シャノアール氏の復讐劇場開幕
ふとした運命により、ラッキーな立ち位置で、転生を果たした俺、何も種族が『人』でなくても良い。
フフフ、俺は『可愛い黒い子猫』中身はオッサンだがな。幸せだぜぃ!今はこの先、パラダイスが生活が始まる予感しかしない!
「甘えん坊ね、まだ小さいから仕方がないかもね」
ご主人様である、かつては遺恨が残っていた相手の魔女リアルに抱かれながら、俺は柔らかき胸元の感覚に、ほんわりとしつつ、ゴロゴロと甘える。
そういえば、生前は魔法使いだったな。魔法、使えるのか?『それ』は俺の肉体も命も魔力も全て吸収した。
ならば使えるのではないのか?そうだとすれば何かと便利なのだが、試しに『魔法使いの微笑み』を発動してみるか。
「うなぁーん」
リアルを見上げ、術を使ってみる。適材適所に使うことは必須。これは若い者からは馬鹿にされる、古来からある魔法の一種だ。
かのスノーホワイトも、怪しげな婆から毒りんごを受け取ったのも、この術に寄る影響が大きい。でないと、あの婆から貰うか?普通はないだろ。
……おっ!ぐふう!油断をしていてたら、窒息するかと思った!
「はっ!はぅ!何て可愛いのー!シャノアールちやぁぁん!」
俺のキラキラとした、金の瞳に宿った魔力に魅せられたのか、歩みを止めリアルはぎゅうと、抱き締めてくる。
うん、上手く行った。役得だな、乙女の柔らかき果実は素晴らしい物だ。ただし少し、気を付けていなければ、可愛い子猫の俺は命の危険がある。
とりあえず、これ一本でこの先やって行けるな、奴等はチョロい『育ての親』を見くびるなよ、フフフ………
―――「おはよう、みんな、遅れたかしら?」
食堂?今まで個別に食べてたよな。プライベートが大切って、どういう訳だ?
一つのテーブルで、昨日迄一緒だった小憎らしき輩が席につき、笑顔を向けてくる。そして席の一つにリアルが座り、俺を膝の上に乗せる。
「おはよう、やっとこうやって、楽しく飯が出来るな、オヤジを追い出して正解だぜ!」
おい?『勇者アーディー』お前、いま何てほざきやがった?俺が居なくなったから、飯がみんなと一緒?
お前ら『個人主義』とやらで宿では『部屋食』だったんじゃないのか?
「本当にそうだな、親でも無いのに小うるさい事ばかり言いやがって、でもまあ良いんじゃね?これでオヤジにかけてた『別注文』の手間も省けるしな」
おい?『剣士マートン』何だと?その手間とは何だ?宿の手配だけは、自分達でしていたが、俺の負担を減らすとか言ってなぁ、そうか、そういう事。
運ばれてきた朝食に、俺は唖然とする。そこには今まで個別してきた理由が、一目瞭然だったからだ。
俺は朝食も夕食も、パンにスープ位のメニューだったが、そうか、お前らはそこまで俺に金をかけたくなかったのか……
「美味しそう、やっぱり『特別メニュー』でもみんなと一緒だと、良いわね!」
絞りたての果物のジュースを、口にしながらリアルは俺の頭をやさしく撫でる。
ちくしょう!気持ち良いではないか!ご主人様、食べ物の恨みは恐ろしいぞと、念を入れていた最中なのに!はっ!いかん、腹が減ってきた。
これはこのまま、ここに居てはいけない、大事な癒しのご主人様に、悪影響を与えてしまう。
「あら?シャノアール、どうしたの?ご飯は私の分けてあげるわよ」
俺はリアルの膝から、ストンと降りるとマートンの足元へと近づき、ゴロゴロとすり寄る。
いえいえ、ご主人様の『ご飯』はいただけません。目の前に『美味しそうなの』が転がってますゆえに、クククッ
「お?どうしたんだ?ご主人様は良いのか?」
「うなぁーん」
俺はリアルにかけた術をマートンに放つ。ククッ、さあ、始まる『復讐劇場』先ずはこいつからだ。
こやつ、昨日のごろつきに混じってたのを、俺は、知っているのだからな。顔を隠してはいたが、バレバレなんだよ、このカス野郎。
チョロく俺の虜になると、ひょいと抱き上げ、可愛いなぁ、と腕の中へ自分から迎え入れた。
「リアル、何か食べさせてもいい?」
喉元を撫でながら、彼はリアルに問いかけた。いいわよと少し寂しげなご主人様のお許しが出ると、
サラダから肉を蒸したのを、小さくちぎり俺に食べるように勧めてくる。
「にぁあん」
はみはみと奴の膝の上で食べる。そしてついでに『朝食』を取り始める俺。オオー、良いね『若き剣士』の魔力は、力がみなぎって来るのがわかる。
俺と出会った時の『それ』は、餓死寸前だったし、俺との波長?があったのか、全て吸収してしまったのだが、本来ならば『魔力』が、日々の糧である『それ』
そして、同化した俺はどうやら糧は『それ』と同じ物らしい。口から摂取する食べ物は、嗜好品の類いみたいだな。
あってもなくても良いみたいた。肉を食べ終わり、一応猫らしく顔を洗う。そして
「うにやぁぁん」
すりすりとマートンの手に、媚びを売っておく。しばらくは大事な食料だからな。フフフ
……この世界では、年を取るに連れて徐々に体力が無くなるのと同じように魔力も衰えて行く。
そして、一度目減りした魔力は復活することはない。フフ、この先楽しみだな、まぁわからぬ程度に搾り取って行こうか。
「可愛いなぁ、ちょっと俺にも抱かせてくれよ」
アーディーが俺を迎に来たリアルに、手を差しのべ頼んでくる。今はもうお腹いっぱいだし、お前とは、少し遊んでみたいからな、とりあえず、
「ふしゃぁ!」
勇者相手だから、頑丈にできてるだろ!俺は遠慮はしない。爪を全開!あいつの手に、子猫の一閃!
「いってー、何するんだよ!あいつはよくて、俺はダメなのか?」
引っ掛かれた手をふりながら、口を尖らせ文句を言ってくるアーディー。
「いきなり手を出したから驚いたのよ、アーディー乱暴だから」
怖かったわよね、と俺を抱き締めるご主人様。そして何処かそれを目にすると、得意気な様子のマートン。
ふふん、上手く行ったな、こいつはアーディーの事を昔から良くは、思っていないからな。
リーダーとして、振る舞う彼の背中を忌々しげに眺めていたのを、オッサンはよーく知っている。
華々しくもてはやされる『勇者』に対して、何処かサポート的にみられる『剣士』のお前は、アーディーを羨望の眼差しで見ているよなぁ、い、つ、も、
そう、マートンは、アーディーに何処か劣等感を持っている。『剣士』と『勇者』の壁なのか?
そしてリーダーであるアーディーは、そんな彼を少し、小バカにあつかっている。当然、金の取り分もリーダーのが上だしな。
なのでお前は、時々酒で、うさを晴らしてるんだよなぁ、昨日みたいにな。
まとまっているようで、実は危ういバランスの、このパーティー。
今迄は『俺』という、彼ら達からすると共通の異分子が居たからな、それに反する感情でまとまっていたのだが、
それが無くなった今は、ふ、さぁ未熟者共見せておくれ『分裂』するのか『再結成』するのか。オッサン楽しみだなぁ。
「子猫に、勇者がやられてるぞ、シャノアールは見る目があるなぁ」
茶化す様なマートンに、鋭い視線を送るアーディー。
おほー!いい展開だねえ、オッサン愉しくて、たのしくて仕方ないよ、どうなるのかね、フフフ
ふと気がつくと、アーディーが少し忌々しげにこちらをみてきたから、これからの事を考えて、罪のない子猫をアピールするべく、耳をぺたんと寝かせ、奴にも術を放っておく、
「うにゃーん………」
あら?シャノアールったら、お利口さんね、アーディーにあやまっているわ。とリアルが笑顔を彼に向ける。
ほんわりと、惚けた様な顔で、俺を見つめて来ると、目をしばたたかせながら、笑顔をみせた。
「う、ん、そうらしいな、まぁ可愛いから許してやるよ」
ふっ、かかった。チョロい奴だよ、こいつもな。こいつには散々ひどい目に遇わされて来たからな、じわじわと遊んでやるよ、楽しみにしておけや、ふ。
俺はリアルの柔らかな胸元に抱かれ、ゴロゴロと喉を鳴らし甘える。
それをながめる野郎共、俺達を見る視線は柔らかいが、お互いを意識する空気はピリピリしている。
クククッ、楽しいねえ、さあ、どう踊ってくれるのか。期待してるよ、お二人さん。