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10.王太子に執着しているヤバい奴

本日最初の投稿です。

よろしくお願いします。

 ポレットのこと、ネイトのこと、今日一日でまた考えることが随分と増えた。

 寮の部屋に戻ったキーラはどっと疲れを感じながらも、裏山に走りに行きたい。

 でも、小さな窓から見える空は茜色が消えかけて藍色で塗りつぶされ始めていて、この藍色だってあと数分で色濃くなる。さすがに慣れた裏山でも、暗闇の中を走るのは危険極まりない。


 仕方なくベッドに座り込んだキーラは、ゴロンと一回転して天井を見上げた。

 白い天井を見ていると、走りに行って忘れてしまいたかったことが次々と思い浮かんでキーラを悩ませる。


(学院長は危険だから、私を巻き込みたくない?)


 それが分かったからといって、キーラは止まる訳にはいかない。

 『ゼロカネ』の関係者として、ここまで首を突っ込んだんだ。学院の平穏と学院長の立場を守るためにも、最後までやり遂げると決めている。


(誰かの命が消えるなんて、もうご免だ)







 まずはポレットの様子を探ってみたものの、調べれば調べるほどに可愛い小動物にしか見えない。

 ポレットの成績は中の上。容姿は小柄で愛らしく、いつもほんわか微笑んでいる。友達とも仲良く付き合っているけど、女子にありがちな取り巻き関係やベタベタした感じはなくあっさりしている。裏がありそうな素振りも見せない。

 少なくともレフィーの言う、『王太子に執着しているヤバい奴』には見えない。


(そう、ポレットはヤバい奴には見えなかった。もう一度言おう、今の今まで、ポレットはヤバい奴には見えなかった!)




 その日の放課後、ポレットは人気のなくなった教室棟を一人で歩いていた。辺りをうかがいもせずに教室に入ったのは、自分の教室なのだから当たり前だ。

 そのままレフィーのロッカーを開けるまでは、きっと忘れ物でも取りに来たのだろうとキーラは思っていた。

 ロッカーを開けても、「間違えちゃったのかな?」くらいにしか思えない。それくらい後ろ暗い所のない自然な行動だった。

 レフィーのロッカーに置かれた教科書を、何のためらいもなく引き裂くまでは……。


「……ち、ち、ち、ちょっと……、ちょっと、エメーヌさん、貴方、何をしているか分かってる?」


 いきなりのキーラの登場に、さすがにポレットも驚いた顔を見せた。


「……ちっ、ひっつめ眼鏡か!」

「………………」


(舌打ち? 誰が? 愛くるしい様子が、消えたんだけど……! なにこれ、ヤバい奴じゃない!)


「あーあ、こんなに早く見つかるなんて、つまんない」

「つまんないって、貴方自分のしていること分かっているの? 同級生の教科書を破るなんて、相当卑劣な行為なのよ!」

「そう? 学生時代の先生だって、こんな目にあっていたんじゃないの?」

「教科書を破られたらたまったものじゃないから、私は私物を常に携帯していたわ!」

「ふふふ、さすが先生。だったらストイルさんの危機管理能力が低いってことですね?」


(全然、悪びれない……。ついさっきまで森の癒しを感じさせる微笑みだったのに、今は場末感漂っちゃってるよ……。この状況に焦るどころか、楽しんでいるように見える。サイコパスなの?)


「……ストイルさんの、何が気に入らないの?」

「もしかして、『平民なのに私より成績がいいなんて許せない』とか言って欲しい? それなら納得できる?」


(確かに納得できる答えって、ホッとするよね? だって、この子、危なすぎるよ。どんな恐ろしい言葉が飛び出してくるのかと思うと、怖い。それくらい、歪んだ感情を感じる)


「別にね、ストイルさんに対しては何の感情もない。ある人から面白い話を聞いたから、楽しそうかなと思ってやっているだけ。あぁ、でも、ここで泣きながら『強制されて仕方なくやっているの』って言ったら、信じてくれる?」

「……信じてもらおうって気がないでしょ?」


 キーラの反応に、ポレットは鼻で笑った。

 ポレットが何を考えているかはキーラには全く分からないけれど、罪悪感なんて全く見えない。


「あーあ、『クロエ様がストイルさんに嫌がらせしている』って聞いたから、こうやって既成事実でも作ればこれから楽しめると思ったのになぁ」


 そんなことを事も無げに言うポレットは、本当に悔しくて悔しくて仕方がないと全身で訴えている……。


「貴方が『レフィー・ストイルは王太子に擦り寄って王太子妃を狙っている』という噂を広めたのは分かっているの。一体何がしたいの?」

「ふぅん、その噂の出どころも調べ済みなんだ。意外とやるね、先生」


 そう言ったポレットは、楽しそうにクスクスと笑っている。

 完全に他人事のようなその態度は、キーラを薄ら寒くさせる。


「貴方が流した噂のせいで、ストイルさんは周りから勘違いされているのよ? 人の名誉を貶めるなんて、誰にとっても楽しいわけがない!」

「どうして? 楽しいじゃない? 私はね、楽しいことが大好きなの!」

「こんなことが、楽しいはずがない!」

「私の楽しいことと、先生の楽しいことが違うだけでしょ。私の楽しいことは、人が不幸になること! 人が転落していく様子を見るのが、楽しくて仕方がないの」


 ポレットは愛らしい笑顔で頬を紅潮させると、そう言い切った。

 ゴシップニュースが大好物とかいうレベルではない。罪悪感とかモラルとかそういうものが、ポレットからは抜け落ちている。

 怒りというより、恐怖を感じる。だからといって、逃げ出すわけにもいかない。


「『ある人から面白い話を聞いた』ってことは、ストイルさんの噂を立てるように、貴方に指示をした人がいるのよね?」


 ポレットの笑顔が強張り、完全に悪魔の顔でキーラを見上げている。

 間違いなく見上げられているはずなのに、キーラにはそう感じられない。不敵に笑ったポレットに、見下ろされている心境だ。

 そんな人を見下した下卑た笑いを見せるポレットは、とても十五歳には見えない。


「ふぅん、先生は思っていたより賢いんだ。でも、絶対に教えてあげない。ストイルさんやクロエ様で遊べなくなるんだから、これ以上楽しみを取られたくないもの。あの人と先生がどう対決するのか、楽しんで観察するね!」


 ポレットはそう言うと、笑いながら悠然と教室を出て行った……。




 ポレットが出て行った後も暫くは、教室内にあの不快な笑い声が響いている気がして気持ちが悪い。纏わりつく声から逃げ出したくて、キーラは何度も頭を振って消し去ろうと試みるのに上手くいかない。

 教室には破かれた教科書が落ちているけれど、そんなこと以上に後味悪い空気が漂っていた。


(ポレットはヤバい、絶対にヤバい。でも、そのポレットを使って、レフィーを貶めようとした奴がいる。それが多分、レフィーの言う『王太子に執着しているヤバい奴』だ)


 レフィーを使って、王太子に『浮気者』という印象をつけたかったんじゃない。

 レフィーという礼儀知らずが、邪な考えを抱いて王太子の周りをうろついていると王太子や世間に印象付けたかったんだ。そうやって、王太子からレフィー(ヒロイン)を遠ざけようとした。


 『王太子に執着しているヤバい奴』は、王太子を失脚させたい側ではなく、問題なく王位に就かせたいと思っている人物だ。

 となると、婚約者であるクロエ・サザイユ? 当然クロエは最有力候補だけど、王太子の側近である宰相の息子(ベルノルト)騎士団長の息子(アレス)だって、王位が他の者に行くことを望まないはず。

 意外と候補は少なくない。


(絞り込めないなら、誰なのか知っている人に聞くしかないよね)


 しかしレフィーは逃げるばかりで、キーラと顔を合わせる気がない。となればキーラの持つ唯一の権力を使うのみだ。







「こういうのって、職権乱用って言うんじゃないの?」


 キーラの研究室に呼び出されたレフィーが、開口一番発した言葉だった。

 ソファーにふんぞり返って腕を組み足を組み、キーラを睨みつけている姿はとてもじゃないけどヒロインとは言えない。

 本棚と机とソファーの応接セットしかない普通の部屋だけど、空気に触れると「ギスギス」って音が鳴りそうだ……。


「ストイルさんは学院入学前に暴漢に襲われかけたわよね?」

「私くらい可愛いと、周りが放っておかないの」

「だから今は王太子殿下に擦り寄っているなんて噂を立てられていると?」


キーラの嫌味に、レフィーの顔が真っ赤に染まる。


「もう近づいてないわ!」

「この二つを仕組んで貴方を貶めようとしているのは、『王太子に執着しているヤバい奴』でしょう?」

「……何の、話?」


 つい今まで眼光鋭くキーラを睨みつけていた瞳が、すいっと逸らされた。

 前回自分で言い出したことなのに、レフィーはなかったこととしてとぼけるつもりらしい。


(させるか!)


「貴方を呼び出すメモにも書いたけど、この部屋にはもう少ししたらネイトが来るわ。それまでに話を片付けないで、ネイトと話すチャンスが得られると思う?」

「あんた、それでも教師なの!」

「あら? 私のことを教師と思うなら、『あんた』なんて呼ばないんじゃない?」

「……っ! せ、先生のしていることは、脅迫よ!」

「そう? 私としては取引だと思ってるけど?」


 レフィーの怒りの視線が痛い。

 フワフワ美少女枠のヒロインなのに、その片鱗さえもキーラに見せる気はないらしい。

 『ゼロカネ』の記憶の中では潤んだ上目遣いの瞳だったはずが、今は思いっきり細められている。

 そうやって敵対心むき出しで来られるのなら、キーラとしては無理矢理にでも仲間意識を持ってもらうしかない。


「『王太子に執着しているヤバい奴』は、『ゼロカネ』の関係者なのかしら?」


 レフィーの水色の瞳が、こぼれ落ちんばかりに見開かれた。

 小さな可愛らしい口も何か言葉を発しようと動いているのに、驚きのあまり空気しか出てこない。ふてぶてしかった腕組みも足組も解いて、前のめりな姿勢でキーラが何者なのか様子をうかがっている。

 それに対してキーラは余裕の態度で、レフィーが質問したいであろうことに応えてあげた。


「私にも前世の記憶があるの。『ゼロカネ』のことも知っているわ」

「……ふざけんな! だから私とネイトの仲を邪魔したのね! あんた何なの? 私みたいな可愛いヒロインに転生できなかったから、嫌がらせ? まさか、この期に及んで、ネイト推しとか言わないわよね? 自分の歳を考えなさいよ!」

「推しって、お気に入りの登場人物ってことよね? 私にはゲームの記憶があるだけで、ゲームを楽しんだ記憶はないの。正直に言って、『ゼロカネ』に全く興味がない。ストイルさんが考えていることは、誤解よ」

「何が誤解よ! ネイトはあんたのことが好きじゃない! そのせいで私との幼馴染としての思い出だって、一切作れなかった!」

「うーん、幼馴染としての思い出が作れなかったのは悪いとは思うけど、わざとじゃないわ」


(レフィーも言っている通り、七歳も年上で見た目もこれな私だよ? まさか自分が好かれるなんて思わないし、『ゼロカネ』に影響を及ぼすなんて思わないじゃない!) 


「ストイルさんが《入学前》に襲われたことや、ストイルさんがヒロインとして中傷されたのは、私達の他に『ゼロカネ』を知っている人がいるからよね? ヒロインとしての貴方を、危険視しているはずよ」


 レフィーはまた目を逸らしたけど、それは肯定したも同然だ。


 目を逸らしたまま黙っているレフィーに、キーラはぐっと詰め寄った。


「その人が誰なのか知っているのよね?」

「…………」


 レフィーはだんまりを決め込むつもりなのか、キーラを見ようともしない。


(誰にもバレることなく墓場まで持っていく予定だった前世持ちまで告白したんだから、話を聞くまでは絶対に帰さない!)


 キーラの気迫で部屋の温度が上昇していく。


「襲われかけたり、中傷されたり……。今のところは無傷で済んでいるけど、次はナイフで刺されるかもしれないし、食べ物に毒を入れられるかもしれない」

「…………」

「確かに貴方は『ゼロカネ』のヒロインよ? でも現実世界の登場人物から見たら、自分をどん底に突き落とす悪役でしかないの」


 頭上から降り注ぐ圧力に屈したレフィーが、苛立った様子で舌打ちをした。「あー、もう、何なのよっ!」とブツブツ悪態を吐いていたが、諦めたように息を吐き出す。




「入学式から二カ月以上前だったと思う。配達からの帰り道に貴族の馬車に乗せられて、豪華なお屋敷に連れていかれたわ」

「えぇぇっ! 誰に? 誰の? 何で?」

「そんなに興奮されても、残念だけど何も答えられない。使用人みたいな人も誰も名乗ってくれなかったし、呼び出した当人なんて薄いヴェールに囲まれていて顔どころか姿もぼんやりとしか見えなかった」


 呼び出しておいて、自分の姿は見せない。明らかに後ろ暗い所がありますと言っているのと変わらない。そこまで危険を冒してレフィー(ヒロイン)と会うなんて、ゲームの関係者以外考えられない。


「そいつから『リエットール学院には行かずに、この国から出ていって欲しい』って言われた。『もちろん他国で新しい生活をする環境はこちらで整えるし、お金の心配もない。貴方にとっても、悪い話じゃないはず』とも言ってた。こいつは絶対に『ゼロカネ』の関係者だと思ったから、私はヒロインなんだから自由に恋をするって言ってやったのよ!」

「随分とまぁ、強気なこと言ったわね? 見知らぬ屋敷に連れ込まれている時点で危機意識持たないと」

「あの時は腹も立っていたし、そこまで考える余裕がなかった。家に帰ってから『殺されてたっておかしくなかった』と思ったら、足の震えが止まらなかった。実際にその後、襲われたし……」


 連れ去られ、脅され、襲われかけた。普通であれば、入学を躊躇うところだろうに。


「それで、よく入学しようと思ったわね……」

「ネイトルートに入ろうと思ったのよ! 私はヒロインなんだから、学院に入ればこっちのものだと思ったの!」

「………………」

「止めてよ、憐れむような目で見るのは! 説教は要らないわよ! 現実とゲームが違うってことは、私だって分かったわよ!」 


 涙目で叫ぶレフィーを見れば、説教が要らないのは良く分かる。ちゃんと理解してもらえたようで、キーラも一安心だ。


「ネイトルートに入ろうと思ったのに、どうして待ち伏せまでして王太子殿下に近づいたの?」


 怒ってばかりのレフィーの顔から、急に表情が消えた。

 顔はキーラに向いているけど、視界には入っていない。キーラに話をすることが、自分にとってマイナスなのかプラスなのか計算していると言ったところか?


「……『王太子に執着しているヤバい奴』に仕返しがしたかったのよ」

「仕返し?」

「ヤバい奴が私を王太子に近づけたくない理由は、王太子を守りたいからなんだと思う」

「私もそれは考えたけど、クロエさん(婚約者)や側近が自分の立場を守るためって可能性もあるわよね?」


 レフィーはゆっくりと首を横に振る。


「それはないわ。だってヤバい奴は、利害関係も『ゼロカネ』のシナリオも無視して私を排除しようとしているんだから」

「……誰だか、分かっているの、ね?」


 全身を強張らせていたレフィーが、身体から息を吐き出した。


「私を呼び出した奴の顔や姿が見えなかったのは本当よ! でも、学院に入学して関係者を見ていたら、第三王子がそうなんじゃないかと思えたのよ」

「……えっ? 第三、王子?」

「私だっておかしいと思ったわよ? 完璧すぎる王太子に劣等感を抱いている腹違いの弟は、兄に懐いたふりをして牙をむくのが『ゼロカネ』でしょう? そんな彼が王太子を即位させるために、ヒロイン()を遠ざけようとするなんて考えられない。でも、仕草や体格や声を聴く限り、あの日会ったのは第三王子だとしか思えない」


 レフィーの切羽詰まった表情から、嘘をついているようには見えない。

 驚きだけど、言われてみれば納得できる点もある。『ゼロカネ』の設定と一番かけ離れているのは、実は第三王子だ。

 天才肌の王太子に対して、第三王子は努力の人な設定だった。でも現実の第三王子は努力なんてする気もなく、勉強も剣術も全くできないおバカちゃんだ。


「慕っている王太子を王にするために、バカを演じているってこと?」

「……うーん……。演じて、いるかな? 本物な気がするけど……」


レフィーは渋い顔で首を傾げた。


読んでいただき、ありがとうございました。

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