21.魔族軍
結局オレ達は、そのまま狩猟小屋に引き返すことにした。
「初の遠征にしては上々だろう」とカッサバさんは言うが、確かにレベルも上がったし、オレにとっても良いとは思う。カッサバさんにとっては、若干複雑な物だっただろうが、銀熊の血に濡れていた体を、『倉庫』に入れていた大量の水を浴びて血を洗い流し終えるといつもの調子に戻っていた。
今は、熊の領域からもだいぶ離れ、来るときと同じく、走りながら帰宅中である。
ヘルモードの効果と相まって毛熊からは依然狙われ続けていたが、オレもカッサバさんも殆ど相手にせずに進んでいた。
帰路の半ばまで進んだところで、再び休憩を取りつつも、日が落ちる前に無事に帰宅することが出来た。
だが、狩猟小屋の中に入っても、エミリーはいなかった。そういえば、彼女は調べたいことがあると出て行ったはずだけど…。
「カッサバさん。エミリーさんが戻ってきていないようですが、大丈夫なのですか?」
「ちと遅いな。狩りに出たとしても、あと数時間で日が落ちる。解体の手間を考えてももう戻っておるのが普通なはずなのだが」
「探しに行きますか?」
「だが、何処を探しに」とカッサバさんが言う前に、勢いよく小屋の扉が開く音が聞こえた。慌てて振り返ると、呼吸を荒くしながら、エミリーが立っていた。彼女はそのまま足早に水瓶の側に寄ると、木のコップで水を一杯掬い、一息で飲み干した。
「ップハー。しんどいわー。ああ、お帰り、おじいちゃん。トモヤ君も大丈夫だったみたいだね。良かった良かった」
「随分と遅くなっていたようだけど、どうかしたの?」
もう一杯水を飲みながら、エミリーが少し眉根を寄せて調べた情報を話し始めた。
「ああ、そうそう。魔族軍なんだけどさ、あれ、町の方に向かってるっぽいんだよね」
「…エミリー、もしかして今日調べていたのは」
エミリ―がニヤリと笑う。両手を腰に当て、少し胸をそらしながら言った。
何処がどうとは言わないが、彼女はまな板だ。何処がどうとは言わないが。
「そ。魔族軍の事をちょっとね。君が結構近くにいるって言ってたから、どんなモンか見ておこうと思ったんだけど、途中で勘のいいヤツに見つかってね。殺り合いながら逃げて来たよ。ああ、付けられて無い筈だから。…と、今の問題はそっちじゃないか。町の方に向かってる魔族軍の何だけどさ、一部隊が町に向かい始めたのを、他の部隊が追いかけているって感じだったの。追いかけている方は、ちょっと慌ててるみたいだったから、その一部隊が独断で先行してるみたいだね」
「それとこれを見て」、とエミリーさんが懐から出したのは、一枚の紙だった。
そこには木炭のようなもので書かれた大きな楕円に、小さな円が4つ上下左右に分かれて描かれていた。
紙を指さしながら、エミリーさんが説明をして行く。
「もっと詳しく説明すると、この大きな円が森の全体だと思って。で、この西が今、魔族軍が占領している所。北が『狼の領域』、南が『熊の領域』、東側が『アロア自治領』の支配下ね。さらに、現状『アロア自治領』の西側部分は魔族軍に支配されちゃってるの。ドラム村が丁度境目になってるかな。それで、独断専行の部隊が、今ドラム村で進軍の準備をしているの。このままだと、あと2~3日後には町は戦場になるね」
エイミーさんは、再び懐から取り出した棒状の炭を使って、西の丸から東の丸の中心にまで矢印を引いた。その部隊の動きについて、僕はエイミーさんに質問する。
「その独断先行の部隊は、その1部隊だけで勝算があると思っているの?と言うか、どれくらいの規模なのか判る?」
「この部隊、ゴブリンが主力の部隊だったんだけど、規模は大凡500体くらいかかな。これだと町を攻め落とすのは無理。これぐらいなら自由領軍だけでも余裕で防衛出来る…はず。少なくとも500以上の兵士と冒険者がいることは確実だからね」
そういうと、エイミーは木炭でトントンと紙を軽く叩く。その目は何処か紙を見ていると言うよりも、何か別の物を見ているようだった。
「さっきも言ったけど、町に向かう目的次第だと思う。本腰を入れて町を攻めるなら、この程度の軍勢じゃないのは確かだよ。去年から続く魔族軍の侵攻は町を目指した物では無いとしたら、魔族軍がこの森に来たのは、『自由領』が目的じゃないのかも。なら、本来の目的は」
エイミーさんが円の2つ、北と南を木炭で指し示すと、西から東に引いた矢印に×をして、改めて北と南に矢印を引いた。
「狙いは『熊の領域』か『狼の領域』。若しくは両方か、私たちの知らない何か。この二つの領域は、レベルが高すぎて調査するにしても難しいから、この領域で何をしているのかを調べるのは無理だね。まぁ、魔族軍の侵略の真の目的はともかくとして、目下の問題はやっぱり独断先行の部隊だね。どうする?町に任せちゃう?私たちが狩っちゃう?」
エイミーさんが顔を上げると、カッサバさんの顔を見た。僕もカッサバさんに視線を向けると、非常に面倒くさそうな顔をしているカッサバさんが、髭を撫でつけていた。
このカッサバさん、数日の付き合いでしかないが、他人の心配よりも己の鍛錬を優先するタイプのバトルジャンキーだ。雑魚狩りよりも、確実に面白い強敵の居る『熊の領域』に行きたいのかもしれない。カッサバさんからしてみれば、ゴブリンのような雑魚を幾ら狩っても面白く無いのだろう。エイミーさんと僕に視線を向けられている事が分かると、溜息を一つ吐き出すと、口を開いた。
「大量に狩れるといっても、高々レベルが10程の……まぁいい、儂は後続の部隊の足止めをやろう。そちらの方はゴブリンかどうか分からぬのだろう?少しは面白い相手と、拳を交えることも出来るやもしれん」
カッサバさんは渋々そう言った。エイミーさんに少し睨まれたらこれだ。睨んでいたエイミーさんも、カッサバさんの態度に満足そうに頷いた。孫に弱いお爺ちゃんと言うのは、世界共通のようだ。
「ドラム村の時は間に合わなかったから、これくらいはね。トモヤ君は如何する?」
「ギルドマスターと約束してるし戦うよ。オレは先行している部隊の方を削る。先行部隊は、街道を使ってるか、森を中をそのまま進んでいるか分かる?」
「街道を使わず、森の中を進軍させているね。陣形も何もなく、ただ塊にして動かしているだけ。後ろの部隊も似たり寄ったりだったから、魔族軍は大体そんな感じ何じゃない?」
「了解。それなら幾らでもやり様がある。どれ位削れるか分からないけど、頑張るよ」
「それじゃ、私はトモヤ君の援護に回るよ。おじいちゃん、駄目とは言わせないよ。トモヤ君もそれでいいよね?」
オレとしては助かるが、カッサバさんは如何なんだろうか。チラリとカッサバさんを見てみると、少し難しい顔で腕を組み無言のままだ。
敵はゴブリンが主だし、危険は少ないと思ったのだろうか。エミリ―が、他の意見が出ないことを確認するように頷くと、不敵に笑いながら言った。
「決行は明日の朝の行軍を狙うよ。寝ぼけたゴブリンに奇襲を掛けよう」
そして、オレ達3人は、部隊撃滅の作戦を細かく詰めていった。
明日の目標は、ゴブリン500体の部隊、プラス後続部隊を相手取り撤退させる事だ。




