26.緑の涙
ちょっと残酷かもです。
ソーリスさんの介入により一旦は助かったとはいえ状況はたいして変わっておらず、敵は健在のまま。
結果としては数十秒ほどの命が伸びたに過ぎない。
むしろ、ソーリスさんのレベルやステータスを鑑みると、追撃されればソーリスさんも無駄死にだ。
…などと考えていても好転する状況でもないわけだ。
オレの後方には一匹の黒いオルトロス、前方には負傷した探索型のオルトロスと、クリーンが乗る黒獅子ことレッサー・マンティコア、さらにその後方には大漁の精鋭ゴブリン部隊がもう30mないところまで来ていた。
僅かにできたこの隙に、天を仰ぎ見る。この状況を打破する方法を考えるのだ。
ソーリスさんの決死の援護を無駄にするな。このわずかな間に、今はただ速く、足りない頭を回す時だ。
(黒獅子とゴブリンが迫っている前方を突破するのは無いとして、右と左と後ろ。探索型オルトロスは単純な怪我ではない凍傷だから、回復手段を持っていたとしても時間がかかるはず。後ろの黒いオルトロスの能力は不明。畜生、先に確認しておくべきだった。右に行くとソーリスさんと合流できるが、ソニック・オーガを倒してレベルが多少は上がっているだろうが、それでもステータスの高くないソーリスさんを守りながら逃げ切れる気がしない。先ほど見たソーリスさんは一人だけだったし、町からの援軍という訳ではなく個人で来た?ならば…)
上げていた顔はそのまま、目だけで前方の2匹を確認すると、オレは左側に向かい走り出す。
さらにそこでもう一回、足止めの『アローレイン』が飛んでくる。相変わらず痒い所に手が届く援護能力だ。
オレはそれに呼応するように、『咆哮』を使いソーリスさんへのメッセージと、クリーンを己に引きつけるために叫んだ。
「オレと逆方向に逃げろぉぉぉ!後そこのクソ魔人!お前は必ず殺すからな!」
左に向かい逃げるついでに、オレが全ての敵を引きつけるつもりで煽る。
先ほどのキレ具合なら、これぐらいでもノってくれるだろう。というか、それに賭けるしかない。
状態『恐怖』の効果で若干でも行動が遅れてくれれば万々歳だ。
余り全力で逃げると、オレを追うのを諦めてソーリスさんの方に向かうかもしれない。あの精鋭ゴブリン部隊くらいならば逃げ切れるだろうが、オルトロスや黒獅子には無理だ。
オレはややスピードを落としながら後方を確認する。
が、追いかけているのは最悪にも精鋭ゴブリン部隊のみ。オルトロスも黒獅子も追って来ていない。どうする。このままカッサバさんとの合流ポイントに向かうか?
何か事情があってその場でクリーンがその場にとどまっている?確かに探索型オルトロスの治療が手間取っているからと考えることもできるが…。
悶々と考えながら手を抜いて走るオレに、いつの間にか後ろに3mほどまで近づいて来たゴブリンが「ギャシアアア!」と気持ちの悪い鳴き声を上げながら飛びかかって来た。オレはククリナイフを抜きながら、コマの様に一回転する間に振りぬくと、ゴブリンは胴体の半ばを切断され空中に臓物をまき散らす。オレはそれを確認する間も無く、再び正面を向いて走り始める。時たま一瞬だけ全力で走ったり、『隠密』を使って状況を確認しながら逃げる。
だが、5分間の逃走の末、本命のオルトロスも黒獅子もついに来なかった。これは確定だな、クリーンは冷静に見極めてソーリスさんを追いかけたのだ。
(もうクリーン達はソーリスさんの元に行ったとみて間違いない。…ソーリスさんを助けないと)
オレは大きく精鋭ゴブリン軍を反時計回りに迂回してソーリスさんが逃げたと思われる方向に、『隠密』を使い出来るだけ精鋭ゴブリン達から離れると全力で走る。一度救われた命だ。今度はこの命でソーリスさんを救って見せる。
オレは『狩猟<野生>』を発動しつつソーリスさんの捜索を始めた。
『隠密』を発動しつつ隠れつつ、『探知』で気配を探しつつ、『鷹の目』で辺りを見渡しつつ、『聴香』でソーリスさんの匂いを『絶対記憶』で思い出しながら追う。
…先ほどから体が重い、そろそろ体力切れの様だ。本来ならこんなに走るのは想定していなかったからな。
それから探すこと10分、血とソーリスさんの匂いを同時に嗅ぎ取り、嫌な予感がしながらも追跡すると、最悪の状態でソーリスさんを見つけた。
「あああああ!」
「もっと鳴けよ!あのクソガキを呼べねぇだろうが!」
木も疎らなやや周りが開けている場所に、奴らとソーリスさんはいた。クリーンと黒獅子、黒いオルトロス、そしてソーリスさんは両手両足にナイフを差し込まれ悲鳴を上げさせられていた。ナイフを刺された箇所から血がとめどなく流れている。いや、口端からも血が流れているのを見る限り、別のところを傷つけられているのは明らかだ。
クリーンに対する憎悪が膨れ上がり、思わず飛び出しそうになる。落ち着け、先ほどの二の舞になりたい訳じゃ無い。まずは状況の確認だ。
「ぐぐぐぐぁあぅぅぅあぐっぐ!」
「はっはは!それが女の出す声かよ!いいねぇ、エサにしか見えなかったが中々面白くなって来たよ、お前」
腕にさしていたナイフを一本、今度はソーリスさんの長い兎耳に突き刺した。ソーリスさんの絶叫が再び森に痛々しく響く。
頬の肉を噛んで何度も自分自身に言い聞かし集中する。分かっているだろう?ここでしくじればただでさえ低い勝率がさらに下がるんだ。
探索型オルトロスが居ないが。『聴香』を使って匂いを追ってもあのオルトロスの匂いは感じられない。
ならば、次はあの黒いオルトロスを『鑑定の魔眼』で見る。
○一一一一一一一一一一一一○
l名前:オルトロス・アサシン(クロ)
l種族(状態):魔犬族(隷属)
lLV:28(288966/340000)
lHP:231/231
lMP:28/28
l攻撃力:192
l守備力:118
l行動力:145
l幸運 ;30
l
lスキル
l-爪術(2/5LV)
l-隠密(3/5LV)
l-暗殺(3/5LV)
○一一一一一一一一一一一一○
分からないスキルは『暗殺』のみだ。だが、大体のイメージは沸く。これは恐らく『隠密』を前提にしたスキルなはずだ。ならば、通常の戦闘だと『爪術』のみで戦うことになる。攻撃力が高い分、2LVでも十分脅威だが、戦えない相手ではない。だが、最大の収穫は探知スキルが無い事だ。此方から奇襲をかけやすくなった。
「あっあっあっあっぐぐぐぐが」
「ほらほらほら、もっと頑張らないと耳が縦に裂けちまうぞ?頑張れよ、まだまだこれからだ」
ソーリスさんの耳に刺さったナイフを徐々に縦へと引き裂こうとするクリーン。それを痛覚で感じているソーリスさんを見ると、口内から『ブチリ』という音が聞こえた。頬肉を噛みちぎってしまったらしい。丁度いい。痛みが有るほうが冷静になれる。その噛みちぎった箇所を再び噛みなおす。激痛が走るが、ソーリスさんの足元にも及ばない痛みだ。
作戦は決まった。一先ずの標的は黒いオルトロスだ。あいつを殺せればその血を利用して黒獅子を殺すことも出来る。『時間停止』以外のスキルであの黒獅子を対処しながらクリーンを即殺すのは無理だ。
…ケムリダケを初日に使い切ってしまったのは痛かったな。次に町に行ったときはもっと買っておこう。
『隠密』を使い、黒いオルトロスの裏手に回る。ゆっくりとククリナイフを抜くと逆手に持って、黒いオルトロスの背後から跳躍し、右の頭にククリナイフを突き刺した。
黒いオルトロスの頭から血が噴き出し体を濡らす。
続けて『液体操作』を行おうとしたが、オルトロスのもう一方の頭が怒り狂ってこちらに噛みつこうとしていた。
オレはそれを左手で殴りつける。『格闘術』は1LVだが、こいつの守備力はオレの攻撃力より大分下だ。ある程度のダメージにはなったようで、殴られ弾き飛ばされた頭はグラつき、その場に倒れ込む。
右頭の首にしがみついていたオレも、一緒に地面を転がった。その際、最後の足掻きか黒いオルトロスの前足からガムシャラな一撃が飛んでくるのを左腕でガードすると、『バキッ』と非常に嫌な音がし、数メートルほど吹き飛ばされた。
思わず呻き、『作戦失敗』の文字が頭に浮かんだ。
立ち上り頭を振ると、先ほど話した時と同じようにニヤニヤしながらクリーンが此方を見ている。
まだだ。まだこちらにはオルトロスの血がある。血を抜いてまた時間を稼げば…
「やあ、また会ったじゃないか『トモヤ』くん」
「オレは会いたくなかったけどな。…この黒い犬っころを殺された割りに、冷静じゃないか」
「ああ、オルトロス程度だったら何時でも『補充』できる。まぁ、使い時は選ぶ位には貴重だったし愛着もあったけど、君を殺せるのなら惜しくはないぐらいの価値だよ」
そういって、黒いオルトロスをなんの感情も含まない目で見るクリーン。
その右手にはソーリスさんを抱えている。まだソーリスさんの手足と耳からは血が流れており、本人は木を失っているようだ。もうあまり時間がない。急いで助けないとソーリスさんが死ぬ。死んでしまう。
「君さ、この子をまだ助けようとしているみたいだけど、もう無駄だよ」
「…何を言っている。お前を今ここで倒せば全て解決だろうが」
「いや、だってさぁ…」
クリーンが焦らすように間延びした声で言うと、続けてこういった。
「もうこの女、君が来る前からもうオレが殺しちゃったんだよね」
思わず、『液体操作』を止めて、クリーンの顔をまじまじと見た。そのニヤケ顔に変わりはない。
…は?此奴今なんて言った?死んだ?ソーリスさんが?はは、なんだそれ。さっき悲鳴を上げていたじゃないか。…いやまて、確か此奴のスキルに…いやいやいや、違う違う違う。
そうじゃないだろうが。此奴の戯言だ、信じるな。
「嘘だ!」
オレが叫ぶと、ニヤニヤと笑うクリーンが、彼女の皮の胸当てを取ると、そこにはポッカリと繰りぬかれたような貫通した傷があった。その穴から向こう側が見える程に。どう見ても致命傷だ。
そこから大量の血が溢れたのか、彼女の着ているシャツは元々の白い部分が真っ赤に染まっている。
「ここ、見てみろよ。胸に綺麗に穴が開いているだろ?これはね、レックスの『爪術』で空けた穴なんだよ。今この女は、僕が使役している『ゾンビ』になっているんだ。『ゾンビ』と言っても、生前の意識そのままで、殆ど転生と言ってもいいかもしれないね。ああ、もしかしたら知っているかもしれないけど、僕は『魔獣使い』であると同時に、『死霊使い』でもあるんだ。今は血抜きの最中さ。…判ったかい、少年よ!君は、間に合わなかったのだよ!」
そういうとクリーンは、ソーリスさんをオレに放り投げた。オレは少し慌てて、腕を広げてソーリスさんを抱きとめ、
胸に耳を当てて心音を探る。数秒耳を澄ませるが、何も聞こえなかった。『右目』でソーリスさんを見ると、種族が『ゾンビ』になっている。それを見た瞬間、オレは思わず座り込んでしまった。
回らぬ頭で考える。ソーリスさんとは、短い間しか一緒に行動しなかった。だから、そんなにまで親愛の情もあるわけではない。
高々2日間行動を共にしただけで、そんなものが育まれる訳がない。
では、このオレの目から流れる涙は一体何なんだろうか。涙が顔の塗料を緩やかに溶かし、緑色の涙がソーリスさんの顔に零れてしまうのを、ロープの袖を使い拭った。
一つ分かっていることは、オレをソーリスさんは命がけで助けてくれた。助けようとしてくれていたんだ。オレはそんなソーリスさんに報いる事も出来ず、同じくここで命が尽き果ててしまうのだろうか。ソーリスさんに貰った命も、結局は無駄にして。
「……」
「…反応が無いとつまらないよ?レックス、『重力10倍』」
「ガァァ!」と、黒獅子が短く吠えると、空間が一瞬大きく撓んだ。
すると、いきなり巨大な荷物を肩に担ぐ様に、自分の体重を支えることが出来なくなった。
辺りに生い茂っていた草木も地面にくっつくように潰れている。
思わずソーリスさんを庇うように抱きしめて蹲りながらクリーンを睨み付ける。クリーンは、やはりオレをあざ笑うかのように肩をすくめると芝居がかった様に言った。
「怖い怖い。ああ、僕への暴言の数々のお礼はこれくらいでいいかな。大分気が済んだ。転生者の少年よ、今度こそお別れだ」
「……」
オレは無言で返すと、最後の足掻きをするために目を閉じた。ソーリスさんを助けられなかった以上、せめて当初の目的位は果たしておこう。不満はあるが、クリーンの首一つ貰ってこの生を終えるとしようか。
後の事はエミリーとカッサバさんに任せておけば何とかなるだろう。
(『時間停…』)
差し違える覚悟を決めたその時、『ぽつり』とオレの耳に僅かに何かが聞こえる。思わず目を見開いて右肩を見た。
さらに急いで『上空』を見る。間違いない、来たんだ。
「遅せーよ、畜生…」
「お、ようやく喋ったね。最後に言いたいことはあるかい?同じ転生者として、聞いてあげるよ…ん?ああもう、最悪だな」
クリーンが文句を言う傍ら、ぽつりぽつり、と音が繋がっていく。
それは次第に大きくなっていき、次第にそれはオレにとって、遅すぎる勝利の福音の様にも聞こえた。
クリーンが未だに何かわめいているのを無視し、ローブのフードを取り顔を拭く。緑の塗料が落ちてゆく。右手の塗料が落ちて行く様を見ながら、オレは小さく呟いた。
「『液体操作』」
この森に来てから11日間目、今日はオレが産まれて初めての『雨』の日だった。




