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51.勧誘

はっきり言って面倒臭い。

もう、適当なこと言って帰ってしまおう。と思っていたら、さらに、引き止めるようなことを女の獣人が言う。

「本当に、ありがとうございます。私たちのほかに、子どもがいるんです。一人の子は、大怪我をしていて、もうひとりの子は、弱っています。お願いします。先ほどの薬を、分けてもらうわけにはいかないでしょうか」



・・・・・・・やめて~~~~~~


心の叫びを密かに上げた後、可奈は、きびすを返そうとした足をさらに、反転していた。応急処置用の救急箱で、どうにかなるレベルの怪我や病気ならいいが、それ以上だとどうにもならない。でも、相手が子どもと聞いて、自分のできるだけのことはしてやりたい。ベルには、車から一緒に降りるように言って、救急箱を手に取り、女の獣人に言う。

「この薬でよくなるかどうかわかりませんが、痛み止めと簡単な傷薬はあります。本当にどうにもならないかもしれません。できるだけのことはしてやります。連れて行ってください」

車の周りにも、謎バリアはあるが、そんなところにベルは置いていけない。連れていけば危ないこともあるかもしれないが、可奈バリアがこの世界に来て、一番安心であることは、数々とはいえないが、1,2回の経験からわかっている。大魔獣にも大丈夫。百人乗っても大丈夫って感じなのである。


男は女の行動に口を出そうとして睨まれ黙った。女の獣人は、彼らが出てきた岩に隠れてあまり見えなかったところにある小さなあばら家に、可奈たちを案内した。


先ほどの家より、まだましという程度で、中で落ち着ける家ではない。まず、戸がない。中が見えているが、下は地面だ。中は薄暗いが、壁にあいている隙間から、日の光が、入っていて、けっこう見える。奥に次の部屋に行く入り口があり、そこにも戸はないので、下が地面なのが良く見えた。

「ここです。どうぞお入りください」

ここまで、きて遠慮するわけには行かない。いい意味でも悪い意味でも。

「失礼します」

戸口をくぐるとき挨拶をしながら入る。女に案内され、続きの部屋に向かうが、後ろにベルがついてきているかどうか確認をするために振り向くと、ベルも可奈と同じように挨拶をしながら入ってくる。

親の背中を見て子は育つというが、侮れない言葉だ。


ベルの前では、行動に気をつけようと、心にメモする。そんなことを考えているこの時点でもう、駄目親なのだが、良しとする。


ちなみに炎禾やイエローたちも何やら言って入ってくる。


次の部屋の入り口に立って、驚いた。

臭いも凄かったが、地面に直接、布にくるまれた子どもが転がっているのだ。



なんか・・・・既視感?


ベル2号、3号だ。


腐った布のゴミの固まりだ。

女の獣人を押しのけ、急いで、そばに行く。慌てる女を無視して、近くの子の布を広げる。べたべたと油染みていてヘドロが巻きついているようだ。中の子もデロデロに汚れている。

臭い部屋に、さらに思わず鼻を背けたくなるような臭いが立ちこめる。


生きているのか?

顔を見ると、耳が生え、顔の周りは毛が生えているが、狼の獣人より人間に近い顔をしている。息を微かにしている。呼吸が荒い。汚れすぎているが、顔色が尋常でないのはわかる。赤黒いというかどす黒い。おでこに手を当てると、熱がものすごい。身体を覆っているものをはずすと、服は着ていなかったようだ。首から肩、背中と毛で覆われているが、お腹のほうは、自分たちと同じだ。


・・・・いや、こんなにあばらが浮き出ているなんて同じじゃない。手足も枯れ枝のように、今にも折れそうなほどだ。一応手足をゆっくりとさすって、折れてないか確認をする。体中が熱い。意識がないと思ったが、ふと、顔に目を戻すと、うっすらと目を開けて可奈を見つめている。純粋な汚れのない目だ。


「こんにちは。私は、可奈といいます。苦しかったね。もう大丈夫だよ。薬を飲むから、少し何か食べようね」

イエローとブラックに車の中から食べ物を持ってこさせようと、後ろを振り向くと思わずのけぞる。狭いところにみっちり人や獣が詰まって可奈を凝視している。

一瞬怯んだが、イエローたちに言う。

「イエローとブラックで、ポットと携帯おかゆを持ってきて、あとスポーツ飲料も大きいペットボトルでね」

とりあえず、額と腋、のどに冷えピ○を貼る。自分の服の上着を脱いで、子どもに掛ける。

「このまま、じっとしていてね」

閉じそうな瞳に向かって、できるだけ優しく言う。

「お母さん。はっきり言います。私は医者ではありません。でも、できる限りのことはさせてもらいます。今から熱さましを飲ませます。その前に何か食べ物を食べさせないといけません。それを取りに行っていますので、先にこの水を飲ませていてください」

ほぼ、連れてきた頃のベルと同じ症状だ。女の獣人にスポーツ飲料のペットボトルの口を開けて渡して、次の子の所に行く。

同じように布にくるまれているが、血なまぐさく膿んでいるような饐えた臭いがする。開けるのが怖い。よく聞き取れなかったほど、小さい声で呻いていた。

声を掛けながらそっと捲っていく。

「ごめんね。ちょっと痛いけど、この布をはずすよ」

膿みと血で布が身体にへばりついているのを、ゆっくりひきはがしていく。そのときは、痛ましさで、どうやったら痛くないように剥がせるかだけが頭をいっぱいにしていた。そのおかげで、子供の憎しみに溢れた瞳で睨み付けられているのに気が付かなかったのは、幸いだった。後からベルに聞いて冷や汗をかいた。もし、このとき気が付いていたら気が引けて、手当てしなかった可能性大である。医者ではないので、医療行為っぽいことにためらいがあったのだ。

そんなことをしていると、イエローとブラックが帰って来た。ブラックは、ビニール袋に、スポーツ飲料ばかりか普通の水も持って来ていた。炎禾も一緒に行ってくれたのか、タオルや毛布を持って来てくれた。

こんな時だが、一人?と2匹を盛大に褒めまくった。ベルを見ると羨ましそうな顔がちらりと見えたので、ベルにも、自分と離れない約束をちゃんと守れてえらかったと褒めまくった。

うちの子は、ヤキモチ焼いても超かわいい!!!!!


っとそんな場合ではない。

「ベル、お湯を入れてお粥作って、その子のお母さんに渡して、食べさせて、それから、熱さましの薬を半分にハサミで割って」

「お母さん、食べられるだけ食べさせて、その後、薬を飲ませますから」

と言いながら、次の子の方を振り返る。

目をつぶり、歯を食いしばりながら、うめき声をあげている。声を出さないようにしているのだ。

「痛かったら、声を出してもいいんだよ。我慢しないで。これから私が、君の体を触るけど、痛かったら言ってね」

歯医者のようなことを言う。胡散臭い事限りなしのセリフだ。痛くてもなんでも、治療は進むのだ。容赦なく。


自分もそのつもりで、子供の傷を確認していく。まず頭部だ。こちらの子の方が、獣人っぽい。顔は大人のような本物の狼ではなく、ぬいぐるみのような可愛らしさだ。その顔も汚れはひどいが、さらに左耳が取れかけ、その傷から額を通り、左目の脇を通り頬にまでおよんでいる。幸い、目は大丈夫のようだ。消毒を水のように使いガーゼで傷口の汚れを洗い流していく。できるだけ痛くないようにそっとやっているが、痛いのだろう。くいしばった歯の隙間からうめき声が漏れてくる。

「ごめんね。痛いね。あと少しだから」


嘘である。始まったばっかりだ。

傷の周りの毛を刈って、傷口を綺麗にしていると、思っているより傷が浅い。取れかかっていると思った耳も少し切れているだけだった。抗生物質が少しばかり入った塗り薬を塗る。

薬を切る作業の終わったベルが、可奈の後ろから覗き込んでいる。手伝いたくて仕方がないらしい。

「ベル、この水絆創膏を傷口に塗ってあげて。ビニール手袋をして、塗ってあげてね」

というと、真剣な面持ちで頷くと、手袋を出してはめて薬を慎重に塗りだした。

可奈は、身体の方の傷も慎重に綺麗にしていく。身体の傷も、顔の傷のように最初に思ったより、ひどい傷ではなかった。微妙に変な方向に向いている左足や手足の指も可奈が擦ると意外になんでもなく、通常通りになる。痛さで、変な力が入っておかしな方向に骨が歪んでしまっていたのかもしれない。可奈が綺麗にしていくところから、ベルが薬を塗っていく。

この子も少し熱っぽい。額と脇に冷えピ○を貼っておく。邪魔な毛は刈り取らせてもらう。

それよりも何よりも、栄養不良は、なんともしがたい。炎禾に、携帯お粥を作ってくれるよう言う。その間に、後ろで、不機嫌そうな顔で、立ち尽くしている男の獣人に、持ってきたタオルで子供を包み毛布に包まらせるように言う。いきなり、声を掛けられ、驚いたような顔をしていたが、言われたことはもっともだと思ったのか、素直に可奈の言う通りに従う。

女の獣人が何とか子供に食べさせたようだ。


食べすぎは、大丈夫だろうか・・・・・・


まあ、とりあえず、薬を飲ませる。適量がわからないが、獣人は頑丈だという女の言葉に運を任せる。


氷嚢を出し、氷の魔法を使って入れる。隣で子供の世話をしている女の獣人が、はっと息をのむ。


驚いているねっ!!

私も最初は驚いたよ。訓練の賜物なのだよ。みせびらか・・・役に立つことで披露することができ、さらに驚いてくれて、練習したかいがあったというものだよ。ほんと。




二人の子供の荒かった息も落ち着いてきた。

顔色も良くなって、今にも死にそうな土気色から脱出した色になってきた。何色とは言えないが。


確かに、獣人。

体力・回復力並みでない。それも、子供のうちからか?

凄いとしか言いようがない。


後は、清潔な場所で、おいしいものを食べて、ゆっくり養生すればいいだけのような気がする。


医者ではないので、定かではないが、即身仏もかくやとばかりに痩せているのである。子供なのにこれはない。


女の獣人に、もう一人の子にも、お粥を食べさせるように言う。

その間に、イエローに、何か食べ物を持ってくるように言おうと、目で探すと小屋の外でうろうろしている。

獣人が子供の世話をしているのを見ながら、ベルと炎禾に一緒に来るように言い、小屋の外のイエロー言う。

「イエロー、悪いのだけど、もう一回行って食べるもの持って来てくれる?」



無視である。


「イエローっ!!!」

こちらをチラッと見たが、それだけだ。

「ブラック・・」


「コケッコケッ」


最後まで言わせずに、否といったなっ!!!

ブラックが寄ってきて、コケコケと、イエローを時々見ながら、一生懸命話しかけてくる。イエローのフォローと自分の断った言い訳をしているのか?

小まめな奴だ。だが、イエロー許さんっ!!!そして、ブラックなぜ断る。ちょっとばかり、裏切られた感が胸を刺す。涙が出そうだ。


緊張と疲れで、頭が回らない。




着ているブラウスの裾を引っ張られて、見るとベルが、話したそうに上目遣いをしている。

何?このかわいい生き物!

一瞬で怒りが解ける。

「ブラックは、ここに、食べ物を持ってくるんじゃなくて、みんなを連れて行った方がいいって言っているよ」




そうか、その方が、手っ取り早い。子供をこのまま、この環境で放っておくことは、できない。

小屋に戻り、奥の部屋で、子供の面倒を見ている獣人に唐突に言いだしてしまった。


「ここの住人は、あなた方2人と子供だけですか?ここでの生活がどのようなものかわかりませんが、子供は、このままここにいても、死んでしまう可能性が高いですよ。健康になるまで、とりあえず、私の家に来ませんか?」


言った後、自分のコミュ症加減にがっかりした。


これで誘われる人がいるだろうか?

いやいないだろう。


独り反語ができてしまった・


疲れているんだ・・・・・慣れない場所で、慣れないことをして・・・・疲れているんだ。


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