36.砦守備隊
金熊から撤退した日の翌日。
カッサバとエミリーは、カーネルの町にある自由領軍宿舎の応接室に通されていた。
備え付けの大きいソファーに腰掛ける2人の前に、テーブルを挟んで自由領軍司令官のマ―シャルが同じソファーに姿勢よく座っている。
「改めて、来訪に感謝する」
「……」
「あはは、ギルドの個人依頼なんだから、そりゃ来ますよ」
言葉少なげに挨拶をするマーシャルに、腕を組み無言で返すカッサバと、手をヒラヒラと振りながら笑って答えるエミリー。
そんなエミリーの軽い返しにも動じずに、マーシャルは部屋を少し見渡した。
「今日は、トモヤ君とは一緒では無いのか?」
「トモヤ君は、『冒険者ギルドに所属していないの遠慮させて頂きます』って小屋で修行してますねぇ。あ、そういえば、ハーガンさんはご一緒じゃないんですか?」
「ギルドマスターはいない。これは自由領軍の依頼だからな」
この呼び出しは、冒険者ギルドを通さずに冒険者に直接仕事を発注する『個人依頼』という仕組みを利用している。そのため、冒険者ギルドに所属していないトモヤにはこの呼び出しに従う必要は無い。
カッサバとエミリーにしても、面倒な依頼が殆どの『個人依頼』なんて普通は断るのだが、今回は仕事の内容が問題だった。
如何いう訳か、自由領軍にも秘匿しようとしていたダンジョンの存在を知られているためだ。
(この、『ダンジョンがファガス大森林に存在する』って情報は、ダンジョンの話をした朝食の時に初めて判明した情報。そして、『熊の領域』に出向いた5日の間に狩猟小屋に呼び出しのメモが届けられている。それを偶然、って考えるのはちょっと無理があるよね)
実は魔族を捕虜にする事が出来て、そこからダンジョンの存在を知った等、色々な可能性が有るが一先ずエミリーはその考えを脇に置いて、マーシャルの話を聞くことにした。
「まずは、この森にあるというダンジョンについてだ」
「えっと、それメモにも書いてありまたけど、質問が良く分からないのですが」
「恍けても無駄だ。既にダンジョンの有無を確かめに『熊の領域』とやらに出向いた事も分かっている」
にべも無いマーシャルの口から出た『熊の領域』という地名は、カッサバが名付けたもので世間一般に知られている名前ではない。
本来なら、自由領軍が知るはずもない単語なはずだ。
やはり、何らかのスキルを使って、ダンジョンについて話し合った朝食時の会話も全て筒抜けになっていると考えた方が良いなと、エミリーは頭を切り替える。
森の中限定で言えば、様々な感知能力を持つカッサバに気付かれないほどのスキルを持っている誰かが自由領軍に存在するのだ。
(『熊の領域』を町の人間で調査するのはレベル的に難しいと思う。証拠が有る訳じゃ無ければ、行った行って無いの水掛け論に持ち込む事も出来るけど、時間の無駄っぽいよね)
ふう、と溜息をつくと、エミリーは答えを待つマーシャルに対して一つ頷いた。
「バレちゃーしょうがない、その通りです。ただ、まだ入り口を見つけたかもしれないって段階ですけど。…にしても、其方には随分と耳の良い方がいらっしゃるよーですね」
「…まさかとは思ったが、この短期間でもう発見したのか。それと、耳が良いのはお互い様だろう」
マーシャルの『お互いさま』という言葉に、エミリーは頭の中で兎耳の彼女を思い出す。
(うーん、ソーリスが生きている事もバレちゃってるか)
クリーン戦の後、蘇生する間の2週間も町に戻れなかったソーリスが生きているとは誰も考えていない。
そのため、混乱を避けるためにもソーリスが生きていることは町の人間には誰にも知らせていなかった。
『死霊使い』による蘇生も、なるべく隠しておいた方がよいだろうという判断も理由の一つだった。
要するにマーシャルによる『其方の事情は把握している』という意思表示だろう。
(でも、『あれ』については突っ込みは無しか。ダンジョンの情報を聞いて、慌てちゃったのかな?)
自由領軍司令官であるマーシャルが、朝食後にカッサバから提案された『あれ』に対して全く無反応なのはおかしい。ダンジョンの情報に、盗聴を担当したものは相当動揺し、その後の会話を聞く前に報告に走ってしまったのかもしれないな、とエミリーは適当に当たりを付けた。
「君たちがダンジョンを見つけ、それを攻略しようとしているのを咎めているのではない。この町にダンジョンの存在は余計でしかないし、私個人としては寧ろお願いしたい位だ。今回来て貰ったのは、問題が別にあるからだ」
「その問題というのは?」
「…町の東に広がる草原に建造された王国軍の砦。その守備隊長に、ダンジョンとそれを調査する君たちの存在を知られてしまったのだ」
マーシャルの口から伝えられたその情報は、良いとは言えない状況をさらに悪くさせるものだった。
この砦と言うのは、魔族軍が森を越えて、さらにカーネルの町を占領した時に備えて建造されたものだ。
そこには数部隊の王国軍が駐屯しているらしい。
これで本国が動き出せば、もともと複雑な事情の絡まるこの地で利権獲得のための陰謀が渦巻く事となるだろう。それこそ、魔族軍の来襲などの比では無い程に混乱するはずだ。
そんな町の暗い未来を予見するエミリーの隣、カッサバがこの場に来て初めて口を開いた。
「それで、我々に何をしろと言うのだ?」
「その依頼内容だが、『砦守備隊によるファガス大森林の偵察』だそうだ。実際にはこれは建前で、ダンジョンへの案内役を強いられるだろうがな」
おや?とエミリーは心の中で首を傾げる。
情報源が狩猟小屋での会話であるなら、その砦の守備隊が情報を入手できたのは早くても4日前であるはずだ。遠くの王都にある王国軍に指示を仰いだとしてもいささか早すぎる気がする。
「もしかして、砦の守備隊は王国軍の意志と別に独断で動いているって事ですか?」
「私は、その可能性が高いと思っている。守備隊長の名前を知っているか?」
「んー、覚えがないですね」
「そいつの名前はオードと言う。人によっては『山賊王』と言った方が伝わるだろうか」
その通称にも聞き覚えが無かったエミリーが隣のカッサバをちらりと見ると、その視線に気づいたのかカッサバが一つ頷いた。
「オードという名は知らんが、『山賊王』ならば聞いたことがある。ウッドラン王国の東にある廃城を根城にしていた山賊どもだ。随分と暴れたそうだが、そいつらは2年ほど前に王国軍が討伐したと記憶しておるが?」
「そう、滞りなく山賊は討伐された。ただ、『山賊王』はどうやってか王国軍と取引し、一部の山賊たちと共に騎士として叙任されたらしい。そして、現在の砦の守備に就いている部隊が、その山賊どもだけなのだ」
それを聞いた瞬間、エミリーは頭の中では一つのひらめきが産まれていた。それが実現可能かどうか考えつつ、エミリーは質問を続ける。
「というか、何でそんなヤンチャな部隊が砦の守備隊に?一部隊だけにしておくのはかなり危険だと思うんですけど」
「…つい最近、王国の南側にあるトルデ至聖国に、『戦争準備の兆候有り』と報告があった。そのため、正規軍が軒並み南に集められているらしい。其方に『山賊王』を連れて行く方が面倒な事になると判断したのだろう。相当に荒っぽい奴らだそうだ」
『トルデ至聖国』は王国の南にある国で、過去王国と何度も戦争を繰り返している国だった。
数年前にダンジョンを2つ確保することに成功したらしく、そこで鍛えられた国軍は精強だとエミリーも聞き及んでいる。
実際にはダンジョンを持たない王国としては、相当焦っているのではなかろうか。
だからこそ戦力増強のために、『山賊王』等と言う危険な人材を使うのだろう。
「うへぇ…なんでそんなの騎士にしちゃったのかな。因みに、そんなに1か所に正規軍を集めて、他の国への防備は大丈夫なんですか?」
「東北の『カカス砂国』は他国と緊張状態が続いていて王国どころではないだろう。西の魔族軍に関しては、1年以上も大規模な侵攻の気配がない事から、大事とは思われていない様だ。カーネルという壁もあるしな。つまり、どちらにも最低限の部隊だけが配置されている、という事だ」
その結果、砦の守備には『山賊王』のゴロツキ部隊だけが残ったという事だろう。
ダンジョンの情報が何故か全て王国軍に漏れ、しかもその情報を知っているのが何をするのか分からない悪評高き『山賊王』だと言う。
普通なら余りの状況の悪さに頭を抱えたくなるところだが、エミリーはこれを逆に好機だと考えた。
実質的に犯罪集団である守備隊、王国からもアロア自治領からも嫌われている、ダンジョン探索の為に独自に動き出そうとしている等、とても都合の良い人材だった。多少、良心の呵責も感じなくも無いが、相手は罰されずにいる元山賊だ。
成功すれば問題がいっぺんに片付く。その結果、町には帰れなくなるかもしれないが、もともとダンジョン討伐後はこの森に居る必要も無い。
(ま、いざとなったら私の『世界地図』で逃げまくれば大体何とかなるでしょ)
それにしても、随分とトモヤ的なアイデアだ。毒されているのかな、とエミリーは心の中で小さく苦笑した。
とはいえ、思い付きの計画を実行に移すには、まずはその『山賊王』とやらに会う必要があるだろう。
「それじゃあ、まずその『山賊王』って人に合わせて貰えます?それから色々決めちゃいたいんで」
すいません、日数の調整に失敗しました。
ダンジョン調査の日程は計3日間(マーシャルとの話し合いが4日目)に変更します。
その関係で少しだけ『34.オーシャン・ベアー』を修正しました。




