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あなたに贈る言葉 ~中学の卒業式で~

今日は朝から雨が降っていた。昨日までの天気予報でも、必ず雨だと言っていたもの。

それもかなり荒れると言っていたから、着る服に困ってしまった。


本当は着たい着物があった。それは桜の木が描かれた着物。卒業式や入学式に相応しいと思って購入したもの。でも、気にいった着物だから、荒れる天気に着たくない。


なので、色無地の着物を用意した。前日の夜に決めたので、しわが取れていなかった。

それでも、着付けを自分でして、中学の卒業式へと向かった。


私は中学のPTA会長をしている。娘が幼稚園の時から、本部に関わらせてもらってきた。最初は私なんかに本部役員なんて務まるのだろうかと思ったけど、やってみるとそれほど大変ではなかった。


これは幼稚園の時に園の改築により行事を前倒しで行われ、いくつかの行事を同時進行で進めるのを、私が采配したことが大きかったと思う。タイムテーブルを作り、何をいつまでに、これは誰がやって、こっちは誰にと割り振って、他の役員が混乱しないようにとした。そして、大きな混乱もなく本部役員を終えられたことが自信になったのだ。


だから昨年、PTA会長になってくれと頼まれたときに、二つ返事で引き受けることが出来た。今まで、女性のPTA会長はいなかったということで、我が校初の女性会長という名誉に預かることになったのよ。


でも、娘は中学3年生。1年だけの会長になる。それでも、精一杯会長職を務めさせてもらった。


さて、PTA会長と言えば、来賓のトップである。ということは、来賓用に駐車場も確保されている。それもあり、着物を着ることにしたのだった。


中学について車を降りた時には、かなり小雨になっていた。これなら、桜の着物を着れたと少し後悔しながら、校舎のほうへ歩いて行った。受付にはこの1年で顔なじみなった先生が待っていた。


「おはようございます、井上さん。本日はおめでとうございます」

「おはようございます。ありがとうございます」


私はにっこりとほほ笑んだ。女性の先生は少し声を落として訊いてきた。


「もしかして自分で着られたのですか」

「ええ」

「髪も?」

「そうだけど、おかしいかしら」

「い~え、綺麗に纏まってます。井上さんは器用なんですね」

「そんなことないですよ」


談笑しながら控室へと案内をしてもらった。控室の入り口で先生と別れて中へと入った。


「おはようございます。本日はよろしくお願いいたします」


私は集まっていた来賓の方々に挨拶をした。


「井上さん、お嬢さんのご卒業、おめでとうございます」


我が家が所属している町内会長から声を掛けられた。


「ありがとうございます」


と、にこやかに笑って私も席に座った。


時間になり校長と教頭が揃って控室にやってきた。


「ご来賓の皆様、お忙しい中を卒業式にご出席いただきまして、ありがとうございます。本日はよろしくお願いいたします。これから教頭が名前を読み上げますので、呼ばれた方から廊下に出てお並びください」

「○○中学PTA会長、井上凛子」


来賓の最初に呼ばれたのはPTA会長である、私。私は立ち上がり廊下に出た。そして校長のそばに行った。校長のそばに立ったら、校長が話しかけてきた。


「井上さん、直美さんのご卒業おめでとうございます」

「ありがとうございます。これで、少し肩の荷が降ろせそうです」

「井上さんには本当にお世話になりました。このあとの祝辞もよろしくお願いしますね」

「はい。お任せください」


胸を張って、そう、答えた。


来賓の確認が終わり、校長の先導で体育館へと入る。流石に卒業式なので、何人かの保護者の方が着物を着ていた。その方たちは小学校の卒業式も、中学の入学式でも、着物を着ていた方ばかり。私が着物を着ているのを見て、頷いていた。


来賓席に座り、祝辞の紙をバッグからテーブルの上に出しておく。


司会が卒業生の入場を告げた。


1組から順番に生徒たちが入ってくる。生徒たちはひな壇のようになった席に、クラスごとに全員が並ぶとお辞儀をして座った。


保護者はその前に真ん中に演台を挟むように両側に分かれて座っている。

来賓はその保護者の斜め前に椅子が配置されていた。

来賓の向かい側には先生方の席。

在校生はその後ろ側に、卒業生と向かい合うように座っていた。


卒業生たちがひな壇に座った。


開式の言葉

国歌斉唱

校歌斉唱

卒業生のあゆみ

卒業証書授与


卒業生たちは担任に名前を読み上げられて「はい」と返事をして、校長の前にくる。


流れる曲はそれぞれのクラスが合唱コンクールで歌ったもの。

「自分たちが歌った曲で卒業証書を受け取るなんて嫌だ!」と、娘が言っていたのを思い出す。


それでも卒業生たちが卒業証書を受け取る姿を、目に焼き付けるように私はじっと見つめていた。

娘の番になり、娘が卒業証書を受け取る姿を、私は感慨深く見つめたのだった。


卒業証書を渡し終わり、次は 校長式辞


前日に小学校の卒業式に来賓として出席した時に、長いと思ってこっそり時間を見ていた。小学校長は20分を超えていた。中学校長は15分超え。でも、話を聞いていると、卒業生たちが過ごした3年間を語ってくれているのだ。これくらいの時間には、なるだろう。長いなんて言ってはいけないのだ。


校長の式辞が終わり次は私の番。


「来賓祝辞。○○中学校PTA会長、井上凛子。卒業生、起立」


私は立ち上がると席から離れたところで、他の来賓の方にお辞儀をした。そして向きを変えて校長並びに先生方が座っているほうに向かいお辞儀をする。正面を向いて歩き、演台がある一段高いところにのぼり、国旗に向かい、礼。それから演台のところまで歩いていき、立ち止まる。


「卒業生、礼」


生徒たちが頭を下げるのに合わせて、私も頭を下げる。頭を上げて、司会に卒業生に座ってもらうように合図をする。


「卒業生、着席」


卒業生が座ったのを確認して。私はマイクに向かって話し始めた。




『卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。そして、ご家族の皆さま、この晴れの日を心よりお祝い申し上げます。


 卒業生の皆さんは、三年間の中学校生活を今日で終えられ、4月からはじまる高校生活に希望を膨らませていることでしょう。


 思い返すと入学式のときは、まだ小学生としての幼さが残り、制服も大きくその顔は希望と一緒に、慣れない中学生活への不安も覗かせていたと思います。でも今日の皆さんの表情は、自信に満ち溢れていて大人っぽく見えます。その顔からも、充実した3年間を過ごしてきたことが分かります。


 体育祭・修学旅行などの学校全体、または学年全体での行事を通して、友達がたくさんでき思い出もたくさんできたと思います。また、部活動や中学生活を通して、先輩や後輩との交流もでき、中学校という中での小さな社会を経験してきました。この経験は、高校生・大学生・社会人になってからも活きてくることでしょう。中学校で出来た友達・仲間、そして先輩や後輩は、将来かけがえのない存在になるはずです。


 これから皆さんが歩んでいく、高校生活・大学生活・社会生活では、今よりももっと大きな苦難(くなん)や困難が待ち受けているかも知れません。そんなときは両親や友達のことを思い出して下さい。悩みを一緒に解決してくれる人が、周りにはたくさんいることに気が付いて下さい。人はひとりでは出来ないことを、周りの人の力を借りて乗り越えていくことができ、皆さんは無限の可能性を秘めています。


 皆さんに、私から贈る言葉があります。好きな言葉や名言・四字熟語など、卒業生に響く言葉はどれだろうと考えました。


 皆さんは映画の「君の名は」を見たことがありますか? 観たことがある人も多いと思いますが、私はその中の台詞で 「糸を繋げることもムスビ 人を繋げることもムスビ 時間が流れることもムスビ ぜんぶ同じ言葉を使う・・・」 という言葉を送りたいと思います。


 この映画の中で「ムスビ」とは、 「神様の呼び名であり、神様の力や、ワシらの作る組紐も、神様の技、時間の流れそのものを(あらわ)しとる」 として使われています。


 ムスビとは、結ぶということですよね。皆さんが過ごしてきた15年間の時間という流れが、今こうして卒業式という時間ときに結びつき、たくさんの友達・仲間が出来たことは、人と人同士を結び、まさに糸でつながっているように思いませんか。私も不思議な出会いや時の流れを感じることがありますが、偶然ではなくすべてが必然だと感じています。皆さんは、この中学校で会うべくして会い、時間を共有したのです。


 自分で糸をつなげて行って下さい。そして、その糸を手繰り(たぐり)寄せて下さい。その力を皆さんも持っています。自信を失いかけたり、諦めそうになったときには、自分に備わっている力を信じて、自ら伸ばした糸を手繰り寄せるために、力いっぱい努力し、工夫し、必ず成し遂げるという気持ちで続ければ、糸をたぐり寄せることができます。その糸は、夢や希望だけではなく、友人や時間をも手繰りよせてきますので、力をフルに発揮して夢に向かって羽ばたいてください。


 保護者の皆さま、PTA活動に日頃からご理解ご協力をいただき、深く感謝申し上げます。この3年間はいろいろと悩むことも多かったと思います。中学校を卒業しても親の手助け・サポートが必要な時期はまだまだ続きます。これからもお子さまを応援していってください。


 校長先生はじめ教職員の皆様、3年間、子供たちを温かく時には力強く導いていただき、PTAとして、また、一保護者としても、心よりお礼申し上げます。無事に○○中学校を巣立ち、羽ばたいていくこの日を迎えられましたのも、日々熱心にご指導くださった先生方のおかげと深く感謝しております。


 来賓の皆様、本日はお忙しい中、多くの来賓の方々にご臨席を賜りました。日頃から生徒たちのことを温かく見守って下さっている地域の皆様にも、共にお祝い頂きます事、お礼申し上げます。


 皆様の輝かしい将来と健康をお祈りして、私からの挨拶といたします。


 平成30年3月20日

 ○○中学校PTA会長 井上凛子』




私は祝辞を言い終わったと、司会の人に合図を送った。


「卒業生、起立」


卒業生が立ち上がって。


「卒業生、礼」


私も一緒に礼をした。顔を上げると演台を離れて、段を降りる前に振り返り、国旗に向かって礼をした。段を下りて数歩歩く。校長先生方のほうを向いてお辞儀をする。席に戻る前に来賓の方々にもお辞儀をし、席へと戻った。


「卒業生、着席」


続けて来賓紹介になる。


「来賓紹介」


司会の言葉に教頭が来賓の名前を読み上げる。


「○○中学校PTA会長 井上凛子」

「卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます」


立ち上がって言葉を言い、お辞儀をしてから席に座る。他の来賓の方々も名前を読み上げられると、一言お祝いの言葉を言っていった。


祝電披露

送辞

答辞

閉式の言葉


これで卒業式は終わり。だけど、式次第には全体合唱と卒業記念合唱の言葉がある。


合唱の前に卒業生たちが移動した。パートごとに分かれたようだ。


卒業生たちが言葉を言っていく。3年間の思い出を、担任に対する思いを、部活ごとに顧問に向けて。

そして、言葉の合間に歌を。


・・・おかしい。本来なら歌で感動するものだと思っていたのに。

小学校の卒業式では子供たちの言葉に泣かされた。歌でも感動して、泣きすぎないように気をつけたのに。

なのに・・・ずれがすごく気になって、涙が滲んでくることもなかった。

おい、男子! もう少し真面目に練習しておけよ。君たちの母親は引きつった顔をしているじゃないか。

感動の卒業式が締まらないものになってしまったと思った。


卒業生の歌が終わり、在校生と合わせて、もう1曲合唱をした。この曲はそんなにずれは気にならなかった。偉いぞ、在校生!


いよいよ、卒業生の退場。また1組から順番に卒業生が歩いて行く。中には目を潤ませている子が何人かいた。全員が退場して、少し緊張感が緩んだ。


校長がそばに来て、来賓の退場。入場した時と同じに私が一番最初だ。一度控室に戻り、他の来賓の方に挨拶をして、体育館に戻った。


本来なら外で在校生が花道を作り見送られて校門を出るのだが、あいにくの雨なので2階の廊下から1階に向けて在校生が花道を作った。卒業生と保護者が並んで歩く。1階の靴箱まで行き、そこで解散となった。


卒業生たちは友達と写真を撮るのに忙しく、保護者は先に帰っていく人が多かった。

娘も部活の子たちと仲良く写真を撮っていた。


私は保護者の方の何人かに「いい言葉をありがとう」「子供だけでなく私達も結ばれているんだからね」と言ってもらえた。


卒業した諸君。君たちの未来に幸あらんことを祈っているよ。



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― 新着の感想 ―
[一言] 入学式と違って、卒業式は今迄積み上げてきた記憶と共に旅立って行く場でもあり、それが厳かな雰囲気の元で、自然と涙が溢れてくる子供たちも居ます。そんな中での祝辞は、感極まりますね。 ボクの前任の…
[良い点] 心に響きました。涙が溢れました。 優しく見守ってもらえているようなあたたかさで結ばれた言葉たちだからこそ心に響き涙となって溢れたと思います。 [一言] PTA会長、お疲れ様でした。 舞花マ…
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