抜いたりはしない。

 そういうキーラの姿勢は、アースター商会だけでなく他国の取引先からも認められ、一目置かれる存在となった。

 コートレット国では働く令嬢として蔑まれているのに、他国の貿易商からは「うちで働いて欲しい」と引く手数多なのだからおかしな話だ。




 その日は商会始まって以来の、大きな商談が行われていた。キーラも通訳として参加をし、海千山千の男達を相手に一歩も引くことなく交渉を有利に進めていた。

 アースター商会側が内心でガッツポーズをする有利な条件で交渉を終えられたのは、ほんの数十分前だ。

 終わった直後は商会長もネイトもキーラもぐったりと机に突っ伏していたけど、美味しそうな甘い香りに誘われて顔が上がる。

 商会長の秘書であるレラが香りの良い紅茶を淹れていると、タイミングを見計らったようにお菓子ののったワゴンが到着した。ついさっきまで息の詰まる攻防が繰り広げられ、張り詰めていた応接室が一転してお茶会の場に様変わりした。

 

 駆け引きという名の騙し合いで淀んでいた空気が一気に和み、お祭りムードに変わっていく。

 普段なら契約が取れたくらいでここまで喜びはしないけど、商会が始まって以来一番大きな契約が好条件で結ばれたとなれば話は別だ。

 想定以上の結果にキーラもホッと胸をなでおろしているけど、一番喜んでいるのは当然商会長だ。

 つい先程まではにこやかな表情を見せつつも、抜け目なく相手に付け入る隙を与えない商人だったはずが、もうご機嫌で大はしゃぎな様子はまるで子供だ。


「いやぁ、今日の契約は本当に大成功だった! 先生のお陰です!」

「いえ、私はただの通訳ですから。商会長の粘り強さの結果です」

「先生はただの通訳なんかじゃない! 貿易の知識も豊富で商法にも明るい。今日の相手なんか先生を騙そうとしてやり返されて、タジタジになっているのが言葉の通じない私でも分かりましたよ。実にお見事でした!」


 満面の笑みでキーラを褒め称える商会長に、クラバットを取って首元を緩めたネイトまでが同調する。


「親父の言う通りで、あの人動揺しすぎて涙目になってたよ。さすが、先生だ!」

「ネイト、お前も先生を見習えよ! そのためにリエットール学院に通わせてるんだからな! 学校でも、よぉぉぉぉく先生から学び取るんだぞ!」

「何度も同じことを言わなくたって分かってるよ!」


 商会長はことあるごとにネイトに文句をつけるけど、それは期待の裏返しだ。ネイトだって、一代でここまで商会を大きくした父親を尊敬している。二人の言い合いの根底には愛がある。

 信頼し合える親子関係は、キーラには眩しすぎる……。無意識のうちに二人から目を逸らし、香りが立ちのぼる紅茶を一口飲んだ。




 このアースター商会を副業先に選ぶに当たって、キーラも悩んだ。

 なんてったってネイトは攻略対象で、平民街には幼馴染のヒロインがいる。『ゼロカネ』関わりたくないと言いながら、敵の本陣とも言える場所に乗り込んでいいものかと葛藤した。

 だけどキーラには安定してお金を稼ぐ必要がある。勤め先の選定はこの上なく重要だ。その点アースター商会は、今後大きくなることも商会長の人柄が良いことも『ゼロカネ』の知識で知っている。こんな優良企業を知っているのに、他の職場を選ぶなんてキーラには悪手にしか思えない。ホワイト企業に内定が決まっているのに、ブラック企業に身を投じるなんてできない。


(そうやって『ゼロカネ』の情報を利用したんだから、ゲームに巻き込まれても文句は言えないよね)


「リエットール学院に新しく入るレフィー・ストイルさんは、ネイトの幼馴染なんだよね? ってことは、商会長とも顔なじみですよね?」


 真面目に仕事をするのはキーラの長所だけど、「さりげなく」や「それとなく」なんて器用なことはできない。

 そんな何の脈略もない質問なのに、ネイトも商会長も目を見張ってビクリと身体を揺らした。

 分かりやすい二人の反応に、質問したキーラの方が驚いてしまう。


(これは……、何かあるな)


「……幼馴染というか、幼馴染だったって感じなんだ! 勉強とか家の手伝いが楽しくなってからは全然遊んでないから、ここ五・六年は本当に顔を合わせてもいないんだ」

「ネイトの言う通りで幼馴染なんて言えるほど仲良くはないんです。私も両親とは寄合とかで会う程度で、家族ぐるみの付き合いなんてしてないです!」


 レフィー・ストイル(ヒロイン)と親しくないと不自然なまでにアピールする二人の顔は、それはもう必死そのもの。

 それに「この話題はうんざりなんだ」という気持ちが、ひしひしと感じられる。これは一体、どういうことなのだろうか?

 二人の態度が予想外過ぎて戸惑いながらも、キーラは自分に課せられた仕事を真面目にこなす。


「いえ、あの、数日前に暴漢に襲われかけたって聞きまして……。衛兵がすぐに気づいたので問題なかったそうですが、彼女の様子は大丈夫かなと思いまして……」


 「美少女しかもヒロインが暴漢に襲われたのだから大騒ぎに違いない」と思っていたキーラは、心配が一切感じられない二人の態度に拍子抜けしてしまう。


(あれ? ゲームの設定では、「初恋を抱く幼馴染」と「密かに息子の嫁にと望む父親」のだったよね? そんな空気が微塵も感じられないんだけど……)


「先生にとっては意外かもしれませんが、平民街でそういう事件は日常茶飯事です。だから、特に話題に上ったりはしないのです」

「暴行未遂が、日常茶飯事?」


 キーラには衝撃の事実だが、二人にとっては本当に日常茶飯事らしい。

 ネイトなんて顔色も変えずに淡々ととんでもない事実を教えてくれる。


「女性や子供を攫って売り物にする奴等がいるんだよ。数年前には、ギネールから大きな人身売買組織だって入ってきている。平民街でも対策をして、これでも多少は事件が減った。今は地方なんかの方が、事件は多いみたいだよ」

「人が攫われる事件が絶えないなんて……、国は何をしているの?」

「国なんて貴族が攫われるとか自分に害が及ばなければ、動くはずがない。こんな状況になっているのは、全部国がポンコツなせいだ」


 ネイトの言うことが正しくて、キーラは何も言えない。

 この国のトップである国王は貴族至上主義で、平民を見下している。血を分けた弟を邪険に扱う理由も、母親が平民だからだ。


 ネイトは追い打ちをかけるように「ポンコツ国王が国を統治できるはずがなく、人攫いの裏には貴族も絡んでるって噂も聞く」なんて言うから、キーラの眼鏡がずり落ちかけた。


「そうやってキーラを驚かせることばかり言うものじゃないわ」


 ネイトを嗜めたレラが、キーラの前に切り分けたケーキを置く。

 五歳年上のレラは、キーラがアルバイトを始めた時から付き合いだ。キーラが勉強や礼儀作法を教える代わりに、レラは平民街での付き合い方やしきたりを教えてくれた。キーラが平民達の中に溶け込めたのは、レラがいてくれたおかげだ。

 そのキーラの数少ない友達が、レフィー・ストイルのことも教えてくれる


「入学前の、しかも平民の生徒を気にかけてくれるなんてキーラらしい。私の家はパン屋の近くだからよく見かけるけど、元気にしているよ」

「元気なら、良かったけど……」


(元気なら新入生代表のスピーチを断る理由はないはず。やっぱり側妃かゲームの関係者が接触した?)


「ねぇ、レラ、パン屋のことで、聞きたいことがあるんだけど?」

「いいわよ。私で分かることなら、何でもどうぞ」

「パン屋に嫌がらせに来る人がいるとか、よく顔を出す貴族がいるとか聞いたことない?」


 そんな貴族がいたとなれば、側妃の手の者の可能性が高い。もしくは『ゼロカネ』の関係者かもしれない。

 そう考えたキーラは期待のこもった目を向けるけど、レラとは全く目が合わない。不安そうなレラが商会長とネイトを見ているからだ。

 部屋の空気が、また重苦しい。その重さは商談の時とは違い、ジメジメとしてまとわりつくようで気持ちが悪い。


(何なの? この三人の様子は! 一体、何が起きているの?)


 レラは青ざめた顔でうつむいているし、ネイトからはなぜか怒りが感じられる。商会長は困惑顔で「先生にまで話が届いているのか……」とため息交じりに呟いた。


 キーラは学生時代から、週末になればアースター商会に通い続けている。とはいっても『ゼロカネ』のこともあり、本当に仕事しかしていなくて個人的な話あまりしない。仕事については知っているけど、カルディラ家の内情については驚くほど何も知らない。


 この重い空気を煽るように、ネイトが怒りに任せて両拳でドンと机を正拳突きした。揺れが激しくて、ティーカップから紅茶がこぼれる。

 普段から周囲に敵を作らないように立ち回り、賢いイメージしかないネイトと暴力は結びつかない。驚いたキーラは、隣を見上げた。

 ネイトの少し垂れ気味なヘーゼル色の瞳は、普段なら微笑みを絶やさず優しい。そんな人懐っこい瞳が、今は完全に怒りに燃えて険しくなっている。


「セスタント家は、頭がいかれているんだよ! 俺とレフィーが思い合っていると聞いたとか言って、俺だけじゃなくレフィーにまで何度も文句を言いに行くなんて異常だ! 俺や親父が勘違いだと言っても、『平民なんかの話より、名門貴族から聞いた話を信じるに決まっているだろう』と言って譲らないし。まさか、レフィーへの暴行もセスタント家が?」


 怒りの残る目を見開いたネイトが、最後の方は期待を込めて何やらブツブツ呟いている。ネイトが何をしようとしているのかも気になるけど、今はそれどころではない。


(現実ではレフィーとネイトは他人同然なのよね? ということは、ゲームの設定話をセスタント家に吹き込んだ人間がいるってことよね? それって……)


「ちょっと待って! そんな怖い話が出てくるとは思ってもなかったから、話についていけない。セスタント家って、ネイトの婚約者の家だよね?」

「金目当てで近づいてきた婚約者なんて、俺からすればたかり専門の破落戸以下だよ」

「……それは、まぁ……」


 婚約者をこき下ろす言葉にしては、随分と過激だ。キーラと接する態度には甘えたところがあるけど、商会の跡取りとして如才なく振舞うネイトからは考えられない。

 だけどネイトのその態度はアースター商会からすれば正当なもののようで、商会長も口調こそ穏やかだけど言っていることはネイトと変わらない。


「恩がある貴族から持ち掛けられた婚約話だったんです。義理を欠く訳にはいかないと思って了承しましたが、相手がこうも義理を欠く家だと知っていれば断っていた! セスタント家は我が家を財布としか思っていない。そのくせネイトとレフィーの仲を勝手に勘違いして大騒ぎしたりと、困り果てています。今は婚約破棄に向けて、色々と証拠を準備中です」


 商会長の疲れと怒りの入り混じった顔を見れば、セスタント家がどれだけ酷いかキーラにも想像がつく。

 アースター商会は、下手な高位貴族よりよっぽど金持ちだけど平民だ。セスタント家は平民である商会を見下して、無理難題を押し付けているのだろう。


(確か、事業に失敗して没落寸前の子爵家だったはず……)


 そんな妻を娶ることになった一番の被害者であるネイトが、とんでもなく悪い顔になっている……。


「怖い思いをしたレフィーには悪いけど、暴行の指示を出したのがセスタント家なら婚約破棄が楽になるな」

「セスタント家が犯罪者となれば、庇う者は誰もいなくなるからな。すぐに調べさせよう」



 二人のこの会話を聞けば、レフィーの事件を利用して自分達の優位に事を運ばせたいと考えているのは明らかだ。

 残念ならレフィー(ヒロイン)に対する思い入れは、全く見受けられない……。

 ゲームの設定が、崩壊している……?


(それって、良いことなの? 悪いことなの……?)

読んでいただき、ありがとうございました!

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