34.ベアー・オーシャン
『熊の領域』に入り2日が経過した。
あの赤青コンビの熊を倒し、それから再び『熊の領域』中央に向けて前進していた俺達だったが、不気味な事にこちらに嗾けて来る熊には一匹たりとも出会わなかった。ダンジョンマスターからしてみれば、生半可な眷属を使っても倒されるだけなのだから積極的に仕掛ける必要も無い、という事だろう。
そして太陽が真上にさしかかろうとした頃、俺たちの排除に本腰を入れて来たのか、ダンジョンマスターの2手目が繰り出されていた。
今オレの目の前には見渡す限りの熊、熊、熊。『人海戦術』、と言うよりもこの場合は『熊海戦術』と表現するべきか。
ともかく、群れと言うにはあまりにも多い熊の大群が俺たちに牙を向けて来る。一体一体の力はそう大したものではないけれど、ひたすらに数が多い。しかも普段の熊に和を掛けて突撃しまくってくる点も厄介だ。
その流れにのみ込まれれば対応するのは難しい。必然的にオレ達は囲まれないように後退しながら向かってくる熊を処理していた。カッサバさんとオレが熊を食い止めつつ、ソーリスとエミリーが遠くに逃げてから援護する。
今までは、エミリ―の『世界地図』の効果によって敵の存在
「なるほど、今度は質よりも量って事か。…エミリ―!これってやっぱり見られてると思う?」
「十中八九そうだろうねっ!今回のテーマは『複数を相手取った時の対処法』って所でしょっ!」
熊の流れを二分するために、二手に分かれたカッサバさんのサポートを務めているせいか、遠くの方でエミリーの声が聞こえる。
先の2匹の熊といい、どうにも試験的に戦わされている感覚が拭えない。
その相手はほぼ間違いなくダンジョンマスターだ。
先の戦いにしたって、あの2体の熊でオレ達の力量を計るために嗾けたのだろう。
対火、対氷装備なんてこの森に入るのには不要だから、あわよくばそのまま退場してもらおうと考えていたのかもしれない。
そして、そんなダンジョンマスターの思惑とは裏腹に、悠々突破して来たオレたちが先の戦いで見せていない戦法と言えば、集団への対処法だ。要するに複数に対して有効なスキルが有るのか如何か確認したいのだろう。
他には、2匹の熊にほぼ介入することが無かったソーリスとエミリーがどれ位戦れるのかを計りたいのかもしれない。そうなると、こちらも受け手に回らざるを得ない。加えてオレ達の体力、集中力も削る事が出来る。
それにしたって、繰り出される戦法がやたら正確だ。エミリ―の同意もあって、確信した。先ほどの2体の熊の戦いも全て見られていると思った方が良い。手札を不用心に切る事は避けよう。
「ソーリス、どれ位の数が居るか判る?」
「…申し訳ありません。相当数いる、としか…」
この大多数を相手取り、『超聴覚』で探るのにも限界はあるか。
頭の片隅でそんな事を考えつつ、単独で突っ込んできた30匹目の熊の頭をククリナイフで叩き斬ると左右2匹ずつ、計4匹の熊がなだれ込む様に前進してくる。
バックステップを繰り返し、背後を取られないように位置取りに気を配りながら此方に向かってくる4匹の熊を見据えて再びククリナイフを構える。
先ほど確認した此奴らのステータスは、実に分かりやすいタイプだった。
○一一一一一一一一一一一一○
l名前:アサルト・ダスク・ベアー(ノーネーム)
l種族(状態):熊族(健康)
lLV:18(0/29500)
lHP:106/106
lMP:18/18
l攻撃力:172
l守備力:87
l行動力:91
l幸運 ;33
l
lスキル
l-突撃(2/5LV)
l-硬骨(2/5LV)
○一一一一一一一一一一一一○
此奴の役割はただひたすらオレ達に直線的な攻撃を仕掛ける事だ。
単純だが、それ故に対処に困る。『液体操作』の応用はなるべくなら見せたくはない。
出来れば『得体のしれない水を操る』位の印象で終わるのがベストだ。
なので、ここはククリナイフで地道に行く。骨が非常に硬いのが厄介だが。
「ソーリス、ある程度離れたら援護を頼む。今回はナイフを使うから、横やりが入りそうなら出来る限り食い止めて」
「了解しました、お気をつけて!」
「ガァァアアッ!」
短い咆哮の後、4体の熊が同時に突進して来るのを身長差を利用し転がって回避すると、屈伸の反動を使い飛びかかるようにしてやや早く迫った手近の熊の一体を、首を下から両手で押し込むようにククリナイフで抉り刺す。
苦しむような熊の嘶きが耳に入る。吹き出す血を無視して、すぐさまククリナイフを抜くと一瞬反応の早かった右隣の熊の噛みつきを右手の甲で鼻づらを叩く様に捌く。
左手に持ち替えたククリナイフの柄を側頭部を全力で叩きつけると、『バキッ』と頭蓋が砕ける音がしてそのまま地面に倒れた。
持ちてはそのままに逆手にククリナイフを構え、左奥に居た熊の脇を通り抜け様に、背中に回りこみ心臓を刺し貫く。
その熊の左手側と、背後でやや離れた場所にいた1体の熊が噛みついて来ようと突進してくる。
左から来る熊には、ククリナイフを突き出すようにして口から差し込み脳を貫き絶命させ、もう一体の熊は右のアッパーカットで強制的に顎を閉じさせ、顎の毛を掴み再び頭を下げさせると、目に抜き手を刺し込み失明させる。熊が痛みにもがく中、熊の口から引き抜いたククリナイフを引き抜き肋骨の隙間を狙うようにしてククリナイフを心臓に刺し込むと、血を吐きながら倒れ込んだ。
迫っていた熊を処理し、改めてククリナイフを構えて辺りを見渡すと、排した5体には目もくれず新手の熊が次々と突進してくる。参ったな、本当にキリがないや。
少し離れたところでは、何本かの矢が頭に突き刺さって死んでいる熊もいる。オレの死角にいた熊をソーリスが倒したのだろう。
矢は『硬骨』スキルと相性が悪そうな気もするが、問題なく脳を貫通している様だ。本当に良い腕をしている。
「ぬぅっ!お前たち、紛れ込んでいる小さい熊に気を付けろ!」
カッサバさんの怒声の様な忠告に何の事だ?と思いながら辺りを見渡すと、突然背後から熊の気配を感じ取る。振り向くと同時にククリナイフを袈裟切りに振りぬくと、一体の小さな緑色の熊の頭を両断し、そのまま勢いよくオレの横を通り過ぎ、別の熊の死体に折り重なるようにして倒れ込んだ。2mを超えるような灰色の熊の中で、その緑色の熊は小さく子熊なのかとも思ったが、鑑定をしてみると違うことが分かった。
○一一一一一一一一一一一一○
l名前:スニークハント・サファリ・ベアー(ノーネーム)
l種族(状態):熊族(健康)
lLV:24(0/120000)
lHP:96/96
lMP:23/23
l攻撃力:134
l守備力:78
l行動力:193
l幸運 ;58
l
lスキル
l-爪術(2/5LV)
l-隠密(2/5LV)
l-不意打ち(3/5LV)
○一一一一一一一一一一一一○
つまり、此奴はスキルにもある通り不意打ち要員だ。
大量の熊の中に潜ませておいて隙を伺い、その時が来れば襲い掛かる。
此奴がこの大群の中に複数紛れ込んでいるのなら持久戦は不利かな。
ダンジョンマスター、想像以上に狡猾な奴だ。これは、力を出し惜しみしている場合では無い。
奴の思惑通りの様な気もするが、致し方ない。
狂わされっぱなしの予定を思い溜息を一つついて、オレは全員に届く位の大声を上げる。
「エミリ―、予定変更!『爆弾』で一斉に処理する!カッサバさんと退いてくれ!」
遠くの方から「OK!」とエミリーの声が上がる。横目で見る限り、2人とも徐々に退いていけている。
俺も前方から迫りくる熊を無視し、死体となって積み重なっている熊を見据える。正確には、その死体から流れ落ちている血を見ている訳だが。
(『液体操作』、熊の血液を全てニトログリセリンへ)
3体の熊の血を全てニトログリセリンへと変える。
熊の体重から考えると、ゴブリン爆弾の時よりもはるかに変換した量が多い。
滴り落ちる真っ赤な血が、まるで初めからそうだったように透明の液体に変わったのを見て、俺もソーリスがいる方へ全力で走り、叫び声をあげた。
「ソーリス!一番上の死体を狙って撃て!」
その叫びで理解したのか、ソーリスは即座に矢を放つのが見えた。
オレの顔のすぐ横を矢が通るが気にせず、後ろを振り返らずに走る。ソーリスのいる所まであと数mのところまで来ると、背後から轟音が鳴り響くのと同時に爆発の旋風がオレの背中を押して吹き飛ばされた。
「旦那様!」とソーリスの声がわずかに聞こえたが、其方を気にする余裕がない。
何とか身を丸めて転がりながら爆風や石礫をやり過ごす。もしオレが死んでしまえば、オレと『魂の契約』をしているソーリスがどうなるか分からないのだ。
熊の叫び声も、木が折れ砕ける音も何もかも爆発の轟音にかき消されていく。小石や木の破片がオレの体をかすめるが、決して顔は上げない。
…数舜の間に風が止み爆心地に目を向けると、立ち上る煙ともう何度かみた大きなクレーターが一つあった。
その周りでは夥しい数の熊が死骸となって転がっている。少なくとも見える範囲で50体以上。
かなりの数が吹き飛ばされたようで、正確な数は分からない。密度を上げるために、一纏めになっていたのがあだとなったな。見たところ、熊のおかわりは無さそうだ。
「旦那様、ご無事ですか!?」
少し慌てた様子で木陰に身を潜めていたソーリスが駆け寄って来た。
オレも丸めていた体を起こし、手足を摩って確認をするも痛みは感じない。
「あー、何とかね。ソーリスは?」
「爆音で少し耳を痛めてしまいましたが、それぐらいです」
「了解…治すから、ちょっと動かないね」
ソーリスにしゃがんでもらい、耳をそっと触る。
触った瞬間、『ピクリ』と耳が少し震えると、ソーリスの口から小さく吐息が零れた。
耳の内側を上から下へなぞると、数cm指を下がるたびにその吐息が声となって徐々に大きく…いやいや、触診だった筈なのに何をやっているんだ。この体になった時から性欲も湧かなくなっているのに。
見たところ、耳に外傷はないから鼓膜にダメージを負っただけか。傷に異物が入り込んだわけではなさそうだし、これなら問題ない。
「『死体修復』」
アーツを使用した感覚を覚えると同時に、ソーリスの耳に触れている所から黒い光りがあふれ出すと、それが彼女の全身を包んだ。黒い光はすぐに消えて、何事も無かったかのようにソーリスが耳を動かす。
痛みが引いたのか、ソーリスはにっこりと笑いかけてくれた。ちょっと顔が照れている様に赤いのは気のせいだろう。
「有難うございます、旦那様。もう大丈夫です」
『死霊使い』のアーツである『死体修復』は、本来であれば死体だけにしか効かない傷を治す再生スキルなのだが、種族『ゾンビ』はどうやら死体としても認識されるようで、このアーツを使用することが出来るようだった。ソーリスにだけ限定して使える回復魔法みたいなものだ。逆にポーションだと回復出来ないので、一概に便利という訳にはいかないが。
「耳が治ってばかりで御免だけど、熊共はどうなっている?」
「少々お待ちください……どうやら、残った熊は撤退し始めているようです。カッサバさん達の方面は未だ少数の熊と戦っているようですが、時期に片付くでしょう」
ソーリスが耳に手を当てそう言うと、「此方です」とソーリスは案内してくれた。
オレ達が居たところから100m程まで流されてしまった様だ。
「うへー、こんなに短い時間で弦引きまくったのゴブリン線以来だよー」
エミリーが疲れた右手をぶらぶらと振っている横で、熊を一体一体『倉庫』で回収していたカッサバさんも合流する。
「先ほどの爆発音を聞く限り、其方も終わったようだな」
「何とかなりました。それよりも、思ったよりもあちらの対応が正確です。退却も考えたほうが良いかと」
そのオレの撤退案にストップをかけたのはエミリーだった。
「あー、それは駄目。ここで出来る限り進んでおかないと、多分ジリ貧になるのはこっち。それに、『世界地図』を使うのも『行き』と『帰り』一度ずつにしないと、対策されたら間違いなく奇襲される」
確かに、エミリーのスキルをダンジョンマスターに看破されれば、奇襲される可能性が高い。
なら、熊共が退いた今、出来る限り進むべきか。
「結論が出たな。進むとしよう」
そうカッサバさんが言うと、残った熊の死骸を回収しながら進んでいく。
俺たち3人も頷き、それに続いた。
27日(日)も更新します。




