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離婚の急所  作者: はやし
1/1

【後手番】①

この物語の主人公は、私である。


この話は、平凡な主人公が努力し活躍していく冒険物語でもなければ、

小さいころからの幼馴染との恋愛物語でも、自己啓発的な物語でもない。

私が経験した結婚生活の終盤におきたしょぼい男の話である。

読者諸君には私の経験を踏まえ、私のようにならないよう、離婚の急所を見極めてほしい。


私が自身の結婚生活が終盤になったと気付いたのは、ある夏の日、出張から帰った時であった。




「ただいま」

大抵の場合、この言葉を言えば「お帰り」と返ってくる。

妻の機嫌が悪い日でも、長男が出迎えてくれる。

しかし、この日は何も反応がない。

サプライズパーティーかとも考えたが、誕生日は今日ではない。

家のどこを探しても妻と長男は居なかった。

買い物にでも行ったのかと思い、電話やラインをしてもつながらない。

帰宅前には、いつものように妻に「これから帰るね」とラインしたし、既読にもなった。

私は、大いに混乱した。


元来、私は、動じない男である。

高校生の頃、初めての告白が大失敗に終わった時も、

「こんなものか」

程度であったし、大学受験に失敗したときも、

「また来年だな」

くらいしか感じなかった。

2年前、父親が70歳で亡くなった時でさえ、

「思ったより早かったな」

くらいであった。


しかし、この日は違った。

何か得体の知れない嫌な予感がしてたまらなかった。


ドラマでは、喧嘩して妻が家出をするシーンがあるが、私は、妻と大きな喧嘩をしたことがない。

勿論、妻は家出をしたことなどなかった。

たまに妻の機嫌が悪いと口をきいてもらえない時もあったが、大抵、2・3日で元通りになっていた。

どういうことか、この日は、妻がもう帰ってこないのではないかと不安になった。

そこで妻に

「どこ行った!」「なぜ連絡しない」「早く帰ってこい」

などとラインをし、鬼のように着信を残した。

私のことが嫌で出て行った妻が、こんな連絡を見て戻ってくるはずもない。

私の行動は、なんと愚直だったのであろうか。



結局、妻から連絡がないまま、次の日を迎えた。

仕事を休みたかったが、仕事に行って帰宅すれば妻が戻ってきているかもしれないと思い、

いつもどおりに出社した。

家に帰って結果を知るのが怖くてしなくてもよい残業をし、

結局帰宅したのは、いつもより遅い午後11時過ぎになった。

自分の部屋の電気が着いていないのは帰宅する前に分かったが、

「きっともう寝ているのだ。今日は起こさず、そっとしておこう」

などとありもしないことを考え、自分を落ち着かせて帰宅した。

チャイムを鳴らさず、静かに玄関ドアを開けた。

リビングや寝室を見たが、案の定、妻も長男も居なかった。


さすがにこれはただ事ではないと思い、妻の実家に連絡しようとした。

しかし、既に午後11時を過ぎており、こんな時間に連絡するのも非常識であろう。

私は、紳士であるから夜分遅くに連絡することをよしとしない。

明日の昼休みに連絡しようと決めて、この日は寝た。


次の日、昼休みに妻の実家に電話したが、誰も出なかった。

元々妻の実家と仲が良いわけではなかったが、

既に定年退職して年金暮らしの義両親は、いつ電話かけてもつながり、折り返し電話もくれた。

しかし、この日は、折り返しもなかった。

私は、ここに至っても、何か妻実家に問題があり、

妻も長男もそれに付きっきりになって私と連絡が取れないのであろうと思い込もうとした。

この日も、自宅に帰りたくない私は、残業をして帰宅した。


週末になり、仕事に逃げることもできなかったため、

酒でも買いに行こうとして何気なくポストを見たら新聞がパンパンになっていた。


私は、結婚して、ポストを見ることはなくなった。

私宛の郵便物はそもそも少なく、妻が分別管理してくれていたので、

私の日常生活において、ポストを見るという習慣が消えていたのである。

もしかしたら、何らかの虫の知らせだったのかもしれない。

ポストを開けると、新聞に紛れて、不在連絡票と見知らぬ法律事務所からの封筒が入っていた。


振り込め詐欺の類かと思い中を開けると、「受任通知」という題名の手紙があった。

手紙には、

「妻は私との離婚を望んでおり、弁護士の伊藤を代理人にした」

「今後について協議したいので一度弁護士まで連絡をしてほしい」

「くれぐれも、妻や長男、妻の実家に連絡しないでほしい」

ということが書いてあった。

日付は、妻が出て行った日になっていた。

どうやら、妻は事故に巻き込まれたわけでも実家にアクシデントがあったわけでもなく、

私と離婚したくて、家を出てラインや電話を無視ししていたのだ。

私は、すぐさま弁護士に連絡しようとしたが、法律のプロに素人が対抗できるわけもない。

妻がプロをつけるなら、こちらもプロをつけるべきであると考え、まずは依頼する弁護士を探すことにした。


さて、皆さんは、知り合いに弁護士がいるであろうか。

もし友人が弁護士であっても、自分の妻が家出したなんてことを言えるであろうか。

私には、とても無理である。

そこで、知り合いのつてを探すのではなく、ネットで探すことにした。

しかし、ネットで「離婚 弁護士」などと検索すると法律事務所がたくさんヒットする。

ありすぎてどこが良いのか全く分からない。

離婚弁護士ランキングみたいなのがあるのかと思ったら、そんなものはなかった。

女性弁護士は妻の味方になりそうだとか、太った弁護士は嫌だとか、若いやつは経験がなさそうとか、

なかなか良いと思える弁護士を探すことも難しかった。

弁護士を探すのはめんどくさかったが、妻との戦いになると思っていて、なぜかやる気に満ちていた。

色々探せば探すほど、どこに相談行けばよいのか分からなくなった。

「ちゃんとしてるとこは有料だよな。ケチったらいかん。」

「まずは無料でどんな弁護士か試してみないと、安くないんだから」

などと堂々巡りになり、結局、無料で仕事終わり行きやすい事務所に予約をとった。


初めての法律事務所は、緊張した。

サイトで確認したはずであるが、どんな弁護士かもすっかり忘れてドキドキしていた。

相談に現れたのは、年配の男性である石田弁護士であった。

私は、ベテランであろう石田弁護士に安心し、

結婚生活がいかに順調だったのか、それなのにある日突然妻が出て行ったのかを熱く語った。


謙虚な私がこんなことを言いたくないが、他に言ってくれる人もいないのであえて言う。

私は、小中高と優等生であり、会社に入っても順調に出世した。

人に怒られることもないし、有名なセリフにもあるが、親に殴られたこともない。

ましてや、会ったその日に説教をされたことなど40年間生きていて一度もなかった。

しかし、この年配の弁護士は、

「復縁は難しい」

「どうしても復縁したいなら、ひたすら謝れ」

などと言って、私にケチをつけてきた。

たかだが30分程度聞いただけで、私と妻の10年以上の結婚生活の何が分かるというのか。

無料相談だと思ってあしらいやがってと、心の中で悪態をつき、1時間もたたずにその事務所を後にした。


無料ではダメだ、大きくて勢いありそうな事務所が良いだろうと別の事務所に予約を取った。

そこでは、30歳くらいの男性弁護士がでてきて、大橋と名乗った。

大橋弁護士は、妻の行動がいかに間違っているのか、長男がかわいそうであるかなど、

30分程度しか話していないのに現状を正しく把握していた。若いのに実によく理解できる弁護士である。

そして、大橋弁護士は、

「妻の目を覚まさせてやりましょう」

と強く言った。

わずか30分程度でここまで状況を理解できる弁護士が無能であるはずもない。

私は、この若い弁護士に依頼することを決めた。


私は妻に戻ってきてほしかったし、私が勝てば妻が戻ってくると思っていた。

しかし、妻は、私と戦うつもりもなかったのかもしれない。

私は一体何に勝ちたかったのか、疑問である。



大橋弁護士は、妻の要求がいかに間違っているのかを理路整然と記載した手紙を、さっそく作ってくれた。私は、妻に対する優しさも見せねばと思い、

「今戻ってくるなら、なかったことにする」

と大橋弁護士に加筆してもらい、妻の弁護士にすぐさま送ってもらった。

これで妻の目も覚めて、明日にでも帰ってくるかもしれない。

戻ってきたら、まずは優しく何事もなかったかのように接しようなどと考えていた私は、

手のつけようのない楽天家であった。


それから1週間経っても妻も長男も帰って来なかった。伊藤弁護士からも何も連絡がなかった。

まだ足りないのかと思い、大橋弁護士に再度手紙を送るように頼んだが、

もうしばらく様子をみようと言われ待つことした。


手紙を送ってから3週間ほどしたとき、再度手紙を送るように大橋弁護士に頼むと、

大橋弁護士は、妻の弁護士に電話してみるとのことであった。

これで妻が帰ってくると思っていると、大橋弁護士から、妻が調停を申立てたと連絡があった。

慌ててポストを見てみると、裁判所から手紙が届いていた。そこには、

「夫婦関係調整(離婚)調停申立書」

「婚姻費用分担調停申立書」

という書類が入っていて、来月15日に裁判所に来るようにとのことであった。

よせばよいのに、私は、まだ自分が間違っていることに妻は気付かないのかと怒り、

そして、裁判になれば私の正しさが明らかになるはずだという根拠のない確信があった。

私は、結婚してから浮気をしたこもないし、妻に暴力を振るったこともない。

ギャンブルもしないし、趣味は将棋くらいのもので浪費もしない。イケメンではないが、妻が不満を覚えるはずがないし、私が非難され、まして妻に捨てられるはずなどない。

そうして、私が闘志を燃やせば燃やすほど、妻が離れていくなどとは全く考えもしなかった。


繰り返しになるが、私は、妻と長男に戻ってきてほしかった。

私が勝てば妻が戻ってくると無条件に考えていた。

もしここまで読んで私に共感している方がいるのであれば、それは正しい感覚である。

私は、素直で紳士で真面目な男であるから、私の行動が間違っているはずがない。

しかし、正しいはずの私の行動の結果は、私に幸せな結末をもたらさなかった。

そのため、読者諸君には、少し落ち着いて別の道を探すことをお勧めする。

例えば、妻と付き合うとき、妻に結婚を申入れるとき、私は果たして闘志を燃やしていただろうか。

もしかしたら、他の方法をとっていたのあれば、別の結末があったのかもしれないと思う。




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