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17a.(母)アリナ

トモヤのお母さんのお話しです。

ちょっと長いです。

「ドラム村に行くことになったんだ」


アリナはそれを聞いた瞬間、思わず手に持っていたカップを危うく落としそうになった。

何故貴方が?そんな思いが頭の中をグルグルと駆け巡る。アリナは理解しているつもりだった。

夫が自由領軍に入隊した時から、覚悟もしていたつもりだった。

結婚して1年、子供を宿して3か月。マーカスからのその言葉は、幸せに暮らしていた日々に終わりを告げる様にも聞こえた。


(「町の人の為に働くなんて、この人らしいな」と思ったけど、まさか最前線のドラム村に送られることになるなんて…)


マーカスは、暗く落ち込んでいくアリナを見て、困ったように微笑んだ。

男性の、ましてや兵士としては細く白い手で、アリナの白い手を包み込むように握り、短く切り揃えられた黒髪を撫でつける。優しく諭すように、マーカスが言った。


「大丈夫。ギルドの方でも自由領軍でも、魔族軍はまだまだ奥地に引っ込んでるって話だよ。それに、ドラム村には避難誘導の為だけに行くからすぐに戻ってくる。そうだね、2週間程かな?其れで戻って来れる。君の出産を見守ることが出来ない、なんて事にはならないよ」

「マーカス…。でも…」


何か言いかけたアリナに、マーカスはただ唇を重ねる。少し名残惜し気に唇を放すと、再び微笑んだ。


(ああ…駄目だな。この笑顔に、私は惚れたんだった)


アリナは思い出を呼び覚ますように目を閉じる。






アリナとマーカスの馴初めは冒険者として活躍していた2年前にさかのぼる。マーカスは余り才能のない冒険者だったが、アリナの方はギルドの中でも一対一で毛熊を狩ることの出来る数少ない冒険者で、殆ど接点がなかった。

だが、ある依頼により狼の毛皮を複数枚入手すべく一人で森に向かったアリナは、運悪く大きな狼の群れと遭遇し、そのまま戦うことになった。何とかその群れを切り伏せることが出来たアリナだったが、狼に噛みつかれた右太ももと左肩からの出血が止まらない。戦いの最中、ポーションの小壺も割れてしまい回復も出来ない。

怪我でまともに動けず、町に無事に帰還できる手段も無かった。


(ああ、私はこのまま死ぬのかな。意地を張らずに、パーティを組んで来るんだったなぁ)


今日は男ばかりのパーティしかギルドにおらず、以前あった不快な出来事を思い出し仕方なく一人で来た事を後悔する。

その時のアリナは、血を多く失ったせいか、意識が朦朧としていた。だから、遠くの方から近づいてきた男に全く気付いていなかった。何かを探すようにしていた男は、アリナを見つけると驚いて駆け寄る。


「大丈夫ですか!?…酷い傷だ。このポーションを飲めますか?ああ、まだ寝たら駄目だ。頑張ってこれを飲んでください」


だが、男が意識をつなぐために喋り続けている言葉はアリナに届かず、そのまま意識は闇に沈んでいった。

次にアリナが目を覚ますと、そこはどこかの宿屋の一室だった。藁のベッドに寝かされているようだが、此処に至るまでに記憶がない。最後に覚えているのは、血を止めようと必死になっていたことだった。

狼に噛みつかれた太ももと肩からは、少し痛みが有るものの気になるほどでもない。アリナが困惑していると、「ぐぅ…」といびきのような声が聞こえた。首を傾け横を見て見ると、一人の男がうつらうつらと船をこいでいた。

「あの…」と声を掛けようとしたが、喉が渇ききっていて、上手く声が出せなかった。

仕方ないので、右手で男の膝を『ぽんぽん』と叩く。すると、男の目がゆっくりと開いて行った。

金色の瞳と人好きそうな顔だちが、アリナをぼんやりと見ている。「随分と綺麗な顔だちだな」とアリナは思った。

男は目が覚めて来たのか目に意識が戻ってくると、アリナを見て柔らかく微笑んだ。


「ああ、よかった。お早うございます。お加減はいかがですか?」


その時の男の笑顔が、アリナにとって最も大切な記憶。マーカスとの出会いだった。

その後、無事に回復出来たアリナは、マーカスと一緒に冒険者として仕事に励むことになった。

男と女の2人のパーティ。男女の仲になったのはそんなに遅くは無かった。さらに1年後、2人は正式に結婚することになり、町に小さな家を借りた。幸いにも知り合いの冒険者や、友達にも恵まれた。

マーカスが伝手を使って、冒険者を辞めて安定した収入を見込める自由領軍に入隊したのは記憶に新しい。

いろんな事があったな、とアリナは思う。本当に、いろんな事が。






アリナが閉じていた瞼を開けると、マーカスの少し困ったような笑顔が目に入る。

「信じよう」と、アリナは思った。此処で気持ちよく送り出してやるのが、良い妻なのではないかと。

軍の決まりだから、となんだかんだ言い訳がましくならず、「いってらっしゃい」を言ってあげるのだとアリナは決意する。ともすれば溢れそうになる思いに蓋をして抑え込みながら。

微笑みながらアリナが口を開いた。


「早めに戻ってきてね?」


決意とは裏腹に、伝えた言葉には寂しさが残っていた。





あれから、2週間後が過ぎた。

今日はドラム村の避難民の受け入れ日で、同時に派遣された護衛兵の帰還が一時の間許される日でもある。

アリナは、マーカスを迎えるため、町門で避難民と護衛兵の到着を待った。


「来たぞ、護衛兵だ!」


門兵が周りの兵に知らせるために叫ぶと木造りの門が開き、そこからドラム村の住人であろう人たちが続々と入って来た。

ドラム村の元住人たちの顔に笑顔はない。故郷を捨ててこの町に来ることに、葛藤があった人も多いのだろう。

先導している兵達と側面を守る兵少なく、後方の殿に兵を多く置いているようにアリナには見える。

獣たちよりも魔族軍の襲撃に気を付けている、と言う事だろうか?

くまなく兵を確認していたアリナだったが、マーカスが見当たらない。見逃してしまったのだろうか。

だが、後方の殿部隊、そこでマーカスの知り合いの護衛兵を一人見つけたアリナは、マーカスはどこにいるのかを聞くことが出来た。

その男は、『話好き』のトニオ。マーカスやアリナと歳は離れているが、気が合うのか冒険者時代からの長い付き合いだ。お腹をさすりつつ、もう一方の手を振りトニオに呼びかける。


「トニオさーん!…お久しぶりです」

「アリナちゃん!っかー、すっかりお腹も膨れちまって、大変そうだなぁ。大丈夫かい?それと、あー、丁度良かった。マーカスから伝言を頼まれてるんだが…」

「2週間じゃそんなに変わっていませんよ。それよりも、伝言って?一緒に帰っているんじゃないんですか?」


トニオが言いよどむ。話好きで、止めないとずっと喋ってるんじゃないかって人が珍しい、とアリナは思った。

それと同時に嫌な予感も膨れ上がる。マーカスに何かあったのだろうか。


「…それがよぉ。何でもドラム村の連中が近くで魔族軍を見たっつってな?1個小隊ほどが見張りと、万が一の足止めの為に残ったんだよ。それがマーカスの部隊だったんだ」

「そ、そんな!大丈夫なんですか?」


膨らんだお腹を触りながら、少し大きな声を出してしまうアリナ。少し目も潤んで来ている。トニオは、慌てて説明し始めた。


「大丈夫だ、アリナちゃん。今から俺達護衛兵は、避難民の受け入れが完了次第、ドラム村にまた向かうことになってんだ。その、魔族軍を見たって狩人が間違えただけかもしれねぇし、2日後には俺達が村に入れる。実質攻め込む時間なんてないようなモンさ」


トニオが落ち着かせようと必死になるが、もうトニオの言葉はアリナの耳に入っていない。

マーカスの身を案じながらも、段々と怒りがわいてくる。


(あのお人よしバカ!2週間で帰るって言ったじゃない!何やってるのよ!これは帰って来たら、一発ぶん殴ってやらないと)


冒険者時代の名残からか、時折アリナは暴力的だった。

そして、アリナふと気づいた。「そうだ、此方から殴りに行けばいいんだ」と。

俯き気味になっていた顔をあげ、涙に滴る目をぬぐい、いまだに捲し立てるトニオに顔を向ける。

決意がどうとかもう知った事か。


「トニオさん」

「それにな、残っている小隊は結構な手練れで構成されているし、いやまぁ、マーカスは相変わらず弱っちいけどよ。何より狩人が何人か残ってっから、魔物どもにもすぐ気づく…あー、なんだい、アリナちゃん」

「私も行きます」

「は?」


身振り手振りを交えながら、ドラム村の安全を説いていたトニオだったが、アリナの宣言に思わず間抜けな返しをしてしまう。

アリナは、決意を表明するように、トニオに向けて一歩踏み出した。トニオが、何かに気おされるように一歩後ずさる。

アリナは、一度目を閉じ深呼吸をして、またトニオを見る。そして改めて告げた。


「私も行きます。ドラム村に、絶対」


アリナの余りの迫力に、トニオの頬が引き攣った。




パチパチと燃える焚火の前で、あまり体を冷やさないようにと、トニオから渡された毛布をかぶり、お茶をすする。時たま、たき火に薪をくべながらアリナはマーカスの事を考える。

お腹を壊していないだろうか、浮気しているんじゃないだろうか、その時はやっぱり冒険者時代に培った『格闘術』1LVの出番かもしれないな、など取り留めもない事ばかりが頭に思い浮かぶ。

横になり眠ろうと目を閉じると、その時に限ってマーカスの安否が気になり、中々寝つけずにいた。明日にはドラム村に着くため、無理やりにでも寝なければと思うアリナだったが、どこか焦る気持ちばかりが生まれる。

先行している部隊は、特に異常は無く、守備兵とわずかにに残った住民含めて全員無事だそうだ。

とはいえ、魔族軍の脅威が去ったわけではない。いつ事態が急変するのか、誰も分からない。

その事実に、アリナは瞼を閉じると考えたくもない惨劇を頭の中に思い描いてしまう。

そこに、偵察兵として従軍しているソーリスが声を掛けた。

彼女は、森の先行偵察任務の為に、今回派遣される事になった者で、同じ女性としてか、妊婦のアリナに出来るだけ気遣ってくれる。


「こんばんは、アリナさん。体の調子は大丈夫ですか?」

「ソーリスちゃん。有難う、お茶全部飲んだら寝るから。ソーリスちゃんも、明日から本番でしょう?」

「はい。私たちが先に村に行き、村の安全を確かめてきます。なのでもう寝ます。アリナさんも、マーカスさんと会えるのが楽しみだからって、夜更かししちゃ駄目ですよ?」

「そうね。寝ぼけていたら、マーカスを思いきりぶん殴ることも出来なくなっちゃうわね」


アリナとソーリスがお互いの顔をみて、少し笑う。ソーリスは少し苦笑気味だが、アリナは気づいていない。この2日間と短い間で、随分と仲良くなったものだとアリナは思った。ソーリスがアリナに手を振りつつ、女性用テントに向かう。手を振り返し、笑顔で見送りながらアリナは考える。


(大丈夫、大丈夫。マーカスはきっと無事。3人で一緒に暮らすんだ)


アリナは無意識のうちにお腹をさすっていた手を止めて、カップに残っていたお茶を飲み干すと、自分の入るテントに向かって歩き出した。




翌日、護衛兵たちは、再びドラム村に向かい歩き始めた。

アリナは、兵たちと一緒に歩いて行こうと思ったのだが、貨物用の馬車の一部を借りる事が出来ないか、トニオが上官に交渉した所、馬車の隅を貸してもらい、座りながら到着を待つことになった。トニオには暫く頭が上がらないな、と思いながら馬車の外を見る。といっても、そこは冒険者時代に散々見ることになった深い森しか見えない。すぐに飽きる。


(確か、昼過ぎには到着出来るって言ってたし、そろそろだと思うんだけど…マーカスは今頃ご飯を食べているころかな)


そんなことを考えていると、遠くの方から鐘のような物が鳴る音がする。これは何だろう?

アリナが不思議に思っていると、馬車の中にトニオが慌てて乗り込んできた。その顔に余裕はは無い。


「アリナちゃん。ドラム村が魔族軍に襲われている。あの鐘の音は襲撃を知らせる合図なんだ。

今からこの馬車の馬も使って、先に向かう。2人兵を置いておくから、此処で待っていてくれ」


このトニオの言葉に、アリナは即答した。


「私も行きます!」

「馬鹿、駄目だ!……すまねぇ、それだけは絶対に駄目だ。分かるだろう、お前は妊婦なんだぞ?…必ずマーカスは助かる。信じて待っていてくれ」

「……」

「この馬車の荷台はこのまま置いて行く。もう一度言うが、必ずここで待つんだ。いいな?」


そういってトニオは外に出ると、馬車馬の馬具を外し始めた。数分後、馬を使い数騎が駆けて行くのが見えた。

トニオには悪いと思いつつも、アリナはもう我慢の限界だった。待つのは本来の性分じゃない。愛する人が、そこで死ぬかもしれない状況で待っていたら、冒険者時代に死んでいる。


(ごめん、トニオさん)


アリナは、馬車の中に落ちていた木片を拾い上げると、馬車の後方の木に思いっきり投げた。

『バキッ』と、大きな音に反応してか見張りの兵士が、そちらを向かうと、一瞬だけ、冒険者時代のステータス、行動力の高さを生かして素早く森の中に隠れた。アリナは『隠密』2LVを使えるため、一旦森の中に入れば、常人では見つけることは容易ではない。

兵士がそれに気付き、慌てて探すがもう遅い。申し訳無く思うが、アリナにとって今、とにかく村に行くことが最優先だった。

お腹を気遣いながらも、森の中を進んでいく。武器も防具も無い今の状況は、冒険者時代にも経験したことがない。おまけに服は丈の長いワンピースだ。準備も無いもしていない今の状態に不安があるが、それでもマーカスが心配なアリナは、村に向かって進み始めた。




アリナが30分ほど歩くと、遠目から見て木で出来た建物が何件か見える。ドラム村だ。

草場に隠れながら村に近づいて行くと、そこにあったのは死体の山だった。

その血の匂いに、アリナは思わずむせかける。


(なに、これ…こんな…人と、化け物の?)


村の周りに張り巡らされた一時しのぎの柵を乗り越え、隠れながら進んでいると、その一対の遺体は有った。

人に近い形をしながらも、その赤黒い皮膚から大量の血を流して死んでいる化け物と、その化け物と相打ちになるようにして、剣で刺し貫いている男の遺体が、お互いを支えて立ったまま死んでいる。

その顔には見覚えがあった。というよりも、先ほどまで話をしていた男。トニオだった。


「トニオ、さん…?」


近づき、トニオの体を揺するも、トニオの体はすでに冷たくなっていた。よくトニオの体を見てみると、左腕が付け根から無くなっている。そこから、大量の血が流れ落ちていた。

数舜の間、呆然としていたアリナだったが、よろよろと立ち上がると、マーカスを探さなければ、と回らない頭で考え始める。


(トニオさん。今は、マーカスを探させてください)


トニオを横に寝かせて、化け物からトニオが刺していた剣を引き抜き、それを持って再び村の中を『隠密』2LVを発動しながらマーカスを探す、時折あの化け物が居たが、住民を貪ることに夢中なようで、アリナに気づく事はなかった。その化け物の食事風景に、思わずえずきそうになるも、無理やり抑え込む。

さらに進むと、森の奥の開拓道に繋がる入口の方に、大量の人間の死体があった。皆、揃えの皮鎧を着ている事から、この村を守っていた守備兵だとアリナは気づいた。そこに一匹、あの化け物が、兵士の体をむさぼり食っていた。その兵士の顔は…


(いや…いやいやいやいや。そんなの、そんなことって。あああ、神様)


これまで一度も祈ったことのない神に懇願するも、事実は変わらなかった。

そこで貪られている兵士の顔は、この世界で絶対に見間違えることのない人、マーカスのものだった。アリナは、何かが決壊するかのように叫ぶと同時に、その赤黒い化け物に切りかかる。


「あああぁあああああ!」


アリナは、冒険者時代に鍛えた『剣術』LV2を使うと、彼女を知る人が見れば、現役から数年たったとは思えないほど強烈な一撃を化け物に見舞った。


「ギャゴアアァア!?」


突然出てきたアリナに対応できず、化け物の上半身と下半身が分かたれた。その威力からか、剣が半ばで折れてしまうほどだった。


(ははっ、トニオさん、あんまり手入れしてなかったんだろうなぁ)


アリナは、この状況にそぐわない儚げな微笑みを浮かべると、折れたトニオの剣をその場に置いた。

そのまま、マーカスの元に近寄る。マーカスの顔は、どこか惚けたような顔をしており、その瞳はどこともしれない虚空を見ていた。アリナはマーカスの近くに座ると、マーカスの頭を膝の上に乗せた。


「……」


アリナは無言だった。ただ、マーカスの瞳を覗き込み、微笑みを浮かべている。やがて、マーカスの頭を包み込むように抱くとアリナは言った。


「ごめんね。私は、貴方が弱いって知ってて、それでも、守ってもらってるって思いたくて、止められ無かった。…あはは、何言ってるんだろうね、私」


アリナは体を起こし、再びマーカスの顔を見る。瞼を落とし、頬に着いた土を手の甲で拭く。


「マーカス。ごめんね、ごめんなさい。助けてあげられなくて、ごめん。生きて帰れるか分からないけど、私もうちょっとだけ頑張ってみるよ」


アリナは丁寧にマーカスの頭を、ポケットの中に入れていたハンカチの上にのせて地面に置く。

最近ではすっかり癖になった、腹を一撫ですると、未だ零れ落ちる涙を拭い、立ち上がって気づいた。あの化け物たち数体に囲まれていることに。


「いいよ、来なよ。殺してあげる、全部。そして、帰らせてもらうからぁ!」


アリナが叫ぶと、先ほどの再現の様に化け物に斬りかかって行った。

化け物は全部で3体。1体を『パワースラッシュ』で薙ぐように斬ると、頭の半分が吹き飛んだ。

2体目は体を捻り、その勢いを利用した回転斬りで、分断は出来なかったが心臓まで達する一撃を加える。

胴に埋まった剣を引き抜きつつ、3体目に狙いをさだめようとした瞬間、上の方から化け物が落ちてきた。

4体目が居たことをアリナは悟ったが、建物の上から跳躍して目の前に降り立ったその化け物が振り下ろした爪を避けられず、右肩から左わき腹に掛けて抉り斬られた。胸から鮮血が吹き上がる。ここに人が居てその傷を見ればこう思うだろう。「致命傷だ」、と。


(ああ、これで死んだら、マーカスの元に行けるのかな)


無意識に左手に握った剣で、飛び降りて来た化け物の胸に突き刺す。唐突に一撃をもらった化け物は仰向けに倒れ血を吐き出した。

アリナは、最後に残った一体を後目に、胸から血を流しながら奥の小屋に走り始めた。化け物はそれを追い、4つ足で走り始める。

小屋の入口にたどり着く直前、アリナは突然振り返り、溢れる血にも構わず『パワースラッシュ』を繰り出した。4つ足で走り、勢いがついていた化け物は、その一撃を回避できず、わき腹に受けてしまう。

だが、アリナも血を失っているためか、余り深くは刺さらなかった。

アリナは苦しむ化け物を一瞥すると、小屋の中に入る。

小屋の中にはなにも無かった。この家の住民が、家財を持ち出して行ったのだろう。

「今の私にはお似合いの小屋だ」とも思う。

アリナは、入口の奥の壁に背を付けると、そのままずるずると座り込んでしまった。

血を流し過ぎたのか、体がもう動かない。左手の剣の感触ももう分からなくなっていた。

瞼が重く感じながらも、小屋の入口から、わき腹を血に濡らした化け物が入ってくるのが見えた。

あちらも重体ながらも、此方を逃す気は無いらしい。


(そういえば、私がこんな感じで死にかけていたのは何時だったっけ。全く、『ノーマルモード』にしたのにこの仕打ちは無いよ、神様)


アリナは、化け物が、腕を振り上げるのが見た。もう、それを見て何を感じることも無い。

最後に無意識に右腕が動くと、いまだ産まれぬ子がいる腹をさすった。


(ごめんね、『トモヤ』)


化け物がその腕を横に薙ぐと、アリナの頭は胴と分かたれた。

『アリナ』こと『浅木有菜』の2度目の人生は、こうして幕を閉じた。


『神様のメモ帳』

浅木有菜の転生は、当時の年齢で16歳の時だった。

彼女の母が2か月後に出産を控えている時に、崩落事故に巻き込まれ死亡した。

その後産まれてくる弟の名前は「浅木あさぎ 友也ともや」。彼女が付けた名前だった。

皮肉にも、浅木有菜は弟も息子も、一目見ることも出来ずに世界から再び消えた。

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