ぬいぐるみ妖精とクリスマス館
クリスマスに合わせて注文がくるお得意様への納品は、昨日で終わった。
魔法玩具工房の大掃除を終えて廊下へ出たら、台所の方からピンクのテディベアが飛んできた。
「るっぷりい! ご主人様、次はどこのお掃除をしますか?」
ぬいぐるみ妖精のシャーキスだ。僕の頭の上でぐるぐる回ってる。
シャーキスは僕が初めて自分でデザインして作ったぬいぐるみ。できあがったとたん、魔法の生命が宿ってぬいぐるみ妖精になっちゃった。
もっとも僕が作ったぬいぐるみで、ぬいぐるみ妖精になったのはシャーキスだけだ。
だから僕はもっと魔法玩具作りの技術を磨き、いつかはぬいぐるみ妖精も自分の意思で作り出せるようなすごい魔法玩具師になりたいと思っている。
「掃除は終わったよ。こんどは台所へいっておかみさんの手伝いをしなくちゃ」
台所のほうからは、牛肉のトマト煮込みの良い匂いが漂ってくる。
食堂の食卓にはお皿が並べられ、パンのカゴには丸いパンと四角いパンと棒のように細いパンがたっぷり入っている。
夕食の用意は調っている。
けど、おかみさんはまだ忙しそうだ。
台所のテーブルにはお砂糖の茶色い袋や栗の瓶詰め、フルーツの砂糖漬けやドライフルーツの瓶が置いてあった。
クリスマスのお菓子の下ごしらえを始めているんだ。
親方も台所のテーブルにいた。この夏に作ったレモンのリキュールの瓶を開けてちびちび味見しながら、クルミ割りをしている。
これもクリスマスのケーキとクッキーの材料だ。
固いクルミの殻を割っては中の実を、白いボウルへぽいと入れる。親方はときどきつまみ食いをしてるけど、ボウルはそろそろいっぱいだ。
僕はおかみさんを手伝って、料理を食堂のテーブルへ運んだ。
おかみさんが親方の肩を軽く叩いた。
親方はうなずいて、床に置いていた麻袋の口を広げ、テーブルの端に積み上げていたクルミの殻をザザーッと落とした。
これから夕食だ。
僕と親方が牛肉のトマト煮込みのおかわりを食べ終えたとき、僕の隣に座っていたシャーキスが、いきなり椅子から飛び上がった。
「るっぷりい! 玄関にお客様です!」
椅子の上でポーンと弾んで宙に浮かび、「ブーンッ!」と廊下へ飛んでいった。
なんの音も聞こえなかったけど……?
親方とおかみさんと僕が顔を見合わせていると、シャーキスはすぐにもどってきた。
白い封筒を持っている。
「カラスの郵便屋さんでした! お手紙が届きましたよ!」
「ははあ、どこかの魔法使いのお使い鳥だな」
親方には心当たりがあるらしい。
魔法玩具作りの職人である親方は、もちろん魔法使いだ。そのためかこの魔法玩具工房には、ときどき風変わりなお客様も訪れる。
だいたいが魔法に関わる職業の人々らしいけど、その正体を親方の口からはっきり教えてもらえたことはない。
僕が職業と名前を教えてもらったのはこれまでに一人だけ。毎年クリスマスイブになると徹夜で働く配達業者のおじさんだ。
「カラスって、鳥のあのカラスかい?」
人間の郵便屋さんはこんなに遅くまで働いていない。だからきっと魔法の生き物。どんな姿だったのか、ちょっと見てみたかったな。
「るっぷ、もちろんです、あんなに真っ黒けな鳥がほかにいるでしょうか?」
僕の気持ちが伝わったのか、シャーキスが「とても大きなカラスさんでした!」と説明を付け足した。
「黒い羽はツヤツヤで、虹色に光っていました。長いクチバシはボクの腕より長くて、このお手紙を咥えていたのです。ボクに渡すとカア、と鳴いて、さっさと飛んでいきました、きちんとしたご挨拶もなにも無しで! るっぷ、なんて失礼なカラスでしょう! ぷいッ!」
シャーキスは僕の頭の上へ、お尻をストンと乗せた。
二通の手紙がひらひらと、僕の手元へ降ってきた。
封筒は白と言うより暖かなクリーム色で、金色のふちどり模様が描かれている。
一通の宛先は『若き魔法玩具師さまへ』
はて? と、僕は首をかしげた。
僕はまだ一人前じゃない。魔法玩具職人として独立していないからだ。
いまは親方の工房へ来た注文を、親方の指示通りに作業する職人にすぎない。そんな一介の弟子たる身分で、個人的に仕事の注文を受けることはできないのである。
「ハハ、いいから開けてごらん」
親方にうながされた僕は、居間の片隅にあるライティングデスクの引き出しから木彫りのペーパーナイフを取ってきた。
僕は一通をていねいに開封した。
「注文書……?」
なんだ、仕事の依頼か。でも、これは……。
『拝啓 若き魔法玩具師どの
あなたのテディベアと同じタイプの特別なぬいぐるみを一二個作ってください。
納期は今日から一週間後です。
できあがったら下記の館へ届けてください。代金はぬいぐるみと引き換えにお支払いします。
クリスマス館の住人より』
僕は何度もまばたきした。
だって、今日は一二月の一三日で、一週間後の期日ってのは、クリスマスの三日前だ!
おかみさんを手伝ってクリスマスのごちそうやお菓子を作っている、いちばん忙しい日じゃないか!
「どれどれ、見せてみなさい」
親方がワクワクした顔で、僕の手から便箋を取りあげた。
「ほほう、ぬいぐるみの注文か。テディベアを一二個! いい数じゃないか」
「でも、クリスマスの贈り物用だとしたら注文するのが遅すぎます。もう一ヶ月ないんですから」
僕が困惑を隠さずいうと、親方は、おやおや、とでもいいたげにまばたきした。
「お前の腕なら三日もあれば作れるだろ。この注文主はどうしてもニザの作ったぬいぐるみが欲しいんだよ」
「僕の?」
「そう、魔法玩具師ニザエモンを指名した注文がきたってことだ」
僕の本名はニザエモンだ。親方はニザと呼んでいる。日本人だけど、魔法玩具師になりたくて親方の弟子にしてもらったんだ。
ただし、魔法玩具師と言っても、本格的な魔法の玩具は、そうたくさん作れる物じゃない。魔法を帯びた特別な材料を手に入れるのが難しいからだ。
だからふだん作るのは、もっぱら魔法の無い普通の玩具だ。
僕も、最近では魔法を帯びていない玩具を作る腕は一人前だと、親方に褒めてもらえるようになった。魔法玩具の方は、たくさん作れないこともあるが、いくら褒めてもらえてもなかなか自信がつかないので、一人で悩んでいるところだ。
「まあ、わしらも少しなら手伝えるしな。ここにはひとりで作れとは書いていないから、手を貸すのは問題ないぞ」
親方はそういってくれたが、正直なところ、僕は困っていた。
「でも、これにはどんなふうに『特別な』ぬいぐるみにすれば良いのか、そのための説明が書かれていません」
「そうだなあ。ニザ、特別な、ってのは、どういうものだと思うかね?」
親方はニコニコしている。
これまでに何度か親方はお金持ちからの特別な注文品を受けたことがある。
僕も手伝わせてもらったけれど、そういう場合は、注文書にあらかじめ使って欲しい宝石や特別な材料の指定がされているものだ。
僕は少し考え、次のように答えた。
これにはそういった素材に関することが何も書かれていない。
だったら、どんな材料を使えばいいのか?
たとえば、使う布は最高のビロード生地や紋織りの絹地とか。
青い絹のリボンタイに、ボタン飾りの代わりにはダイヤモンドのブローチ。
貝ボタンも、黒蝶貝から削り出したいちばん高価なものにするとか。
ぬいぐるみの中に詰める綿だって、綿の繊維の細かいゴミまで取りのぞいてよりわけた、純白なものだけにして。
いや、しかし――ここに書かれた『特別』って、そんなことじゃない気がする。
だとしたら、どんな特別なんだろう……。
「考えても、僕には見当がつきません」
僕がしゅんとしてうつむくと、
「たしかに、そういった贅沢な品物を注文してくるお金持ちの客もいるね。でも、この手紙の注文は、クリスマスの贈り物だよ」
親方はあっさり答を教えてくれた。
たしかにクリスマスの贈り物は特別なもの。でも、本当にそれだけなのかな?
「あなた、ニザはまだ自分で注文を受けたことが無いんですよ。ヒントをあげてくださいな」
おかみさんが優しく助けを出してくれた。
「そうだな、クリスマス館はニコラオの関係者だよ。それは行けばわかるだろう」
親方はクリスマス館の住人という人のことを知っているらしい。
ニコラオさんは親方の古い友人だ。毎年クリスマス用のオモチャを大量注文してくれる、この魔法玩具工房のお得意様でもある。
一二頭のトナカイが引くソリに乗り、一夜のうちに世界中の子ども達へオモチャを配達する仕事に就いているから、クリスマス前夜はものすごく忙しいという話を聞いたことがある。
そのニコラオさんへ今年の商品を納めたのは二日前だ。
そのあとで僕の事をクリスマス館の人へ話したのかな。
だからいま注文が来たのかも。
親方は便箋を僕に返してよこした。
「もういちどよく読んでごらん。これには、ニザの持っているぬいぐるみ、つまり、シャーキスと同じタイプのテディベアを作って欲しいと書いてあるだけだ」
僕のテディベアって、シャーキスのことか。シャーキス自身も僕のぬいぐるみ妖精だと言っているから、それは間違いないけれど……。
「シャーキスはたしかに特別な魔法のぬいぐるみ妖精です。この注文書を書いた人はそのことを知らないのでしょうか?」
「ニコラオは知っているよ。この注文主にシャーキスのことを教えたのはニコラオで間違いないさ」
ニコラオさんはシャーキスのことをよく知っている。
むかし、僕がシャーキスにひどいいじわるをしてしまったときに、シャーキスを助けてもらったんだ。
この『クリスマス館の住人』という人は、ニコラオさんの友達かな。
そうでなければ魔法の存在であるぬいぐるみ妖精の話はしないだろう。
「だったら、僕はぬいぐるみ妖精を作れませんから、この注文は受けられません……」
僕が持っているテディベアのシャーキスはたしかに特別なのだ。
ぬいぐるみ妖精というものは、魔法玩具師として一流の腕を持つ親方でさえ、作ろうとして作れる物ではないのだから。
「これこれ、あきらめるのは早すぎるぞ。この注文書に書いてある条件だが、これはシャーキスと同じタイプのテディベアだと考えていいんだよ。ぬいぐるみ妖精とは書いていないだろう。むずかしいものじゃない」
シャーキスと同じタイプのクマのぬいぐるみを、一週間以内に一二個作る。――それならできそうだ。
僕だって魔法玩具職人の端くれとして、いろんなぬいぐるみを作っている。テディベアだってたくさん作った。
ただ、それらは、この魔法玩具工房製の商品だ。親方の指示通りに作った、ようするに親方の作品なのである。
「こっちの封筒はニコラオからの招待状だ。納品に合わせて昼食会をするから参加して欲しいとさ」
完成したぬいぐるみ一二個を納品するときは、ニコラオさんがソリで迎えに来てくれるという。
僕は品物と一緒に玄関で待っていれば『クリスマス館』へ連れていってもらえるわけだ。
親方の説明ではクリスマス館はニコラオさんの住まいの近くらしい。
日帰りできるから、この町からそれほど遠くはないのだろう。
しかし、ニコラオさんが住んでいるのはこの町からとても遠い、雪と氷に年中閉ざされた北の国だと聞いたけど……。
じつは隣の県だったのかな?
僕はその夜と翌日の一日を、『特別なぬいぐるみ』のアイデア出しでおおいに悩んだ。
その翌日、固まったアイデアを元に設計図を描き、型紙を切り出した。
工房の資材倉庫から布見本を出してきて使う布を決めた。
布に型紙を当て、一二体のぬいぐるみを作るのに必要なパーツを裁断した。
それから親方とおかみさんの手を借りて手足と胴体を縫っていった。おかみさんには足踏み式ミシンも使ってもらった。
カタカタカタ。
おかみさんがミシンの踏み板を踏む。ミシンの針がせわしなく上下して、おかみさんの手が送り出す布地の直線部分がどんどん縫われていく。
軽快なその音を聞きながら、僕は親方に部品を削り出してもらったテディベアの鳴き声を出すグラウラーという部品を組み立てた。
次にクマの頭部を作った。ぬいぐるみの体の中でいちばん立体的な縫い合わせの部分だ。
一二体分の部品を縫いあげるのは、その翌日の夜までかかった。
その次の日には、縫い上げた手足に綿を詰めた。胴体にグラウラーも入れた。
顔は、綿を詰めながら細部をととのえた。仕上げには一体ずつ刺繍を入れて、貝ボタンや絹のリボン飾りを付ける。
僕はきっかり六日で一二個のぬいぐるみを作り上げた。
僕は一張羅の上着とズボンに、新しく仕立ててもらったばかりのコートを着て、一二個のぬいぐるみを梱包した大きな箱と一緒に玄関先に並んで迎えを待った。
ニコラオさんは時間通りにソリで迎えに来た。ニコラオさんへの納品は数日前に済んでいる。今日の荷物は一二個のぬいぐるみを梱包した箱と、僕だけだ。
ニコラオさんはソリの後ろの荷台へ箱を積み込み、ロープと留め具でしっかり固定した。
シャーキスはお留守番だ。納品するぬいぐるみと間違えられたら困るからね。
僕がニコラオさんの隣へ座ると、ソリは出発した。
走り出したトナカイは宙を蹴り、あっという間に空高く駆け上がった。
ソリは町を越え、灰色の雪雲のさらに上へ駆け上がった。
薄い灰色をした雲の中を通っていく。
長い長い、雲のトンネルだ。きっと一〇キロくらいはあったと思う。
雲のトンネルの中を走っている間、僕はトナカイの鈴の音に耳を澄ましていた。
ふいに、雲が切れ、鈴の音が小さくなった。
ソリは、どこまでも真っ白な雪原の上空を走っていた。
空は雪雲にとざされて昼なお暗く、あたりには粉雪がふわふわ舞っている。
雪原のところどころに緑の模様が散らばっている。雪に埋もれた森の木々のてっぺんだけが顔を出しているのだ。
そんな雪原のただなかに、ポツンと四角い館があった。
そこだけは雪にも埋もれず、四方の窓という窓から煌々と明かりがもれて、まるで地上の太陽のように周囲を照らしている。
ソリは地上に降りていったん停車した。
街のホテルよりも豪華な、小さな宮殿みたいな館だ。
ニコラオさんはソリの方向を変えてゆっくり走らせ、館の横にある大きな厩舎の中へ入っていった。
厩舎の中はランプが点いて明るく、左右の壁際にはトナカイのためのわらがたくさん積んであった。
ニコラオさんがにぎっていた手綱を一振りした。すると、トナカイの顔についていたくつわやはみなどのソリに繋ぐための器具が消え、自由になったトナカイたちは好きな場所へ移動してくつろぎ始めた。
「到着だ。荷物を下ろそう」
ニコラオさんは荷物のロープを外した。
ぬいぐるみが一二個入った箱は僕よりも大きいけれど、軽いから一人で持てる。
僕らは厩舎から出ることなく、館へ直接入れるドアをくぐった。
ドアの向こうは春のように暖かく、夏のように明るかった。
広い室内の中央には、すばらしいクリスマスツリーが飾ってあった。
天井高く、そのてっぺんまでは三メートルはあるだろう。
僕がこれまでに見たことのあるどんなツリーよりも輝かしく、濃い緑のもみの枝には金と銀のモールが幾重にも巻かれ、赤や緑や金や銀や青のガラス玉が、星をちりばめたように輝いている。
ほかにもかわいい飾りはステッキだの天使だの、雪だるまだの小さな家だのがあって、とても数え切れない。
近づくと、僕の足下に影ができた。
ツリーの頂上で、星が燦然たる光を放っている。
まん丸に見えるあの星は、本当に光っているのだ。どんな仕掛けなんだろう。ろうそくではないし、電灯でもなさそうだ。なぜって、電気のコードがどこにも見当たらないから。
僕の知らない魔法なのかな。じゃあ、この館の主人はやっぱり魔法使い……?
「ようこそクリスマス館へ」
いつのまにか緑の服の恰幅の良い人が、ツリーの側に立って僕を見下ろしていた。
緑の服の人は「ニコラウス」と名乗った。
立派なお髭や優しいまなざしがニコラオさんに少し似ている。ニコラオさんの親戚なのかな。
ニコラオさんが「世界中に同じ仕事をしている仲間がいてね。みんなニコラオとかニコラウスとかニックとか、似たような名前なんだよ」と教えてくれた。
「遠い所をよく来てくれたね。外は寒かっただろう。お願いしたぬいぐるみだが、このツリーの下へ並べてくれるかい?」
ニコラウスさんに頼まれた僕は箱を開封してぬいぐるみを出した。
ツリーの下の大きな植木鉢は赤と青。僕のベッドほども大きい。その前へぬいぐるみをならべていく。そのあたりはちょっと湿っぽい土の匂いがした。このもみの木は切られた木ではない。土に植えられた、まだ生きている本物のもみの木なんだ。
ニコラウスさんは「ほうほう、これはかわいらしいテディベアたちだ」としきりに感心してくれている。
「さて、商談は皆がそろってからにしよう。君はさきに暖炉のそばで暖まりなさい。お腹は空いていないかね?」
僕はごちそうが用意された長いテーブルの、暖炉に近い席へ案内された。
二十人くらいは座れそうなとても長いテーブルだ。
僕の前には何種類もの焼き菓子があった。
二度焼きしたクッキーのビスコッティ。
甘いシロップをくぐらせたツヤツヤの揚げ菓子。
いろんな種類のチョコレートボンボン。
大きなお皿にはカラフルな果物。オレンジや洋梨。切ったスイカやメロン、赤いスモモに緑のリンゴ。でも、本物じゃない。アーモンドの粉と砂糖を練って作った、フルッタ・マルトラーナという、果物をかたどったお菓子だ。
真っ赤なベリーで飾られた砂糖衣のケーキ。
チョコレートのケーキは削ったチョコレートがたっぷりかけてある。
塔のように高い五段重ねのケーキはバタークリームだ。
クルミやキャラメルのタルト。
テーブルの中央には、火山のような形をしたクリスマスに食べるパンのパネトーネ!
ガチョウの丸焼き。
ニワトリの丸焼き。
もっと大きな鳥の丸焼きもある。
ローストビーフのかたまり。
豚の丸焼き。
片モモまるごとの生ハムもあった。
ほかにも僕が名前も知らない美味しそうなごちそうがたくさん。
どこかで聞いたことのあるクリスマスのごちそうがすべてあるみたいだ。
あれがおいしそうだな、と思ったら、もうそのお菓子がお皿に載せられ、僕の前に置かれている。
暖かなショウガ入りのお茶を飲んで、いろいろ食べてから気がついたのだが、このごちそうの卓についているのは僕とニコラオさんとニコラウスさんだけではなかった。
ニコラオさんと背格好のよく似た赤いコートのおじさんが増えていた。ということは、ニコラウスさんにも似ているということで、緑のコートの人も幾人か増えている。
女の人もいる。町の商店のおかみさんみたいなご婦人から、とても若くてきれいな人までさまざまだ。みんなお菓子を摘まみながら、にぎやかにお喋りしている。
ツリーの近くでは年配のおばさんが焦げ茶色のぬいぐるみを抱き上げ、しげしげと眺めていた。
その横ではキラキラ光る白いドレスの、絵画から抜け出てきた天使のように美しい人が赤いぬいぐるみを抱き、おばさんに話しかけていた。
年格好はバラバラだけど、ここにいるのはみんなニコラオさんの同業者だという。
ことに年配のおばさんたちは、ニコラオさんよりも早くこのイタリアから北の方の土地で仕事を始めた人で、よい子には焼き菓子を、悪い子には炭を渡すので有名だそうだ。
おばさんは、ずーっと昔は、わざわざ暖炉のそばに置いてあるブーツまでお菓子を届けに行っていた。
けれど最近は伝統的なブーツをはく子が少なくなった。
それにいつもはいている靴の中にお菓子を入れるのは、近年では不衛生だと思われるようになった。だから最近はベッドのサイドテーブルとか、朝の食卓へ置いていくことが多いそうだ。
みんなが興味深そうに代わるがわるぬいぐるみを検分しに来る。
どうやら注文主はニコラウスさん個人ではなかったようだ。
ショウガ入りのお茶ですっかり暖まり、お腹もふくれた僕は、ニコラオさんとニコラウスさんと一緒にツリーの側へもどった。
ニコラウスさんはいちばん近くの、春の日だまりのような金茶色のクマを抱きあげた。
「すばらしいぬいぐるみだ。縫製もしっかりしているし、とても丁寧に作られている。だが、ほかのおもちゃ屋で売っているテディベアとどこが違うのだろう? これはシャーキスのような特別なぬいぐるみなのかね?」
「いいえ、それはふつうのぬいぐるみです。シャーキスのようなぬいぐるみ妖精ではありません」
注文書には『あなたがお持ちのテディベアと同じタイプの特別なぬいぐるみ』つまり僕のシャーキスのようなぬいぐるみを、と書いてあった。
しかし、僕が作ったのはぬいぐるみ妖精ではない。子どもが抱っこして遊べるごくふつうのぬいぐるみ。何の変哲もない、あたりまえのクマのぬいぐるみなのだ。
アイデアを出すときにシャーキスのかわいさを参考にはしたけれど、それだって元は僕が自分で考えたデザインである。
僕が、ぬいぐるみとして形を与えたシャーキスに、とつぜん魔法の生命が宿った本当の理由を、僕は知らない。
僕は、シャーキスと同じ魔法の生命が宿ったぬいぐるみ妖精を自分の意思で自由に作りだすことはできない。親方とニコラオさんはそれを知っている。
この緑の豪華なコートのニコラウスさんも、おそらくはニコラオさんとおなじ魔法を知る人のはず。ニコラオさんからシャーキスの話を聞いたのなら、僕の事情もわかっているはずだ。
「これらのぬいぐるみは、僕が、僕のシャーキスのように、初めのデザインから考えて作った、僕だけのオリジナル作品なのです。このクマたちは一体一体に個性があって、まったく同じ物はほかに存在しません。一体がこの世界でただ一つの、特別な手作りのぬいぐるみなのです」
シャーキスと同じものは二度と作れない。
でも、職人の僕は、僕だけにしか生み出せない作品を、この手で作ることができるのだ。
「ふむ、君はどうしてそれが注文の『特別なぬいぐるみ』の条件にかなうと考えたのか、聞かせてもらってもいいかな?」
ニコラウスさんは右手に金茶色のクマを、左手に深いブルーのクマを持ってしげしげと見比べた。
「はい。あの注文書を見たとき、僕は、初めは贅沢な材料を使った高価なぬいぐるみを作らなければいけないのかと悩みました。でも、そんなことはどこにも書いてありません。そうしたら、親方にヒントをもらいました。シャーキスを作ったときのことをよく思い出してごらん、って」
「ニザ、シャーキスを作ろうと初めて思いついたときに、どうしてシャーキスを、いまのシャーキスのように作ろうと考えたのかを、よく思い出してごらん」
僕が注文書をにらみながらうなっていたら、親方はそう教えてくれた。
シャーキスは、僕が初めて親方のデザインや型紙をいっさい使わず、真っ白なところからデザインを考え、型紙からおこして作ったぬいぐるみだ。
初めは単なる練習のつもりだった。
そのころは、クリスマスのプレゼントにテディベアを贈るのが流行していた。
うちの魔法玩具工房でも、お客さんからの注文で、テディベア風のクマのぬいぐるみを作り始めたんだ。
僕も親方の指示でいくつも作らせてもらった。作り方の手順にも慣れたので、自分なりの新しいぬいぐるみを工夫して作ってみようと考えたんだ。
親方が作った型紙をお手本に、新しい型紙を切り出した。
布地は、練習なので、商品には使わない切れ端の端布を使った。
動物のクマがモデルだけど、茶色いだけの布じゃつまらない。
だから可愛い小花模様を選んだ。
でも端布だから、実際の面積は計算していたときよりいびつで小さく、必要な縫い代の分がぎりぎりになってしまった。
そのせいでシャーキスの手足は、よく見れば少しばかり不揃いにしあがっているんだ。
「だからそれは、僕のシャーキスのようなぬいぐるみ妖精ではありません。でも、ひとつひとつが世界に二つとない一点物なのです」
目や飾りのボタンには、機械作りの形のそろった物は使わず、すべて手作りの貝ボタンをよく選んで使った。
その方が表情が出るからだ。
「なるほど、それで同じに見えてもひとつひとつに個性があって、よく見れば見るほど、すてきなぬいぐるみだと思えるんだね」
ぬいぐるみを見ていたほかの人も、ニコラウスさんの近くによってきていた。
ニコラウスさんはその人たちとうなずきあった。
「すばらしいぬいぐるみだ。代金をお支払いしよう」
ニコラウスさんはぬいぐるみをツリーの下へ置いた。
その右手があがると、小さな革袋が持たれていた。
僕は革袋を受け取り、中を確認した。
金貨が三四枚!
ナポレオンⅠ世の顔が描かれている。一枚の正確な価値こそ知らないが、希少価値の高いコインだというくらい、アンティークに詳しくない僕にだってわかるぞ。
そりゃあすごく手間を掛けた一点物のぬいぐるみだけど、一二個の代金には多すぎる!
「いくらなんでも、これではもらいすぎです。この三分の一くらいが相場です」
それでも多いかもしれないけど。
僕はかぞえた金貨を袋に入れて返そうとしたが、ニコラウスさんは両手のひらをこちらに向けて、受け取りを拒否した。
「いいのだよ。君の作る魔法の玩具にはそれだけの価値があると、わたしたちは認めた。これはその正当な代金なのだ」
ニコラウスさんの言葉に、他の人がみんなうなずいている。
「いいから納めておきなさい」
ニコラオさんにうながされ、僕は困惑をぬぐいきれないまま、金貨を全部袋に戻した。僕は革袋をしっかり両手で胸に抱きしめた。
「ありがとうございます。これで取引は成立しました」
「こちらこそ、素晴らしいぬいぐるみをありがとう。この子たちは、わたしたちが配る中でも、いちばんよい子のところへ行く贈り物になるだろう」
やはりクリスマスの贈り物なんだ。
ニコラウスさんは、ふたたび金茶色のぬいぐるみを左手に持った。
すると、それを合図のように、ニコラウスさんの後ろで事の成り行きを見守っていた人々が次々とツリーに近づいた。その人たちは一二個ならんだぬいぐるみのどれかをパッと取り上げ、取った人から部屋を出て行く。
次の人も、その次の人も。
あれ?
ぬいぐるみは一二個しかない。
ニコラウスさんは金茶色のを左腕に抱えている。
それなのに、まだ一二個ともが、ツリーの下にあるように見える。
あれほど大勢の人が一個ずつ取っているのに、全員に行き渡っているのはおかしいだろう……?
僕の疑問は解消されないまま、ニコラウスさんは僕とニコラオさんを、ツリーのある居間から玄関まで送ってくれた。
空へと駆け上がるソリから僕が振り返ったとき、ニコラウスさんはまだクリスマス館の玄関にいた。
彼らの姿はすでに豆粒のように小さくなりつつあったが、なぜか僕には見分けられた。
ニコラウスさんが左腕に抱えていたぬいぐるみがポーンと真上に跳ね上がり、緑のコートの肩へ舞い降りる。
そのときにニコラウスさんが言ったことも、なぜかぜんぶ聞こえていた。
「弥栄、若き魔法玩具師よ。我らは魔法の手の主を言祝ごう。いずれ君はぬいぐるみ妖精を自分の意思で作り出すことができるようになるだろう」
ニコラウスさんと金茶色のぬいぐるみ妖精は、その姿が小さくなって見えなくなるまで、僕に向かって手を振ってくれていた。
クリスマス館での帰りがけ、クリスマスツリーの飾りから好きなものをいくつでも取って良いと言われた。僕は親方とおかみさんへのおみやげにと、食べられる飾りを全種類一個ずつもらってきた。
紅白のステッキはイチゴとミルク味。緑と白のステッキは薄荷味のキャンディーだ。
小さな雪だるま、星と三日月、煙突付きの小さな家に子馬に天使はジンジャークッキー製で、カラフルな模様は赤や白や緑に色づけしたお砂糖で描いてあった。
おみやげにと渡された大きなカゴにはワインとジャムの瓶、蝋引きの紙に包まれた大きなバターケーキ、チョコレートボンボンの箱、僕の太ももくらいあるハムのかたまりが入っていた。それら大きな食物の隙間に赤いリンゴと緑のリンゴ、洋梨が隙間なく詰められていた。
ジンジャークッキーが入るスペースはどう見ても無かった。
そこでジンジャークッキーなどのお菓子は別の箱に詰めてもらった。
僕を家の玄関まで送り届けると、ニコラオさんはすぐに出立してしまった。
なんでもクリスマスまでにやらないといけないプレゼントの梱包作業が、まだまだたくさん残っているそうだ。
僕はごちそうの詰まった大カゴを抱え、おみやげのクッキーやらお菓子が詰まった箱を足下に置いて、玄関の扉をノックした。
「るっぷりい、おかえりなさいませッ!」
シャーキスが扉を開けてくれた。
僕はジンジャークッキーの入った小さい方の箱をシャーキスに持ってもらい、家の中へ入った。
僕は親方に金貨の入った革袋を見せ、なぜこれだけの金額をもらったのかを報告した。
親方とおかみさんはとても喜んでくれた。
僕は金貨の革袋を親方に預かってもらい、暖炉の後ろの金庫に隠してもらった。いつかは必要になるかも知れないが、いまは使うこともないからだ。
親方はやはりクリスマス館の住人のことを知っていた。このクリスマスにゆっくり説明してくれるという。
おみやげの一部はさっそく親方のワインのおつまみになった。
ツリー飾りのジンジャークッキーは、そのまま我が家の居間のツリーに飾られた。
親方とおかみさんと僕とシャーキスは、飾りが追加されていっそうにぎやかになったツリーをしばらく眺めていた。
僕はなにもかもがうれしくて、今夜はとても眠れそうになかった。
今年のクリスマスは、去年よりもすてきな一日になりそうだと思った。
もちろんその夢は、数日後にちゃんと実現したのである。
〈了〉