第1話「とりあえず情報収集しとけば大丈夫っしょ」
認めたくはないが、とりあえずはこの現実を受け入れよう。
どうやら僕は転生というやつをしたようだ。
恐らく今の年齢は一歳以下。
先ほど声を出そうとしてうめき声にしかならなかったことを考えると、まだ舌足らずなようだ。
しかし、転生か。前世では友人に勧められて異世界転生小説を一度だけ読んだことがあったが、まさかここは異世界?
いやいや、それは無いだろう。さすがに夢を見すぎだ。魔法なんてあるわけない。
考えられるのは、前世の記憶を持ったままの生まれ変わり。僕が思うにはこれが一番あり得ると思う。
そもそも転生なんてことが既にあり得ないし、そんなことを考えても無駄な気がしてくるが。
……待てよ?
転生と言えば生まれ変わり、つまりお母さんのお腹から出るところから始まるはずだ。しかし今僕はベッドの上で寝ていたし、お母さんのお腹から出てくる記憶なんてものも無い。 そうなると、生きている赤ちゃんの体を乗っ取ったことになるのか?
……
…
あまり考えないようにしよう。まだ分からないことだ。
とりあえず今は情報が欲しい。
やはり一番気になるのは、ここがどこの国なのか。どこの家なのか。地球なのか、あるいは異世界なのか。そういったところだろう。
再度部屋を見渡す。今僕が寝ているベッド、机、そして棚。
置いてあるものは随分と少ないが、粗野だったり古かったりする訳ではない。全体的にアンティーク調で、ところどころ控えめな飾りが施されている。ここらへんは親の趣味だろうか?
貧乏では無さそうだ。基本的に家具はお洒落だし、むしろ少し裕福な感じがする。よかった、これはそこそこいい暮らしができそうだ。
家具を見ながらいろいろ考えていると、ドアがかちゃりと開いた。
慌てて今起きたかのような仕草をする。
「@%h9r%*@(#@+!@#%~!」
母親と思わしき女性が機嫌の良さそうな声で何かを言いながら入ってきた。
うん。
まったく意味が分からない。
日本語ではない。日本語にこんな変な言葉があったなんてことはないはずだ。
英語でもないな。英語はあまり得意ではないが、英語がどのように聞こえるものくらいは分かる。
中国語や韓国語もこんな感じではなかったと思う。
というか、僕の知っている言語の中にこんな言葉は無かった。
そうなると僕の知らない国か?でも結構裕福な感じがするし、そこそこ有名な国ではあると思うのだが……。
母親と思わしき女性が僕を持ち上げ、おでこにそっとキスをしてから抱えて部屋を出た。
自分の母親だろうとは分かっていながらどうも少し恥ずかしい。
無理も無いだろう、体の方は赤ちゃんでも心は立派な男子高校生だ。
実際その女性は若く、かなり美しい見た目をしていた。
というか。
この女性、完全に見た目がアジア人じゃない。
高い鼻、桃色の薄い唇、青い瞳、そして顔によく似合う金髪。
化粧で出来るレベルじゃないし、金髪も自然な色をしている。
女性は僕を抱えたまま、リビングのような広いところへ来た。
驚くほどではないが、結構広い。
日本でこの広さだったら十分豪邸と言えるんじゃないだろうか?
田舎だったらそこまでではないかもしれないが。
「@%$*%f%」
「@#^$&%*#^&*9」
若い茶髪の男が出てきて僕を抱えている女性と話し始めた。
随分と親密だし、この二人が両親で間違いないだろう。
相変わらず何を言っているのか全く分からない。
とりあえず、ここは危ない場所では無さそうだ。
両親の雰囲気も穏やかで優しそうだし、心配はいらないだろう。
情報収集をしつつ赤ちゃんを演じきっていくことにしよう。
両親の声を聞きながら、僕はゆっくり瞼を閉じた。
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一年ほどこの家を観察してみて、いくつか分かったことがある。
まずこの家の経済事情だが、これは問題なさそうだ。執事がいるくらいだし、やはり裕福な方で間違いないだろう。
初めてこの執事を見たときは執事よりはメイドの方がよかったなんて考えたが、この執事は中々いい人だった。
年齢は50歳くらいで、常に腰に剣を付けている。物凄く気が利く上仕事も素早くテキパキとこなすので、まさに「できる人」の具体化と言えるだろう。
食事は普通、といったところだろうか。
和食は全く出ないが、パンにスープ、サラダなど普通の食事が出ている。
僕はまだ赤ちゃんなので離乳食のようなものしか食べさせてもらったことがないが、見た目からすると結構おいしそうだ。
そして、この一年間の中で僕が一番頑張ったのが言語を覚えることだ。
やはり言葉が分からないのはかなり辛い。
日本語の参考書も無い状態なので物凄く難しかったが、親の会話をよく聞いて内容を予想したり、物を指さして「これなーに?」という雰囲気を出したりしているうちに結構分かるようになってきた。
言語を覚えれば分かることも増えてくる。
僕の名前が「フィリベール」だということ。
父親の名前が「クロード」だというこど。
母親の名前が「アナベル」だということ。
僕の今の年齢は一歳六か月だということ。
両親は僕のことを「フィル」と呼ぶ。愛称みたいなものだろう。
最後に一番大事なことが、この場所——いや、この世界について。
結論から言おう。
ここは異世界だ。
そう、ここは異世界だ。
大事なことなので二回言わせてもらった。
ここが異世界であることが完全に明らかになったのは両親の会話を盗み聞きした時だ。
正確には覚えていないが、「アンベール王国」で厄介な魔物が出て大変だ、という話だった。
僕が赤ちゃんっぽく、「あ、あ、あんえーう、あんば、ば、あんべ」みたいなことを言いまくり、「なにそれ?」という雰囲気を出したら、アナベルはアンベール王国は隣の国で世界一大きな国なのだと教えてくれた。
前世に住んでいた地球では一番大きな国がアンベール王国だなんて話は聞いたことがない。そもそもアンベール王国なんてなかったと思う。
僕はこの時、異世界に来たということをようやく理解した。
ここに来てから九ヶ月くらい経ったころだったと思う。
我ながら随分と遅いな。
昔読んだ異世界転生小説の主人公は生まれて十分ほどで把握していたような気がする。
まあ、仕方のないことだ。
手がかりが全然ないのだから。
決して僕の思考力が全然無いなんてことではない。
そして最近、ようやく魔法の存在を知った。
どうやら両親は、僕が赤ちゃんの間は危ないからという理由で使用を控えていたそうだ。
魔法なんて離れて使えばそんなに危なくないのではないか?と思ったが、両親の様子を見て分かった。
そう。
アナベルもクロードも、魔法を操るのが物凄く下手だった。
この世界の標準が分からないのではっきりとは言えないが、昔読んだ異世界転生小説に出てくる一般人と比べたら圧倒的に下手だ。
どのように下手なのか、いくつか例を挙げよう。
アナベルが料理のために水の魔法を出そうとして床を水浸しにしたり。
クロードがバリアを張って僕に見せようとして失敗し、何故か部屋の温度を十度ほど下げたり。
アナベルとクロードが結婚記念日のお祝いで、庭に土の彫刻を作ろうとして二メートルほどの大穴を開けたり。
二人とも気合の入った顔で魔法を使うので、失敗した様子はすごく滑稽だ。
僕は思わず笑ってしまったことがあったが、失敗を悔やんでいた時に僕の笑い声を聞いた二人はいつも、笑っている僕を見て幸せそうににっこりと微笑むのだ。
この二人は非常に残念な性格の持ち主だが、僕のことをいつも思ってくれる優しい両親だ。
僕には前世の記憶があるので、「両親を愛しているか?」と聞かれれば返答に困ってしまうが、「両親のことが好きか?」と聞かれたら迷わずにはいと答えるだろう。
この一年間で分かったのは主にこのくらいだろうか?
家の中での情報収集はとりあえずこれで十分だろう。
明日からは、両親に字を教わってみたいと思う。
家にはいくつか本が置いてあるので、色々な情報を手に入れられるだろう。
あと、魔法も使ってみたい。
両親が物凄く下手なので遺伝子的にあまり期待はしていないが、やはり魔法に夢を見てしまうのは男としてしょうがないことだろう。
明日からが楽しみだ。