20.熊の領域
先ほどまで堂々と走って目的地を目指していたオレ達だったが、つい30分ほど前から茂みに隠れながらの移動となった。
このレベル40の強者を警戒させる何かが、このあたりにいるという証明の裏返しでもある。注意しよう。
そうして暫く進むと、「此処で休憩をとる」と草場でカッサバさんが座り込んだ。
『倉庫』から干し肉を取り出し、その内の一本をオレに放り投げられたのでキャッチする。
礼を言って、貰った干し肉を一口齧ると、硬く匂いも強いが噛めば噛むほど味が染み出す、結構オレの好みの味だった。
「そういえば、すごい勢いで熊狩ってますけど、このままだと絶滅するんじゃないですか?」
「この森は小僧の考えているよりも広い。そう簡単に絶滅したりせん。それにな、この森の最奥にはこの森の主がいるという噂なんだが、そいつがレベル40以上と儂は踏んでおる」
「何故分かるんですか?」
「その答えが、此処から先だ」
小声で話していたオレ達だったが、カッサバさんが真剣な表情で正面を見た。オレもカッサバさんの見ている先に目を凝らすが、特に今までの森と変わった所がない。
「『熊の領域』。儂はそう呼んでおる。先ほどの黒熊はな、肉以外の食糧調達係にすぎん。果物などを一抱えすると、森の奥に消えて行くのだ。レベルが20を超えていようかという獣が、その有様よ。ここから先、一体如何いう奴らが出てくるのか。楽しみで仕方がないわ」
カッサバさんが獰猛な顔つきで静かに笑う。その老いを感じさせない笑い方は、ちょっとかっこいいなとも思う。
「カッサバさんは結構この森で暮らしていたのですよね?この先の事を知らないんですか?」
オレの質問に、カッサバさんは一度頷くと、「少し長くなるがな」と前置き話し始めた。
「エミリ―の両親が死に、育てるのに必死だった。あの子が大きくなり、儂がもし死んでも生きて行けるほどの技量を与えてやって、修行が再開出来るようになったのが5年前。その時初めてこの領域にたどり着いた。そして、その入口にいた推定40レベルほどの銀色の熊とやりあったのだ。いやはや、あれは死を覚悟した。今の儂でも確実に勝てるとは限らんだろうな。さらに強い森の主とは、一体如何いう存在なのだろうな」
カッサバさんは未だ森の奥深くを見ようとするかのように、目を細めている。
もしかしたら、その時の銀熊に、結構な大怪我でも負ったのかもしれない。
だが、カッサバさんの瞳には憎しみなどでは無く、ただただ闘志だけが宿っているように見えた。
そんなカッサバさんに、オレは笑いかけた。
「良いですね。森の主を倒せたらどれくらいレベルが上がるのか、今から楽しみですよ」
カッサバさんは、少し驚いたようにこちらを見た。が、次の瞬間声を押し殺すかのように笑った。
「森の主は儂が倒す。その側近位ならば譲ってやってもいいぞ」
「早い者勝ちですよ」
お互いに少し笑うと、俺達は躊躇いなく『熊の領域』に踏み込んでいった。
『熊の領域』に入り、慎重に進み大凡30分。領域に至るまでの時間が走って2時間位だったから、朝6時に出発したとして、今は大体9時前くらいかな。初めての『獲物』を見つけた。
100m先に一匹の熊がいた。今は木の根元に横たわって周囲を見まわしている。
その熊の毛皮は綺麗な銀色で、その静かな居住まいからも、どこか神聖な動物の様にも見える。
だが、その手に在る爪の長さはアンバランスな程長く大きい。一本一本の爪の長さが、オレのククリナイフと同じくらいの大きさだ。
恐らく、カッサバさんが過去に戦ったことのある『銀熊』種で間違いない。思わずカッサバさんが「むう」と唸った。
オレは、緊張しながらも『鑑定の魔眼』で見る。
○一一一一一一一一一一一一○
l名前:ナイフハンド・シルバー・ベアー
l種族(状態):熊族(老衰)
lLV:36(17m/40m 1m=1000000)
lHP:310/310
lMP:35/35
l攻撃力:207(『剛力』により+20補正)
l守備力:219
l行動力:53
l幸運 ;41
l
lスキル
l-爪術(3/5LV)
l-咆哮(2/5LV)
l-剛力(2/5LV)
l-統率(2/5LV)
○一一一一一一一一一一一一○
『老衰』、年老いた熊って事か。それじゃあ、たまたま同じ種類の熊って訳じゃ無くて、本当に当時カッサバさんが戦った熊と同一かもしれないな。遠目から見る分にはあまり衰えては見えないけど。
確か、カッサバさんが言うには5年前に戦いほぼ互角だったとの事だが、レベルもスキルもカッサバさんが上回っている。今の実力差では負けは無いだろう。やり方次第だが、タイマンならオレでも殺せる。
カッサバさんも、銀熊を観察しつつオレに小声で話す。
「あの銀毛の熊の右目、間違いない。儂が手刀で抉った傷だ」
目標の銀熊からは100m先だが、オレには見えない目の傷が判るみたいだ。
『狩猟』4LVは伊達じゃないな。
「……再戦ですね。お譲りします。手伝いは必要ですか?」
「不要だ。他の熊が横やりを入れて来るようなら、そちらを頼む」
「了解です」
カッサバさんが体を起こしすと同時、銀熊に向かい走り始めた。熊もカッサバさんに気づいたらしく、重たげな体を起こし、2本足で立つと威嚇し始めた。その巨躯は3mを超えている。
その威嚇を視界に捉えつつも、カッサバさんは搦め手を使わずただ真っ直ぐに走るのみ。銀熊もそれをただ受けようとしていた。
「「ガァァァァァ!」」
1匹と1人が叫ぶ。お互いに手が届く距離まで詰めると、熊が両椀を振り、威嚇の構えから2本の腕を胸の前でクロスさせるように切り裂こうとする。
が、これを読んでいたのか、カッサバさんはバツの字の下を潜るかのように身を屈めると、オレと初めて会った時のような、物凄い速さで熊の懐に飛び込む。
小屋でオレに使ったスキル、『縮地法』だ。熊が密着する距離を嫌い、離れようとした。
過去の戦いでは、インファイトは分が悪いと銀熊は踏んだのかもしれない。
が、カッサバさんは熊が離れようとした直前、殆ど予備動作も無く放たれた高速の抜き手が、熊の左わき腹に突き刺さった。その一撃は凄まじく、手刀での一撃で手首が全てわき腹に埋まっている。
カッサバさんが素早く右手を引くと銀熊のわき腹から血が吹き、綺麗な銀の毛皮が血に染まる。だが、銀熊はそれに解せず、何と自分の体を狙うように、未だ懐にいるカッサバさんに爪を突き立てようとする。カッサバさんに避けられると、自らに刺さる一撃だ。
だが、カッサバさんの全身が淡く光ると、何か膜のようなものがカッサバさんの全身を纏った。
その膜が、銀熊の一撃を受けるが、僅かに肌を破る程度で、突き刺さらずに弾き飛ばす。
そこから戦況は変わらず、カッサバさんの有利なまま戦いは進んでいった。
銀熊も何とか反撃しようとするが、その悉くをカッサバさんは防ぎ、カウンターを入れて行く。
距離を取ろうと銀熊が離れようとする度、カッサバさんが絶妙の踏み込みで距離を放さない。
勝負あった、と思った瞬間に今まで戦いを見ていたのか、茂みの影から白い熊が一匹飛び出して来た。
だが、オレはその場面を想定し予め矢を番えていたため、オレの方が速く、白熊の頭に弓が突き刺さる。カッサバさんの邪魔はさせない。一撃では白熊は死ななかったが、白熊が痛みに苦しみ足を止めたため、3発ほど頭に打ち込んで確実に殺す。1本肩に外れてしまったが、レベルが大分上の白熊を割とあっさり倒せた。『弓術』は1LVだが、的が大きく命中させやすい。
他の熊もいるのかと思ったが、飛び出してこない。再び矢を番えて備える。
一方の銀熊は最後のあがきで、『爪術』のアーツなのか、一瞬爪が光り振り下ろされるが、身を捻るだけでよけたカッサバさんに、逆に胸から背にかけて、抜き手で貫かれた。銀熊が苦し気に身を震わすと、口から血が噴き出す。決着がついたようだ。
ずるりと熊の体から腕を抜いたカッサバさんの顔に笑みはなく、ただただ真剣な表情で倒れた銀熊を見ている。いつもは即座に頭を潰すカッサバさんが、何もせずにこちらに戻ってくる途中に、それは起きた。
一匹の小さな小熊が、銀熊に駆け寄ったのである。よく見てみると、首の周りの毛が銀色だった。銀熊の胸を必死に舐め、止血しようとしているが、もうどうにも出来ないだろう。
足を止め、それを見ていたカッサバさんは再び歩いて此方に戻ると、オレに言ったのか独り言なのか分からないが、ポツリと言った。
「自然の摂理だ、と言うのは傲慢か」
「死体はそのまま置いて行ったではないですか」
「決して優しさなどでは無い。感傷に過ぎぬのだろうな」
カッサバさんは複雑そうな顔をしながら、頭を掻いた。因縁の銀熊との決着は、とても後味が良いとは言えなくなってしまったな。生き物を殺す事に、何も感じなくなるよりはマシか。
未だ複雑そうな表情を浮かべるカッサバさんは、何かを整理するように、オレに話を続けた。
「あの銀熊、5年前よりも確実に弱くなっておった」
「……」
「『老い』衰えたのだ。あの銀熊は。儂は20年ほど前から、あるスキルにより肉体の老いを感じなくなった。儂には体の老い、という物は良く分からんようになってしまったが、あれがそうなのだろう」
「お爺さん…」
「鍛えれば鍛えるほど強くなれる。……相手がそれに付き合えるとは限らんという、当たり前のことを改めて知ったわ」
最後にそういうと、寂しそうにカッサバさんは笑った。




