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1.ゲームが始まる前に

よろしくお願いします!

本日一話目の投稿です。

 南側に面した高く大きな窓から柔らかい日差しが降り注いでいて、部屋はとても明るい。だから灯なんて全く必要ないのに、豪華で美しいシャンデリアが天井からいくつもぶら下がっている。

 自分の家いくつ分だろうと思わず考えてしまうほど広い部屋には、レフィーが見たことないほど美しい装飾の白い家具が置かれている。

 昨日読んだ物語の夢でも見ているのだろうかと、レフィーは自分の腿をつねったが……当然痛い。現実だ。

 もしこれが夢なら、この手触りの良いレモンイエローのソファに座っているレフィーが着古した木綿のワンピースを着ているはずがない。もっとお姫様のようなドレスを着て、我が物顔で微笑んでいるはずだ。だって、夢ってそういうものだ。


 目の前にある白いテーブルには、宝石みたいにキラキラしたお菓子が並べられている。

 貴族の中で侍女と呼ばれるらしい人(平民には侍女なんていないから分からない)が淹れてくれた紅茶からは、温かい湯気がユラユラと立ちのぼっていて、おとぎの世界のお茶会さながらだ。

 侍女はティーポットを持った状態で、このフワフワ絨毯をよろけずに歩いてく。

 侍女はさすがだなと感心して後姿を見送ったのは、レフィーは部屋に一歩踏み込むなり「新雪か?」と足元を見てしまうぐらい歩くのに苦戦したからだ。


 そんな誰が見ても豪華で煌びやかな貴族の部屋なのに、レフィーにはなぜか胡散臭くて薄汚れて見えてしまう。

 それは多分この見知らぬ屋敷に連れて来られた経緯が、身分差を利用した有無を言わせぬものだったことも大きい。

 大体こんな状態で「わぁ、素敵なお部屋!」なんて言っている人間がいるとすれば、この屋敷を生きて出られる可能性は低い。本能的にそう感じたレフィーの背中を、ぞくりと冷たいものがつたっていった。


 恐怖の原因は無理やり連れて来られただけではなく、目の前に対峙する相手のせいでもあるのは間違いない……。


 目の前の相手は、レフィーが部屋に着く前から待っていてくれた。きっと貴族なはずなのに、平民を待たさないでくれたのはありがたいのだけど……。

 とにかくこんなにも不気味な存在感を前に、お気楽に感謝なんてできるわけがない!


 不気味な人は、レフィーと白い机を挟んで座っている。飛びかかろうと思えば、できないこともない距離だ。

 不気味な人が座っている一人掛けの椅子の周りは、まるで天蓋付きのベッドように姿を隠すために四方が薄い布で囲われている。これでは目の前にいるのが誰かなんて分かりようがない。

 人を勝手に呼び出しておいて自分は姿も見せないなんて、「平民を馬鹿にしてんのか!」と腹が立つ。それなのに、レフィーが文句も言わずに相手の出方を待っている理由は一つだ。


 自分という平民のパン屋の娘が、貴族から極秘に呼び出された理由に興味がある。


 というのもある限られた人物から見ると、レフィーは危険な存在ということになる。こんな仕打ちを受けることに納得してしまう秘密が、レフィーにはあるからだ。

 呼び出しの理由がレフィーの想像通りなら、相手もレフィーと同じ状況にあると言える。まぁ、同じ状況だからといって、仲良く友達になれそうにはないけれど……。


 真っ赤な地に黒い花が描かれた毒々しいティーカップからは、もう湯気は消えている。

 まだ一言も発していない相手は、優雅に座ってレフィーを観察しているのだろうか? 一体、どういうつもりなんだろうか?

 自分から呼びつけておいて黙って観察されているだけでは、さすがのレフィーも我慢の限界だ。

 痺れを切らせたレフィーが立ち上がろうと身体に力を込めたその時、タイミングを狙っていたかのように相手が言葉を発した。


「リエットール学院には行かずに、この国から出ていって欲しい」

「……はぁ?」

「もちろん他国で新しい生活をする環境はこちらで整えるし、お金の心配もない。貴方にとっても、悪い話じゃないはず」


 相手はレフィーの存在を恐れる風でもなく、かといって媚びるわけでもなく、淡々とそう言った。


 レフィーに国を守ったり脅かすような特別な能力があるのかと言えば、間違いなくない。成績が良いだけの普通のパン屋の娘だ。

 そもそもこの世界には、魔法も精霊も魔物もないのだから。

 そんなレフィーに国から出て行けとは、随分と突拍子もない話に聞こえる。

 

 レフィーが学院に通うことで()()()生徒が迷惑に思うことといえば、成績がレフィーに敵わないことぐらいだ。

 だがそれは、あくまでも()()()生徒に限る。特定の生徒にとっては話が全く違ってくる。

 これから学院で悪夢を引き起こすであろうレフィーの存在は、特定の生徒には自分だけではなく家の未来さえも左右する邪悪で恐ろしいものに感じられるはずだ。

 いくら金がかかろうとも、排除したいと思うほどに……。


 レフィーは、乙女ゲームのヒロインなのだから。




 目の前のこの人物は、学院に行ったレフィーが何をするのかを知っているはずだ。ということは間違いなく前世の記憶を持っていて、その上でレフィーを排除しようとしている。

 だが残念なことに、レフィーにはゲームから降りる意思はない。ゲームに翻弄される気はないが、貫きたい意地と希望がある。

 相手がこういう手に出てくるのなら、レフィーだって容赦しない。相手も自分も同じ条件なら、レフィーの方が優位に決まっている。

 だって、ここは乙女ゲームの世界なのだから!


「私は『ゼロカネ』のヒロインなのよ? 私は自由に誰とでも恋をする権利を持っているの! それは、貴方ごときでは止められない。私は、私のために用意された恋を楽しむわ! それは誰にも邪魔はできない!」


 レフィーの勝ち誇った笑い声が、豪華な部屋の中に毒々しく響く。

 その声に耐えきれなかったのか、不気味な人が手にしていた赤いティーカップが白い机に投げつけられた。ガチャンと大きな音がすると、赤い破片が白い机や絨毯に飛び散った。

 割れたカップからこぼれた紅茶が、机から下に流れ落ちる。

 明るい若草色の絨毯が、一瞬で茶色い染みとなって汚されていく。


読んでいただき、ありがとうございました。

本日もう一話投稿します。

まだ続きますので、読んでいただければ嬉しいです。

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