18.HM
朝食後、『擬態』の為に顔と手に染料を塗る。もしかしたら緑色のローブだけでも発動するかもしれないが、念には念を入れておく。形見の剣とククリナイフも水を別液体で変えた油で拭い、手入れを済ませてある。『絶対記憶』を発動状態にしておくのも忘れない。
荷物の確認を終えて出発する。恰好は塗料を顔と手に塗っている以外は、町を出る時と変わらないロープ姿だ。
形見の剣を背負い、ククリナイフを腰に下げて、『狩猟小屋』を目指し出発する。
3日間の実験の結果、オレが動いたり戦闘したりすると遭遇しやすい様で、1時間程の滞在なら『引き寄せ』も大したことが無い事が分かった。ここら辺、まんまRPGのエンカウント率だな。
なので、小屋では住んでいる人が無事かどうかを確認した後、すぐにこの洞窟に戻って来ることが今日の計画だ。
移動を開始したオレは、まず川沿いを下った先の町の方角から、まずは街道に出ようと思い森に入る。ここ数日で結構慣れてきた草場から草場への移動、痕跡を残さない為になるべく葉を踏まない歩き方などを駆使しつつ、移動し続けた。狼の集団や熊がオレの前を度々通るが、気付く狼はいない。普段なら狩ってもいいのだが、今日は目
的地に行くのを優先する。オレはジッと息を潜めて狼が通り過ぎるのを待った。
獣たちに見つかることなく、3時間ほど進むと、ようやく街道が見えた。
街道を横目で見ながら茂みに身を隠したまま町の反対側に進む。初日は街道を使っていたのだが、狼に襲われて森に逸れていったのを思い出す。『擬態』も使えなくなるし、街道を使うのは今後避けよう。
暫く進むと、ハーガンさんが言っていた木の立札が見えた。確かに『熊注意!』と、熊のイラスト付きで注意書きが書かれている。
その看板を正面から左に曲がり、さらに1時間進む。川の拠点から推定4時間以上。洞窟からも町からも気軽に来れる距離ではないな。太陽が真上に昇るころようやくその小屋が見えた。小屋というイメージから小さな建物を想像していたのだが、中々大きなログハウスのようだ。前世で別荘とかに使われていてもおかしくは無い。
窓はすべて鎧戸になっているようで、中を伺うことは出来そうもない。ドアの前に立ち、ノックする。
「すいませーん、何方かいらっしゃいますかー?」
ドア越しに呼びかけてみると、中から何かが動くような音がした。だんだんと足音が近づいてくると、木のドアが開いた。
「はいはーい、どちら様で……すか…」
ドアから出てきた赤髪ショートボブの女の子の尋ねる声が、途中でだんだんと小さくなっていく。此方を怪しむかのように目を細めると、後ろ腰に身に着けていたマチェットのような短刀の柄を掴んだ。
え?何でオレこんな今にも切られそうな状況になってるの?オレ何もしてないよな?
「えーと、私は町の方から来ました、トモヤと申します。ギルドマスターのハーゲンさんから此方の小屋に一度寄って欲しいとの事で、出向いた次第です。あ、これハーガンさんからお借りした物なのですが、ギルド職員の証です」
そうして見せたのは、門で借りた『ギルド職員の証』だ。でもこれ、狩人の人に分かるかな?
女の子はギルド職員の証を見ると、ゆっくりと短刀から手を放した。
「…分かった。声も人間の声ね。ていうか、何なのその顔?新しい魔物かと思っちゃった」
「顔?……あ」
そっか、今オレ顔に塗料塗ってるからか。そりゃ顔を緑色にした子供ってゴブリンみたいだしな。
オレはローブのフードを取り、頬の指で擦り塗料を付けて女の子に見せる。
「申し訳ありません。この顔はスキルの為に必要なことでして…」
「あー、成程ね。でも、おじいちゃんが今のあんたを見たら、即頭かち割りに行くよ。外に水場があるから、そこで落として来なよ。あ、自己紹介が遅れちゃったけど、私の名前はエミリー。宜しくね」
腰に手を当てて、外を指さすその少女の顔は、先ほどの険しい顔から、打って変わって朗らかな笑顔に変わっていた。此方も笑顔で返す。
「宜しくお願いします、エミリーさん。ですが、理由はお話しできないのですが、外にあまり長くいると狼や熊に出くわすかもしれませんので…」
「ああ、大丈夫大丈夫。そこの小っちゃい泉…あれ、『魔払いの泉』って言うんだけど、これがある限り獣とか魔物が寄ってこれなくなるの。おじいちゃんがスキルで作ったんだって。すごいよね」
え、なにその便利な泉。メッチャ欲しい。じゃあ俺気兼ねなくここに来て問題なかったな…。
ちょっとヘコみながら少女…エミリーさんの後について行くと、小さな泉のような所に案内された。
見た目普通の泉の様に見えるが、これで本当に寄って来れなくなるのだろうか。
疑問を感じつつも、その泉の水で顔と手の染料を落とす。鏡が無いので、泉の水面で顔についてないか確認した。そういえば、オレこの世界に来てから初めて自分の顔を見た気がするな。
ブロンドの短髪に、エメラルド色の瞳。自分で思うのも何だが、将来結構なイケメンになるんじゃないだろうか。大いに期待しよう。この世界の美醜についてはよく知らないのでモテるか如何かわからんけど。
泉の傍で染料を落とす所を見ていたエミリーが、突然オレの顔を覗き込む。顔近いって。
「おー、結構な『イケメン』じゃん。将来の為に唾つけんのも悪くないねー」
「え?」
吃驚した。エミリーさん、今間違いなく『イケメン』って言ったよな?この世界に来てから、何となく言葉が通じているが、現代語のスラングの類は一切聞かない。つまりこの少女は…。右眼でエミリーさんを捉え、『鑑定の魔眼』を発動する。
○一一一一一一一一一一一一○
l名前:エミリー
l種族(状態):人族(健康)
lLV:20(19734/48000)
lHP:64/64
lMP:60/60
l攻撃力:93
l守備力:127
l行動力:110
l幸運 ;101
l
l祝福スキル
l-世界地図(2/5LV)
l
lスキル
l-短剣術(2/5LV) -料理(2/5LV)
l-弓術(3/5LV) -狩猟(4/5LV)
l-裁縫(2/5LV) -観察眼( 2/5LV )
l
l称号
l-転生者<ハードモード>
○一一一一一一一一一一一一○
やはり転生者だったか。しかもハードモードでレベルも高い。女神さまは何人も送っているような口振りだったし、出会っても不思議じゃないだろう。転生後1週間ほどで転生者に会うほどこの世界には転生者がいるのか?
…どうする?此方から俺も転生者と言うことを伝えるべきか?だが伝えてどうする。
エミリ―さんにとっても、オレにとってもあまりメリットはないような気もする。だが、知っているのに言わないのも何かムズムズする。
「ねえ、そろそろ家の中に入ろうよ。お茶ぐらいなら出すからさ」
オレが考え込んでいると、少女が家の中に入ろうと僕の背中を押して、ログハウスの中に入る。
入口正面の部屋はリビングの様になっていて、テーブルとイスが備え付けてある。そのイスの1つに座り、少女の入れてくれた水出しのお茶を飲む。…おお、この独特の香りはドクダミ茶に似ているな、このお茶。
「で、早速なんだけど、あなた転生者でしょ。違う?」
危うくお茶を吹き出しそうになった。え、なんでバレてるんだ?
オレの対面に座る少女は『そう』だと確信しているのか、ニヤニヤと此方を見ている。うっわ、ハラ立つ。
少女がテーブルに肘をつきながら、もう一方の手の人差し指をクルクルと回し、話し始めた。
「私はね。この世界に来てから、出会った全ての人に前世の言葉を使っているの。その時の反応は細かくは違うけど、概ねこの世界の人は『何言ってんだコイツ』って人が殆どね。当たり前だけど。それで、転生者の人の反応は大凡2つ。此方の思惑を推し量ろうと 、目を見て来るタイプ。もう一方が、驚いて考え込むタイプね」
カマ掛けているだけかもしれないし、白を切る事も出来る。でも、この子単純にオレの正体を推理したことが楽しいだけの様に見えるし、悪意も無いならもうバラしちゃってもいいかな。でも何かシャクだし、せめてもの仕返しに敬語で喋るのもやめよう。同郷だしな。
「参ったな。その通りだ」
「あれ?認めちゃうんだ。ねぇねぇ、もうちょっと粘ってよ。まだ判断材料全部喋ってないし」
「それよりも、話を進めない?と言っても、玄関でオレが言ったことがそのまま目的なんだけど」
「んもー、つれないねぇ。えっと、ハーガンさんから寄るように頼まれて、だっけ?」
少女が少しすねた様に腕を組むと、ここに来た理由を聞いて来た。
ハーガンさんはついでで良いみたいな事を言ってたが、高レベルとはいえ女の子と…おじいちゃんが住んでいるだけだと結構危険じゃないか?
「うん。様子を見てくれって言われてね。俺も来るときに魔物と戦ったけど、結構数が多くて大変だったぞ。ここら辺まで魔族軍が来る前に、マジで避難したほうが良いんじゃないか?」
「それは大丈夫だと思うよ。うちのじーちゃん、かなり強いから。全ての魔族軍を相手に~なんて事態にならなければ、私も一人で切り抜けられると思うよ」
私これでも結構強いんだから、と力こぶを見せる少女の腕は細く、たいして強く見えない。ただ、ステータス上では熊を殴り殺せる攻撃力だけど。
「そのおじい様は何方に?」
「おじいちゃんは朝狩りに出て、昼過ぎに獲物の解体をしに戻るから、後1時間かからないくらいだね」
「おじい様には転生者ってこと話してるの?」
「んー。私ね、8歳児からのスタートだったんだ。流行り病で死んでしまった子供に私が転生したの。で、私とその子の性格が全然違くてね。おじいちゃん勘が鋭いし、すぐに私から話しちゃった」
「納得しているかどうか分からないけどね」、と言ってエミリーが水出しのお茶で喉を潤すと、こちらに手のひらを差し出すように向ける。『次はお前だ』、と言うことだろう。
と言っても、オレもこの世界に来てから間もないし、話す事なんて殆どない。しょうがないので此処までの来歴を話した。流石に産まれてまだ1か月もたってない所等、一部はぼかす。
あの町で生まれて、途中で転生前の知識が蘇ったことにした。
お茶を飲みながらオレの話を聞いていたエミリーだったが、オレが難易度を『ヘルモード』で始めたことを、非常に驚いていた。
「リスクヘッジとか考えない訳?」と大変手厳しいお言葉も頂いた。いやいや、何事も経験だよ。
他にも、他の転生者の話も聞いた。あの町で会った事のある転生者は全部で4名。
今はもう全員あの町を去っているそうだ。他にも色々役立ちそうな事を聞けた。
「話をするって言っても、殆ど一方的にオレが情報を貰うばかりになっちゃったな、悪い」
「良いってことよ。諺の『袖振り合うも多少の縁』ってあるじゃん?あの『多少の縁』って、前世の繋がりの事を言うんだって。日本人同士だったら猶更だよ」
「えへへ」と笑うエミリ―は、元々の整った容姿と合わせてとても可愛らしく見えた。それを言うと調子に乗るタイプの様に見えるので言わないけれど。
やはり同郷との会話は楽しく、お互いに揶揄いつつエミリーと話していると、ログハウスの扉がバンっと音と共に開け放たれた。
「帰ったぞエミリー。…その小僧は誰だ」
そこに立っていたのは、熊の毛皮を背負う、2mを超える大男だった。




