12.いかれた任務
本日一話目の投稿です。
よろしくお願いします。
「これだけ美しいわたくしが、あのブラコン第三王子の婚約者なのには理由があります」
「……はぁ……」
「ご存知とは思いますが、この国は王太子派・第三王子派・王弟派で次期国王争いをしています。王太子派は王族とにサザイユ侯爵家に従う貴族が中心。第三王子派はギネール国と側妃に従う貴族が中心。王弟派は主に軍部。もちろん王太子殿下が一番の有力候補ですけど、先程先生が見た通りサザイユ家が第三王子派に寝返りました」
(寝返った、か……。騙されていたとも取れる会話だったけど)
「こんな三つ巴状態が続けば、国にとって良いことは何もありません。ジョーゼス様とレイモンド様は手を結んで、国を食い物にする側妃やサザイユ家を排するために動いているのです。わたくしも微力ながら協力しております」
フレイヤの言葉にうなずいた王太子は、「ローゼント家は本当は王弟派だ。第三王子の婚約者になったのは、敵の状況を探るためだ」と補足してくれた。
「叔父上は王家に振り回されてきた方だ。国王になることは望んでおらず、一つの政策のみ叶えられれば地位も名誉も何もいらないと言っている」
「でも……、軍部はそうは思っておりません。第三王子派を叩き潰した後は、国民の人気を利用してレイモンド様を国王に据えるつもりです。そして、王弟派の中心人物であるわたくしの父は、わたくしをレイモンド様の妻にするつもりです」
「っ…………!」
ローゼント家からすれば第三王子の婚約者になったのは仮であって、あくまでも事情を探る手段にすぎない。でも婚約者を失ったフレイヤは、身分に合った結婚相手を今から見つけるのは難しい。
ローゼント侯爵がフレイヤとの婚姻を強行するのは当然と言える流れだ。学院長が王になろうとなかろうと、二人の結婚は強行されるはずだ。
「三人目の婚約者なんて、わたくしは望んでおりません。そんなことよりも、わたくしの信じる美を、国内にとどまらず国外にも伝えたい! それこそが、わたくしの成すべき事なのです!」
「…………」
「フレイヤの目的については気にしなくていい……。要は俺とフレイヤと叔父上の三人は、派閥の争いという煩わしいものに囚われず協力し合っているということだ。国を乱す第三王子派とサザイユ家を排する。そして、まぁ……、フレイヤの望みも叶えるつもりだ」
三人が協力関係なことも、色々と思惑があることも分かった。王太子の困り切った顔も気になるけど……。
(いやいや、人のことより私はまず自分のことを考えるべきじゃない?)
キーラだって困った現実を突きつけられている……。
勝手に話されたとはいえ機密事項をここまで喋られてしまえば、もう「何も知らなので帰ります」とは言えない。何を手伝わされるのかは分からないけど、キーラも何かしらの役割を押し付けられるのは間違いない……。
「ギネール国が人身売買をしているという噂は知っているだろう?」
「大きな組織がコートレット国にも入ってきているのですよね? 人攫いも平民街だけでなく、地方でも起きているって程度の話なら知っています」
「裏山の話を聞いたのだから分かっていると思うが、噂は真実で側妃とサザイユ家も関与している」
「………………」
「いくら話を聞いていたとはいえ、先生が驚かれるのも無理はありません。王族として国民の模範となるべき側妃と、コートレット国の建国以来の忠臣であるサザイユ家が、他国の犯罪に手を染めるなんて言語道断です!」
そう吐き捨てたフレイヤの両手は、強く握られ怒りで震えている。
フレイヤの家は代々軍の要職を務めている。命を懸けて国を守っている人間から見れば、王族や仲間の裏切りが許せるはずがない。
「サザイユ家の領地には戸籍に載っていない子供が多く存在します。戸籍に載っていないということは、この国に存在しないということです。その子達が、ある一定の年齢になると人身売買のオークションで売られていくのです」
「……それって……、サザイユ家の領地では人が家畜同然ってこと?」
アラマス家の領地では、領主も領民も関係なく全員が土地を耕して作物を収穫する。領民と距離の近い関係に慣れているキーラには、とてもじゃないけど考えられないことだ。
「そうだ。馬や牛同様に人身売買用の子供を育て、売っている。投資に失敗して喉から手が出るほどに金が欲しかったサザイユ侯爵に、側妃が儲け話としてもちかけたのが始まりだ」
「人身売買が、儲け話……?」
「娘を何としても王太子妃にしたい侯爵は、投資の失敗という弱味を周りに見せるわけにはいかない。バレたら最後、サザイユ家は笑いものになり食い物にされる。藁にも縋る思いで側妃の手を取ってしまった」
淡々と話す王太子は、相変わらず無表情だ。キーラだけが呆れたり怒ったり苛立ったりと、くるくる表情を変えている。
娘を王太子妃にしたいとか、笑いものにされるとか、そんなことのために人の尊厳を奪うことがキーラには信じられない。
「藁にもすがる思いなら私だって分かるけど……、どん底にいたって人身売買を選ぶ? 裕福な人達の考えることは、あくせく働く貧乏人には分からない……」
「先生みたいに、全てを自分で背負って解決しようとする貴族はまずいない。サザイユ侯爵のように自分の力を過信して、罠と分かっていても自分なら大丈夫だと思い上がり深みにはまるのが貴族の大半だろうな」
「罠?」
「人身売買用の人を産み育てるなんて、同じ場所でいつまでも続けられるはずがない。拠点を撤収する際に、サザイユ家の犯した罪の全てを俺の指示ということにする腹積もりだ。そうやって俺を王太子の座から失脚させようと側妃は考えている」
側妃や婚約者に裏切られた話を、顔色も変えずに他人事で話せる王太子がキーラは少し怖い……。
「先生、大丈夫ですわ! ジョーゼス様は無表情に見えますけど、実はとても怒っております。ちょっとだけ感情が分かりづらい顔立ちなのです」
「そう、ですね……。ちょっとだけ……」
「ギネール国の人身売買組織に、側妃とサザイユ家が協力しているのは分かっているんだ。だが、決定的な証拠がない」
「えっ? これだけ話が揃っているのに?」
「全て状況証拠だ。状況証拠だけでは、別の人間を身代わりにして、あいつらは逃げ延びてしまう」
(まぁ、権力者の常とう手段よね?)
妙に明るいフレイヤの表情に、キーラは嫌な予感しかしない。
「そこで、先生の力をお借りしたいのです!」
「えぇっ? 全然力を貸せる要素のない話だったと思うけど?」
「いいえ、先生にしかできないことがあるのです!」
キラキラと輝くフレイヤの瞳は、キーラにとっては怪しい光……。何を言われるか分からなくても、拒否反応で勝手に首を横に振っていた、。
王太子は感情のこもらない冷たい目は、間違いなくキーラを捉えている。なのに、必死に首を振ってお断りをしているのが分からないらしい……。
それどころかキーラの拒否を無視して、いかれているとしか思えない指示を出す……。
「先生に頼みたいのは、人身売買オークションに潜入して側妃を捕まえる手助けをしてもらうことだ」
(えっ? この人、今、何て言った?)
王太子は子供のお使いみたいに簡単に言っているけど、とんでもなく命懸けのミッションだ。どう考えてもキーラに頼むようなことではない。
そんな人に敬語を使うのも馬鹿らしい。
「いやいやいや、私の職業知ってる? 普通の教師なんだけど? もっとプロの人に頼んで欲しいよ!」
「プロが何度も探ったが、証拠を見つけることはできなかった。どうしてか、分かるか?」
常にきつい目元がいつにも増して緊張している王太子に、キーラはまた首を横に振って応えた。
「ギネール国が軍事大国で、非常に汚い手を使う暴力的な国だからだ」
王太子の言葉を受けて、キーラは『ゼロカネ』での側妃の設定を思い出した。
ギネール国という大国の王女だったのに側妃という身分なのは、自国で既に婚約していたにも関わらずコートレット国の国王に一目惚れして無理矢理嫁いできたからだ。
先王のせいで財政が苦しかったこの国は、ギネール国に提示された持参金が必要だった。それでも国王は突っぱねようとしたけど、大きな軍事力を目の前にして『断るなら、攻め込む』と言われてしまえばひとたまりもない。安全保障契約とセットとなった側妃を、受け入れざるを得なかった。
(えげつないほど汚い国だ……。そんな場所に、潜り込めと? なに、この二人、正気?)
「そんな危険なところに素人を放り込むなんて、何を考えているの? 私のこと、罪人か何かと勘違いしてない?」
「もちろん勝算があるからですわ。先生なら、大丈夫です!」
「その『大丈夫』には、何の根拠もないよね?」
フレイヤが何も言わずに優雅に微笑んでいることが、根拠がない証拠だ!
「国王に構ってもらえず夜会も公務もない暇な側妃は、ギネール国の奴等にちやほやされるオークションには必ず顔を出す。そして、客の中から自分の気に入った男を選び、側に侍らせるんだ」
「…………?」
「オークション会場で側妃を逮捕できれば、決定的な証拠となります。今までだって何度か試みましたが、側妃どころかギネール国の人間も捕まえられないのです」
「そんなのは当たり前でしょう。人身売買に関与しているしていないに関わらず、その場にいるだけで王族としては大問題。何としてでも逃げようとするのは当然の行動よ」
「その通りだ。だからこそ、オークション会場で捕まってくれれば、こっちのものだ」
そう言った王太子がニヤリと笑った気がするのは、気のせいだと思いたい。
「そこで、先生の出番なのです!」
「だから、今の話のどこに私の出番があった? 全く見当たらないんだけど!」
「先生には側妃や近くに控える護衛に、『痺れ薬入りのお酒』を振舞ってもらいたいのです!」
とんでもないことを言い出したフレイヤも、隣でうなずいている王太子も、一体どういうつもりなのかキーラにはさっぱり分からない。分からな過ぎて説明を待ってしまうのは、仕方がないことだと思う。
「側妃はお気に入りの男性を貴賓室に連れて行き、毎回お酒をふるまうことは確認されています。そのお酒に痺れ薬を仕込んで、側妃とギネール国の関係者を動けなくするのが先生の仕事です」
「……色々言いたいことは山ほどあるけど、まず一つ。二人の目が腐っているなら残念だけど、私はお・ん・な」
二人は驚いた様子もなく、キーラの話を聞いていた。
ということは、二人はキーラが女だと認識しているのだろう。分かった上で、側妃に男として侍れと言っているのだ。その事実に、キーラの脳みそが腐りそうだ。
「側妃の最近の好みのタイプは、切れ長で涼やかな目元の知的な顔です。身体も細身で凛とした佇まいの雰囲気ある美形を好みます」
「……男性、でしょう?」
確かにキーラの目は切れ長で涼やかと言えるかもしれない。知的かどうかは人の主観だから何とも言えないが、勉強はできる。身体も悲しいほどに凹凸のない細身だ。凛としているかは分からないけど、中傷を跳ね返すために胸を張る癖がついて姿勢は良い。
でも、女性であることに間違いはない。
「美を追求するわたくしにかかれば、先生を男性に変えるなんて容易いこと!」
嬉々として今すぐやってみせましょうと、何やら大きなカバンを引っ張ってくるフレイヤをキーラは必死に止めた。フレイヤならできてしまいそうで、怖い……。
二対一の数的優位に立たれている状態で、キーラが今することは理屈で二人を諦めさせることだ。
「大体、三人で協力しているはずなのに、どうしてここに学院長がいないの?」
キーラの疑問に、二人がちらりと目を見合わせた。
「この状況では、本当に三人で協力しているのかだって怪しい。二人に恨まれる理由はないけど、私を罠にかけようとしているんじゃないかとも思える。とてもじゃないけど協力なんてできないわ!」
なかなか上手くいったなと帰ろうとするも、王太子が邪魔をする。
反論があるなら聞いてやるという顔で睨みつけると、王太子がため息をついた。
「俺達三人が協力しているのは間違いないが、叔父上とは……方針が少しずれている」
「……どういうこと?」
「まずは学院内の揉め事を解決するのに集中したいと言われた……」
「学院内も、色々とあるものね……」
「勝手に首を突っ込んで危険な目にあう人が心配だからと言われた……」
王太子からジトッと睨まれたキーラは、思い当たりがあり過ぎてスッと目を逸らす。
(えっと……。心配をかけているのは、私だな……)
「第三王子がどうしてストイルに危害を加えさせたり貶めるような噂を立てさせたりするのかは、俺だって気になる。だが、この国がギネールによって食い物にされていることより重要か? 国民が攫われて人身売買で売られていくことより重要か?」
「……いえ、重要の度合いが違うかと……」
「そうだろう? 間違えているのは、叔父上だ! なのに『俺には俺の優先順位がある』と言って譲らない! かといって、俺達までも叔父上の優先順位に合わせてられない。そうだろう?」
「……は、はい」
「サザイユ家が切られたところで、第二のサザイユ家が生まれるだけだ。そうなれば国の崩壊は止まらない! それだけは絶対に阻止しなくてはいけないのだ」
王太子の言う通り過ぎて、キーラに逃げ道はない……。むしろ自分の行動で、自分の首を絞めてしまった感が否めない。
珍しく興奮している王太子を、フレイヤが悲しそうに視線を交わし合っている。二人が何を語っているのか分からなけど、フレイヤはさっきまで「美とは」「美について」と鬱陶しいほどに言っていた人とは思えない悲壮感が漂っている。
「レイモンド様と、わたくし達二人では、側妃に対する恨みや憎しみの度合いが違い過ぎるのです……」
そう言ったフレイヤの瞳にからも、王太子からも憎悪が溢れてくる。それはまるで毒のように禍々しい色を放って、部屋に充満していく。
読んでいただき、ありがとうございました。




