表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/20

坂道の視界

実樹と一花ちゃんが付き合いだしたことは、瞬く間に学年いや学校中に広まった。

当然、一花ちゃんに風当たりを強くする女子のグループも現れたけど、比較的発言力のあるあたしや里佳子のグループが後ろ盾になってあげたから、表立って波風が立つことはなかった。


でも、あたしは戸惑っていた。

あまりにも、あたしと実樹の関係性が変わらないから。

学校への登下校でも、部活でも、実樹と一緒にいるあたしに一花ちゃんは何も言わない。

言わないどころか、「ほんとに実樹君と晶ちゃんは仲良しだよね」ってニコニコしてる。

どうして?ヤキモチやいたりしないの?

かえってあたしの方が一花ちゃんへ遠慮してしまう。


部活が終わって、あたしは部室の鍵を閉めた。

今日は一番最後になっちゃったから、職員室まで鍵を返しに行かなくちゃ。

校舎に入って鍵を返し、帰ろうとしたあたしを一花ちゃんが呼び止めた。


「あれ?珍しいね。美術部の一花ちゃんがこんな遅くまで学校にいるなんて」

「学生展に出す絵の仕上げがあってね、先生に居残りしろって言われちゃったんだ」

話していると、同じく部室の鍵を返しに来た駿汰もやってきた。

「二人とも、外もう暗くなってるぞー。早く帰ろうぜ」


南門へ3人で向かうと、いつものように実樹が立っていた。

「あれ?今日は3人一緒に登場?珍しいな」実樹が笑う。

「じゃあ、あたしはこっちだから。また明日!」一花ちゃんはあたし達とは反対方向の歩道へ渡っていく。

「実樹!暗くなってんだから、一花ちゃん一人で帰しちゃまずいでしょ!?」

「晶ちゃん!あたしなら駅まで近いし、全然平気だよ!」いつもの笑顔で一花ちゃんが言う。

「いや、やっぱり送るよ。ちょっと待ってて」

実樹は車が通り過ぎたのを確認して、パッと走って反対側の歩道へ渡った。

「じゃな!また明日」

いつものように右手を肩まであげて、実樹が挨拶する。

「またね」

あたしと駿汰も手を振って二人を見送った。


「…ていうか、駿汰もこっち方面じゃないっしょ?」

あたしと一緒に引寺川の橋を渡る駿汰にツッコミを入れる。

「暗くなってんだから、晶ちゃん一人で帰しちゃまずいでしょ」

さっきのあたしの口調をふざけて真似る駿汰。

「もー!ふざけすぎ」

本当はありがたいんだ。

実樹と一花ちゃんが二人で帰るのを見送った後に、一人でこの道を帰るのは辛すぎる。

「…あたし、もっと一花ちゃんに遠慮した方がいいのかなぁ」

独り言のような、駿汰への相談のような、どっちつかずの口調であたしがつぶやいた。

「さぁ」

飄々と駿汰が答える。

だよね。そんなこと、駿汰にとってはきっとどうでもいいことだもんね。


「…遠慮つーかさ」

あ、まだ駿汰の話続いてたんだ。

「晶自身が、実樹以外のやつと一緒にいるのが楽しいって思えばいいんじゃね?」

「…え?あたし、実樹以外の人といても楽しいよ?里佳子とか、駿汰とか」

「じゃあ、これからは俺が一緒に登下校してやるよ」

「ええっ!?何それ!だって、駿汰んち全然方向違うじゃん」

「俺さ、実は朝練の前にジョギングしてるんだよ。ジョギングルートをお前んちマンションにすれば、お前を迎えに行けて一石二鳥だぜ?」

「…うち、坂の上だよ?大変じゃん」

「坂はいいトレーニングになる。もってこいだよ」

駿汰はいつもどおりまったく表情を崩さない。何を考えてるかよくわからないようでいて、実際あんまり考えてないことは実樹とあたしはよくわかってる。

きっとこの提案も駿汰にとってはトレーニングにもってこいっていう理由以外の何ものでもないんだろう。

駿汰のこういう表裏のなさに、あたしはいつも甘えさせてもらってる。


「そうかな。じゃあ、お願いしちゃおうかな」

「トレーニングもできるし、かわいい女子と一緒に登下校できるし、我ながらナイスアイデアだな」

「またいただきました!あざっす!」

信号を渡り、坂道の歩道に入る。

いつもならすっと実樹があたしの前に出て坂を上りだすんだけど、駿汰は立ち止まってあたしに道を譲るしぐさをした。

「上っちゃっていいの?」

「何言ってんの。上るんだろ?」

「あ、うん」

あたしの前に、いつもの後ろ姿がない。

いつもより視界が広い坂道は、いつもの登下校の道じゃないみたいに思えた。

後ろで駿汰が「マジきっつ…。これはいいトレーニングだわ」ってぶつぶつ言ってる。

これからは毎日こんな風に坂を上るのかな。

実樹の後ろ姿を失くした喪失感に、あたしは涙が流れた。

駿汰が後ろを歩いていてくれて、ほんとによかった。


ーーーーー

「あれ?駿汰」

ジャージを着てエントランスであたしと落ち合った駿汰に、エレベーターを降りてきた実樹が気づいた。

「おっす」

「おはよ」

「何?お前、俺ら迎えにきたの?」

「実樹じゃねーよ。晶を迎えにきたんだよ」飄々と答える駿汰に、あたしはドキッとした。

「は?そうなの?…お前ら、そういうこと?」

驚く実樹にあたしは慌てて否定する。

「違うよ!駿汰がジョギングで坂がトレーニングになるからって、ついでに一緒に学校行こうって」

答えがしどろもどろになる。

「え?で、俺はお邪魔虫なの?」と少しとまどっている様子の実樹に、

「そ、お前はお邪魔虫だから、電車乗って森川さん迎えに行ってこい」駿汰が平然と言う。

確かにうちの最寄り駅は高校の最寄り駅の一つ手前で、そこから電車に乗れば駅で一花ちゃんと待ち合わせることができる。

「そっか。その手があったな。じゃあ俺、朝練少し遅れるわ」

「おう」

「また後でね」

一花ちゃんに連絡するのか、実樹はスマホをいじりながらエントランスを出て行った。


「あたしを迎えに来るのは、あの二人のためでもあるんだね。

…さすが、恋のキューピッドですね、田澤さん!」

小さくなった実樹の後ろ姿が切なすぎて、あたしは駿汰に冗談を言った。

「お前がキューピッドなんだろ。今回は」

そう。一花ちゃんの人の好さに、あたしはつい実樹との仲を取り持つ形になってしまった。

「同時にピエロでもあるけどな」

「…え?」

駿汰のつぶやきが、あたしの心に突き刺さった。

駿汰は気づいてる?あたしの実樹への気持ち。

二人を見るあたしの気持ちを察して、一緒に登下校しようとしてくれてるの…?

駿汰に確かめたいけど、自分からその気持ちを言葉にするのが怖い。

駿汰にすら、あたしが実樹を好きだって認めてしまったら、その時点で終わりになる気がする。

実樹と一花ちゃんがずっと付き合って、お互いすごく好き合って、

そんな二人を見て、自分の気持ちにけじめをつけられるようになるまで、

あたしの気持ちは誰にも知られちゃいけないんだーーー


ーーーーー

その日の帰りから、南門であたしを待つ人のシルエットが変わった。

細く長いシルエットから、少し筋肉質でがっしりしたシルエットになった。

坂道は、視界を遮る後ろ姿のない道を前を向いて歩くようになった。

あたしの見てるものが変わった事実は、あたしの心が見てるものまで変えていこうと強制しているようだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ