16a.監視者
本日2話目です。
時系列としては11話~13話のお話しになります。
トモヤとソーリスが帰った直後のギルドマスターの部屋、そこには『3人』の人物が居た。
一人は『ギルドマスター』ハーガン、そしてハーガンの横に座る『軍の司令官』マーシャル、最後の一人はアーチルドと言う名前の男だった。
アーチルドは自由領軍所属の数少ない『ユニーク持ち』であり、『超隠密』という『隠密』の上級スキルであるユニークスキルを持っていたため、トモヤにもソーリスに部屋の隅にじっとしているだけで、気づかれる事が無かった。
もし仮に気づかれても、素知らぬ顔で自己紹介をさせればそれで済む事だし、気づかれなければ本命の仕事を任せることが出来るとマーシャルは考えたのだ。
マーシャルはトモヤとソーリスがギルドから出るのを窓から確認すると、アーチルドに話しかけた。
「どう見る、アーチルド」
「は!視線の動きを見るに、私には気づいていない様に見えました」
マーシャルは振り返るも、ソファに座るハーガン以外の男の姿は無い。
男の声が聞こえるが姿は見えない。相変わらず凄まじいスキルだなとマーシャルは思う。
闇の精霊の力を使っても正確な位置が把握出来ないその力が、もし敵側の勢力だったらと思うとぞっとする。
「同意見だ。後は事前の指示書通りに動け」
「は!」
ガチャリと音を立てて一人でにドアが開いた。…ように見えるが、アーチルドが出て行った音なのだろう。奴は結構律儀な男だし、敬礼もしていたのかもしれない。返してやれなかったことをマーシャルは少し悔んだ。
「監視かい」
黙って2人のやり取りを聞いていたハーガンが短く呟いた。腕を組み、視線をマーシャルに向けながら問う。
「あのクソガキを、魔族軍の間諜か何かだと疑ってんのか?」
「記憶の喪失、年齢に見合わぬ口調、再度森に入る提案、血の呪術師の噂…それに先ほど我々のスキルを見抜いていた口振りだった。幾らなんでも怪しすぎる」
「分からんでも無いがよ。俺も記憶を失っている、って辺りは嘘だとは思うがな。案外、本当に森に入りたかっただけじゃねぇのか?ま、坊主がシロなら寧ろ都合がいいかもな」
そう言ってハーガンが笑いながら、自分のカップに茶を注ぐ。マーシャルはもう一度窓の外を見て、窓辺から離れた。
何にせよアーチルドの報告次第だな、とソーシャルは考えると、次の仕事をかたずける為にハーガンに一言告げて部屋から出て行った。
トモヤの監視を続け、森の入口にまで隠れて来たアーチルドは、何処かやる気なさげに溜息をついた。
今ギルドマスターと何か話しているトモヤを見ながら、先日の指令書の内容を思い出す。憶えた指令書は即燃やしてしまうのが原則なため、もう手元にはない。
マーシャルがトモヤの利用法として考えていたのは、概ね3つあった。
1つ目は単純に強力なスキルが使える戦力として。
2つ目は英雄や神聖な者に仕立て上げて軍の士気を向上させる為。
そして、3つ目は魔族軍の間者だと仮定しての動向調査であった。
そして、早い話この3つの内、1つ目と3つ目をを調べるのがアーチルドの役目だった。
1つ目に関してな半ば『使える』事が分かっている。なので主な目的としては3つ目だ。
アーチルド自身としては、2つ目が一番気になる所ではあった。
魔族との交戦から早1年が経過するも、いまだ魔族軍の目的を自由領軍は掴めて居なかった。此方からの呼び掛けにも全く反応がない。捉えた魔物から尋問をしようにも、知能が低い魔物が殆どの為、まともに会話にもならないため意味を成さない。
そのため、自由領の兵士はこの一年間、魔族軍の目的も分からぬまま、ただ戦ってきたのだ。
終戦の兆しが見えないこの戦いで、確かに兵の士気は落ちつつあった。
アーチルドも例外ではなく、開戦当初の戦意を保てているかと言われれば、疑問符が付く事は間違いなかった。
ただ、アーチルドは元来まじめな性格でもあったし、軍の中でも非常に有用な『ユニークスキル』を持つ責任感もあった。そのため、雑な仕事をするつもりはアーチルドには全くない。
(『血の呪術師』の噂も大方マーシャル司令官が流布したか、スキルを曲解した冒険者の戯言だろう。
あの少年が魔族の間者なら、もう少し上手くやれるはずだろ。記憶喪失だなんて、下策もいいとこだ)
だからこそ、この任務も1週間ほどの観察期間しかない。期間中は、重要報告以外での帰投を禁じられている以外特に気にするところではない。
いささか若い、『ユニークスキル』が使える狩人の狩猟光景を見守るだけだ。
アーチルドは、ギルドマスターと別れて森に入っていくトモヤを確認しつつ、自分も森に入る為に門に向かう。
だが、彼の楽観は大凡2時間後に打ち砕かれることとなった。
(やばい、やばい、やばい。一体何なんだ、これ。)
森での監視では大体木の上が定位置のアーチルドだったが、いま眼下で行われている戦いは森を知っているものからしたら、常識を逸脱したものだった。
とにかく、狼の数が多過ぎたのである。
狼にしろ熊にしろ、森で主に狩られているこの2種は、通常6人体制の1パーティで当たるのが基本とされている。さらに言えば、この森は広く、熊や狼に全く遭遇しない日もある。ましてや、こんなまだ森の入口と言っても良いぐらいの所で、ここまで獣に遭遇するのはあり得ないことだった。
狼や熊の毛皮を担ぐことなく角の生えたウサギを狩って、その日をどうにか過ごせるほどの糧を得て一日が終わる事も決して珍しくないのだ。
不思議なことに、狼を倒し終わりそうになると、別の狼の群れが合流し、戦線に加わってくるのである。
そうこうしている内にあれよあれよと狼の数は増え続け、今では40匹以上はいた。
だが、さらに驚く事に監視対象であるトモヤは、もうすでに半分以上の狼を倒していた。
もし冒険者がこの事態当たるとしたら、4パーティ以上で連携して戦わねば全滅もあり得る。そんな一大事を、あの少年は一人でこなしつつある事に、アーチルドは若干の恐怖すら感じる。
あの身長で扱うには大ぶりな剣を巧みに操りつつ、右手の変わった形の短刀を牽制に使うかと思えばそれを決め手にすることもある。
子供ながら剣の腕も達者だが、一番の恐ろしいところはトモヤの周囲に浮いている水球だ。何故なら、あの球を一度当てられると、そこからまるで何か燃えた様な煙が一瞬立ち上り、次の瞬間には毛皮が摺向けになって、肉をむき出しにした狼がそこにいるのだ。皮を失った狼はそこから大量の血を流し、森の土に倒れ込む。
こういう『仕事』をしていると、中々言葉に出来ない状態の死体を見ることもあるのだが、それに負けていない。
アーチルドは、そのあふれ出した血を再び水球に纏め上げているトモヤを見て、本当に残虐非道な扱いに慣れている魔族の一人なのではないかと思い始めた。
だが、戦況が少しずつ変わり始める。トモヤが押され始めているのだ。
どうやら、体力は子供らしくそれなりにしかない様だ。最初のような動きのキレが無くなりつつある。
そんなことはお構いなしに、オオカミの数はやや減ったものの、依然20匹ほどが健在だった。
そこに、場を更なる混沌に陥れる別の乱入者まで現れる。
(ここに来て熊か…)
現れたのは毛熊、推定レベル10以上の強敵だ。それも2体いる。
アーチルドは、流石に初日に死なすのは不味いのではないかという思いから、ケムリダケを準備するかどうか迷っていると、熊を見て一瞬動きを止めていたトモヤが、唐突に熊と反対方向に逃げ出した。
と同時に、トモヤの操っていた水球が2倍の大きさになり、これは新しいスキルか何かだな、と冷静にアーチルドは分析した。
しかし、一つ分からないことがあった。トモヤがもともと立っていた場所には、3つの水球をわざわざ一つにまとめた大きな水球が一つ置いてある。
(なんであの水球を使わない?)
今トモヤは狼の囲いを突破すべく、残った水球を使い戦っているが、明らかにあの球を使った方が突破できそうなものだ。何を考えているのだろうと思っていたが、それについて考えを巡らす前に、トモヤが危険な状態になっていた。水球を使いきり、一体の狼の突進に躓くように吹き飛ばされたところを別の狼に圧し掛かられている。その狼の首を狙った噛みつきを、左腕を犠牲にすることで何とか防いだ。
が、何と空いた右腕で手刀を繰り出し、狼の右眼を抉ると、その出血部分から血を吸い上げ水球を作り、弱った狼を体のバネを使い狼を跳ね除けて脱出している。
何なんだこの子供は。いい加減無茶苦茶すぎる。
アーチルドは呆れながらも、トモヤは依然と危険な状況には変わりがない。ここからどうするつもりだろうとアーチルドが思った瞬間、『それ』は来た。
何の前触れもなく、トモヤが置いて行った大きな水球が大爆発を起こしたのだ。
正確には、アーチルドは恐らくそうだろうと推測しただけだ。アーチルドもまた、その大爆発に巻き込まれて爆風により吹き飛ばされていたからだ。
(これが奴の奥の手か!?な、何なんだ、この馬鹿みたいな威力は!)
空中に吹き飛ばされたアーチルドは、多少離れたところに居たためか爆風の影響も比較的少なく、地面にぶつかる瞬間に受け身を取ることが出来た。ステータスの恩恵もありダメージは殆ど無い。
が、周りが爆風によって巻き上げられた土煙によって何も見えない。落ち着くまで待つ。
土煙が収まってくると、辺りの惨状はまるで『地獄』のようだった。
狼の死体がそこらかしこに散乱し、体が跡形もなくなっているものや、かろうじて息が有るが、体の一部を欠損していてもう助かりそうにない狼もいる。
ユニークスキル『絶対隠密』を再び使い、周りの環境に溶け込みつつ、トモヤの姿を確認するために辺りを見渡す。
少し探して見つけたトモヤは、まだ生きている狼の首にナイフを突き立て止めを刺していた。
念入りだな、とアーチルドが思っていると、その狼から血を抜くと、その血を使って雨を降らし始めていた。
アーチルドの運が悪かったのは、角度的に草木の燻りなどが見えず、トモヤが何故雨を降らせたのか理解できなかった事だった。
アーチルドが確認できたのは、煤に汚れた緑の葉が血の雨で赤く染まるのを見つめる少年という、常人が見れば、恐怖に腰を抜かしてもおかしくない光景であった。
それを何度か繰り返すと、トモヤは満足そうにうなずいた。
アーチルドは、一体此奴は血の雨を降らせて何をやっているだ?なんの意味が有るんだ?と混乱するが、次のトモヤの行動を見た瞬間理解した。
トモヤが少し急ぐように、ウエストポーチから何かの小壺を取り出すと、顔と手に緑色の液体を塗り始める。
緑色の装備一式と、顔と手に緑色の塗料を塗りこんだその姿は、とても堅気の人間には見えない。
その時、アーチルドにある言葉が思い浮かんだ。
(『血の呪術師』…こいつ、本物だ…)
『アーチルドのメモ』
少年トモヤについての報告。
監視初日、森に少し入った所で多数のフォレスト・グリーン・ウルフと交戦するのを確認(戦闘途中よりブラウン・ヘアリー・ベアの2匹が参戦)。推定40匹以上を監視対象が一人で対応する。例の血を用いたスキルも見ることが出来た。概ね聞いていた通りのスキルで間違いない。
その戦いにおいて、状況が厳しいものになると、狼の血を利用した何らかの方法で地面を抉るほどの大爆発を起こし狼を殲滅させる。その後、理由は不明だが狼の血を雨状にして辺りに散布していた。
散布し終えると、此方も理由は不明だが、顔と手に緑色の液体を塗りこみその場から移動。
戦闘地点からやや離れた茂みにて、体力回復の為か待機。
血の雨や緑色の塗料を顔に塗る行為など理解できない行動が多く、何らかのスキルの一環、もしくは宗教的な儀式の一種では無いかと推察しているが確証はない。
また、森と交戦した場所も森に入ってから2時間の地点であり、狼の生息範囲からこの数との遭遇は過去例が無い為、監視対象が故意に呼び出した可能性もある。
『血の呪術師』は本当にただの噂なのか…?
この話は後で多目に書き直しするかもしれません。




