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5.この子どこの子

子どもは、目が覚めると、首だけ動かして、周りをゆっくり見回した。

枕元にいる可奈と目が合うと、びくっとしたまま、目を離さない。身体を硬直させて、横たわったまま、目には恐怖を浮かべていた。

可奈が、そのまま柔らかい表情を維持したまま、ゆっくりと話しかけると、子供の顔は、困惑に覆われた。

「こんにちは。私は、可奈といいます。あなたは、砂漠で、倒れていました。覚えていますか?」

・・・無言である。

「えっと。言っていることはわかりますか?」

・・・無言である。

よく考えたら、あからさまに、日本人でない容姿の子どもに、言葉が通じているとは思えなかった。


そんな子に、『言っていることわかりますか』って、日本語で言って、わかるわけないっつうの。


さて、ひとり突っ込みは、ここまでにして、さぁどうしよう。


可奈は考えた。もう言葉は、通じないということで、いいにしよう。

決して面倒臭くなったわけではない。自分がこの子どもにしてやれることは、元気になって、親を見つけ、出て行ってもらうだけだ。

まず、ご飯をしっかり食べさせて、どこかにいる親を探そう。顔色は、ダイブ良くなった。中東の人のように、琥珀色の肌で、よくわからないが、最初に運び入れたときよりも、肌つやがいい。回復している証拠だと思う。死にそう?だった人間がこんなに速く回復するのか疑問だが、医者じゃないので、詳しいことはわからない。


「言葉が通じないみたいだけど、名前は、何かな?」

自分を指し、可奈、可奈とゆっくり言う。その後、今度は、子どもを指し、何?何?と首をかしげながら聞く。

“首をかしげる”世界共通の疑問のゼスチャーだと信じて疑わないことにする。


たとえ、異世界でも。


本当に、通じた。


弱弱しい声だが、

「:@¥-$???‘&%$ベル;L%E=Lブェル%’#」と言った。

「よし!わかった。ベルだね。」

と言いながら、ベル、ベルと子どもを指差す。人を指差してはいけないんだとは、この際、関係ないだろう。

子どもは、最初、疑問符を顔に浮かべていたが、微かだが笑い、はっきり、ベルと言いながら震える指で自分を指した。


健気な笑顔にやられた。


たぶん、名前は正確ではないのだろうが、大人の対応で、受け入れられたらしい。


負けた。


このままでは、負け続けてしまうと、何を勝負しているのかわからないが、再び、“ベル”と子どもを指差し、“可奈”と今度は、自分を指差した。

「カナ?」

子どもに小さな声で名前を呼ばれた。

胸のうちのどこかが、軋んだ。

目から涙がでそうだった。自分以外の誰かが、自分の名を呼んでくれる。


自分自身、わからない感情が、押し寄せた。


人恋しかったのかもしれない。

それでも、ここは、大人の余裕を見せなければと、ぐっとこらえてにっこり笑い返し、吸飲みをとる振りをして、涙をぬぐった。

口に当てようとして、もう普通のカップでも良いんじゃないかとは、一瞬思ったが、途中で止めるのも説明できないし、おかしいかと、そのまま飲ませる。ベルは、おとなしくされるまま、吸飲みからスポーツドリンクを飲んだ。

一口飲むと、目を大きく開けてた。

「&=%$#“*?!!!」

なんと言ったかわからないが、おいしいと思ってくれているのは、わかった。


全部飲ませ終わり、

「お腹に溜まるものを、今から持ってくるけど、寝て待っていていいからね」

とお腹を押さえたり、キッチンを指差したり、子どもを毛布ごと抑えたりとゼスチャー付で話しかけた。

可奈が対面式のキッチンに立つところを、目で追っていたが、しばらくすると、目を閉じて、そのまま横になっていた。

おかゆを少し冷まして、持って行くと、目を開けて、鼻をヒクヒクさせていた。

ホントに鼻をヒクヒクさせることがあるなんてと思ったが、口には出さなかったがほっこりしてしまった。それだけ、食べることを楽しみに待っていてくれたんだと、うれしくなった。


ベルが起きやすいように、ソファーにおいてあるクッションを何個か持ってきて背中に当て、起き上がらせる。スプーンを持てるか心配したが、一休みしたのが良かったのか、先ほどよりさらに、しっかりしてきた。


あっという間に、完食である。物足りなそうに、隅々まで綺麗に、食べる様子を見ていると、まだもう少し食べさせても大丈夫かと、自分用に作った残りを半分よそって与えると、眼を輝かせて、食べ終えた。


お茶よりも紅茶か?とカップに、砂糖3杯を勝手に入れてわたすと、息を吹きかけながら、おいしそうに飲む。自分のチョイスに、自画自賛だ。


やっぱり、中東系の人はお茶といったら、緑茶よりも紅茶だよね。



何の根拠も無い。


食器を片付けたあと、再び横になるように促し、寝かせる。


もう大丈夫かと、それまで、ベルが心配で、できなかった畑仕事を、やりに外に出る。

30分程すると、鶏が妙に騒いで、ハクが羽をばたばたさせながら、可奈のところへやってきた。


コケッコケッと可奈に首を大きくふりふり何かをしきりに訴える。


ドキッとして、急いで家に入ると、ベルが唸っているのが、聞こえた。食べたものをもどして、お腹を抱えて苦しんでいる。


しまった。


胃が弱っているのに、食べるまま与えすぎた。

ぬるま湯とおばあちゃん特製胃薬を用意して、何とか飲ませる。自分も子どもの頃、よくやらかして、おばあちゃんに、面倒をかけたので、ベルの痛みは、よくわかる。


しばらくすると、落ち着いた。顔色はまた、少し悪くなってしまった。ぐったりと横たわる。吐いたものを、片付け、寝付くのを確認する。また、吐いてしまうことを警戒して、なるべく居間で、できる仕事をすることにした。



ベルは、夕方には、目を覚ました。


心配そうにこちらを見ている。大丈夫だよといいながら、蒲団の上を軽くたたく。食欲がありそうだったので、今度は、気をつけ量を加減して、消化に良いものを、インターネットで調べて、食べさせる。


ゆっくりと、時間をかけて食べたせいか、疲れてしまったようで、そのまますぐに寝てしまった。自分も電気毛布に包まり、横になる。

幸い、ベルは、起きずそのまま、一晩中熟睡してくれたようだった。眠くてぼうっとした頭で、鶏に餌をやり、外に出し、庭のハーブや野菜の面倒をみたあと、朝の食事の支度をしだす頃、ベルが身じろぎして目を覚ました。


起き上がりそうになったので、そばに行って、毛布を押さえ、

「もう少し、寝ていて良いから。ご飯ができたら、起こすからね。」

とジェスチャー交じりで、話すと、

「‘@*#$&’‘=~*」


・・・・・・わからない。

にっこり笑って、毛布を軽く抑え、寝ているように言う。

意味が通じたかどうかわからないが、ベルは、目を瞑り、身体から力を抜いた。

急いで、朝食の支度に戻った。


少し、薬膳っぽくなってしまったが、自分の分も同じものを作る。甘い卵焼きと野菜果物のスムージも用意してみる。

ベルを起こし、食べさせようと、足つきテーブルを蒲団の上にセットする。膳に乗った朝食を見て、目を輝かせるが、急に可奈の方を見て、不安そうな顔をする。

食べるのをためらうように。

一瞬食べられないものがあるのかと、心配する可奈であったが、これは、見たことのないものがあるせいかもしれないと、キッチンに行って、箸を取ってくる。まず卵焼きが食いつきやすいかと、一口サイズに切って、「あ~ん」をしてやる。

最初は躊躇って、何をするのこの人、的に見られたが、もうここまできたら、最後までやるしかないといけない。もう一度、「あ~ん」をすると、やっていることがわかったのか、おとなしく口を開ける。少し咀嚼すると、目を大きく開け、

「@#$&%‘’!」

「うん。うん。おいしいって言っているんだね。」

勝手な思い込みで、言ってみる。

その後は、スプーンで、薬膳お粥をすくって、食べさせる。ムッとした顔をされる。急いで、卵焼きをたべさせる。そんなこんなで、なんとか朝食を終わらせる。


また、横にならせると、すぐに目を瞑って寝息を立て始める。

昨日のことがあるので、今日の午前中は、リビングから出ないことにする。


2時間もすると、目を覚ます。少し早いが、昼食を食べさせる。食べたあと、トイレに行きたそうだったので、連れて行く。使い方を教え、水を流すと、びっくりしたようであった。顔を近づけて覗き込むので、肩をたたいて、部屋に戻る。



もう一度寝かせるが、顔色もよくなって、もう寝れない様子である。横にしたまま、祖父の部屋から、小型のテレビを持ってきて、設置する。言葉がわからなくても、セサミストリートみたいに、なんとなくで、いいんじゃないかと、適当に、子ども番組を選んで、つけとおく。


BSすごいな。

最初は、また、起き上がって近くに行きたそうであったが、押し留めると、おとなしく、横になって、テレビを見ている。


その間にと、やれることをやっておく。調子がよさそうなので、今晩は風呂に入れてしまおうと、考えたのだ。着替えは、納屋に、可奈の子どもの頃の服で、きれいなものがそのままとっておいてある。既成品もあるがおばあちゃんが、裁縫をして、洋服や着物、ゆかたを身長に合わせて、次々と作ってくれていたのだ。


子どもの成長は早い、というか可奈の成長が、半端なかった。今では、成人男性の平均はある。当然ほとんど袖を通してないものが、たくさんあった。

そういうものをおばあちゃんは、昔の人で捨てるのもはばかれるのか、納屋にしまってあった。


納屋に行くと、目的の行李はすぐに見つかる。ふたを開けると、樟脳の匂いが鼻をつく。とても綺麗に、生理整頓されてしまってある。

まるで、思い出の品だ。


もったいない精神で、ただとってあったわけじゃあないんじゃないかと思った瞬間、目から、涙が出る。


自分は大事にされていたんだと、実感する。ただ、物を取って置いたのじゃない思い出を愛しんでくれていたんだ。


自分が、思いもよらないほど、涙もろくなっている。思いっきり涙を流した後、目的のものを探す。120cmくらいの洋服である。下着やパジャマ、トレーナーやパンツ、靴や長靴、小学校のときの教科書やグッズまでとってある。


必要そうなものを選んで、母屋と納屋を何往復かする。


夕食後一休みした後、いよいよ、風呂である。


体力がない子を風呂に入れるのである。風呂の準備は万端だ。薬用入浴剤も入れた。

おばあちゃん特製の。


ただ、異常に臭いというだけで、体力も覚束ない子どもを、風呂に入れて洗ってしまおうとしている自分に、良心が咎める。

自分の都合である。

でも、本人もさっぱりすれば、気持ちがいいはずである。


とりあえず、ぶら下がっていて汚物と成り果てた髪を切ってしまおう。なんか粘着質のもので固まっていて、手が付けられそうも無い。

一番の悪臭のもとだ。

はさみを持ってきて、ベルに髪を切ることを告げる。悲しそうな瞳をされるが、うなずいてくれる。心痛んだが、思い切ってざっくりと切ってしまう。


そうして、ベルを立たせる。悲しそうな瞳は変わらない。


こちらの心の痛みも半端ない。


それを振り切って、バスルームに連れて行く。脱衣所で服を脱がし、風呂の湯を少しかける。

そうした後、洗い場の椅子に座らせる。おじいちゃんの介護のときに使った入浴用椅子が役立つ。驚かせないように、言葉をかけながらシャワーをかけ、頭をシャンプーで洗う。驚いたことに、髪は、こげ茶ではなくて金髪だ。


本人は、悲しい顔をして、なすがままである。


もうそんなことにはかまっていられない。時間との勝負と、一回で、泡も立たない髪を4度洗う。トリートメントだと時間がかかるから、コンディショナーでざっとすすぐ。身体を泡立てるのにも3回かかる。身体の隅々まで洗って、風呂から出して、タオルで身体を拭き、下着とパジャマを着せ、リビングのソファーをベッドにしたところに寝かす。用意していたドライヤーで髪を乾かす。


所要時間20分、ベルの悲しい顔が、穏やかでうれしい顔に変わっていた。


横にすると、すぐに寝息を立てた。疲れたのだろう。


こちらもやりきった感がある。その間に、今までの寝床を綺麗にする。


消臭スプレーをかけ、今度は、客用蒲団を敷き、羽毛布団を出す。まだ、肌寒いかと、毛布もかけておく。眠っているベルを、抱き上げ、蒲団に移動する。


灯りを少し落とし、部屋を薄暗くし、自分は、リビングのほうに移動する。


可奈も落ち着いて、お茶をしながら、風呂場でのことを思い出す。ベルが痩せこけ具合は半端ない。あばらがでて、お腹と背骨はくっつきそうだし、腰骨がくっきりと腰骨の形になっている。生きたミイラといわれても、信じてしまいそうなほど、痩せていた。 


でも、そんな栄養失調などたいした問題ではなかった。ベルの背中を見たとき、声を上げそうになった。背中一面の縦横無尽に走っている引っ掻いたような深い傷跡。背中の皮が何箇所かめくれて、くっついたようになっている。ほぼ治ってきているようだが、どれだけの事故だったのか、おもいやられる。

髪の毛のことも気になる。

可奈自身仕方がないと思ってはいるが、どうやら髪にひとかたならない思い入れがあったようだ。



一休みをして、自分も、もう一度、湯を張りなおし、風呂に入る。

ぼうっと湯に浸かりながら、思わず、はっとする。



あれは、鞭のあとだ。



本物のムチのあとなど、見たことがないが、引っかき傷で、ああなるはずがない。たぶんあれは、ムチのあとだ。縦横無尽に走っている。何かの擦過傷なら、一定方向に、怪我しているはずだ。

なぜっ?どんなことしようが、年端も行かない子どもをあれほど、鞭打つ必要があるのか。

温かい湯に浸かっていたが、寒気がする。この世界は一体どんなところなんだ。




こわい。




風呂から出て、ベルの顔を見に行く。

穏やかな顔をして、眠っている。鼻筋が通った綺麗な顔だが、痩せてほほ骨が出ている。身体は手足の長さが、異常に見えるほど、痩せこけている。あばらの数が数えられるどころか、腰骨がはっきり見えるなんて信じられなかった。


ちょっと力を入れ間違えたら本当に折れそうだった。どんな生活を強いられていたのだろう。

砂漠には、人っ子一人、何もあたりに見当たらなかった。どうしてあんなところで、あんな子どもが、倒れていたのだろう。考えてもわからないが、この世界を知るためにも、知っておかなければならないことだと思う。




まぁ、言葉がわからなければ、だめだけどね。



だから、それまでは、ベルが元気になることだけに、専念しよう。せめて、この家にいるときは、安全で、安心であるということを、わかってもらえるように。


自分も、炬燵を少しどかして、蒲団を敷いた。久しぶりの蒲団である。蒲団に入ると、心配事で頭を悩ませていたはずが、目を瞑ると一気に眠気が襲ってきて、そのまま意識がなくなった。


・・・・爆睡ともいう。

途中自分のいびきで目が覚めた。


驚いた。


はっとして、ベルのほうを見ると、静かに寝ていた。



・・・・・・よかった。いびきで起こさなくって。



がぁっ嫁入り前の乙女が、大いびきで目が覚めるってどんだけぇ~!

・・・・・はぁ。



・・・寝なおした。



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