2.ヘルモードの転生先
本日2話目です。
気が付くとオレは真っ暗なところにいた。
というか、目が開けられず体の感覚も良く分からない。どうなってるんだ?
なんだか妙な無重力感だけを感じとることが出来る。宇宙空間に居たらこんな感じだろうか。
あまり考えたく無い事だが、もしかして全身麻痺になってしまったんだろうか。目出度くも即死には至らなかったが、これではどうしようもない。早くも詰みだ。
一瞬不安に駆られたが、それを打ち消すように腹のほうから何かが流れ込んでくる感覚があった。それはとても暖かく安心する何か。優しさや幸せを直接注ぎ込まれているような不思議な感覚だ。
同時に、ハッキリと聞き取ることが出来ない耳の側で、何かがドクンドクンと脈打つ音が聞こえた。
胸に耳を当てて心臓の鼓動を聞いているような……そこでピンと来た。
オレはたぶん、転生して赤ん坊になっている。ただ、母親のお腹の中なんだ。
…ちょっと意識が戻るの早くないですかね? これは想定していなかったパターンだ。
ただ、全身麻痺などの即詰みパターンでなくて本当に良かった。
そういえば、貰ったチケットとかどうなってるんだろう。
悶々としつつも、暫くオレは、何もすることがなく、ただただ寝て過ごすことになった。
目覚めてから大分時間も過ぎた頃、オレは猛烈に焦っていた。
先ほどから、母体からの栄養が全く届かなくなっていたのだ。
それに続いて未だ嫌な予感が収まらない。
あまり考えたくないが、今まで栄養を貰えていたのに急にそれが途絶えたということは、母親が息絶えてしまったという可能性が一番高いと思う。
何も食べるものがなくて母親が栄養を摂取できていない、という可能性もあるが、今までは結構な栄養がオレに流れ込んできたことを考えると恐らくは…。
ヘルモードを舐めていたわけではないが、まさか産まれる前にこの殺意の高さは凶悪過ぎる。
とにかく、早くも非情なる決断を迫られることになった。この母体からの脱出だ。
出来れば母親を助けたいが、集中して耳を傾けても心音が聞こえ無くなった。もう手遅れの可能性が高い。
だが、どうすればいいのか見当がつかなかった。オレの今の状態からして、恐らく外に出ると未熟児として生まれ落ちることになるだろう。そんな状態で生きられるのか?
仮に何とかなったとして、その後は? 母親以外の頼れる人がいるのか?
……考えろ。まずは何をするべきだ?
前世では、チートをもらった小説の主人公がまず行うこと。それは能力の確認だ。
『ヘルモード』ではいくつかのチートスキルが貰えると書いてあった。一か八か、それを使うしかない。
チケットあるし生まれた後でもいいかと余裕ぶっこいてたらこれだ。世知辛いもんだ。
(まずは…ステータス)
チート能力を確認する為に、総当たりでそれっぽい確認の呪文をつぶやいて行こうとしたら、頭の中にゲームのメニュー画面のようなものが浮かび上がる。一発で当たりを引いた。運が良い。
○一一一一一一一一一一一一○
l名前:トモヤ
l種族(状態):人族(胎児)
lLV:-10(0/0)
lHP:1/1
lMP:0/0
l攻撃力:0
l守備力:0
l行動力:0
l幸運 ;-500(称号『転生者』の為-500補正)
l
l???
l-神様へのチケット
l-1週間無事だよチケット(残り 74:12:38)
l
l祝福スキル
l-逃走吸収 (1/5LV)
l-徴収贈与(1/5LV)
l-時間停止(1/5LV)
l
lユニークスキル
l-鑑定の魔眼(1/5LV)
l-絶対記憶(1/5LV)
l-液体操作(1/5LV)
l
l称号
l-転生者 (ヘルモード)
○一一一一一一一一一一一一○
幸運マイナスってなんだよ…。色々と調べたいこともあるが、まず調べないといけないのは、文字通り生命線のチートスキルだ。恐らく、この祝福スキルと言うのがそうなのだろう。後、『???』って何なんだ。ええと、スキルを調べるにはどうすればいいんだろう。とりあえず、上から調べていくとして、『神様のチケット』を調べたいんだけど。と思ったらあっさりできた。便利だな。
スキルのウインドウが頭の中に表示される。まずは『神様のチケット』からだ。
○一一一一一一一一一一一一○
l神様のチケット(???)
l-現在、このスキルの情報を閲覧することはできません。
l-このスキルに対し、何等かの干渉が確認された時、このスキルは自動的に消去されます。
○一一一一一一一一一一一一○
……何も分からない。次だ。
○一一一一一一一一一一一一○
l1週間無事だよチケット(??? 残り 74:12:25)
l-現在、このスキルの情報を閲覧することはできません。
l-このスキルに対し、何等かの干渉が確認された時、このスキルは自動的に消去されます。
○一一一一一一一一一一一一○
『???』ってこんな意味不明なのばかりなのか?何一つ情報を得られない。次だ。
○一一一一一一一一一一一一○
l逃走吸収(1/5LV コスト無し 祝福スキル)
l-逃走する時にのみ、発動できる。
l-このスキルは、祝福スキル以外ではレジスト出来ない。
l-スキル保有者の半径5m以内、10倍以上のレベルを持つ者を対象とすることが出来る。
l-スキル保有者のレベルを対象者のレベルの半分を、経験値として吸収する。
l-対象者に対して、逃走以外の行動がとれなくなる。この効果は、対象者が生きている限り有効。
○一一一一一一一一一一一一○
おお、このスキルは使えるんじゃないか? コスト無しってのはMPとかを消費しないってことだと思う。
MP0の今のオレでも発動できるスキルってことだ。問題は半径5m以内に誰もいない、もしくは父親等オレを助けてくれるかもしれない存在にも発動してしまう可能性があるって事だ。
(どうする? まずは他のスキルも調べて…)
他のスキルを調べようとした次の瞬間、薄らと光を感じた。あまり体の感覚がないので、確証はないが、オレはまだ、目が明いていない。何かおかしい。さらに、未だ不自由な胎児の耳から、悍ましいような、異常なほど大きい『叫び声』が聞こえた。とても『ヤバい』何かが、近くにいるのは明らかだった。チケットがどこまで有効か分からないんだ。今すぐ行動するしかない。
(ためらうなーー『逃走吸収』!)
スキルを使うように念じた瞬間、体にあるどこかの感覚で使えたこと分かる。それに従うと、5m以内の『吸収』の対象に出来そうなものは1つだけ。先ほどの『叫び声』もソイツか? ならば迷う必要はない。
それを選択し、『逃走吸収』を発動した。すると、ものすごい力の奔流のようなものが、オレの体の中に入り込んでくるのが分かる。余りの力の脈動に、体がバラバラになりそうなほどだ。痛覚もほとんど分からんが、恐らく体が悲鳴を上げているのではないか? しくじったのだろうか。いや…これは…
(分かる!体の感覚が少しずつ分かるようになってきた!ていうか、体が大きくなっている?)
脚の感覚、手の感覚、頭の感覚、体全体の感覚が次第にはっきりと感じ取れるようになってきた。
ミチミチと、肉が引っ張られるような音がする。恐らく、オレを包む肉の壁が、引きちぎられんとしているのだろう。そしてついに、限界が来た。
まるで破裂するように、肉の壁に亀裂が入り、先ほどよりも眩しい光が差し込んだ。目を開けると、光の奔流に目を閉じてしまいそうになるが、気合で目を開ける。俺の目の前には、四肢に筋肉を巡らせた悍ましい怪物がそこにはいた。レベル吸収の影響か、はたまた突然現れたオレを訝しんでか、後ずさってこちらを睨み付けている。
「ゴルゥグググガガァァァ…」
怪物が咆哮を上げるも、どこか力を感じなかった。もしかしてビビってるのか?
オレは、肉の壁のから這い出ると、冷たい地面に降り立った。ぐちゃり、と肉を潰す嫌な音がする。死体の大きさから測り、おおよそ小学校低学年くらいの大きさになったと思う。
へその緒も見当たらない。千切りながら出てきてしまったのだろうか。
ふと、後ろを振り返ると、母の死体が目に入る。母の体は、筆舌に尽くしがたい状態だ。
首がなく、左肩から右胸にかけて引き裂いた傷が見える。腹は、何かが爆発したかのように臓物が散乱している。これは、オレが原因だ。オレがやったんだ、畜生。余りの現実離れした光景に、吐き気がこみ上げる。
(ああ、こんな事を思う資格もないが、オレを宿してくれて有難う。そして、ここに置き去りにすることを許して下さい)
先ほどから、体が我武者羅にこの怪物から逃げ出したがっている。恐らく、『逃走吸収』の効果だ。
オレは、再び怪物を見る。敵は、オレを警戒してか、さらに距離を取っていた。
オレも敵を見ながら少しずつ後退しつつ周りを確認する。
木造の部屋、小さな窓が3つ見える、外の明るさから昼間、窓から森? が見える、家具の類は一切ない、床は無くは土が剥き出し、オレのすぐ傍に扉が開けっ放っぱなしになっていてそこから外が見える、母のそばには、抜き身の剣が一本落ちている、敵をよく見てみると、わき腹から血が流れているのが見える。母に反撃を貰ったのだろうか。もしかして、レベルダウンの影響と相まってケガで動けないのか?
ならば、今がチャンスだ。このまま脱出しよう。敵に視線を向けたまま、剣を取ると同時にドアを抜け外へ飛び出した。
外に出ると、広場のようなところに出た。木造の家が、広間を中心にして10戸程。オレが飛び出したところも同じような木造の小屋だった。周りには人の死体と、あの怪物の死体が散乱している。人の死体は、何かに食いちぎられたかのように体の何処かが欠けている。一瞬、母の遺体がどうなってしまうのかを想像し、頭を振り逃げることだけを考える。他に人は見当たらないが、この集落の入口のような門がある場所に先ほどと同じような怪物が何匹か見える。もしかしたら、父に当たる人がこの集落の何処かにいるかもしれないが、この集落の状況を見ると望み薄に思えた。オレは急いで家の裏手に回り込むように移動すると、森の中に入り小屋が見えなくなるまで走り続けた。