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17/20

17.幸せの更新

本日二話目の投稿です。

よろしくお願いします。

 暗い馬車が揺れ始めたので、王都に向けて進みだしたのが分かる。

 だが、王都までは約一時間。少なくとも一時間は、突き刺さる程の怒りに耐えなくてはいけないかと思うとキーラも気が重くなる。

 このまま重苦しい沈黙が続くのかと思いきや……。


「オークションに潜入するなんて、危険だとは思わなかったか?」

「もちろん、思いました……」

「なら、どうして事前に俺に相談しなかった?」


 学院長の声は怒りにも悲しみにも取れて、どっちなのか分からない。

 触れられるくらい近い隣に座っているのに、学院長が果てしなく遠くに感じられる。


「もちろん、相談しようとしたんです。相談しようと思って学院長室に行ったけど、学院長を怒らせてしまって話ができなかったんです」

「あー、あの時か……。くそっ、俺がつまらない嫉妬をしたせいか……」


 嫉妬なんて言葉が聞こえて目を見開いたキーラの横で、学院長は身体が垂直に下に落ちるほどガックリとうなだれた。

 一時間無言かたっぷり説教をされるかの二択しか考えてなかったキーラには、学院長が反省している光景が現実とは思えず頭が追い付かない……。


「……しっと?」

「嫉妬するだろう! カルディラだ、ジョーゼスだと、キーラが俺よりも二人を優先したのだから!」


(優先した? ネイトや王太子を学院長より優先したこと、あった?)


 さすがに恥ずかしかったのか頭を抱えた学院長は、身体中の空気が抜けるのではと心配するぐらい長いため息をついた。つられて途中から一緒になって息を吐き出していたキーラが、とっくに息が続かなくなったくらい長い。


「男装したキーラがオークションに潜入したと聞いた時の俺の気持ちが、分かるか?」

「……『勝手なことをしやがって!』という怒り、ですかね?」


 自分の膝の上で頭を抱えていた学院長は起き上がって、キーラと向き合った。

 いつもは険しく厳しい瞳が怯えているように見える。キーラは戸惑いながらも、答えは『怒り』ではないことを悟る。


「絶望だ」


 苦しみを吐き出すような声に驚きつつも、学院長の痛みが伝わってきて苦しい。


「こんなとんでもないことをしでかしたのに、俺に何の相談もなかった。こんな一大事を相談してもらえないほど、俺はキーラから信用されてないのだと絶望した」

「…………」

「だが絶望なんてしている余裕は、俺にはないんだとすぐに気づいた。何だかんだと人のために努力を惜しまないキーラは、絶対に無茶をする。側妃の護衛は特に危険な男で、人を殺すことに躊躇いがない。そんな男の前にキーラを立たせるなんて、考えただけで気が狂いそうで絶望なんてもんじゃない。キーラを失うかと思うと、この俺の手が震えて手綱が握れないほどだった……」


 その時のことを思い出したのか、学院長の両手は震えている。

 こんなにも弱々しい学院長を見たのは初めてで。どうしたらいいのか分からなくて、キーラは震える学院長の手を握り締めるくらいしかできない。「生きてる、大丈夫」という気持ちを込めて緑の目を見つめると、やっと学院長の表情から怯えが消えた。




(学院長を信用していないなんて、誤解はすぐにでも解きたい。きっと話さないといけないことが、たくさんある)


 色々とすれ違いを察知したキーラは、学院長の冷たく冷え切った手をギュッと握り直した。まだ不安げな学院長に向かって、キーラはニッコリと笑った。


「オークションに潜入したのは、王太子殿下やローゼントさんのためではありません。最後くらい、学院長の役に立ちたかったんです」

「キーラは存在するだけで俺の役に立っているが……。んっ? 最後とは、どういう意味だ?」

「オークションへの潜入捜査が終わったら、セレシュ国に行けるよう王太子殿下に手配してもらっているんです」

「はぁ、何でだ? 旅行か?」

「私に旅行なんてしている余裕はありません。生活の基盤を、セレシュ国に移すつもりでした」


 せっかく収まっていた学院長の怒りがぶり返して、車内の空気が息苦しいほどに張り詰めた。

 キーラが優しく学院長の両手を握っていたはずなのに、いつの間にか立場が逆転していた。そう簡単には振りほどけないように指を絡めてしっかりと握り込まれている。


(これは、まずい! また話がすれ違う!)


「移すつもりだったけど、学院長の気持ちが聞けて、たった今考えなおしました!」


 痛いほどに握られていた手の力が、ほんの少しだけ緩まった。


「私もローゼントさんに嫉妬していたんです」

「フレイヤに? 嫉妬?」

「……学院長と名前で呼び合うほど仲が良くて、裏の仕事の話をするほど信頼されていている。その上、美しく身分も申し分ない。王族である学院長に相応しい相手ですから、二人の結婚が回避できるはずがないと思いました。そんなお似合いの夫婦になった学院長の下で働くのは苦しい。だから、逃げようと思ったんです」

「フレ……、ローゼント嬢と結婚する気なんて全くないし、王族なんて腐った身分はとっくに捨てている。名前で呼んでいるのは、ローゼント家が王族との縁が濃い家で昔から知っているからだ。裏の仕事のことは、ローゼント嬢が自ら進んで第三王子派のスパイを申し出たからだ。それをキーラに言わなかったのは……、後ろめたかったからだ……」

「えっ? 後ろめたい? それなりに苦労して生きてきましたから、世の中の薄ら暗い部分も知っているつもりですよ?」

「いや、仕事としてやってきたことではなく……、私用というか、俺の安心とキーラの安全のためというか……」


(なんだ? 手が妙に汗ばんできたし、学院長にしては歯切れが悪すぎる)


「影の仕事をしているのは、別に国のためでもましてや王族のためでもない。キーラを守るのにちょうど良かったからだ」

「私を、守る? ……そう言えば赤髪の方も、私を遠くから見ていたと言っていましたよね?」

「……そうだ。特殊部隊に……、キーラを見張らせていた」

「どう、して?」

「俺は敵が多い。ローゼント侯爵だって娘と結婚させるためにキーラを害する可能性があった。国王も側妃も俺を黙らせるためにキーラを人質にと考える輩だ。俺が影の仕事で黙らせたり、排してきた貴族だって、恨みを晴らそうとキーラを傷つけかねない。俺にとって命よりも大切なのは、キーラだけだからな」


 色んな意味で爆弾発言をした学院長の両手に、またぐっと力がこもる。

 絶対に離さないとばかりに両手を握って、絶対に逃さないという目に少しの不安をのぞかせてキーラを熱く見つめた。


「俺と一緒にいると、危険がつきまとう。それが分かっているのに、俺はキーラが何より大切で手放したくない!」


 学院長との距離が、またグッと近くなる。


「愛しているんだ! 絶対に守り抜くから、俺と結婚して欲しい」

「……けっ、こん……? 嬉しいですけど、私ではつりあわ……」

「俺は王族なんて身分は捨てていると言っただろう? 釣り合うかどうかなんて話なら、キーラの身を危険にさらす俺の方がキーラには釣り合わない。それでも俺は、キーラと共に生きたい!」


 一瞬、もしかして今自分はゲームの世界の中にいるんじゃないかと思った。知らない間にヒロインになってたのなら納得だなと。キーラはそう思った。


(いやいやいや、私のつたない想像力で、この学園長からのお言葉や、直視できないほど必死に思いを伝えてくれる顔を作り出すのは無理よね? これ、現実でしょう? これ、現実だよ)


「でかくて、地味顔で、貴族からはみ出して見下されていて、家がド貧乏で、自分では何もしない家族を養い続けないといけない。そんな私が幸せを望むなんて、許されるはずがないと思っていました」

「馬鹿言うな、そんなキーラだから、幸せにしたいんだ」

「全部知った上で、学院長は私を選んでくれたんですよね? 私を望んでくれるんですよね?」

「当たり前だ、キーラ以外は望まない」

「私が隣に立ちたいと言っても、いいんですよね?」

「言わなくても、そうなるけど。言ってくれれば、嬉しい……」


 夢うつつで現実を確認しようとするキーラに対して、学院長は発光しそうなほど真っ赤だ。手も燃えるほどに熱くて、現実なんだと実感できる。

 キーラは今、生きてきて一番幸せだ。でも、この幸せは、この先一生更新され続けていくのだと確信している。


(学院長と一緒にいる限り、永遠に続いて上限知らずだよ。だから、一秒でも長く感じていたい)


「……私、多分長生きすると思うんで、末永くよろしくお願いします!」


 学院長は泣き出しそうな顔を隠すように、ギュッとキーラを抱きしめた。

読んでいただき、ありがとうございました。


あと三話で完結します。

明日三話投稿予定です。

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