30.ある日の朝
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其方は見なくても本筋には影響はないかと。
右足の踏み込みと共にうなりをあげて迫る左拳に対し、オレは右手のひらを左拳にかぶせるように合わせ腕を引きながら受け流す。一歩間違えば右手がぶっ飛ばされてしまうが、行動力の差を利用し何とか捌くことが出来た。
やや体が開いたカッサバさんのわき腹に、受け流しの際に生まれた回転の力を利用したミドルキックを放っつ。
が、カッサバさんは、先ほどオレが合わせた様に、わき腹と蹴り足がぶつかる瞬間に地面を跳び、キックと同等のスピードと角度を合わせ、ほぼ威力を殺して空中に一瞬浮き上がるとそのまま体勢を崩さず
無音で地面に降り立つ。お互いの距離は2m程、再び拳を胸の前に構えた。
カッサバさんは「おほぅ、効くの~」、とワザとらしく痛がりながらわき腹を擦っている。
この爺さん、力技だけでなくタイミングを計るような小技も死ぬほど上手い。先ほどのオレの受け流しも、どうせワザと打たせて流したのだろう。
と言うか、恐らくまともに食らってもダメージ皆無なんだろうが。
ニヤニヤとこちらを見ているのが良い証拠だ。腹立つので後でカッサバさんの飲む水はタバスコにしておこう。
まだ森に朝もやが漂う中、狩猟小屋から少し離れた場所でオレは凄腕の格闘狩人カッサバさんと訓練を兼ねた手合わせをしていた。
あの魔族の転生者クリーンの戦いから今日で2週間と少し。
あるスキルを上げるために、殆ど戦闘には参加せずに、カッサバさんの後ろについて回ってスキルのレベル上げをしていたため、少し強敵と戦う勘を取り戻したくてこうしてカッサバさんにお願いして毎朝戦って貰っている。
結果から言うと、カッサバさんはあのクリーンが乗っていた黒い獣…レッサー・マンティコアよりも遥かに強い。
ステータス差はマンティコアと大差ないのだが、正面から挑んだ時の強さが半端じゃない。
培われたスキルレベルの高さと、実戦経験の高さから殆どの搦め手も対応されてしまう。
これで60歳を超えているとは恐れ入る。老衰なんて言葉が世界で一番似合わない爺さんだ。
そんなことを考えながら、お互いに構えたまま動かないでいると、遠くの方から「おーい」と声がかかった。
「トモヤくーん、おじいちゃん。ごはん出来たよー」
そういって木製レ―ドルを振り回すのは、カッサバさんのお孫さんにして、転生者仲間であるエミリーだ。
あの戦いの後、カッサバさんと合流した彼女は、祝福スキル『世界地図』でオレの居場所を割り出して助けてくれた。エミリ―が来てくれなければ、MPが少なくフラついていたオレではゴブリン部隊に殺されていたかもしれない。
ちなみにカッサバさんは後続の魔族軍を一人で壊滅寸前まで追い込んだらしい。
エミリ―が言うにはその部隊の司令官の頭を手とうで切り離した所で合流したそうだ。無茶苦茶だな。
「ワンちゃんが現れた時、囮とか考えずに一緒に逃げちゃえば良かったんだよ」とは彼女の弁だ。
もしもを言うのは詮無き事だが、それでも考えずにはいられない。結局、あの戦いでオレは一人の女性を助けることが出来なかったのだから。
その『死んだ』女性にそれを言うと、「まだ気にしているんですか?」と苦笑されるので、もう言わないが。
あの戦い後、魔族軍は不気味なほど沈黙を保っている。
クリーンはこの森での活動の根幹に携わっていた様なので、魔界にそのままお帰り頂けるかとも思ったが、現実はそんなに甘くないらしい。
「ふむ」と気の抜けた声と共にカッサバさんが構えを解いたので、俺も気を楽にしてエミリーに献立を聞く。
「朝飯は何?」
「熊肉スープと熊肉ステーキとパン。いま『そーちゃん』が盛り付けしてくれてるよ」
「熊肉か…」
そういいながら腹を摩る。胃が「またかよ」と言いたげに収縮した気がした。
この森の熊の肉は非常に美味しいんだけど、毎度の食事で必ず出てくれば飽きもする。
たまには魚とかも食いたいが、狩猟小屋の周辺の魔物や獣を寄せ付けない『魔払いの泉』では魚は繁殖しないとの事で、他の水場だと洞窟のあった遠くの川か、高レベルの熊がわんさかいる池にまでいかなければいけない。この森で魚を食らうのは中々難しい。
「嫌ならトモヤ君はご飯抜きで」
「いやいや、シェフの料理は森一番ですよ。なのでごはん下さい」
「そう?じゃあトモヤ君のステーキだけ、おまけしてサーロインにしとくね」
おおう、朝からサーロインステーキっすか…。
カッサバさんは「うらやましい限りだがな」と唇を尖らせている。老人が浮かべていい表情ではない。キモい。
朝っぱらから足取りも重く、オレはカッサバさんとエミリーと共に狩猟小屋へ向かった。
狩猟小屋の扉を開き中に入ると、部屋の中央のテーブルに配膳していた兎耳の女性がこちらに振り返った。
オレと目が合ったその女性…ソーリスは、ふわりと微笑むと目礼した。
「お帰りなさい。旦那様」
「ただいま、ソーリス。後、旦那様はやめてくれ」
この兎耳の女性が、先の戦いで助けられなかった女性だ。
オレを逃がすために魔族クリーンに矢を射掛けるも、それが原因でクリーンから狙われてしまった。
要するにオレの身代わりに『殺されて』しまったようなものなのだが、彼女にそれを言うと少し怒ったように「それは違います」と泣かれてしまうのでもう何も言わないことにした。
彼女が何故今もそこに居るのかと言うと、在るスキルを使い疑似的な蘇生に成功したためだ。ただ、何を思ったのかオレを『旦那様』と呼ぶようになってしまったのはいただけない。
その原因となったのは、蘇生に使ったスキルを使った際に称号を手に入れたのだが、その称号の名前が『魂の契約者:従』と言い、俺の持つ『魂の契約者:主』により主従関係にある称号らしい。
だが、オレが『旦那様』と命令しない限りはそんなことにならないので、今ソーリスは自発的にオレをそう呼んでいるという事になるんだけど…。
いや、オレも男だから別に呼ばれてイヤという訳ではないのだが、何かモヤモヤしてしまう。
でももう考えない。こういう女性関係の問題は先送りにするに限るのだ。
ともかく、彼女はオレの『従者』として、オレの側にいてくれることになった。狩猟小屋の二人にも詳しい事情を話し、一緒に住むことを快諾してくれた。
オレにその敬称を止めるように言っても、ソーリスはニコニコと笑うばかりだ。
「私は『従者』で御座いますので」
「あー、まあ、ご飯食べよっか。スープ冷めちゃうよ?」
隣に立っていたエミリーが苦笑しながらオレ達に呼びかけた。カッサバさんは早々に席に座っている。
大体この爺さんはこういう場面をニヤニヤと笑ってみているだけだ。一度くらいは年の功で纏めて欲しい物だ。
エミリーの言葉に、「そうですね」「そうだな」と俺たちも毎朝繰り広げられるこの問答を止めながらテーブルの席に着く。ソーリスは蘇生の際に種族が『ゾンビ』となったのため、食事も必要ないのだがMPを回復することが出来るみたいなので、今まで通りに食事をとってもらっている。
当初は食事の席に付いてくれなかったが、「終いには土下座するぞ」と言い渋々席について貰っている。
「いただきます」とオレとエミリーが言うと、ソーリスも続く様に復唱した。カッサバさんはさっさと食べ始めている。これも相変わらずだ。
「旦那様、少し聞きたいことが有るのですが宜しかったですか?…カッサバさんとエミリーちゃんにもお聞きしたいのですが」
食事を進めるにつれて、普段は聞き役に回るソーリスが唐突にそう切り出した。
問われた3人は目を見合わせると、ソーリスに視線を戻し頷く。
「ありがとうございます。では…あのゴブリン部隊と戦闘した時の事です。私が援護射撃の『分裂魔矢』を放つ前、あの魔族と旦那様が何かを話していたと思うのですが」
「ああ、あの魔族も転生者だったからね。あっちが調子に乗っていたから情報を引き出せないかと思ったんだ」
「はい。そこは私も『超聴覚』で拝聴しています。その話の中で、『この森にダンジョンがある』と聞こえたのですが」
「ダンジョンだと!?」
カッサバさんがいきなり大きな声を上げながら、椅子を蹴飛ばし立ち上った。




