12話 波紋
それから数日間は特に何事もなく過ごせていた。
相変わらず柏野はグループと一緒にいて、たまに俺に話しかけてくることはあれど過剰に接触するようなことはない。
俺としても学校ではそれくらいの関係性の方が気楽で過ごせる。
……とそんな悠長なことを言える日々がいつまでも続けばよかったが、現実はそこまで甘くないことを俺は知っている。
◇ ◇ ◇
朝のホームルームが始まるまでのこの時間、普段は各々友達と喋っていたり慌てて課題をやっていたりと様々であるが、一つの話題で持ちきりになっていた。
それが柏野綾の告白したという噂。
陰キャぼっちとして隅っこ暮らししている俺の耳にも届けられるほどの話題の統一性、どこに耳を置いても同じ話が聞こえてくる。
柏野綾は男や女を問わずにクラスメイトから注視される存在、俺が知らないだけで他学年にもその名前は知れ渡っているのかもしれない。ただ柏野に関わる浮ついた話というのは一切なかった、だからこそ今回の告白はホットニュースとなっている。
いつもの陽キャグループを見ると、端っこの方でそわそわしている久川と目が合った。
多分、何も聞かされてなかったのだろう。
心配そうに、でもなぜか嬉しそうにこちらに視線を送っている。
きっと今、あいつと二人きりの状況だったら散々煽られることが容易に想像できるが、俺がその告白相手だとは考えもしないだろう。
ぼーっと窓ガラス越しに空を眺めていると教室が騒がしくなっていくのを感じた。
そちらへ視線を向けるとやはり柏野が教室に現れており、早速陽キャグループの女の子中心に囲まれていた。
暫く様子を見守っていると、チャイムが鳴ってしぶしぶと言った具合に各自の席へと戻って行く。
柏野は先ほどまでの笑顔を保ちながら俺の隣の席に座ったが、そこで緊張の糸が切れたようにため息を吐いた。
声をかけるべきだろうけど、今は違うと思う。
そう自分の中で結論を出して黙秘を続行、するとじーっと柏野が俺を見ていた。何かを訴えかけるような目、キラキラっと欲しいものをねだる子供のよう。
だがそれを俺は見て見ぬフリをする。完全に目が合ったし、あとで怒られたとしても文句は言えない。しかし教室全体が柏野のことに敏感な今、声はかけれない。
ホームルームが終わり、また騒がしくなっていく。
柏野は俺に一声、何か声をかけていくものかと身構えていたが、特に何も言わずにまたグループの方へと足を運んでいた。
そのタイミングでスマホの通知が届く。
久川からだった。
あまり乗り気はしないが、重い腰をあげて教室を出て行く。
出て行く際に陽キャグループの方を見ると、久川はもう既にいなかった。
指示された集合場所、教室から一番遠い階段の踊り場に行くと仁王立ちで久川は立っている。
「なにしてんだ、お前」
「戦う前から負けてしまったあんたを多少でも慰めてあげようかと思って」
予想した通り、煽りに来たのか。
だから行きたくなかったわけだが、それでも来たのは噂の内容が気になったからだ。
特に告白相手についてだ、どれくらい真実に迫っているのか重要な部分。
「まだ負けてないだろ」
「なんで?」
「告白の返事がダメな場合だってあるじゃねえか」
そう言うと、久川はあははっと高らかに笑いだし、ぶんぶんと手を振った。
「ないない、綾からの告白を受けない男なんていないって!」
オーケーしなかった男が目の前にいる、なんて言えるわけがない。
「まだ答えは出てないなら可能性はあるだろ」
「そうだけど。……ってなんであんたがそんな知った風な口利いてんの」
「カップル成立してるなら相手の男の話も出てくるのに、何一つ出てこない。それはつまり、まだ返事がない、もしくはフラれたの二択だと思っただけだ」
したり顔で説明すると、むっとした表情で久川は俺を睨みつけた。
「そういう賢いアピールとかもう今更遅いんだから、諦めなさいよね」
「別にアピールしてねえよ」
正直、久川以外の人間に同じことを言ったらドン引きされて終わりだっただろう。
「それで、相手の男について何か聞いてるか?」
「綾が何も話してくれないからね」
「そもそもの話、本当に告白なんかしたのか?」
久川くらいの影響力なら告白していない、という話を皆に刷り込むことはできなくない。もちろん本人が否定しなければいけないが、彼女はどう反応したのだろう。
「それは間違いないと思う。だって綾が言ってたから」
「…………」
この時、俺の身体の中に渦巻く感情は焦りだった。
柏野は俺に告白したことがバレても関係ないと思っていて、恋人として高校生活を楽しみたいと思っている。
だが俺はそうじゃない。
早く柏野綾と付き合えるような男にならなきゃいけない、という焦り。
「久川、ちょっと頼みがある」
「なに?」
怪訝そうな顔をしているが、そんなことに構ってる余裕はなくなった。
「前に言ってたよな、俺がフラれたら陽キャにしてあげる手伝いしてあげるって」
「……それがなに」
「頼むわ、俺を陽キャにしてくれ」
あまり乗り気ではなさそうな顔をしているが、一つ大きく息を吐き出してはにかんだ笑顔を見せた。
「仕方ないから手伝ってあげる」
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