49.蛍
大変遅くなりましたが何とか生きていけてます。
天井にあるダンジョンの入口から外に出るのも大変なので、エミリーの『世界地図』で外に出ることになった。
予めトットリアに魔族軍の場所は聞き出しており、オレたちが転移した場所は、そこから出来るだけ近い森の一角だ。
『世界地図』をオレ達は見ることが出来ないが、紙に写したものは見せてもらった所、森の中央よりもやや西に位置している場所のようだ。
なんでもとエミリーの修行と称し、カッサバさんが転生後1年のエミリーをそこに置き去りにして小屋に戻ってくる修行行ったそうだ。
その過酷すぎる修行をエミリーは知らずに置き去りにされ、何とか半死半生の状態で戻って来たエミリーに、カッサバさんは一週間口を聞いてもらえなかったそうだ。
いやそりゃ当然でしょうよ。というか一週間でよく許してもらえたな。
とはいえ、そんな曰く付きな場所だが、森の南にあるダンジョンから向かうよりは断然近い。
転移後は、時間も無いため真っ直ぐ走っていくこと決め、もう1時間は全力で走っている。
先頭はカッサバさん、少し遅れてオレ、大分は慣れてエミリーと道案内もかねて出していたトットリアが後を追いかける。
ちなみにレベルがいまだに低いソーリスはオレの『倉庫』の中に入ってもらっている。
さすがにソーリスの移動速度に合わせていたら本日中には間に合わない。
「レ、レベルがっ!…上がったからってっ!…あの二人について行くのはっ!…難しいってぇ!」
「ひ、人族の娘もそう思うのか…あの二人が特別なようだな…」
泣き言を漏らす二人はエミリーと、魔族軍への案内役として『倉庫』から出した魔人族であるトットリアだ。
オレとカッサバさんが飛び跳ねるように地面を駆けるのに対し、二人は腕を振り上げ必死に走って付いて来ている。
レベルが上がればステータスを始めとした基礎体力も上がるのだが、まだエミリーのレベルは20後半でそれ程高いとは言えない。
それ故に、オレとカッサバさんの全力行軍について行けなくてもしょうがないとして、トットリアは疲れ知らずのゾンビなんだからもうちょい頑張れ。
そうして走っていると、オレのずっと前を走っていたカッサバさんが速度を落とし、エミリーの横に並んだ。
「…おぶるか?」
「…やだ。汗まみれだもん、おじいちゃんの背中」
エミリーの容赦のない一言に対して、「そうか」と気にしてないようにカッサバさんは言うが、鍛え上げられた背筋を搭載する背中を手で拭うように撫でたのをオレは見逃さなかった。
孫に『おじいちゃん、おくちくさい』と言われるようなものだろうか。ちょっとかわいそうだ。
いや、年頃の娘さんとしては当然の発言なのかも。
オレも速度を落としてエミリーと並走する。
「エミリー、あとどれくらいかかる?」
「はぁへ、ぁはぁはぁ…あぁ?」
離していて余計に疲れたのか、エミリーが瞼を半分おろした死にそうな目でオレを見て来る。
息も荒く、返答もおざなりだ。
「カッサバさん、少し休みましょう。エミリー、疲れている所申し訳ないんだけど…魔族軍の拠点まで後どれくらい?」
急いではいるが、現地につけばそれでゴールな訳ではない。ここで休憩を入れつつ、皆が休むために腰を下ろした。
体育座りで、膝に顔をうずめ息を整えるエミリーが、「ふぅー」と一度長く息を吐くと、顔を上げて
宙を見る。
『世界地図』を発動させたようだ。
「…この速度なら、走って1時間くらいかな。魔族軍の拠点に忍び込むなら夜の方が都合が良いし、着くころには丁度良い時間帯になってるかも」
言われて空を見上げると、既に太陽は西の山々に沈みかけている。
日没まで後30分程か。
10分程経ち、体力もある程度回復すると、再び魔族軍の拠点を目指して走る。
そうして日が沈み、今夜は新月で光に乏しいく、辺りは完全に暗闇に包まれている。
だが、この程度ではカッサバさんは止まらない。
スキル『狩猟』には『暗視』というスキルを扱うことが出来る。
文字通り、暗闇でも視界を得る事の出来るスキルだ。
カッサバさんにとってみれば、この程度の暗闇は昼間と殆ど変わらないんだそうだ。
そうしてまた1時間は走っただろうか。
エミリーがまた見るからにヘロヘロになりながらも、如何にか魔族軍の拠点らしき所に到着した。
寄りかかれるほどの木に隠れながら、拠点を観察する。
森を開拓して作られた魔族軍の拠点は、かなりの広範囲の樹木を伐採して整地されたようだ。
ただ施設は少なく、その少ない施設と敷地を、適当に木材を切り分けて作ったような背の高い柵で囲っていた。
だがその柵も、獣共に壊されたのか無理やり補修されたかのような跡がある。
そんな頼りない柵の内側に目を向けるとと、軍の拠点というものに詳しいわけではないが、何だか覇気がないというか、閑散としている。
申し訳程度にぽつりぽつりと松明が辺りを照らしており、指揮官用なのかその周辺に祖布を組み合わせて作ったような天幕が1つ2つと立ち並んでいる。
物資も乱雑に扱われているようで、松明の周りには剣や槍が乱雑に積み上げられているだけで管理されているようには見えない。
大きな広間のような所には兵らしきゴブリンや豚顔の化け物、槍を持った2足歩行のトカゲがいた。
どうやら早くも就寝時間の様で何体かは眠りこけているのだが、魔族軍では野外で寝るのが普通なのだろうか。
一応、一本の大木をそのまま利用しているような物見櫓があったが、中に居たゴブリンはうたた寝をしている様に頭が何度も上下しており、役目を果たせているとは思えない。
…1年も消耗戦を続ければ、こんな適当になるのも仕方ないことなのだろうか。
「この空気はヤバいよ…明らかに弛緩してる。戦争やってるピリピリした感じがしない。もしかして、撤退が決まったのかもしれない」
そう言ったのはエミリーだ。
エミリーの目がせわしなく動くいているのを見ると、いくつもの撤退を示唆するような情報が見受けられるようだ。
ここで、もうすべての事が終わっていれば、オレ達が来たのは完全に無駄足になる。
「ええっと、コースさん。部隊はまだ拠点内にいます?」
「…ここからでは分からん。私はお前たち程夜目が効かな…ん?あれは…」
目を細めて辺りを見回していたトットリアさんが、一つの天幕に視線を定めた。
その視線の先を見てみると、一つだけ明るい天幕があった。
「あれは?」
「あの天幕…あれは領主様方の会議に用いられるものだ。この時間になっても明かりが消えていないという事は、議題に対して相当揉めている」
「魔族軍全体の撤退に関してでしょうか。それなら、あそこにコースさんが居る可能性が高いですね」
『倉庫』からロープとボロボロの一枚布を2枚取り出し、1枚をエミリーに投げ渡す。
「手はず通りオレとエミリーで行きましょう。カッサバさん、もしもの時は反対側で騒動を起こしてください。その間に脱出しますので」
「うむ。何なら積極的にしくじってくれても良いぞ。ただしエミリーは絶対に守れ」
「ただ暴れたいだけじゃないですか。2人とも、行きましょう」
今回の作戦は奇跡的に生き延びたトットリアが森で見つけた人間を捕虜にし連れ帰る、というものだ。
筋書きとしては、森の中央で獣の襲撃を受けたトットリアの部隊だったが、深手を負い部隊とも離れ離れになり、傷が癒えるまで身を潜めていた所を、狩人であるオレ達2人に見つかってしまった。
2人を捕らえ尋問したところ、ダンジョンの情報を持っている可能性が高いため連れて来た…という事で通すつもりだ。
取り出した布を手早く体に巻き付け、トットリアにロープで手首を縛ってもらう。
手首に巻かれたロープがほどけないか確認する。これで見た目は捕虜っぽくなっただろうか。
同じく布を巻いたエミリーは「インフィニットドレス!」と謎のモデル立ちを見せつけてくるのだが、意味が分からないので無視する。もうちょい緊張感を持ってほしい。
捕虜が武器を持つのもどうかと思うので、目立つ武器は全て『倉庫』へ直してある。手持ちの武器は小さなナイフぐらいだ。
仮に戦闘になるとしてもエミリーの『世界地図』で逃げれば良い。
トットリアに引き立てられるようにロープで引っ張られるオレとエミリー。これで準備は完了だ。
トットリアはローブのフードを跳ね除け、素顔を晒しながら陣地に近づく。
入口であろう簡素な木造り門にはゴブリンを少し成長させたような亜人族が番をしていた。
やる気が無さそうに欠伸をしていた1体が、オレ達3名の姿を視界にとらえ慌てて槍を構える。
が、トットリアが魔族だとわかると、慌てて背筋をピンと伸ばし、態度を改めた。
トットリアはその2匹を見ることも無く、ズンズンと陣の奥へと進んでいく。
トットリアに繋がれお縄になりながらも、横目でちらりとゴブリンを見てみると「なんだコイツ?」というような目で見られはしたが、取り立てて騒がれはしなかった。
さらに奥に進み、雑魚寝をしている膨大な数の亜人や魔獣の類の横を通り抜け、遂に目的の天幕へとたどり着いた。
「2人はここで待て」
「あいよ」
「うい。上手くやってね」
エミリーの軽い激励に、頷くトットリアが天幕に入る。
天幕の入口に張られた薄手の幕の向こう側から、はっきりとした声が聞こえてくる。
「…トットリア。貴様、生きていたのか」
「はい。こうして生き恥を晒しております。会議の途中で申し訳ないのですが、コース様に至急お耳に入れたいことが有りまして参上しました」
おお、割と冷静に受け止められているっぽいな。
いきなり斬り捨てられる可能性も考えていただけに、とりあえず話を聞いてはもらえるようだ。
「彼の者は…」
「ふむ、記憶違いでなければ、クリーン殿の側仕えのようなことをしていた者であるの」
突然のトットリアの登場に、天幕の中から複数のささやき声が聞こえる。
他の魔族軍の領主たちだろうか。
その中の一人が、静かにトットリアへ問いかける。
「トットリア殿…と申しましたかな?まずは貴君の生還をお祝い申し上げる。恐縮だが、ともに戻られたであろうクリーン殿にも改めてねぎらいの言葉を送らせていただきたいのだが?」
うーん、丁寧なようにも聞こえるが、要するに「お前じゃなくてトットリアと話させろ」と言っているようなものだ。
だとしても、こちらから言えることは一つなわけで。
「…申し訳ありません。主は戦いの末、獣の糧としその身を没しています」
「やはりか…」
「戻ったのなら、多少の便宜は図ろうかとも思ったが」
「重ねて申し上げるが、結論は出たのだ。そちらは内々の話もあるようですし、我々は失礼させていただく」
え、それでいいのか?
戦い以外の興味が薄いとは聞いてはいたが、マジで脳筋集団だった。
トットリアの話を聞いた他の領主の反応次第では計画の修正も考えていたんだが、話すら聞いていかないのはどうなんだ。
天幕から出てきた魔族たちは、オレ達をちらりと横目でねめつけるも、オレ達を無視してどこかへ行ってしまう。
何人かはオレ達が人間だと気づいているみたいだが、それすらもどうでもよいのだろうか。
ともあれ、結論が出たと言っていたな。予想通りならば『糧』…つまり経験値を得るために生きた何かを用意することになるだろう。
「もう入ってきても大丈夫だ」
そうトットリアが天幕の中から呼びかけてくる。
エミリーとオレは顔を見合わせうなずくと、天幕の中へ入る。
中には大きな円卓が置かれ、いくつかの木杯が見えるが、中にはいっているのはお茶や酒でなく、ただの水のようだ。
食に興味がないというのは本当か。
視線を移し、クリーンの親である魔族…コースを見る。
確かに、顔の所々コースに似ている。
だが、クリーンの服装はどうやって手に入れたのか仕立ての良い服を着ていたが、コースは武骨な鉄鎧を着込んでいた。
ここら辺からもクリーンと普通の魔族の意識の違いが垣間見えるな。
「むう、お前たちは…」
「ご紹介させていただきます。この二人は」
トットリアの紹介を手で遮り、コースの前にでる。
いぶかし気にコースがオレを見るも、気にせずにオレは口を開いた。
「手短に行きましょう。私たちも時間がないので」
「それは私も同じだ…悪いが、お前たちの解放ならあきらめてもらう。今は少しの『糧』も惜しい時だ」
オレの手首に繋がれたロープを見ながら、吐き捨てるようにコースは言う。
トットリアの予想が当たっているのなら、1体でも経験値に変えられる供物が欲しいのもわかる。
「オレ達には、500体の『糧』を用意するあてがあります」
だから、ぜひともオレ達の策に乗ってほしい。こっちの水は甘いぞコース君。




