第無話 あの後の紗癒
この話は、第二話でお弁当を届けに来た紗癒のその後のお話です。
「あんなに怒んなくてもいいのに」
ナツくんに怒られる寸前で一年生の教室を出て、三年生の教室に行く廊下で呟いた。
ただの冗談なのに真に受けちゃって、やっぱ可愛いな〜ナツくんは。なんて、本人の前では言えないことを、頭の中で思って顔が綻びる。
少し歩いて三年生の教室辺りに来ると、私の教室の前に知り合いの二人がいた。
「さ、紗癒。どうだった?」
この子は、美咲 真央[ミサキ マオ]。先程、ナツくんに渡したお弁当を作った張本人。料理部部長だけに料理は上手いよ?前に一度食べたら凄く美味しかったもん。……苛つくよね?顔立ちは美人と言うよりかわいい系、性格は…一年生の楓ちゃんに似ていて明るい感じ、あとは……やっぱ胸は気に食わないよね?高校三年生でこれはずるいよ。大体なにを食べたらこんなに大きくなるんだろうって感じ、まぁ聞いたら負けを認めると同じだから絶対に聞かないけど……。
「うん。ちゃんと渡してきたよ」
「そうじゃなくて、喜んでたかな?」
あれはどうなんだろう?真央の名前出したら固まっちゃったしな〜。
「多分。あ!それと、あとでお礼に来るって」
「え?嘘っ!どうしよう、緊張してきたかも」
「緊張ってあんたね、あげたんだからお礼に来るって分かるでしょ?」
この最後に喋ったのが、もう一人の友人で、名前は宝泉 綾[ホウセン アヤ]ちゃん。現役の生徒副会長。会長は四年生がやってたはず。髪が長く綺麗で美人。性格は生徒会だけにしっかり者で成績も凄くいい、羨ましいよ……。綾ちゃんも真央程じゃないけど胸が大きい、私よりも大きい。これだけは気に食わないね。あとは、何故か知らないけどナツくんと知り合いらしい。いつの間にか綾ちゃんは夏紀君って言ってるし、ナツくんも綾さんとか綾先輩って下の名前で読んでるし…。何なんだろうねまったく。
「私はただ彼の喜ぶ顔がみたいな〜って」
「渡したの紗癒だし分からないでしょ?」
「……妄想する?」
怖いよっ!まぁ会話を聞いての通り、真央はナツくんのことが好きなんだ。
前に聞いた話だけど、真央が買い物をしているときに、二人くらいの男に声を掛けられたらしい。いわゆるナンパだ。男の子が苦手の真央はその状況に固まってしまった。それをいいことに、男の人達は嫌がる真央の手を引っ張り、何処かへ行こうとした。だけどその時に偶然通りかかったナツくんに助けられた。この一件で一目惚れしたらしい。
それで色々アタックしてるんだけど、今回みたいに裏目に出ちゃうんだよね…。
「まぁ、あんまり夏紀君の迷惑にならないよう、程々にしなさいよ?」
「迷惑って、これは愛よ?そしていずれは結ばれるかもしれないのに、諦めるわけないじゃない!」
私は二人の会話を聞いて何かが引っ掛かった。何かっていうと、まずは綾ちゃん。ナツくんの迷惑って綾ちゃんが決める事じゃないよね?次に真央。結ばれる?誰が誰と?つまり私が言いたいのは……。
「ナツくんは私のよっ!!」
廊下に響く私の大声。何事かと私のクラスや他のクラスの子までもが、私達に好奇の目を向けてくる。
「「あんたは姉でしょ!?」」
二人して言うことないのに、どうしてこういう時だけ協力するのよ?
「うっ、でも弟だもん私のでしょ?」
「それは…一理あるね」
「ないわよ!真央も同感しないで。大体紗癒はね、いい加減に弟離れしなさい」
出来るものならとっくにしてるよ。でもね私が弟離れ出来ない理由はちゃんとあるんだ。一つは、私が離れたら誰があの子を守るの?あの子はああ見えて凄く弱い。周りには強く見せてるけど、あの子の表面をめくればその弱さがすぐに分かる。確かにそれを分かっている人は他にもいる。ハルくんや瑞穂ちゃん。それに楓ちゃんだって分かっているはずだ。だけどそれだけじゃ駄目、だから姉である私があの子を守る。そう誓ったんだ妹である心優ちゃんと……。
もう一つは……今は言えないけど、さっきのよりもっと大事なこと……。だから弟離れは出来ない。
「う、うるさい!大体何で綾ちゃんはそんなにナツくんのことを言うの?」
「あっ!それ私も気になるかも、綾教えてよ〜」
確かに気になる綾ちゃんとナツくんの関係。
「え?それは、ほらっ!夏紀君って一年生なのに妙に落ち着いてて物事もはっきり言うし、色んな人に気を配って優しいし、頭も悪くないでしょ?そういう男の子って私達のクラスにいないじゃない?だから……その、えっと」
綾ちゃんの顔が赤くなる程の必死の話に私は驚き、真央は展開について行けず呆然としていた。だってそれってつまり……。
「綾ちゃん……ナツくんのこと、好きなの?」
好きだとしても、それは彼の仮の姿。ほとんど……いや、ナツくんが中学生になってから、ずっと見せていない姿を知らないから言えるんだ。
彼を好きになる子は大抵、「カッコいい・優しい・頼りになる・大人びてる・真面目そう」これらの理由で好きになる子が多い。女の子なら分かるだろうけど、これだけいい性格を持ってる彼を嫌いという人はいないだろう。
でもそれが彼の狙いであり、この理由はほとんどが彼の仮面。誰にでも好かれるような性格、それを彼はずっと演じ続けている。無論そのことはハルくんや瑞穂ちゃんも知っている。だけど何故それを演じているか理由すら分からないから、二人は何も言わない。
だからもし綾ちゃんがその理由で好きになったのなら、真央も同様に止めなくちゃならない。二人が傷つく前に……。
「わ、分からないけど……夏紀君のあれって表面上って感じで、誰にも相談できない何かを持ってそうで、ほっとけないというか……」
「あ!それ私も分かる!なんか気になっちゃうんだよね?」
「……っ」
綾ちゃんも真央も分かっていたんだ…。ナツくんのことに……、それに彼の理解者が二人も出来たってことは、良いことなんだよね?
「紗癒?どうかしたの?……もしかして、綾まで夏紀さんのことが好きで驚いた?」
「べ、別に、好きとは言ってないでしょう!?」
私が俯いていると真央が覗き込んで言って、綾ちゃんは後ろで慌ててる。
そう言えば、何故か真央はナツくんのことをさん付けで呼ぶんだよね?年下なのに……。
「ううん。別に気にしてないよ?それより、そろそろお昼休み終わっちゃうし、早くお昼ご飯食べよう?」
二人の手を引っ張り、三人で自分達の教室へ入っていく。
もしかしたら、私は弟離れ出来るかもしれない。
そうしたら私は……。
お弁当箱は、跳ねられた夏紀の代わりに、紗癒がちゃんと返しました。