28.ソーリス
更新期間が開いてしまい、大変申し訳ありません…。
23時にもう一話投稿致します。それで1章は完結です。
私はグルトア王国の東北に位置する兎人族の集落で生を受けた。
頂いた名は『ソーリス』、古い言葉で『耳聡い者』という意味らしい。特別気に入った名ではないが、
その名の因果もあってか『超聴覚』などというユニークスキルを生まれながらにして保有出来ている。
兎人族の集落は、取り立ててなにも無い所だ。農耕と狩りで生活を営む何処にでもある寂れた人里だ。
集落は森で四方に囲まれた立地が悪い所にあり、付き合いの有る行商人以外の来客は殆どなかった。
そんな集落に、昔一人の男の冒険者がひょっこり現れた。
世界を旅するその男は、とにかく明るく義理堅い男だそうで、集落に泊まる時には世話になったお礼にと厄介ごとを進んで片づけてくれたそうだ。
そんな男に、私の母が惚れて、そして…そう、男女の在るべくして私が産まれる事になった。
だが私は、父の顔を知らない。母と一夜を共にした後、その男はまたどこかへ旅立ってしまったからだ。
私が冒険者になろうと思ったのは、父に会い「母にもう一度会いに行け」と言ってやる為だ。
母は、いまだに父に惚れているのだ。もう30を超えているのにだ。
それに、森の周辺の獣は草食の獣ばかりで、自らの成長速度不満を感じ始めていたのも大きい。
強くなり、そして父に会いに行く。そうした思いから私は15歳の時に、冒険者登録の出来る一番近い大きな所、集落から西に位置するアロア自治領の町、『カーネル』を目指した。
レベルこそ低い物の、幼少の頃より冒険者になることを目指し、弓を使って狩りをしていた私には自信があった。実際、村の大人たちを含めても猟の収穫は村一番だ。
馬車を乗り継ぎ、町に着いて冒険者ギルドに赴き冒険者登録をした後、その場にいた気の合う初心者同士でパーティーを組むことになった。
偶然にも全員田舎から出て来た者たちで、年齢も近く田舎特有の愚痴を言い合えた。
ギルドの職員さんからは、ベテラン冒険者を一人以上入れる事を勧められ、なんなら紹介しようかとも言ってくれたが、それを笑って断った。断ってしまった。まるで図ったように事が進む様に、調子に乗っていたのだ。
今でも職員さんの助言を受けていればと思う。
ハーパー、バレン、エル、ギャレト、皆死んでしまった。
日が落ちた時を狙ってか、狼の強襲によりたかだか1分ほどの間に殺された。私は…私は、逃げる事しかできなかった。『超聴覚』を使いながら、必死に隠れながら逃げた。真夜中に閉じた町門を必死に叩き、門兵に愚痴られながらも開いて貰い、何とか生きながらえたのだ。その時、初めて股が尿に濡れていることに気が付いて、余りに無様な自分に笑いさえ出た。
その時に、パーティの面々の顔を思い出し、仲間を見殺しにしてしまったことを自覚すると、胃の中を全て吐き出すことになった。その時に、自分の自信とか尊厳とか、そういう物の大半を、一緒に吐き捨ててしまったのだろう。
父を追いかけて母に合わせるという目的、そういうものが一夜にして些細な事になってしまった。
生き残る事。それが、その後の私の、文字通りの命題だった。
その時に、自由領軍に入ることを決めた。自由領軍の主な仕事は町の治安維持で、森に赴く事もめったにない。事実、町の警らと訓練で一年を過ごすことになる。
兎人族の村に帰りたい気持ちと、森を諦めるのはパーティの仲間達を裏切る行為のような気が綯交ぜになり、それが自由領軍への入隊という中途半端な決断をすることになってしまった。
スキルは実戦をこなさなければ大きな成長は望めない。町に来るまでの上昇志向はなりを潜め、ただただその日を何となく頑張った様に過ごして来た。
さらにその一年後、魔族軍の侵攻が始まるまでは。
魔族軍の進行速度は初めは凄かった。あっという間に森の奥にある開発地域を潰され、『カーネル』の町以外の唯一の大きな集落、ドラム村も攻め滅ぼされてしまった。
ドラム村の襲撃の際、私はそこにいた。軍の命令に従い、ドラム村周辺の魔族軍の動きを、私の『超聴覚』を使って調査するためだ。
その頃には、私はパーティの仲間の事を心の奥底にしまう術を身に着けて、森に思ったよりもすんなりと入ることが出来た。
薄情なものだな、と心の中で自分を笑う。そういえば、こういった自嘲癖も去年からだと気づき、ますます暗い気持ちになった。
私がドラム村に着くや否や、ソニック・オーガと呼ばれる赤黒い化け物が村を襲い戦闘となった。
その時に、私をはじめとした調査隊の面々は、町に戻りこの事を町に知らせるように指示され、ドラム村から撤退した。
化け物に追われやすくなると判断し、整備された街道ではなく森の中を行くことにしたが、途中で熊に追われる事になり、調査隊の面々は離れ離れになってしまった。私も必死に逃げると、町の近くの川、その上流にまで逃げる事になった。頭の中に詰め込んだ地図によると、町から遠ざかる方向に逃げていたようだった。運が良かったのは、身を隠せられそうな川沿いの洞窟が有った事だ。
ただ、実戦経験があまりない私が森を抜けて町にたどり着く自信が無い。この洞窟で1夜を過ごした後も、頭の中では動いた方がいいと分かっていても中々動けずにいた。
その時、一人の少年がその洞窟を訪れた。それが、『トモヤ』君だった。
トモヤ君は丁寧な口調で教養も有りそうだったため、どこかの貴族の子供なのかとも思ったが、着ているものもボロボロ、というかサイズが有っていない服を無理やり着ている、貧民街に住む子供のような格好だった。
話を聞いてみると、記憶を失っているとの事で、である程度の常識は分かるが、思い出などに関しては名前以外は分からないそうだ。
もしかしたら、避難せずにドラム村に残っていた子で、余りの惨劇に精神が参ってしまったのだろうか。
ともかく、この子をここに放置するわけにもいかず、一緒に町を目指すことになった。
恥ずかしかったが、自分の実力では森を抜けることが出来ない事を伝えると、トモヤ君が『熊くらいなら倒せる』と笑いながら言葉を返して来た。
この賢い子にしては、子供っぽい見栄を張るものだとも思ったのだが、そのあと水を操るユニークスキルを持っていることが判明し、その威力に頼もしく思うも、幼い子供を頼りにしなければならない事に複雑な思いもあった。…いや、単純に少し嫉妬してしまったのかもしれないな。今思うと。
それでも、洞窟での2日目の朝はトモヤ君がいたためか、見張りを交代しながらでの浅い睡眠だとしても、初日よりもはるかに眠れた。
そして、トモヤ君と一緒に町を目指して歩き始め、もう少しで町に着くというところで、遠くの町の鐘の音が『超聴覚』により聞き取れた。その連続した鐘の音は、魔族軍襲来の知らせだった。
私はトモヤ君と一緒に戦った。あの子は凄い。町を襲っていた残りのソニック・オーガを殆ど独力で片づけてしまった。私の援護なんて、殆ど必要にしていなかったように思える。
だが、その戦いでトモヤ君はMP切れで倒れてしまった。あの水を操るスキルの使い過ぎのせいだろう。
次に彼が目覚めたのは戦いから2日後の朝だった。私はその前日に、マーシャル司令官から事情を聞かれたから、知る限りの事は話した。入隊したときにも話した事は無かった司令官と話すのは緊張したが、ドラム村の事や、特に入念に聞かれたトモヤ君の事も、出来る限り詳しく。
その結果、トモヤ君と日常的な付き合いを持つように『命令』された。おかしな命令だとは思うが、何か司令官には考えが有るのだろう。
トモヤ君が目覚めた後は、ギルドマスターとマーシャル司令官に、トモヤ君が直接事情を説明しに行った。
私も付き添いという形でだが同席することになった。
驚いた事に、トモヤ君は森にこれからも入り続けるそうだ。己の明確な『目的』のために、あの危険な森へ。
自らの記憶の手がかりを、人にゆだねるのではなく、自らの手で掴まんとしているのだ。
その言葉を聞いた瞬間、ガンと頭を殴られたような衝撃を感じた。
そうだった。私も初めはそうだったじゃないか。私は今一体何をしているんだ?
町の治安を守る崇高な仕事?そういうご立派な言葉で自分をまとめてしまっているだけじゃないか!
私はトモヤ君の話を聞きながら、改めて自分を真剣に見つめなおし、年齢がはるかに下のかの少年に、心の底に封じ込めた気持ちを再び開けて貰えた気がした。
確かに、軍に身を置くことで、冒険者家業の頃よりも安全に過ごすことも出来るだろう。だが、私の本来の目的は違ったはずだ。
色々あったのだと言い訳はしない。私は忘れていたのだ。強くなって父を探しに行くという目標を。私は、確かに集落を出た時の気持ちを再び持つことが出来た。
トモヤ君と別れて、軍の宿舎に戻る道中に私は泣いてた様で、道行く人々からた不思議そうな目で見られ、少し恥ずかしかった。
そして、トモヤ少年に再び会う時には、お礼をしようと思った。たぶん、トモヤ君は何の事か分からないだろうけど。
それから数日間、軍に居ながらも睡眠時間を削り、訓練の時間を増やした。
実戦の方がレベルが上がりやすいとはいえ、素振りでも的当てでも少なからず経験値は入ってくる。
そうして必死に訓練していると、ある日の早朝に突然、偵察隊に徴収命令が下った。
ドラム村を越えて魔族軍が進軍しているらしく、急きょ偵察部隊の編成が行われるそうだ。
なんと、その偵察部隊の隊長に私が選ばれた。森の凄腕狩人がその魔族軍に攻撃を仕掛けそうで、その凄腕狩人に、トモヤ君が同行しているらしいのだ。
私は、トモヤ君との面識がある為、隊長に選ばれらたらしい。最も、私にとってはトモヤ君を少しでも助けることが出来るかもしれないと、息まいていたのだ。
編成後、案内係として狩人の伝達係と隊員を引き連れて森に入った。暫く進むと、巨大な爆発音が森に響いた。
轟音の元に向かうと、この森でもひと際大きい木と、その根元に衝撃で抉り取られたような地面の大陥没が一つあった。
さらに、辺りにはゴブリンの死骸と、獣の死骸散乱している。ゴブリンの何体かは矢が突き刺さっていた。
この矢は恐らく凄腕の狩人の…弓を使うのはエミリーさん、という女性の方だったか。
周囲に魔族軍も狩人も見当たらなかった。さらに先に進むと、先ほどと同等の大きさの爆発音が、計5つ分聞こえて来た。
そこに到着したときに見た物はまさにこの世の光景とは思えないほどだ。そこかしこにゴブリンの死体、しかもどこか一部を欠損しているような見るに堪えない死体ばかりだった。同じような獣の死体も多く、まさに地獄のような戦場がそこにはあった。
何対かのゴブリンが仲間のゴブリン達を介抱しようとしているようだった。もう部隊としては収集が付いていないようで、仮にこの部隊が町に攻撃を仕掛けても、ほぼ被害を出さずに撃退出来るだろう。
気付けば、部隊に付いて来た狩人の伝達係の人がいない。あの人は確か、途中で判れると言っていたが、まさか此方に一言も告げずに別れるとは…。
ともかく、地獄のような戦場の先を暫く進むと、遠くの方に新たなゴブリン部隊を発見した。
遠目から見ても分かるほどの、普通のゴブリン兵たちからしてみれば最上の装備の精鋭部隊。大体100体はいるだろうか。
この部隊はかなり強そうだ。普通の冒険者が1対1だと負けてしまうかもしれないほどに。
隊員の一人からこれ以上の偵察行動は危険と進言され、思わずうなずきかける。
トモヤ君はこの部隊にも攻撃を仕掛ける気なのだろうかと考え、恐らく行うだろうと思ったのだ。
あの爆発音や陥没は、どうやってかはわからないが恐らくトモヤ君の仕業だ。
この部隊にも同じような事が出来るならば、実行後の精鋭部隊の状態を報告したほうが良いだろう。
出来れば、この部隊の指揮官…まだ誰も見たことのない魔族の姿も見て行きたい。
私は「少し待って、この部隊の指揮官だけ確認して行きましょう」と声を掛けると、遠くで獣が吠える声が聞こえた。
一瞬、私たちの隠れている場所がバレてしまったのかと身をこわばらせるも、辺りに獣が向かってくる気配はない。別の何かに向かったのかとホッとしていると、その走っている獣を見つけた。その獣が向かう先には、女の子を逃がしながら、囮になろうとしているトモヤ君がいた。
私に迷いは無かった。部下たちにこの森に入ってからの情報を町に持ち帰るように言うと、私は獣の側面をつける位置に移動する。
いきなりの事態に部下たちは慌てて私を止めてきたが、狩人達の援護を行うのだと判ると、敬礼して撤退していく。
これでいい。副長は私よりも高レベルの人だ。この選択で間違っていないはずだ。
急いでトモヤ君に牙剥く獣の側面に回り込む。木の裏に回り、矢を番えた先、見てみるとトモヤ君がすでに獣を撃退していたところだった。近くで見ると、2つの頭を持つ獣が足を抑えて身悶えてのが見える。
あっけなく獣を撃退したトモヤ君の姿を見ると、少し私は冷静になった。自分がトモヤ君を助けるなんておこがましい事ではないか、と少し恥ずかしくなったのだ。
あのソニックオーガを独力で倒しうる力をも持った少年に自分のような凡才が力を貸すなど、自惚れも良い所だ。あの凄腕の弓使いの少女を逃を逃がすぐらいの獣を相手にだ。
途端に恥ずかしさと、帰りの森の道程を思うと危ないのは私の方だと苦笑する。レベルが上がったとはいえ、私にとって熊も狼も十分に強敵なのだから。
そんなことを考えていると、トモヤ君の方に動きがあった。トモヤ君も対処できたと判断してか、獣を一瞥し踵を返したところで、いつの間にかそこに居た別の2頭を持つ黒い獣と対面していたのだ。
さらに、それからわずか1拍を置いて、2頭持ちの黒い獣を一回り大きくしたような巨体の獣に乗った、魔族と思わしき男が現れた。
変わった短剣を構えたトモヤ君と、魔族は何かを話している様だ。『超聴覚』で聞いてみると、どうやらあの男の目的と、魔族軍の目的は別にあるようで、あの男は自らの欲望の為に動いでいるようだ。
最も衝撃的な事実としては、真偽は不明だがこの森に『ダンジョン』が有るかもしれない、という事だった。
この情報が本当ならば、アロア自由領の今後を左右する事態にも成りかねない。思わず手に握る弓にも力が入る。
そんな2人の会話は、トモヤ君の暴言によって打ち切られた。捲し立てるように罵倒するトモヤ君の顔には余裕が見えない。
普段使いなれていない言葉遣いのせいか,必死さばかりが目立つ。
遠目で見た限り、あの魔族もその罵倒には一瞬頭が血が上った様に見えたが、すぐに冷静さを取り戻しているかのように思える。
魔族からは転生者が云々と聞こえたが、トモヤ君の言葉の意味も良く分からないし、もしかして彼らはお互いの事を知っているのだろうか?
いや、それよりもトモヤ君があのような態度という事は、彼にも余裕が無いという事ではないか?
現に今彼は少し顔をしかめて変わった短剣を構えており、対する魔族も、獣に命令を下さんと腕を振り下ろさんとしている。私も複数の矢を弓に番えた。
迷っている暇はない。少しでもトモヤ君の助けになる為に、今ここでやるしかない。
魔族が腕を振り下ろし、獣が駆けだすのと同時に私は弓のアーツ『分裂魔矢』を放った。
放たれた複数の矢が、光を纏ってさらに複数の矢となって、魔族とトモヤ君の間に降り注いだ。
次々と矢が地面に突き刺さり、周囲にいたトモヤ君と魔族がこちらを見た。
私は立ち上がり、トモヤ君に向かって叫んだ。
「トモヤ君、逃げて!」
これでいい。これで彼が逃げる時間を稼げれば…
更に、一瞬空を見るように天を仰いでいたトモヤ君から咆哮が放たれた。
「オレと逆方向に逃げろぉぉぉ!後そこのクソ魔人!お前は必ず殺すからな!」
誰に何を伝えたいのか考えるまでも無い。私は今度こそ踵を返し、全力で走り始める。
一目見て判るほどに、あの獣達の行動力は並ではない。私程度ではすぐに追いつかれてしまうだろう。だが、私程度の『隠密』1LVでは、大量のゴブリン達を捜索に使えばすぐに見つかってしまう。
私は、見つかった後の事を少し考えてしまった。
ゴブリンに見つかった戦う力のない女の結末で良かった話など聞いたことが無い。
良くて、ゴブリンの子を宿した大きな腹で冒険者に助けられたぐらいだろうか。
思わず自分の姿で想像してしまい、背中から汗が噴き出る。そんな結末なんて死んでも御免だ。
だが、現実は常に無情だった。
私の後ろから、非常に力強く地面を蹴り、此方にかけて来る音が『超聴覚』が拾ってしまう。
ゴブリンの足音ではない。これは紛れもなく、あの凶悪な獣が疾駆する際のものだ。あの魔族は、私に狙いを定めたのだ。
それに気づいた瞬間、目が涙で滲んだ。私の人生は、恐らく今日で終わる事になる。生きていても生きていなくてもだ。だが、逆に諦めがついた分、少しだけ自分の何かが吹っ切れたような気がした。
一瞬だけ、初めて森に入った時の仲間たちの顔を思い出したのだ。
そして、トモヤ君の顔を思い出す。そうだ、私は一人助けることが出来たじゃないか。
私は、一人を助けることが出来た。今度は、出来たのだ。
私はガムシャラに動かしていた足を止めて、弓を構えた。どうせならば、最期に一撃を見舞ってやろう。
100メートル程離れた先、黒い獣に乗った魔族と、黒い2頭持ちが駆けてくるのが見えた。
どうやら、あの魔族はトモヤ君を狙う事よりも、私を狙うことを優先したようだ。良かった、トモヤ君はこれで助かる。
私は、トモヤ君が助かるのを確信すると、自分の事など忘れて安堵した。思わず口端が上がる。
引き絞った矢を解き放ち、真っ直ぐ魔族の頭に飛んで行く。本来なら『分裂魔矢』を使用したいが、もう残りの矢が3本しか残っていなかった。元々偵察任務だったため、大規模な戦闘は無いと踏んでいて、身軽にするためにあまり矢を持ってこなかったのが裏目に出た。
飛んでいく矢を目で追うと、魔族の頭に命中する瞬間、黒い獣の尻尾がいとも容易く矢を弾いた。
魔族の顔が見えると、薄ら笑いを浮かべながらこちらを見ているのが分かる。
もう距離は10m程しかない。
(ああ、これで…)
どすり、と胸の辺りから鈍い音が聞こえた気がした。
その巨大な爪から放たれた一撃は、私の胸の中央に放たれたのだ。思ったよりは、痛くは無かった。
もし死後の世界が有るのならば、あの4人に一人で逃げた事を謝罪しないとなぁ、とぼんやりと考えた。
そこからの事はよく覚えていない。
あの一撃を受けて、私は長くは生きてはいないはずだが、そのあとにも魔族が私の腕や足にナイフを突き立てていたのは覚えている。それを考えれば、2,3分程は生きていられたんだろう。
それならば、今こうして考えている私は一体何なんだろう。
これが、所謂死後の世界という物なのだろうか。割としっかりと考えることが出来るものだと思う。
あの4人に出会った時に謝るくらいならば出来そうだ。
神様の教えによれば、魂になった後はただ『そこにある存在』として、何も考えることが出来ないとか記憶を全て消されるとかなんとか、小難しい存在として集落のご老人方は語っていたような気がするのだが、いまだ私は生きていた時の事を覚えているし、こうして死後の世界について取り留めも無い事を考えているのだが。
しかし、何かしらの動きがなければ、暇でしょうがない。神から祝福されるにせよ、罰されるにせよこのまま動けないままと言うのは辛い。もしかしてこれが私の罪に対する罰なのだろうか。
試しに、体を動かせたり出来ないか試してみる。
あれ?思ったよりも感覚があるような…ならば、目を開けてみよう。
ゆっくりと瞼を開き、瞳に光を入れていく。目に飛び込んできたのは、どこか小屋の天井の様にも思えた。
死後の世界とはいっても、雲や霞で作られたような摩訶不思議な建物ではないみたいだ。
「ソーリスさん」
吃驚した。いきなり自分の名前を呼ばれるとは思わなかった。
右の傍らを見てみると、声を掛けて来たのは複雑そうな表情を浮かべたトモヤ君だった。




