プロローグ「鳴らない右手」
はじめまして、蒼空です。
急に頭に浮かんだプロットを走り書きしたので、かなり荒削りですが良かったら見ていってください。
二日に一話くらいのペースで投稿するつもりですが、基本マイペースなのでご了承ください。
また、虐待の話など少し残酷な描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
時が経つのは早い。と、誰かが大学の卒業式で言っていた。
確かにそうかもしれない。
青春時代、楽しかった毎日。あっという間に過ぎていった。
でも、それは《楽しかった》から早く思えるのであって、つまらない毎日ほど時間が経つのは遅い。
だから、この一年は本当に長かった。
時の流れが急に変わったと思わせるような、つまらない、意味の無い一年だった。
こうやって河川敷の芝生に寝転んでいる間にも、視界の端には俺と違う時を生きる人々の姿が映る。
彼らにとっての一秒は、俺にとっての何分なんだろうか。
意味の無い人生。それなら、こんなつまらないこと終わりにすればいい。
そう思いながら、かれこれ一時間。
いっそ、最後にはやりたいことをやってから終わりたい。
自分には昔から、趣味があった。
一人旅だ。
昔から一人でいるのが好きだった。友達はいたが少なかった。
だから、旅行するにも、好きなアーティストのライブに行くのも一人だった。なにより、人に気を遣わずに楽しめる。それが一番の醍醐味だった。
昔からの夢、日本縦断一人旅。
金はある。むしろ、このつまらない日常では有り余るくらいに。
「行くか」
昔から、こういうことに関する行動力は高かった。
まず、コンビニに行き、十万円引き出し、大家さんに電話して、今日限りで退去することを伝えた。当然大家さんは驚いていたが、引き止められる隙も無く電話を切った。
家に帰ると、狭い部屋にポツンと置かれた座椅子とテーブル、ノートパソコンが俺を迎えてくれた。俺の全財産だ。
意味の無い生活に無駄なものは必要ないし、欲しいとも思わなかった。
俺はパソコン、着替えなどをボストンバッグに詰め、ものの一時間で退去作業は終わった。残った家具は処分するように大家さんに伝えてある。なんて、迷惑な住人だ。
ありがとう、俺の部屋……。いや、この部屋に感謝は無いな。ごめんな、かな。
つまらない日常を共にすごした部屋に謝罪をしながら、俺は玄関のドアを開けた――
このアパートの住人は、一人暮らしばかりで、家族で住むには狭いし、如何せんボロい。
だから、俺は目の前の状況が分からなかった。
――そこには、可愛い服を着た幼女がいた――
年齢は小学校中学年から高学年といったところか。服装はまさに小学生といった、ロリコンを殺しそうな服である。
そんな彼女は俺を見るなり、こう言った。
「おじさん、右手鳴らせる?」
これが、俺と彼女の世にも奇妙な出会いだった。
彼女の名前は富山由梨ちゃん。小学四年生。住所不定の無職らしい(本人曰く)。職業小学生だろってツッコミはしないであげた。
「あのさ、君は人様のうちに上がりこんで何をしてるのかな?」
「うーん? 指を鳴らすれんしゅー」
彼女は家に入るなり、指パッチンの練習をし始めた。いや、俺が外に出る以前からしていたのかもしれないが。
「あー、そうか……。えっと、じゃあ、由梨ちゃんは俺の家の前で何をしてたのかな?」
「あそんでた~」
「……そっかあ、でもそろそろお家に帰る時間じゃないかな?」
時刻は午後六時を回ったところ。小学生は家に帰るくらいの時間だ。
「お母さん、心配してるよ?」
「お母さん、いないよ」
「……」
やってしまった、と思った。今のご時世片親なのは珍しくない。ましてや、親戚の家で暮らしている子どもだってたくさんいる。
「そうなんだ~。じゃあ、お家の人は今お家にいる?」
俺が平静を装い再度質問すると、彼女は指パッチンの練習を止めて、笑顔で言った。
「いないよ~!」
「……え?」
「えっとね、お母さんは去年お星様になっちゃたの。だから由梨とお父さん二人で暮らしてたの。最初はお父さんお酒ばっかり飲んで、由梨に痛いことばっかりしてたの。でもね、お父さん最後はいつも由梨のこと撫でてくれるんだ。『由梨と一緒に居たいから、由梨が大好きだから』って。だからね、私もお父さんだーいすきなんだ。でもね、一ヶ月前くらいにね、『お父さん、ちょっと用事があってしばらく家に帰れないから』って出て行っちゃった。だからね、由梨、お父さん待ってるの」
由梨ちゃんはお父さんのことを嬉しそうに語る。でも、内容は楽しいとは間違っても言えなかった。だから、俺はただ彼女に返す言葉も無く、その無垢な瞳を見つめ続けていた。
虐待、育児放棄、捨て去り。
きっと、彼女のお父さんが帰ってくることはない。お父さんが逃亡したのか、あるいは自殺したのかは分からないが、彼女を置いていなくなったのは間違いない。
「おじさんどうしたの? なんか、悲しそうだよ……」
「あぁ、ごめん。由梨ちゃんは一人で待ってるんだね、偉いね~!」
俺は、下手くそな笑顔でごまかしながら言うので精一杯だった。
「そうでしょ! ふっふっふ!」
由梨ちゃんは何も知らない。ただ純粋に生きている。きっと、食材は家に残っていたのだろう。おおかた、カップ麺やインスタント食品だろうけど。
「由梨ちゃん、一人でご飯作ったりしてるの?」
「うん! でもね、もうおうちにご飯が無くて……。だからお隣のおじさんにご飯作ってもらいにきたのー」
「なるほど……って、隣かよ」
隣の住民、確かに一ヶ月前くらいからいないな。子どもいたのかよ……。
「ねえ、おじさんはさっきどこに行こうとしてたの?」
「ん? あぁ、ちょっと旅行に行こうと思ってな」
そうだ、この子のことですっかり忘れてたが、俺は旅に出るところだったのだ。終わりを迎えるための。
「そうなんだ~! あ、じゃあ、由梨も付いて行っていい?」
「……え?」
「だってー。ご飯ないしー、一人じゃつまんないしー、それに、お父さんに会えるかもしれないし! ね、いいでしょ? そうしようよー!」
予想外だった。
確かに、このまま彼女がここで暮らしていたらやがて飢えて死んでしまうだろう。それに、お父さんに会えるかも、か。
お父さんに旅先であえる確率なんて、ゼロに等しい。だけど、そんなこと無垢な少女には関係ないんだろうな。
終わりを迎えるための旅。俺も彼女も、失うものなんか何も無いんだ。
なら、ひとつくらい荷物が増えたって変わらない。
それに、この屈託のない笑顔。彼女といれば、つまらないこの世界も少しは楽しく思えるんじゃないか。
「……しょうがないな。お父さん探しの旅、してみるか?」
「やったあ! おじさん、ありがと! じゃあ、お父さんのところに、しゅっぱ~つ」
『しんこーう!』
こうして、俺と彼女の終わりを迎える旅が始まった。