魂魄眼
4
「こんばんは、このロリコン。」
それが、まばゆい光と共に現れた女の子の第一声…というか罵声だった。
「聞こえてますか?ご主人様、あなたのことですよ。このロリコン。」
「え…あ…?」
突然の出来事に頭の処理が追い付かない。
盗賊達に襲われて、首を跳ねられそうになった。確実に死んだ、そう思った時、液晶タブレットから白い手が生えて、盗賊の一撃をいともたやすく受け止めた。
その手が光に包まれて、人の形を成し、気が付くと一人の少女が現れた。
今、目の前にいて、俺を散々ロリコン呼ばわりしている、この少女だ。
腰まで届くストレートの黒髪、白を基調としたスクールユニフォームに身を包むのは、ほっそりとした、まだ子供といってもいい成長過程の体。
何より、肩に背負う赤い鞄―――ランドセルが、彼女の年齢をあらわしている。
ふわり、と長い黒髪をたなびかせ、こちらに向き直ると、少女は、俺と目線を合わせるようにしてしゃがんだ。
「…どうして、こんなひんそーな体に描いたんですか?」
ぷう、と、頬を膨らませながら何やら抗議する少女。
「もう少し、その…いろんなところをおっきく描いてくれてもいいじゃないですか。それに、このランドセル。これはもう、確信犯ですね。」
「はあ……」
わけがわからない。
いや、わかることが一つだけあるとしたら、この女の子の姿、どこかで見たことがある、ということだ。
いや、でも、そんなはずがない。だって、俺が知っているその少女は―――
「式宮ひより」
「え…」
「しっかりしてくださいご主人様。あなたがつけた名前です。」
「そんな、式宮ひよりだって…あり得ない、その名前は、その子は―――」
黒髪ロングのストレートヘア、白を基調としたスクールユニフォーム、赤いランドセル、
そして、式宮ひよりという名前。
全てが符合する。
俺がコミケで出した漫画「魔法少女はパンツとともに」の主人公。
美少女のパンツから得られる魔力で敵をなぎ倒す、漆黒の執行者。
式宮ひより。
それが、目の前に…存在している?
刹那、少女の体がゆらめいたかのように見えた。
一瞬遅れて、彼女がいた場所に、こん棒が叩きつけられる。
「てめえ…召喚術師だったのか…!」
盗賊のうち、ヒョロ長い体格をした男が叫ぶ。
見渡すと、ほかの盗賊も顔から余裕の笑みが消えていた。
一方、盗賊の一撃を余裕のサイドステップで避けたいろはは、心なしかムッとした顔をしていた。
「まだご主人様とお話し中なのですが。」
改めて、俺といろはを取り囲む男たち。
「だが、召喚したのがこんなメスガキとは…ひょっとして召喚術師つっても、見習いか何かなのか…?」
「焦ることはねえ、まずは女。その後に男をやれ!」
先頭の男が剣を構え、鋭く踏み込む。
「ひよりッ!」
「問題―――」
凄まじい速度の薙ぎ払いがひよりを襲う。
それをひよりはスウェーバックで避けると、そのままバク転気味に倒れこみ、腕のバネだけで伸びあがるような蹴りを、男の顎に叩き込む。
ゴキン!と顎が砕ける音がして、男が後ずさりして倒れこんだ。
「―――ないです。」
「ガキが!!」
片刃の剣とこん棒を手にした男が、二人同時に襲いかかる。
しかしひよりは、剣の薙ぎ払いをバックステップで、こん棒の振り下ろしを半身をずらし、避ける、避ける、避ける―――
黒髪が宙を舞い、月の光を反射し煌く。
それはまるで、舞いを踊る妖精のように、優雅で美しい。
俺は、自分がピンチなことも忘れて、しばらくひよりの動きに見とれていた。
ドムッ!
鈍い音が響く
ひよりの中段蹴りがこん棒の男の腹にめり込んだ。
こん棒の男は胃の内容物を吐しゃしながら、3mも後方に吹き飛ばされる。
「が、ガキの力じゃねえぞ…」
「一体どうなってやがるんだ…!?」
狼狽する盗賊達。
(…見えて、ないのか?)
一人目の男の顎を砕き、二人目の男を蹴り飛ばした時、ひよりの脚は確かに、淡く光に包まれていた。
あの小さな体と細い足で、屈強な男たちを蹴り飛ばせるはずがない。
とすれば、一般的な物理法則とは違う何かが働いて、ひよりの一撃一撃に威力を持たせているのだろう。
それが、あの光?
そして光が見えるのは、脚だけではなかった。
ひよりの胸の中心部あたりに、脚の光よりもはるかに強い、光の塊―――魂のようなものが、俺の目にはっきりと見えるのだ。
最初は目の錯覚か何かだと思っていた。
さっきディメンションノートが強く発光した時の光が、網膜に焼き付いているだけかと思った。
でも違う。戦いが始まってから数十秒。ひよりの胸の中心部にある光は見え続けたし、それと似たようなものが、盗賊にも、あるいは盗賊が乗ってきた馬にも、周囲にいる生き物全てに見えるのだ。
仮にそれを“魂”とするなら。
盗賊の魂は、こぶし大の大きさで、灰色の濁った光をまとっていた。
ひよりの魂は、盗賊のそれよりもずっと大きく、青く澄んだ光を強く放っている。
魂の強弱がそのまま戦いの強弱であるかのように、青く輝く光が、鈍い灰色の光を次々となぎ倒していく。
「ゴフッ!」
コンパスのようにぶれない軸足から繰り出される回転蹴りが、男のこめかみに直撃し、意識を刈り取る。
気が付けば5人中4人の男が、地面に倒れ伏していた。
「ひぃっ…!」
最後に残った、盗賊の中でも小柄な男が後ずさる。
ふわり、と黒髪をなびかせていろはがこちらに向き直る。
「ご無事ですか、ご主人様」
「あ、ああ、なんとか。…ずいぶん強いんだな、ひより」
「ご主人様の作品の中では、人ならざる者達と戦っていましたから、これくらい当然です。ところで…」
大人然とした態度は崩さず、だけどどこか不安げにひよりはきいてきた。
「…その、見えました、か…?」
心なしかひよりの頬が赤くなっている。
見えたかどうか、というのは、魂の光のことだろう。
俺は、力強く答えた。
「ああ、見えた…俺にもはっきりと見えたよ!」
すると、慌てて自分のスカートを抑えるひより。
「や、やっぱり見たんですね…私のぱんつ」
「……は?」
何?ぱんつ?
顔を耳まで真っ赤にしながら、ひよりは半眼で俺を睨み付ける。
「ご主人様の変態…戦うたびにぱ、ぱんつが見えるような設定にして…しかも、こんな子供っぽい苺ぱんつをはかせて…この変態!ロリコン!」
「は!?いや、魂の話じゃ…」
「ぱんつがご主人様の魂なんですか?度し難い変態ですね…」
少女の冷ややかな視線が俺に浴びせられる。ありがとうございます、我々の業界ではご褒美です。―――じゃなくて!
「ぱんつは見てないから!そうじゃなくて、ひよりの、魂…みたいな、強い光が胸の部分に見えるんだ。」
「ぱんつ、見てないんですか…?」
ひよりはホッと胸をなでおろすと、慌てて、クールな表情で取り繕う。
「ならいいです……それは“魂魄眼”。ディメンションノートの使役者のみが持つ、魔力の流れを見ることができる、特殊な“眼”です。」
「魂魄眼…」
「そうです。あらゆる生命から流れる魔力を可視化することができる“眼”です。例えば、あの6頭の馬にも、魂が見えるでしょう?」
確かに、いろはにも、倒れてる盗賊達も、馬にも、それぞれの魂が見え―――
「…まて、6頭?」
男達は倒れてる4人と、立ってる1人を合わせて、5人だったはずだ。
なのに、馬は6頭…?
「―――!ご主人様!」
突然、ひよりが俺の脇腹に中段蹴りを叩き込む。
「ぐぼっ!?」
吹っ飛ばされる俺。一瞬前まで俺のいた空間を、高速の何かが貫く。
「短剣…!」
ひよりには見えていたようで、高速の飛来物の正体を口にする。
「あー!よけられた!むかつく!」
すると、素っ頓狂なくらい高い声が6頭の馬の向こう側から響いた。
「あと1発だったのに!これでひゃっぱつひゃくちゅーだったのにぃ!」
「お、お頭!」
小柄な盗賊が振り返ると、そこにはさらに小柄な…というか、明らかにまだ子供の女の子が、地団太をふんでいた。
「お、お頭、あまり足を上げるとぱんつが見え―――」
「うるさいっ!ってゆーか、お前ら弱すぎぃ!あんな子供に何やられてんの!?意味わかんない!」
「お頭も子供だけど、俺らより強いでしょ?」
「それもそうね!」
小柄な盗賊の冷静な解説に納得する少女。
ってか、お頭?ひよりより小柄な、あの女の子が盗賊の頭領…?
頭領の少女が前に進み出ると、月明かりに照らされてその姿が露わになる。
改めて見ると、ひよりと同い年、11歳くらいに見える。
左右で無造作に束ねられたピンク色の髪。健康的に焼けた肌をおおう布は、胸の部分と腰から下しかない。おへそと太ももが丸見えだ。
腰には革のベルト。そこから投擲用のナイフと、短剣が吊り下げられている。
「ってか、おにーさん、なんであたしのことじろじろ見てんの…?ははーん…さては。あたしに惚れちゃった?」
「ご主人様はロリコンなので、その可能性はありますね」
好奇の視線と侮蔑の視線が同時に突き刺さる。
どうもさっきから特殊な性癖をもつ変態扱いされる風潮にあるようなので、この際ハッキリと言っておく。
「俺はロリコンだ!」
うわっとドン引きする2人。しまった、簡潔にまとめすぎた。
「ロリコンだ!が、リアルでは手を出すことはない。いわゆる紳士というやつだ。信じてくれ。」
「信じてくれって言われても…」
「正々堂々としているようで、まったくかっこよくないです。このロリコン」
年頃の女の子からの侮蔑の視線というのは、どうしてこうも心地よいのだろうか。これも紳士の為せる業、である。
「…まぁ、いいや」
頭領の少女がスラリ、と短剣を抜く。
「こっちも仕事だしぃ。邪魔してくれた2人は、生かして帰すわけにはいかない、かな」
ぞくり、と。
冷水を首元にかけられたかのような悪寒が、背筋を走り抜ける。
さっきまでの天真爛漫な少女のものとは思えない、殺気。
獲物を仕留める時の猛禽類のような眼光。
「―――下がってください、ご主人様。この娘は…危険です」
ひよりが、俺と頭領少女の間に割って入る。
その態度から、さっきまで盗賊と戦っていた時の余裕はない。
「めいどかふぇのみやげ?に教えてあげる。娘じゃなくてノア。ノア=ノクトラント、だよ。苺ぱんつちゃん」
「苺ぱんつちゃんじゃありません。式宮ひより、です。それと冥土はカフェじゃありません。」
軽口をたたきながらも、二人の間の殺気は肌で感じるほどに増してゆく。
俺は“魂魄眼”を発動し、頭領少女―――ノアを改めて観察した。
胸のあたりに浮かぶ赤色の光―――魂。
その大きさはやはり、まわりの盗賊達よりははるかに大きく、ひよりに負けず劣らず、強い光を放っている。
魂の力量はほぼ互角。ならば、勝敗を大きく左右するのは―――
「シッ―――!」
ノアが疾駆する。
短剣から、鋭い突きが繰り出される。
1発、2発、3発。
一呼吸の間に繰り出される高速の突き。俺なら、その軌道すら見ることができずに絶命させられているであろうそれを、ひよりはギリギリのタイミングで回避する。
ノアの凄まじい刺突の雨に、かわすだけで精一杯なのか、徐々に後退させられていくひより。
「あははっ!避けるだけで精一杯じゃん!」
「――――――ッ!」
息もつかせぬ凄まじい突き、突き、突き。
それらの刺突がひよりの髪を掠め、服を裂き、傷を負う一歩手前まで追いつめてゆく。
しかし、ひよりが傷を負うことは今のところない
俺の中である疑問が浮かび上がる。
本当に“避けるだけで精一杯”なのか?
いや、違う。
確かに、頭領少女の突きは凄まじい速さだ。
だが、凄まじいのは速さだけで、リズム自体は単調だ。ひよりの反射神経をもってすれば、単調な攻撃とはつまりカウンターの格好の餌食―――
「フッ―――!」
頭領少女の突きの軌道を左ひじのエルボーで逸らす。と同時に、右足の強烈なハイキックが頭領少女の頭上に突き刺さる。
ぐらり、と頭領少女の体が揺れる。
「やった―――!」
しかし。
ぐらりと揺れたのは、頭領少女の体だけではなかった。
1歩、2歩、たたらを踏みながら後退するひより。その左腕には―――
短剣が刺さり、血がしたたり落ちていた。