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32a.コース

一面荒廃した大地が続く魔界には4つの区域が存在する。

雲を突き抜けるほどの大連峰『エリントン霊峰』を中心とした楕円状の中央領域、それを囲むようにして3つの円周状領域が重なる。

その様は、木を切断した時に見る事の出来る年輪の様であった。

中央が『1層』、そこから近い順に『2層』『3層』『4層』と呼ばれており、魔族が何処に居を構えることが出来るのかは全て行使できる武力によって決定づけられている。

その中でも『4層』は最も生存する魔族が多い区域であり、上位の階層を目指す魔族同士がしのぎを削る群雄割拠の土地であった。

そんな4層に自領『アルメルト』を持つ領主であり、森遠征軍の旗頭であった魔族・コース子爵は、今まさに他の魔族により瀬戸際に追い詰められようとしていた。

魔族軍の陣地にあるひときわ大きな天幕、備え付けられた円卓の周りに座る6名の魔族の内、5名がコースにやや非難めいた目を向けており、彼らの思惑を理解しているコースの顔色は酷く悪い。


「では、コース殿。もう一度確認いたしますが、ご子息であるクリーン殿の行方は未だ分からぬまま、という事で相違有りませんな?」

「…私も再度申し上げるが、現在捜索中である。必ず見つけ出す故、もう少し待っていただきたい」

「以前にもそう言って2週間以上が経過しております。せめて、この場で存命の根拠をお聞かせ願いたい物ですな」

「……」


そう言って促されるも、証明する手段が無くコースは黙るしか無かった。

そもそも、クリーンが魔族軍内に居ないことを獣側は分かっているかのように攻め立てる無数の獣に、自領軍の損耗は増すばかり。

そんな獣が跋扈する森中を進軍出来る軍は限られている。かといって、森を横断し探索出来る程の精鋭部隊が陣から離れると、本陣そのものが獣たちに押し切られる危険すらあるのだ。身内の不始末の為、他領軍を借りるわけにもいかない。これでは捜索など出来るはずもなかった。


「…沈黙で返されますか。であれば、もう語ることも無いでしょう」

「2週間前、クリーン殿が使役していた魔獣、獣共はまるで戒めが解かれたかの様に暴れ回っておりました。これを没した証として、貴殿以外の者は計画の遂行は難しいと判断し撤退を考えております」

「左様。中々面白い狩場じゃったが、いささか領地を空け過ぎた。それに、生き残った者のレベルも十分に上がっておる。そろそろ我が領軍の矛先は獣共では無く、別の者に向けてみたくと思ってのう」


結果としてみれば、この1年間の戦いを経て魔族軍に属する者たちは大きくレベルを上げる事に成功した。

つまり、ダンジョンを確保して行いたかった事をある程度達成しているのだ。

当初の予定としては、ダンジョン制圧後にダンジョンマスターをクリーンの『魔物使い』の力を使い、傀儡として宝物を産み出したり、召喚された眷属を戦力として組み込むことまで織り込んでいたのだ。

仮にダンジョンの制圧が成功しても、クリーンが居なければ通常のダンジョン運用と同等の事しか出来ない。しかも各自の領で順番に使うことになる為、更に旨味は少なくなる。

ダンジョンが確保できることに越したことはないが、クリーンがいなければ成果が不十分と言わざるを得ない。

焦燥の中、色々な考えが頭の中を駆け巡るコースだったが、この2週間から今の今まで考えても大した案は思いつかなかったのだ。この急場に突如として妙案を閃くはずも無かった。何とか説得を試みようと、口を開けど言葉が出てこない。

残りの5名の視線が交差すると、代表するかの様に一人の魔族が口を開く。


「決まりですな。本日をもって今作戦は中止し、連合軍は解散。各領軍は準備出来次第、この森から撤退しましょう」

「意義無し」

「同じく」

「お、お待ちいただきたい。我が領地のダンジョン使用権を放棄し、それを諸卿5名で分けて欲しい。それを手打ちとして引き続きダンジョン攻略を行おうではないか」

「コース卿の比率は2割五分、我ら5名で分ければ5分ずつの権利ですか。いささか、手打ちにするにするには厳しい数字では有りませんか?」


コースが事実上の成果放棄を断腸の思いで提案するも、5名の意見は変わらず、「これ以上議論の余地なし」という結論に落ち着いてしまった。最大限の譲歩を躱されてしまい、コースにはもはや切れる手札が無くなってしまう。


(くそっ!何か…何かないのか!?)


魔族にとって、この状況を覆すには武力によって主張を通す事が最も有効だが、1対1の決闘ならばともかく多数を相手にするのはただの自殺行為であり、コース自身もそんな度胸は無かった。

方針を固めた5名は再びコースに視線を戻すと、コースの心臓はドキリと跳ね上がる。

その次の言葉が予想できたからだ。


「続いて、今回の計画失敗における責任の所在についてだが…」


戦闘を貴ぶ魔族は言葉を飾ることは無い。そのため、その『責任』という言葉は深くコースの心に突き刺さり、額から一筋の汗が流れ落ちる。

今回の連合軍の音頭を取ったコースには、この失敗の責任を負う必要があった。

幾ら軍全体のレベルが上がり、結果としてみれば上々と言えなくも無いがそれはあくまで計画遂行中の副産物であり、計画そのものは失敗なのだ。現に、奴隷亜人の数はこの森に着いた当初に比べても大分減り、物資も少なくない数を消費している。

ただ、5名の魔族がこれらの補填を要求することは無かった。魔族にはもっと重要な物が有るからだ。

通告を突きつける魔族が、組んだ手を円卓に乗せ、淡々とコースに告げた。


「この計画を持ち込んだコース殿には、ダンジョンで獲得できるはずだった『経験値』…これを我ら5名に100体ずつ支払って頂く。獲物の種類はお任せしよう」


強さを至上とし人生の命題とする魔族にとって、レベルアップに必要な経験値は一種の代価として成り立っていた。

つまり、殺しても良い命を差し出す事をコースは要求されているのだ。

100体を5名分、つまり500体は自領軍の3分の1であり、何とか出せなくも無い。

悩んでいるコースを視線を向けながら、別の魔族が言葉を引き続く様につづけた。


「受け渡しは本日より10日以内に行って頂く。受け渡しが終わるまでは各軍とも『撤退の準備期間』として森に留まるのでそのつもりでお願いしますぞ」


この対応は、領地に帰り引き渡しを渋る様な対応はさせない為の方策であった。

コースの擁する自領軍は森に到着した当時で3000体を越えていた。それが今は、1500体よりもやや少ない位だ。この内、負傷などによる戦闘継続が困難な個体は200から300体になる。

居るだけで物資を食らう負傷した者たちを率先して渡すとして、残りをどう捻出すべきかがコースにとって一番の問題だった。

自領軍から出すのは簡単だが、今回の計画で領内の兵として使える者たちは大概連れてきてしまっている。

領内に戻った時、もしほかの領地に戦争を仕掛けられた場合、1000を切った軍で自領を守り切ることは不可能だった。現に、この場には自領と接している領主が2名居る。もし、500体の戦力を手放すことになれば、必ず戦争を仕掛けられる。コースとしては、絶対に自領軍からは出すわけにはいかなかった

かといって、そんな500体も纏まって生活をしている生物がこの辺りには存在しない。

熊や狼を捕まえるには自領軍の損害を益々大きくするだけで状況が悪くなるだけだ。

せめて、クリーンに預けた500のゴブリン兵が戻ってくれば良かったのだが、その兵も戻ってこない。

コースはもうクリーンが生きているとは思っていない。本来ダンジョンの奇襲の為に使うはずだった500名のゴブリン兵と共に人族の町に突っ込み、玉砕したのだろうと思っていた。

クリーンの軽率すぎる行動が引き金となったこの状況に、コースは己の息子に殺意すら抱いた。

そんな時だった。一人の魔族が天幕の中に入って来た。天幕に入ることのできる者は限られている。円卓に座る全員がその乱入者に目を向けた。

訝し気にその魔族を見たコースは驚いた。クリーンと同じく死んだと思われていた者だからだ。

思わずその思いが呟きとなってコースの口から零れた。


「…トットリア。貴様、生きていたのか」

「はい。こうして生き恥を晒しております。会議の途中で申し訳ないのですが、コース様に至急お耳に入れたいことが有りまして参上しました」


突然現れた魔族の名は『トットリア』。コースの息子であるクリーンの御付きの男だった。

次回より戦闘回になります。

話し合いばかりが続いて申し訳ありません…。

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