14.オークションに潜入①
本日最初の投稿です。
よろしくお願いします。
さっきまで嬉々としてキーラに化粧を施して着せ替えを楽しんでいたフレイヤが、眉間にしわを寄せた顔を近づけてきた。
「自分で頼んでおいて何ですが、本当によろしいのですね?」
勝手に巻き込んでおいて何を今更とは思うけど、フレイヤがあまりにも真剣な顔で確認するので、キーラは思わず吹き出してしまった。
(正直に言えば、怖いしやりたくない。でも、学院長の役に立てるのもこれが最後なら、忘れられないぐらい大きなことをしたい)
「もちろん物凄く考えたけど、色々あって今は吹っ切れた、かな? やるなら今しかないって状態」
「……昨日も遅くまでジョーゼス様と話し込んでましたが、それも何か影響しているのでしょうか?」
「まぁ、そうかな……」
「…………」
フレイヤは二人の話の内容を知りたそうだけど、キーラは気づかない振りをした。
(大人げないけど、ちょっとの意地悪くらい許して欲しい。貴方は私が手にできない宝物を手に入れるのだから……)
キーラがもう何もしゃべる気がないことを察したフレイヤは、しつこく追及したりせずに準備作業に没頭してくれた。
オークションの開始時刻まで、時間が迫ってきていた……。
オークション会場に入るには、厳しいセキュリティーチェックが待っている。逆に言えば、入場さえクリアすれば、オークション内の警備は緩い。
オークションの実態は、後ろ暗くいかがわしい夜会みたいなものだ。ダンスを踊る代わりに、オークションがある。
そんな娯楽の場で警備にまとわりつかれていたら興ざめして、財布のひもも固く閉じてしまう。そんなことにならずに客に楽しんでもらうために、中に入れば自由に楽しめるようになっている。
ということはキーラにとって重要なのは、男として怪しまれず潜入するための準備だ。
フレイヤは「自分を磨くことも、人を美しく変えることも得意です」と言っていただけあって、鏡に映るキーラは切れ長で涼やかな目元の知的な顔になっている……。
驚くことに、自分ではないみたいに美しい。中性的だけど、「男です」と言われれば十分信じられる仕上がりだ。
身体も同様で、着せ替え人形状態でされるがままに洋服も着替えさせられた。細身で凛とした佇まいの雰囲気ある美形になっている……。
「……えっと、別に文句をつけるつもりはないのだけど……。何だろう……。この服は、随分と派手じゃない?」
「どこがですか? いつもが地味過ぎるだけで、先生はこういった色や派手な装飾が似合う方なのです。誰がどう見ても、これ以上ないほどの仕上がりですわ。わたくしは自分の腕に自信を持ちました」
フレイヤは自信満々にそう言うけれど、キーラの着ている服は「これ、男性用?」と言いたくなるくらい鮮やかな色の刺繍やレースがふんだんに使われたタキシード。通常の夜会でだって、こんなに派手な人はいないかもしれない。
「これは……、このまま街を歩いたら、確実に注目を浴びるレベルの煌びやかさよね?」
「先生は、ご自分の設定をお忘れですか?」
自分の衣装を見回してため息を吐いて落ち着かないキーラに、フレイヤの態度は冷静だった。
「セレシュ国で貿易業を営む高位貴族で、ちょっと好奇心が過ぎて人身売買のオークションにまで顔を出してしまったガインザー・エレンハルトです……」
「そうですね。そういう方は、総じて派手なものや変わったものを好むものです」
「………………」
まぁ、そうでなければ人身売買のオークションなんて、非人道的な場所に足を踏み入れたりしないのだろう。
いや、それにしたってこの服は……。
「先生がオークションに潜入する目的は何ですか?」
「……側妃の目に止まって貴賓室に連れ込まれ、振舞われるお酒に薬を入れて動けなくさせること」
「そうですね。薄暗いオークション会場で、地味な身なりで側妃の目に止まると思いますか?」
「……これで、いいです……」
満足気にうなずいたフレイヤが髪に手をかけると、青みがかった銀髪が背中に広がった。
それが、ミッション開始の合図となった。
「こんばんは、招待状はありますか?」
目つきの鋭い門番が、明らかに不審そうな目を向けてくる。
回れ右をして帰りたい気持ちを必死に押さえつけたキーラは、胸の内ポケットから招待状を取り出して必死の力で軽く微笑む。
(私は人たらしのガインザー・エレンハルト……。私は人たらしのガインザー・エレンハルト。私は人たらしのガインザー・エレンハルト!)
門番が招待状とキーラをチェックしている間も、心臓の音が響き渡った脳内に血液までもが集中して視界が霞む。
ふらつきかけたその時、門番の手が伸びて何とか扉を通過した!
ホッとしたのは束の間で屋敷に入る手前で止められ、すぐに本人確認の質問が飛んでくる。
「……サザイユ家からの招待状ですね。身なりからして、随分と高貴な方なんでしょうね? 見たことはないけど、どちらの……」
王城より遥かにセキュリティが高いと言われる場所だけあって、受付の男のチェックは中々に厳しい。本物の招待状なのに、そう簡単に通してはもらえない。
胡散臭いと言いたげな視線が、キーラのド派手な衣装から離れない。
「LWPOARYOBMXS……」
「……申し訳ございません、コートレット国の言葉で……」
「セレシュ国の言葉は、この国では馴染みがないだろう? 私が招待状の男に間違いないことは分かってもらえただろうか?」
セレシュ国とは、コートレット国とは別大陸にある海を越えた国だ。国交はあるが、人の行き来は少ない。この国でこの言葉を自由に操れるのは、キーラくらいだ。
キーラの堂々とした態度にやり込められた門番は、目元だけを隠す仮面を渡してくれた。そのまま無言で、もう一つの扉を開けた。
顔をチェックするために明るかった入り口とは正反対で、会場内は照明が抑えられていて薄暗い。
黒いレースがふんだんに使われ色とりどりのラインストーンがはめ込められたアイマスクをつけたキーラは、立ち止まりそうな自分を叱咤して暗い会場内を進む。
誰も自分がキーラ・アラマスとは思わないとは分かっていても、素顔をさらすのは怖いものだ。顔を隠せるのはありがたいけど、こんな派手なマスクを他の人はつけるだろうか。というキーラの心配は他所に、周りを見渡せば全員が怪しいマスクをつけている。
(まぁ、まず、この会場からして胡散臭くて、仮面舞踏会みたいなこのマスクにピッタリよね)
ここは郊外にある、元貴族の別荘だ。この別荘を建てた貴族の血は途絶えて、既にもうない。その後は転々と色々な人の手に渡り、今は他国の商人が所有しているが実在の人物かは定かではない。
ダンスホールとして使われていたであろう広い部屋には、美しいシャンデリアがいくつもぶら下がっているのに一つも明かりは灯っていない。
壁につけられたライトと、いくつか並べられた机の上の蝋燭の光だけが会場を照らす。当然遮光カーテンも閉め切られていて、薄暗く怪しい雰囲気が際立っている。
あまりジロジロとは見れないけど、二十人弱の貴族らしい紳士や金回りの良さそうな商人らしき人達が距離を置いて立っている。
キーラがまずやらなくてはいけないことは、この二十人の中で一番側妃好みの男性を演じることだ。
(どうやって?)
オークション会場にいる男達はみんな仮面をしているから顔は見えないけど、体型や髪の感じから三・四十代くらいが多いように見受けられる。
側妃の好みの年齢層がどの年代なのか確認してこなかったけれど、一番若くて細身なのはキーラだ。
それにホッとする反面、本当に声をかけられたらどうしようと、今更不安が胃液と共にせり上がってきた。
暗がりに目が慣れてきたのであれば、側妃の目に止まるように中央にいるべきだ。分かっているのに、勝手に足が動いて部屋の隅の暗がりの方へと移動してしまう。
(怖い怖い怖い! 本当に今更だけど、私が命を懸ける必要があった? この国の貴族なんて私を笑い者にしているのに、そんな奴等のためにどうして私が? 「やっぱり無理でした!」って帰っても、誰も私を責められないはず!)
側妃へのアピールを早々に断念したキーラは、怪しまれずにさっさと帰る方向へと頭を切り替えた。
不安と恐怖に囚われた自分を落ち着けようと、お守り代わりの右手の指輪をそっと握る。怖いことに変わりはないけど心は少し落ち着き、キーラは帰るための言い訳を考えて入り口を目指した。
(オークションが終わるまでここに残って、他の人達と一緒にシレっと帰ってく? いやぁ、この怪しい雰囲気の耐えられそうにもないから、今すぐ帰りたい。『お腹が痛くて』とか通用する?)
壁を背にしながら進むキーラの行く手に、突然大きな黒い影が立ちふさがった。
「ヒッ」と声が出るのを何とか押さえて顔を上げると、シャンパンの乗ったトレイを持った若い給仕がキーラを見下ろしている……。
(嘘? 潜入に気付かれた? 女ってバレたの? どうする? どうしたらいい? 誰か教えてっ!)
読んでいただき、ありがとうございました。




