純情金髪ギャル後輩からの想いに気付かない鈍感文学少女先輩
「あううー、陽子せんぱーい」
「あら、彩月ちゃん、やっと補習終わったの?」
私は読んでいた本に栞を挟んで閉じ、這う這うの体で部室に入ってきた彩月ちゃんに、メガネを外しながら目を向けた。
サイドテールにした金髪が、いつもより心なしかへたっている気がする。
「仮にも文芸部の部員なんだから、国語のテストくらいは赤点回避できるようにしなきゃダメだよ、彩月ちゃん」
「ううー、だってー、『この時の登場人物の気持ちを答えよ』って言われても、そんなの誰にもわかんなくないですかー?」
彩月ちゃんは膨れながら定位置である私の左隣の席に腰を下ろした。
私達二人しか所属部員がいない文芸部の部室は、他にも席は沢山空いているのに、何故か彩月ちゃんはいつも私の隣の席に座る。
「そういう問題は問題文のどこかに、ヒントが隠れてるものなんだって」
「いやいや!でもでも!本当にその人がそう思ってるのかなんて、断定はできなくないですか!?『〇〇は眉間に皺を寄せた』って書かれてたら、一見マイナスの感情を持ってるような気がしますけど、実は嬉しい時はつい眉間に皺を寄せちゃう癖がある人かもしれないじゃないですか!」
「……でも、本当にそうなら問題文のどこかに、『〇〇は嬉しい時はつい眉間に皺を寄せてしまう癖があるのだ』って書かれてると思うよ」
「いやいやいやいや!でもでもでもでも!そもそもが人間の感情って一言で言い表せるものでもないんですって!物凄く悲しい時だって、心のどこかでは『今日の晩御飯、何かなあ』って考えてたりするし、メッチャ良いことがあってウルトラハッピーな時だって、『この幸せがいつまで続くんだろう……?』って不安になってる部分もあるはずなんですッ!」
彩月ちゃんは手足をバタバタさせて悶えている。
「それでもそれを踏まえた上で問題を解くのが国語のテストなんだから、ちゃんと向き合わなきゃダメだよ。条件はみんな一緒なんだから」
「それはわかってますけどお……」
彩月ちゃんは机の上のお菓子入れからチョコレートの包みを一つ摘まんで、パクッと食べた。
……まあ、確かに彩月ちゃんの言うことも一理あるとは思うけどね。
意外と彩月ちゃんて、物事の本質を突くような発言をする時もあるし、頭は悪くないんだろうけど、どうにも学校の勉強は嫌いみたいなんだよね。
せっかく私一人しかいなかった文芸部に入ってくれて、廃部の危機を救ってくれたんだから、何とかしてあげたいんだけどなあ。
「――そういえば彩月ちゃん」
「ん?何ですか何ですか陽子せんぱい!?この私に何か聞きたいことでもあるんですか!?」
彩月ちゃんは犬が飼い主に抱きついてくる時みたいに、眼を爛々と輝かせている。
こういうところはちょっと可愛いな。
「うん。前から聞こうと思ってたんだけど、何で彩月ちゃんは文芸部に入ってくれたの?」
「え」
「……だって彩月ちゃんて、正直本はあまり好きじゃないんでしょ?部室でも、いつもスマホ弄ってるか、私が本読んでるのをぼーっと眺めてるかじゃない?」
「それは……」
途端に彩月ちゃんは俯いて身体をもじもじさせた。
ん?どうしたの?
「――あ!それこそ国語の問題ですよ!」
「え?」
「問題です!『私が本が好きじゃないのに文芸部に入った理由を答えよ』!」
「……えぇ」
何それ……。
さっきの意趣返し?
「それは流石に問題が難し過ぎるよ彩月ちゃん」
「あれあれ~?さっきは『文芸部員なら常に国語は100点をとって然るべし』って偉そうに仰ってたのは、どこのどなた様でしたっけ~?」
「そこまでは言ってないでしょ私は!」
しかも口調もやたら偉そうになってるし。
「それに、さっきも言ったけど、テストだったら問題文の中にヒントが隠れてるからわかるんだって。いくら何でもノーヒントじゃ私でもわからないよ」
「いえ!そんなことはありません!」
「え?」
「言わば私とせんぱいが共に過ごしてきたこの数ヶ月間こそが、問題文そのものなのです!今までの私の言動を思い起こせば、自ずと答えは出てくるはずです!さあ、考えてください、陽子せんぱい!」
「えええぇ……」
そんなの無茶苦茶だよお。
……でも、仮にも文芸部の部長として、わかりませんとは簡単に口にしたくはないな。
考えなさい、考えなさい陽子。
本が好きじゃないのに入部したってことは、本以外に目当てがあるってこと……?
文芸部にあるもので、彩月ちゃんが求めていそうなものといえば――。
――あ!
「わかった!」
「え!?つ、ついにわかっちゃいましたかせんぱい……」
彩月ちゃんは眼をこれでもかと泳がせて、耳まで真っ赤にしている。
「うん!彩月ちゃんが入部した理由――それは、これね!」
「…………え?」
私はお菓子入れをビシッと指差した。
「彩月ちゃんいつもこれ美味しそうに食べてるじゃない?だからお菓子が自由に食べられるから、文芸部に入ってくれたのかなって。確かに他の部活じゃ、なかなかこういうの許してくれないもんね」
「……」
フッフッフ、図星を突かれて黙っちゃったわ彩月ちゃん。
これは我ながら100点の答えね。
大人げなくも、部長としての威厳を示してしまったわ。
「……0点」
「え?」
「その答えは0点だって言ったんですううッ!!」
「えーーー!?!?」
ところが、内心ドヤッていた私に後輩から下された採点は、私が想定していたより、100点程低い点数だった。
「な、ななななな何で!?じゃあ他に、どんな理由があるっていうの彩月ちゃん!?」
「知りませんッ!!それは自分で考えてくださいッ!!」
「えええぇ……」
何故か彩月ちゃんはプイッとそっぽを向いてしまった。
今のが不正解なら、私には一生かかっても正解には辿り着けなさそうなんだけど……。
「ねえ彩月ちゃん。ヒント!お願いだから一個だけヒントちょうだい!」
私は手を合わせて懇願した。
「ダメです~。ヒントは普段から十分あげてます~」
「そんなあ」
「オイお前ら、もう下校時間だぞ。イチャついてないで早く帰れ」
「あ。絢火先生、もうそんな時間ですか」
文芸部顧問の絢火先生が、ドアを開けて私達に忠告してきた。
「もう!絢火ちゃん、私達別にイチャついてた訳じゃないからねッ!」
「お前こそいい加減私のことを『絢火ちゃん』と呼ぶのはやめろ。宿題倍にするぞ」
「ぐっ……」
彩月ちゃんのクラス担任でもある絢火先生には、彩月ちゃんも頭が上がらない。
「じゃ、私は先に帰るから、戸締りだけはしっかりしてけよ」
「はい」
「は~い」
「フッ」
絢火先生は謎の含み笑いを浮かべながら去っていった。
私も絢火先生とは長い付き合いだけど、未だに何を考えてるか読めない人なのよね。
「……帰ろっか、彩月ちゃん」
「ブー」
彩月ちゃんはまだ膨れている。
ホントしょうがない子だなあ。
こういう時は――。
「一緒にクレープ食べながら帰ろっか?」
「え!?ク、クレープ!?」
瞬時に彩月ちゃんの表情にパアッと光が射した。
やっぱり甘いもの好きなんじゃない。
私だって彩月ちゃんのこと、この数ヶ月でそれなりにわかったんだからね。
それにしても、彩月ちゃんは表情がコロコロ変わるから、見ていて本当に飽きないなあ。
「くっ……。しょうがないですね、今日のところは、それで勘弁してあげましょう」
「はいはい、ありがと」
鼻歌交じりに部室から出ていく彩月ちゃんの背を眺めながら、私は後ろ手に部室のドアを閉めた。
おわり