38.『山賊王』オード
『山賊王』オードの人生は、初めから異端だった訳ではない。
何処にでもある貧乏な片田舎の教会で、聖職者である両親の子として生を受けたオードは、誰からも好かれるような実直な子供だった。
祝日にはパンを焼いて果実と一緒に配って周り、神にささげる祈りの言葉を毎日欠かさず朝夜に唱え上げるような、そんな清廉なる子供時代を過ごしていた。
もし『平凡』を至上の幸福と考えるような人ならば、彼の様な人生を送りたいと思わせるような、そんな人生の半ばだった。
オードが12歳の誕生日を迎えた次の日。
彼の住む教会の祭壇に2人の遺体が見つかった。オードの両親であった。
その死体は男女のまぐあいの様に手足が絡みついており、父親の口には男性器が、母親の口には子宮がねじ込まれていたという。
朝一番に家畜の乳を教会に運び込む農夫が,2人の死体とその祭壇へ祈るように蹲っていたオードを見つけたそうだ。
誰に対しても親切な2人の死を悼み、町の警護に当たっていた駐屯兵が調査を開始するも、2人の死因には不可解なことが多かった。
2人の死因は胸の正面中央にある刺し傷が原因だと思われるのだが、まるで抵抗した痕が無い。
そもそも、魔物討伐の経験がある2人は高レベルとして有名であり、ただの物取り程度であればあっさりと撃退できるほどだ。
かと言って、何の権威も持たない地方の司祭を殺すために高レベルの暗殺者を雇うとも考えづらい。
それよりは、知人や身内による不意打ちの犯行と判断したほうが死因に関しては説明できる。
だが、オードの両親に不審がられずに接近できるほどの友人・知人は皆、何らかの現場不在の証明が出来ていた。
唯一、オードのみが証明出来なかったが、まだ子供である実子があのような凄惨の極みである死体弄りが出来るとは考えづらい。
捜査が行き詰まり、死体弄りを根拠にして「邪教徒の仕業なのではないか」と噂が広まる中、さらに一つの事件が起こる。
オードの家であり、殺害現場である教会が何者かによって放火されたのだ。
水魔法を使える者によって延焼は食い止めることが出来たが教会は全焼し、『両親と住んでいた思い出の家』として決して教会から離れ無かったオードも行方不明になった。
こうして立て続けに起きた怪事件に、住民のみならず兵士にも動揺が広がる事となった。
兵士の心に拭いきれない恐怖がある為か、『殺人と放火』という2件の捜査は進むことも無く、またオードも見つかることは無かった。
それから5年が過ぎた。
事件の記憶もだんだんと薄れ始めた頃、町の一角にある農家に現れたのは………
「……オードが現れて農家の人たちは全員殺されて、その後率いて来た山賊たちに町ごと潰されちゃったと。その後も…うひゃー、酷いもんですねぇ。強盗殺人、人身売買、禁薬取引、不法占拠、王族誘拐ですか。ホント、何で死刑にならずに騎士に取り上げちゃったんですかね、アーチルドさん」
ガタゴトと揺れる馬車の中、エミリーは読み上げていたオードの経歴書から視線を上げて目の前に座る男、アーチルドに疑問を投げかけた。
同じ用紙に目を通していたアーチルドは、用紙から目を離さずに答えを返す。
「先ほど君が読み上げた犯罪経歴の最後、王族誘拐が原因だと言われている。他国へ訪問中だった姫を帰国した瞬間を狙い誘拐…と言っても、奴らは『誘拐』ではなく『保護』だと主張しているそうだ。『姫は病に侵されている。特殊な病であり、我々だけが対処法を熟知しているため現在治療中である』とな。そして、『治療を継続し、ご容体を近くで見守りたい』という理由で、治療費代わりに 騎士に取り上げられたという話だ」
「病気っていうのは、もしかして『これ』ですか?」
エミリーは用紙をアーチルドに見せるように突き出すと、『禁薬』の2文字を指さす。
要するに、禁薬というのは前世で言うところの麻薬なのだろうとエミリーは前世で蔓延していた白い粉末を想像した。記憶にはないが、その薬の知識だけでもエミリーを不快にさせるのに十分だった。
禁薬に対するイメージは世界が違っても同じなのか、少し顔をしかめながらアーチルドは小さく頷いた。
「中毒性が非常に高い嗜好品だそうで、摂りすぎると廃人になる。十数年前に他国から輸入されて、王都では一時期酷い有様だったらしい。…もしかしたら、これにもオードが関わっているかもな」
「そんな国を傾けかねない大罪人を騎士に取り立てるだなんて、幾ら姫の為とはいえ貴族の反発もあったんじゃないです?」
「無理やり王が押さえつけているんだろう。姫の事を『国の珠玉』と言って憚らない王だからな。この上ない程に溺愛しているのさ。そんな姫を薬漬けにされ治療法も奴らしか知らないのであれば、取れる道は一つだけだったんだろう」
成程、要はテロに屈した訳か。要求に対して一度頷いてしまった以上は、もう国としては終わりかな、と
オードの経歴書を折り畳みながら、そう王国を評したエミリー。だが、一方で…
(…王様と姫様には悪いけど、結果的には悪くない。何だ、やっぱり悩む必要ナッシングだねー)
折り畳んだメモ用紙をアーチルドに返しながら、そんなことを考えていたエミリーだったが、少し頬が緩んでいたため、アーチルドから少し変な目で見られていた。
「この情報もアーチルドさんが盗んできたんですか?」
「丁度1年前位だな。王都での定期的な情報収集で手に入れた最高機密の一つだ」
「へー、やっぱ凄いですね。情報戦じゃ負け無しだ。私たちが気づけなかったのも納得です」
エミリーの『私たち』という言葉に、ビクリと弾かれたようにアーチルドの体が跳ねた。
顔色が少し青くなり、汗が噴き出す。アーチルドの脳裏に浮かぶのは未だ少年の姿をした一人の呪術師。
血を抜かれていく狼たちの姿を思い出すと、次の瞬間にその死体が自分の姿になっていた。
血の一滴も残っていない乾燥した死体。もしくは、爆発によって体がバラバラに砕け散り原型をとどめていないものか。
アーチルドは頭を振りつつ震えそうになる声を抑え、マーシャルの部屋で宣言した約定をもう一度口にした。
「俺の存在を知られてしまった以上、君たちにはもう手は出さない、約束する。…俺も命が惜しいんだ」
マーシャルの部屋で、エミリーは自分の存在が露呈しようとした時、彼は自ら姿を現し進み出た。
その姿は何かを恐れているかのようで、エミリーは誰をつけまわしていたのか容易に想像がついた。
「…トモヤ君、そんなに怖いですか?」
「血を抜き怪しげな術を使う者を恐れるなと?しかも、見た目は年端もいかない子供だぞ。『仕事』の最中も生きた心地がしなかった」
「あー…ま、普通じゃあ無いのは確かかな」
エミリーは如何返答しようか迷ったが、結局は苦笑し誤魔化した。
というか、概ね事実だな、と彼女も納得してしまったからだ。
エミリーは一応、「あれでも良い所あるんですよ?」とアーチルドに伝えると、「それを含めて怖いんだ、俺は」と、どこか拗ねたような渋い顔で返されてしまった。
「着いたようだな」
そんな風にエミリーとアーチルドがトモヤの話をしていると、今までエミリーの隣でずっと目を閉じて寝ていたカッサバがいつの間にか起きて、窓の外を見ていた。
つられてエミリーが窓の外を見てみると、木とレンガを建材として作られた砦が遠くの方に見えた。
粗雑とまではいかないが、取りあえず見た目と大きさだけを取り繕ったような印象を受ける建物で、魔族軍(それとアロア自治領)に対抗するために建てられた砦にしては、やや脆弱に見える。
「見た目立派ですけど、強力なスキルの一発でもカマしてやれば壊れちゃいそうですね」
「その逆だ。あの砦はスキルによって防護されている。どうせスキルによって強化できるのならば、優先すべきはそのものの防御力ではなく建設速度の方だ。放棄する際に防護を解いて破壊すれば、敵に再利用される事も考えなくて良いしな」
そういえば、一年未満であの砦は作られていることになるのかとエミリーは砦に対する評価を一段階上げた。つくづく『スキル』というのは便利なものだと思いながら、窓の外にある砦を眺めた。
そんな話をしている間にも馬車が砦の中に入って行き、しばらくすると馬車の扉が開かれた。
そこに居たのは、王国の兵というよりも冒険者の装備をもっと着くずしたような男で、エミリーたちの方を見てニヤニヤと笑っている。
「へぇ、冒険者が来るって言うから、どんな臭ぇ男が来るかと思えば、女がいるじゃねえか。つってもまだ餓鬼だけどよ」
男の不躾な言葉に、カッサバが身じろいだのをエミリーが手で制す。
上から下まで嘗め回すように見て来る男に多少の不快感を感じつつも、エミリーは男に問いかけた。
「貴方がオードさん…ではないですよね?」
「ちげーよ、バーカ。へへ、付いて来な」
男はエミリーたちを小ばかにするように顎をしゃくると、砦のほうに向かって歩き出した。如何やら、余り歓迎してくれるという事は無さそうだ。
溜息を一つつき、視線をカッサバの方に向けるエミリーだったが、こめかみに浮き出る青筋とは逆ににっこりと笑うカッサバに「ああ、これはキレてるな」とどこか他人事の感想だ。
スキルを使ったのか、アーノルドの姿は扉が開かれる前あたりから見えない。エミリーは自分たちについてくるのか、はたまた別の情報を探りに行ったのだろうと当たりをつけて、あの無礼な男の後を追う。
これから先、『山賊王』オードと話を纏めつつカッサバを抑えなければならない難行が待っている。
エミリーは知らずのうちに溜息をもう一つついていた。




