第三話 再会 6
この場から去らないかと、入り口辺りでしばらく彼のことを見ていると、彼は全く動かずにずっと海の方を見続けている。
ぜんぜん退かない。
いい加減に退かないかと、屋上のドアを開けて、彼に声を掛けた。
「ここは立ち入り禁止の筈だけどな?」
私の声に反応して彼は振り向き、私の姿を見ると驚いた顔をして言った。
「し、死神!?」
初めて言われたよ。この言葉を言われた人は少ない、というかいないだろう。でも私はこの言葉に何も感じなかった。ただ失礼だなって思っただけ。
「初対面で死神か、君は失礼な人だな」
「えっ?」
「冗談でも言っては駄目だと思うが」
冗談だったのか定かではないが、私以外の人に言えば不快感などの感情しか与えられないと思う。
「えっと…すいません」
「うん、よろしい」
少しだけ彼と話していると、さっきまでの苛つきも何処かへ消え、変わりに……何か穏やかな感情かな?そういうものが、出て来た。
「それで話は戻るが、何故キミは此処にいる?」
「じゃあキミはどうなんだ?」
「私が質問してるのだが?」
私は質問を質問で返されるのは嫌いなんだ。だからこういうのは苛ってくるよ。
「景色を観てたから」
………え?彼は今なんて言ったんだ?……景色を観てた?………くっ!ダメだ堪えきれん。
「あははっ!君面白いな、少し変わってるだろ?」
可笑しかった。彼が何を言い出すかと思えば、景色を観ているだよ?現代の青年が、今時珍しく海をずっと観てるんだよ?笑ってしまうよ。
* * *
その後に少し彼と話していく内にどうやら、彼を怒らせてしまったようだ。彼は無言になると、また視線を海に戻した。
別に怒らせる気はなかったんだ。ただ、しつこいって分かっていても、何をしていたかとまた彼に聞いてしまったからだ。
そして私も、彼と同じく海を観ていた。いつも見る海、病室から嫌でも目に入る海、だけど今日は違う。一人で見る海じゃない、名前も知らない彼がいる。………ん?名前?そうだ、彼の名前、まだ聞いていなかった。
「そういえば」
「ん?」
「君の名前を聞いていなかったな」
怒っているかなって思ってたけど、そんなことはないようだった。
「藤の花の藤に、海の波の波で籐波」
「とうは?」
籐波……どこかで聞いた気がする。確かどこでだったか……。
「どうした?」
「いや聞いたことがある気がしてね」
私が考える素振りをしていると、彼が訊ねてきたんだ。
「俺の名前を?」
「ああ」
考えても仕方がないので、それから彼の下の名前を聞いた。彼の名前は、籐波 夏紀、とても良い名前だ。声にも出ていた。「どうも」って言われたし…。
彼の名前を聞いた後、二人ともまた無言になり、海を観ていた。
しばらくすると私は、薬の時間を思い出し、その場から立ち去ろうと、彼に別れを告げ、病院内に戻ろうとした。
そしたら彼に名前を聞かれ、私は下の名前の「蒼空」だけを名乗り、彼にまた別れを告げその場を後にした。
もう逢わないのに、何故私は彼の名前を聞き、私も名乗ってしまったのだろう。意味がないって分かってるのに、分かっていたのに聞いたんだ。
だって私は、彼に希望をもってしまったから…。
希望というのは友達っていう意味。彼は私を見たときに奇異の目を向けなかった。まぁ、代わりに「死神」って変なことは言われたけど………、でも久しぶりに病院関係者じゃない人と喋って、楽しかったんだ。この気持ちは紛れもない事実、彼と会う前に死のうとしたって彼に言ったら、彼はどんな反応をするのだろう?
だけど、今はもう死にたいという感情はない。代わりに、彼とまた逢って、海を見たり、お話がしたい。
「籐波 夏紀、くん」
彼と逢っていたっていう事実を、口に出して確認する。
頭の中で引っ掛かる彼の名前。でもそんなものはどうでもいい、ただ今は彼に逢いたい。逢えないって分かっているけど彼とまた逢って、お話がしたい。今の私にはそれだけがしたいんだ。
その日以来、彼と出逢い、少しの希望ができてから、死のうという馬鹿なことは止めることにした。また逢えることを祈って……。
* * *
そして次の日の夕方、私の病室に人が運び込まれた。看護婦さんに聞くと、私と歳の変わらない男の子が運ばれてきたがカーテンを閉めていて素顔は見ていない。何があったか分からないけど、その人は意識が無いらしい。
どうやら運ばれた人の他に、女性二人に男性一人が面会に来ているようだ。心配そうに声を掛けているのがカーテン越しでも聞こえていた。
正直、羨ましいと思ったよ?私には絶対に来ない面会人。来るとしても父親が仕事の合間に、それも一年に二、三回位しか来れないから、本当に羨ましかった。
ベッドの上で上半身を起こし、彼等の話を聞いていた。と言っても、彼等の呼び掛けを聞いていただけ。
一人の女性は親しいのか「ナツくん」と、彼女か何かなんだろうか?もう一人の女性は泣いているのか嗚咽で何を言っているか分からない、男性の方は何も喋らずにいるだけだった。
少しの時間が経つと、その男の子が起きたらしく、次々に心配の言葉を掛けられる彼、それなのに彼から発せられる喋り方やカーテン越しにでも分かる嫌な雰囲気、帰ってくれとは口では言わないものの、その場の空気で嫌でも伝わってきた。
その空気を察したのか、何も喋らなかった男性は、泣いていた女性を引っ張り、別れの言葉を告げた後、すぐに出て行った。その後に親しげな女性と何かを喋り、その女性も出て行ってしまった。
気に食わない。折角自分の為に来てくれた人達を追い返すなんて最低だ。
そんな事を思っていると、いつの間にか口に出ていた。
「……話を聞かせてもらったが、酷いなキミは」
自分でもバカだと思ったよ、顔も見えないし知らない相手にいきなりこんな事を言われたら、誰にだって不快感を与えるだろう。自分の言ったことに後悔していると、カーテンが勢い良く開いた。
カーテンを開けた人を見ると、私が今、会いたかった彼がそこにいた。
「……蒼空」
何で彼が此処にいる?でも……そんなのはどうでもいい、嬉しかった。また彼とお話が出来る。その事実が何よりも嬉しかったんだ。
出逢いはちょっとイヤだったけど、彼との出逢いで私は変われた。それは紛れもない事実。
少しの会話で彼に惹かれた。喋った内容はただの世間話、だけどそれだけで分かった。一目惚れだと…。
彼と一緒にいてお話がしたい。今はそれ以上望まない、だから、彼との時間が欲しい。
第三話終わりです。この次は、続きではなく番外編のお話になります。




