29.魂の契約
本日2話目です。
更新期間などについては、活動報告に上げたいと思います。
「ソーリスさん」
ソーリスさんの体を纏っていた禍々しい黒い光と、神々しい白い光が消えて十数秒後、ソーリスさんは目をさました。如何やら成功したらしい。
藁のベッドに寝かせていたソーリスさんの顔は、なんだか良く分かっていないような顔だ。それはそうだろう。逆の立場だったら僕も意味が話からなのだから。
オレは再びソーリスさんに呼びかける。
「ソーリスさん。この指何本に見えますか?」
そういって、座っていた椅子から中腰になり、2本の指をソーリスさんに見せる。
ソーリスさんは、か細い声で「2本」と答えた。続けて3本、1本に変えて見せてみるが、全て正解した。よし、目や脳には問題ないみたいだな。
ソーリスさんは、顔をわずかに動かして、周囲を見回している。そして、腕をぎこちなく使いながら体を起こした。
オレは、ソーリスさんの背に手を当てて、体を起こすのを手伝う。体の動きにぎこちなさはあるが、どこかが痛む風では無いみたいで一安心だ。
ソーリスさんは自分の両手の具合を確認しながら僕の顔を見ると、真剣な顔でオレに問いかける。
「トモヤ君、ここは死後の世界なの?」
「いいえ。…ここは、森の中にある狩猟小屋ですよ」
「だって…だって、私は胸に、穴が空いて死んだはずよ。生きている筈がないわ」
「……はい。それは間違いありません」
「ごめんなさい。意味が分からないわ。どういうことか、教えて貰える?」
「ソーリスさん」
困ったように微笑むソーリスさんの手を、オレは思わず握った。
これから伝えることは、ソーリスさんにとってとても辛い事で、自分にとって助けられなかった責任を、誰かに触れて忘れたかったのかもしれない。
そんなオレの手を、ソーリスさんの手が握り返してくれる。思わずソーリスさんの顔を見つめた。
ソーリスさんの顔は戸惑いつつも、何処か覚悟を決めているようにも見える。
どっちにせよ、後々に話をのばしても、結果は変わらないのだ。ならば、今ここで全て打ち明けてしまおう。
「ソーリスさん。貴方は死んでいます。ですが、オレのスキルを使って貴方の魂を繋ぎ止めています」
「…どういう事?」
「ソーリスさんが死んだ直後、オレはあの魔族と…黒い獣を殺しました。その後、魔族が使っていたスキルを使って、ソーリスさんの体の保全を試みました。結果は成功し、そのスキルのレベルを上げ、今日あなたを『ゾンビ』として再び蘇らせたのです」
クリーンの首を撥ねた後、オレは『徴収贈与』を発動しクリーンの持つスキル『死霊使い』を手に入れた。
手に入れた時のレベルでは、ソーリスさんの遺体が腐らないようにする事しか出来ず、使えるレベルに上げるまで2週間ほどかかってしまった。
幸いと言うか、あの一戦でゴブリン部隊のほとんどは撤退し、その後魔族軍の侵攻も無かった。
後はカッサバさんの後ろに付いて回って、カッサバさんの狩った熊や狼にスキルを使いながらスキルレベルを上げて行った。
「ちょ、ちょっと待って。魔族のスキルをなんでトモヤ君が使えるの?」
「ギルドマスターの部屋での話を覚えていますが?オレのユニークスキルは一つではないって所なんですが」
「え?……あ、もしかしてトモヤ君のスキルって敵のスキルを使えるって事?」
「色々条件が有りますが、概ねそのようなものです」
ソーリスさんは混乱しているのか、手を握っていないほうの手を額に当てて考え込んでいる。
思い悩むソーリスさんに、オレはまともに目を合わせることも出来ない。
オレは一体どうするべきだったのだろうか。一見して何事も無く助かったように見えるが、それはあくまで見た目だけに過ぎない。彼女は間違いなく死んでいて、オレは助ける事が出来なかったというのが、この事態の顛末なのだから。
恨まれているかもしれない。絶望しているかもしれない。そして、オレにそれを和らげて上げられる術が有るわけでもない。
彼女のスキルを使った疑似的な蘇生は、結局のところ、オレの自己満足に過ぎないのだ。
だから、オレは彼女には最悪殺されるくらいの気持ちでここにいる。
短い付き合いだが、彼女の性格を考えると、恐らくそんなことにはならないだろうが、それぐらいの覚悟でここにいなければならない。
段々と欝々とした気持ちが心の底にたまっていくと、両手で握った手の上に、ほっそりとした白い手が重ねられた。
知らぬ間に俯いていた顔を上げると、先ほどの戸惑いは消えて、純粋な微笑みを浮かべたソーリスさんが、此方を見て言った。
「それでも…それでも有難う。たとえ私は生きていなくても、君とこうして話せることには感謝しかないよ。だから、抱え込まないで」
そうして、彼女はオレの手をぎこちなく両手で包み込むように握り直すと、まるで祈るように、自らの胸に当てた。
ソーリスさんは、目を固くつむりながらも独白するかのように語りだす。
彼女の出自、彼女の目的、昔の仲間を見捨てた事…彼女が胸にしまっていた思い出を、オレはただ黙って聞いた。
握られた手に少し力が入ると、オレの目を見ながら
「振り切ったと思っていたけど、仲間たちを見捨てたという感覚が、まだ心のどこかにこびりついていたの。それを、貴方を助ける事で自らを許そうとした、それだけの話。だからねトモヤ君。君がそんな風に思いつめる必要はないんだよ?今私はね。貴方が死ななかった事を、本当に喜んでいるのも、たぶん、純粋な思いじゃないから」
「結局、私の方が助けられちゃったしね」と、そう言ってソーリスさんは涙を浮かべて悲しそうに笑った。
そんなことは無いという思いを込めて、握られた手に額を寄せた。
クリーンに弓を引いた時に見せたソーリスさんの顔は、ただただ必死にオレを助けようとしてくれていたのだから。
「ソーリスさん。貴方は全てオレに教えてくれた。だからオレの全てを聞いては貰えませんか?」
そして俺も、ソーリスさんに全て話した。
転生してこの地に生まれたこと。前世は全く別の世界で暮らしていたことを。
彼女の瞳は未だ涙に濡れていたが、少しキョトンとした顔をしていた。
一体何を話しているんだと思われたのかもしれない。だが、これから先の事についてどうしても必要な事だったんだ。
「ソーリスさん。貴方は今、オレのスキルによって『生きて』います。スキルの効果で、オレの側から離れる事も殆どできません。とんでもなく傲慢かもしれませんが、オレと一緒に生きてくれませんか?オレに…もう一度守らせてもらえませんか?」
「……」
ソーリスさんは少し顔を俯けて何も話さない。心なしか顔が赤く見える。
もしかしたら、蘇らせたスキルの影響なのだろうか。
「…ソーリスさん?」
「…まるで」
「え?」
「まるで、求婚されてるみたいだな、って思った」
クスリとソーリスさんが笑った。
オレは今言った事を振り返る。…おお、言われてみればそうだ。
オレがいくら子供の恰好をしているといっても、中身は大人だというのはすでに話してしまっているので、少し恥ずかしい。思わず目線をさまよわせてしまう。
オレの戸惑いをよそに、ソーリスさんは俯けていた顔を上げ、再びこちらに微笑みを向けてくれた。
「貴方の想い、受け取りました」
「……」
「正直、事情が全てのみ込めたとは思えません。ですが、貴方がそう望むのならば、私はあなたと共に在りたいと思います。」
「ソーリスさん…」
「ステータスを見れば、どうやら私たちの関係は主従関係…だから」
彼女の頬に涙がつうと流れた。その涙は、何を思っての涙なのか分からない。
その涙が握られた手に零れ落ちた。
「宜しくお願いしますね、旦那様?」
そう言って少し照れたように笑う彼女の笑顔を、オレは一生忘れることは無いだろう。




